第25話 洋司の告白 後編
「じゃあ、なんで私に対しては……」
「さあな。ただ、おまえはもともと殺すなりなんなりするために捕まえた訳だから、ある程度命令を聞かせなきゃならないだろ。そういう機械的なやりとりなら、苦じゃなかったとかな……。ともかく、アイツを更生させる手立てはいつまでたっても見つからなかったんだ」
洋司は疲れたような、暗い顔をした。私はこれまでの話に大人しく耳を傾け、思ったことを率直に述べた。怖気付いてはいたが、ある意味殺されることが怖くない今だからこそ、感情を表に出せた。
「最初に言った通り、私は同情しません。あなたの妹が犯罪者であることは変わりません。そして、それに加担したあなたも、当然犯罪者です。私は被害者としてあなたを許せません……あなたの妹を想う気持ちは本物だと思います。しかし、それを私に押し付けることは少しもいとわない。私は……そんな話を聞いて何になるのでしょう。紅子ちゃんが捕まるのは嫌かもしれません。でもそれは避けられないでしょう。それならなぜ、少しでも被害を減らそうとは思わなかったのですか」
まくし立てたわけではない。何度か言葉に詰まりながら、ゆっくりと語った。洋司は私の方を、じっとかみ締めるように見ていた。
「すまない……」
「私があなたに思うのは、私を誘拐することに加担した最低な人間だということだけです」
もうよかった。首を両手で絞められること覚悟で、そう伝えた。しかし、洋司はただ誠実な態度でうなずいただけだった。
「申し訳ない。でも、俺は最低な人間でもいいから、紅子をかばうことしかできないんだ……。
最後に、俺がなんでこんな話をしたか聞いてくれないか。実を言うと、俺は、おまえの協力があれば紅子が更生できるんじゃないかと思ったんだ。紅子とこんなにも近い距離感で、たくさん会話をして、なおかつ正しい価値観を持った人間なんて、そうそういないんだ。最近の紅子の様子を見ていると、おまえと過ごしていることがだいぶアイツにとって安定できる要素となっているような気がしたんだ。けと、こんな仕打ちをした上で、さらに被害者であるおまえに何かを要求するなんて、間違ってた。せめて、俺はそんなことをしちゃいけなかった」
洋司は項垂れる。しかし、私はあくまでも声色のトーンを淡々と保ったまま、こう返事をした。
「それは、そんなに間違いじゃないかと思います。私は紅子ちゃんを更生させるための努力はしません。けれど、被害者を減らすための努力ならしたいです。自分の正義にのっとった行動ならしたいです。紅子ちゃんは、最近私に対して非常にフラットに接してきます。私の話も、聞く耳持たずというわけではありません。距離が近いのは、あくまでも私を彼女手が届くところに置いておくために過ぎない。でも、その分私から受ける影響も避け切れません」
洋司は微かにほほ笑んだ。
「どうしてそんなこと言えるんだ。こんなこと言えるやつの時間奪って、本当に俺はクズだ」
「あなたの妹もですよ」
「そうだ。俺たちはクズだ。やっぱり、父さんも母さんもいなくなったあとじゃあ、クズになるしかなかった……」
私はどんな事情があれども犯罪者には同情したくなかった。けれども、洋司がしてきた苦労だけは痛い程伝わってきた。彼は、両親の死が妹にどんな悪影響を与えたかは非常によく理解しているものの、同じように自分の心も回復不能なほど相当に深く傷ついてしまっていることには、あまり気がついていないようだった。
「そうだ、これやるよ」
そう言って洋司が棚から取り出してきたのは、分厚い茶封筒だった。
「え?」
「今は必要ないんだ。まあまあな額が入ってる」
唐突な洋司の行動に私は困惑した。封筒を押し付けられそうになら、慌てて断る。
「い、いりません」
「いいから持ってけ」
私は戸惑いつつもそれを受け取るしかなかった。
「俺は手伝えねぇけど、自力で逃げることがあったら使え。無事に家に帰れたら、慰謝料と思ってこっそり使え。もしここで過ごし続けていたなら……俺に言えば買えるものは買ってやる」
「で、でも……どうして急に? しかも、ずっとお金に困ってたんでしょう。なんで、自分たちの生活のために使わないんですか。それか、とっとけばいいのに」
洋司は首を横に振った。意味はわかりかねた。
「それは本来紅子のために取っておいた金だ。だが、まあ、もういらないんだ」
「だから、なんで……」
「ずっと対策してあったんだ。俺に何かあっても紅子が困らないようにな。それを利用するだけだ」
そう言うと、洋司は台所に行った。コーヒーを片手に戻ってくると、今度は私に話しかけることなくデスクの前に腰掛けた。私は、こんなものを身につけていても紅子ちゃんに見つかるだけだと思い、テレビ台の裏にそっとそれを差し込んでおいた。
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