第三話 淑女の名折れ
私が情報を整理している間に夜になり、ついに拓斗との巡回の時間がやってきた。
「お前、なんか珍しく緊張してんのか?」
「え? あ、いえ、そんなことないですよ!」
ええ、それはものすごく緊張している。
アヤカシと戦闘すること自体も「転生した」という意識を得てから初めてだし、それに今夜、拓斗が負傷するなんて知ってたらなおのことだ。
でも、私なりに日中の間に知恵を振り絞って、拓斗の負傷を阻止する方法をいくつか考えてきた。
そして、私は早速作戦の一つ目を実行することにした。
「拓斗」
「なんだよ」
私は拓斗に声をかけた。
「そっちの巡回は私がやりますので、こちらをお願いできますか?」
「……は? いつも俺がこっちでお前がそっちだろ?」
拓斗はこいつは何を言い出したのか、といったような怪訝そうな顔をした。
私は少し凄んでしまったが、負けじと押し通そうとする。
「まあ、まあ!! そんな気分なんです!!」
私はそう言いながら、拓斗の逞しく鍛えられた背中を強引に押して、彼のルート変更をさせようとする。
アヤカシとの戦闘で怪我をしてしまう未来なのだとしたら、そもそも事件現場に彼を行かせなければいいのだ。
そう考えて、私は彼をいつもとは別の道に誘導しようとする。
──が、そうはうまくいかなかった。
「ふざけんな、俺がそっちでお前がこっちだ」
拓斗はそう言って私の手を振り払って、いつものルートの方へと体を向けた。
ああ、もう相変わらず頑固なんだからっ!
ここで私も折れるわけにはいかない。
こうなったら作戦二つ目に入ることにしよう。
そう思い、彼の元へと駆け寄って声をかける。
「なら、今日は私もそちらに行きます!」
「は? なんで?」
彼はこれから怪訝そうな顔をして私の顔を見た。
拓斗は明らかに私を信用していない、何か私が悪だくみをしているように捉えているようだ。
その視線に負けず、でも少し弱気になってなんとか言い訳をする。
「な、なんとなく。その……えっと、今日はアヤカシがそちらに出るような気がするんです」
我ながら非常に苦しい言い訳のように思えた。
これは彼を怒らせてしまう、そう思った時、彼に腕を掴まれた。
「え……!?」
私は思わず声が上ずってしまう。
だって、こんなドキドキするシチュエーションなんてされたことない!
ああもうっ!ちゃんと恋愛慣れしといてよ、前世の私っ!!!
こんなことでドキドキしてたら、どうすんのよ。
そんなことを思っていると、拓斗はさっき別れた道まで私を連れて戻って、もう一つの道へ行くように促して言った。
「そっちはお前がいつも墓参りがてらに行ってんだろ。行ってこいよ」
あ……そっか。
いつも巡察の時に私お墓参りしてたんだった。
なんとなく私のイメージと違ってるし、そんなこと誰も気づいてないと思ってたのに。
「拓斗、ごめんなさい」
「どうしたんだよ、いきなり」
拓斗は口は悪いし、私と仲が悪いけど、彼は他人のことをよく見ているし、気遣いが上手な人でもある。
さりげない優しさを今までの私は感じてなかったけど、ゲームで俯瞰的に見ていたからこそわかる。
彼は優しくて、そして心を温かくさせる人だ──。
私は微笑みながら、彼に告げる。
「ううん。なんでもないです。私こっちの道の巡回に行きますね。あとでアサクサ通りで落ち合いましょう」
「ああ、了解」
そう言って拓斗とわかれると、私はいつもの順路を回っていく。
そして、普段よりも早足で巡回を進めていき、彼より早回りできるように走った。
そう、当初の目的を忘れてはならない。
私の今夜の任務は「彼を負傷させないこと」。
そのために、作戦二つ目Bパターン発動!
もし拓斗と道順を交代できなかったら、彼より早回りしてアヤカシ退治に向かう。
確かシナリオ上では拓斗が一人で闘って疲弊したところで私が遅れて到着していたはずだ。
そして到着した私をかばって、彼は……。
「させないっ! そんなことさせないっ!!」
私がアサクサ通りに向かって一気に駆けていると、拓斗の道順のほうからアヤカシの気配がした。
え……なんで!?
まだ当初の時間になるはずがないのに。
そこまで考えた時、ふと時計台が目に入った。
その瞬間、私は自分の過ちに気づく。
「まさか……」
そうだ。
私が拓斗を足止めしてなんとか違う道に誘導させようとしたばかりに、時間を多く使ってしまったのだ。
それで当初のアヤカシが現れる時間になってしまった。
「そんな……これじゃあ……」
これではゲームのシナリオ通りになって、拓斗が負傷してしまう。
私は陰陽姫の能力の一つである『
「拓斗っ!! 拓斗っ!!」
しかし、拓斗からの返事はない。
私はふと顔をあげて、彼のいる道のほうを見た。
拓斗のいる道のほうまでは裏道を使って走ったとしても五分以上かかる距離だ。
何か方法はないものかと考えた私は、一つの答えにたどり着いた。
それは、ここでじっとしていてもダメだということだ。
こうして立ち止まっているうちにも、拓斗に危険は迫っている。
私は持っていた紐で着物の裾を縛ると、さらに袴を折り曲げて足を露わにした。
こんな姿、淑女の名折れだけど今はそうも言ってられないわっ!!!
とにかく考える前に動けっ!
そう思いながら、私は夜の街を駆ける──。
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