第二話 え? 私、このゲームの内容知らないんだけど……
うら若き乙女が目の前で転んだというのに、この部屋にいる二人はなんという無表情だろうか。
特に私のすぐ横に立っている180cmはあるであろう男は、私を蔑んだ目で見ている。
金色がかった前髪の奥からは茶色い瞳が覗いているが、その瞳はひじょーーに冷たい。
彼は『
しかし、現状私に対する印象は、最悪中の最悪で……。
「お前が敬語って……気持ちわる」
ほらね、こんな感じに悪態をついてくるんだから。
拓斗はすぐに私から興味がないというように目を逸らした。
「もう、そんなこと言わなくていいじゃないですか。生まれ変わったんです!」
私は床から立ち上がりながら、スカートについた埃を払った。
拓斗はその間も凄まじく嫌そうな目で見つめているわけだが、もはや気にしないでおこう。
「由姫」
私と拓斗が軽く言い合いをしていると、藤四郎さまが私の名を呼んだ。
彼は30代後半~40代くらいの渋い着物を着ており、部屋の奥にある執務机についている。
私はこのゲームをプレイしている時から、結構このイケおじ、かつ、ここ『
それよりもやっぱりゲームで聞いててもいい声だなって思ってたけど、生声はさらにいい!!
ああ~役得~!!
なんて、考えている私だったが、暢気すぎるそんな脳内に冷たい風を吹かせるように、藤四郎さまは言った。
「今日の夜の巡回をお前たち二人でおこなってほしい」
「え……?!」
うそでしょ?! 藤四郎さまはなんて無茶なことを……。
だって、今晩は私の番じゃなかったから、ゆっくり寝られると思ってたのに……!
でも藤四郎さまの命令に逆らうなんて、今の私にはとてもじゃないけどできない。
本当ならじっくりこの状況についても考えたいところだけど、仕方ない。
それなら……。
「かしこまりました。夜は拓斗と一緒に巡回にいってまいりますっ!」
「なっ!? お前なんでそんなやる気なんだよ、ほんと大丈夫か!?」
私の発言を聞いた拓斗が叫んだ。
「はいっ! 大丈夫です!!」
私は勢いよく返事をした。
藤四郎さまは「頼んだ」と一言仰ると、そのまま新聞に目を通し始めた。
私は拓斗の方を向いて頭を下げる。
「それでは、拓斗、今日はよろしくお願いします!」
「お、おお……」
完全に私に押されている拓斗を置き去りにして、私は執務室を出た。
そしてその足は少しずつ歩みを速めていく。
早く、早くっ!!
私は「間に合え」と言った思いで、急いで自分の部屋へと向かった。
そうして、自室に入るや否や私はそのまま震えて床にへたり込んだ──。
「どうしよう……転生している……」
ようやく今になって事態に向き合うことができた私は、横の姿見に映る自分の姿を見た。
悪役令嬢に相応しい美人な顔に、すらりとした体形。
やっぱり『音羽 由姫』なのだと実感する。
それに拓斗も藤四郎さまも、そして侍女の千代もそうだ。
みんな私が生きていた世界で流行っていた乙女ゲーム『明治アヤカシ伝』の登場キャラクターだ。
でも、そもそもなんで私、転生したんだっけ?
こうなってしまった経緯を思い出すように口元に手を添えると、自分が死んだときの状況を思い出した。
そうか、学校に行く途中で交通事故に遭って、私、死んだんだ。
事故に遭った衝撃を思い出して身震いした。
私はその光景を消すように、頭を左右に振った。
とりあえず、自分が異世界転生してゲーム内に入ったのはわかった。
けど、この転生には一つ、大きな問題がある。
それは──。
私がこのゲームの展開を途中までしか知らないということっ!!!!!!!!
しかも、一つでもルート攻略してるならまだしも、なんと驚くことに共通ルートであろう第弐章に入ったところまでしか知らない。
そして、先程の藤四郎さまの言葉から推察するに、おそらく今は第壱章の中盤あたりだ。
そもそも、『明治アヤカシ伝』は、ある田舎の村で育ったヒロインが行方不明の友達を探してトウキョウの街へと出るところからスタートするお話。
それで、そのヒロインは三日前に拓斗に助けられるも、怪しい人物とみなされて、離れに入れられている。
うん、進行度的にもつじつまが合っている。
今は朝だから、とりあえず夜の巡回まではもう少し時間がある。
よし、乙女ゲームの設定を思い出せるだけノートに書き出そう。
私は机からノートを引っ張り出すと、鉛筆で覚えている限りのゲームの設定を書き始めた。
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『明治アヤカシ伝』
・陰陽寮という国家機密の組織がアヤカシから街を守っている
・アヤカシは普通の人間に見えない
・陰陽寮のトップは藤四郎さま
・陰陽寮の絶対的力を持つのが『
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よし、こんな感じね。
とりあえず、ヒロインと後々対立したりするであろう悪役令嬢の私は、チート級に強い力を持っている。
しかも社会的地位としては公爵令嬢だ。
そして、陰陽姫としてみんなから大事にされている。
……基本的には。
全くどのルートも知らないけど、このあとは拓斗とアヤカシと闘って……。
その瞬間、激しい頭痛と共に、私の中にある光景が浮かんできた。
「うっ……」
私はその場にうずくまって、頭を抱えた。
そうだ……この後にある夜の巡回で、拓斗は私をかばうんだ。
それから、私をかばった拍子に右腕を負傷して、それで……。
「それで、右手で刀を持てなくなる……」
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