悪役令嬢の私ですが、幸せになってもいいですか?~未攻略で展開知らない乙女ゲームのわがまま姫に転生したけど、溺愛されています~

八重

第一話 新生!悪役令嬢『音羽 由姫』

 あああああああーーーーーーーー!!!!!!

 私……悪役令嬢の『音羽おとわ 由姫ゆき』だ──。


 すっ転んだ拍子にスカートの中が殿方に見えそうになっているが、もはや今は関係ない。

 とにかく頭が痛くてジンジンする。

 脳内に電流が走る感覚に襲われて、その後に一気に何かが流れ込んでくる。


「お前何してんだ?」


 私は床に尻餅をついた状態で、今私に声をかけてきた彼を大きく 見上げる態勢になっている。


「だ、大丈夫です……!」

「『です』?」


 彼は怪訝そうな顔をしてこちらを見ている。

 しまった……! 違う違う違う!!!

 そうじゃないって!

 『音羽 由姫』は敬語キャラじゃないんだったわ。


 なんとか彼に返答をしなければと、必死に取り繕って話そうとする。


「きょ、今日は敬語の気分なのですわ!」

「…………」



 あ、終わった……。

 彼の氷よりも冷たい視線を感じて、私はそう思った。

 いいや、もう諦めよう、敬語にしよう。


 私は意を決して、彼に告げる。


「いえ、今日から私は生まれ変わりました」

「……は?」


 私の宣言に、彼は口悪く返事をした。


「敬語キャラでまいりますっ!!」


 腰に手を当てて、私は堂々と宣言した。



 こうして、新生悪役令嬢『音羽 由姫』は誕生した──。




◆◆◆




 すっ転ぶ数分前──。



 私は姿見を見ながら、黒色の長く艶めかしい髪をくしいて出勤の準備をしていた。

 濃い紅色の目に合うように明るめの化粧をしながら、紅をさす。


「ふん、ふん、ふ~ん」


 高らかに、そして優雅に私は歌う。

 機嫌よく踊るように身支度していく。

 そうして、最後の仕上げである「赤い大きなリボン」を頭のてっぺんより少し後ろに櫛で刺す。


「よし、完璧ね」


 いつも通りの美しい『音羽 由姫』が出来上がった。

 ちょうどその時、扉を叩く音が聞こえた。


「なあに?」


 私専属の侍女である千代ちよが、「失礼します」を部屋に入ってきた。

 彼女はお辞儀をしながら、私に要件を伝える。


「由姫様、藤四郎とうしろう様がお呼びです」

「藤四郎が? 珍しいわね、すぐ行くわ」


 私は千代に返事をして、さっと手で髪を整えた。

 全ての準備を終えて、私は部屋を後にした。

 廊下に出ると、従業員の皆がこちらを見た。


「おはようございます、由姫様」

「おはよう」


 口々に皆、私に挨拶をする。

 皆に返答しながら、私は紫の袴と矢絣やがすりの模様の入った着物の裾を揺らしながら、ブーツで進んでいく。


「今日も麗しいわ……」

「ええ、さすが由姫様ね~」


 私の耳には、皆の賛辞の声が届く。


 ふふ、今日もばっちりお化粧決まってるんだから!


 そんな風に得意げに皆の声を聞きながら、私は上機嫌に笑みを浮かべる。

 いつもであればまもなく着く部屋に行き、仕事をする。

 しかし、今日は藤四郎に呼ばれているので、さらに奥にある部屋へと直行した。


 藤四郎、何の用かしら?


 私はそう考えながら、彼の元へと向かった。


 部屋の前まで来ると、私はいつも通りノックをして入室した。


「藤四郎、入るわよ」


 扉を開いて入ったその瞬間、私は足を滑らせた。


「きゃっ!」


 天地がひっくり返るような心地がした。

 視界がぐわんと大きく揺れた後、私の視界は天井一つになっていた。


 こうして、私はすっ転んで頭を打ったわけで──。


 あとで聞いた話によれば、ちょうど私が部屋に入った少し前に床清掃が入っていたらしい。

 それを知らずにいつも通りのちょっと古びた木の床だと思っていた私は、いとも簡単に足を滑らせてしまった。



 こうして、私は人気乙女ゲーム『明治アヤカシ伝』の悪役令嬢と言われる、音羽 由姫に転生したことに気づいたのだった──。

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