第25話 洋司の独白 前編

「紅子が十歳の頃、俺たちは両親を亡くした。紅子は交通事故だったと思っている……今でも。ただ、実際は違うんだ。

 父さんは、少し体に不自由なところがあったんだ。それで、就職に困って、何とか遠い親戚の会社の、傘下の工場で働けることになった。だが……ある時、その会社の経営が傾き、父さんはリストラされてしまった。それからは、母さんが一時的に夜の仕事をしたりして、家庭を保っていた。が、お金が無ければ家族はギスギスするばかりだったんだ。特に、紅子は昔からワガママなやつで……意外だろうが、かわいい服が大好きだったし、焼き肉とか寿司とか食べに行くのが大好きだったんだな。だけど、そんな贅沢もできなくなって、次第にみすぼらしい姿になった。それから、こん時俺は大学進学を諦め、さらに高校も中退して、仕事を探すことになった。父さんは、見ていられなかったんだろうな。自分のせいで家族がボロボロになっていく様子を……。

 まもなくしてだ。母さんの仕事の送り迎えをしている最中、父さんの運転する車はトンネルの脇に思いっ切り突っ込んだ。事故のように思えるが、車が故障したわけでもないのに全くブレーキをかけようとした痕跡がないこと、それから……後日遺書が見つかったことから、心中だったと思われる。なんで母さんを巻き添えにしたのかはわからない。なんで俺と紅子を置き去りにしたのかはわからない。あー、さっき、『父さんは体が不自由だった』って言ったな。それに付随して、というか、それで生きるのが難しかったせいか、精神疾患も患っていたんだ。混乱の中で追い詰められ、必死に捻り出した行動がそれしかなかったのかもしれない。ともかく、真意は不明だ。

 ただ、まだ幼い紅子に当然こんなことを言う訳にはいかなかった。だから、事故ってことになった。その後は大変だった……まともに保険も降りないし、会社が倒産したばかりで親戚も金なんか寄越さなかった。俺は昼夜問わずバイトしなくちゃならなかった。だけど、それで紅子をたった一人で放置しているのは、あまりにもいたたまれなかったから、俺は仕事の合間を縫って必死に勉強して、在宅でできる今の仕事にありついた。そして、金は極限まで節約して、それでも紅子に我慢だけはさせないように頑張った。せめて、好きなものをなんでも、満足がいくまで食べさせた。学校の行事も全部行かせた。それからもちろん勉強もさせてやりたかったが、アイツは途中で不登校になっちまうんだ。年齢が上がるにつれ、次第に周囲から浮いてきてしまったんだな。そういうところは父さんに似たのかもしれない。それで、嫌がらせなんかを受けたんだ。だけど、俺は自分が高校諦めなきゃならなかった分、紅子には絶対行かせてやりたかったんだ。だから、保健室でいいから登校させて、勉強は俺が教えた。それで、少し遠くの高校ということで、第一高校を選んだんだ。塾も学校の授業も行かずに受かったんだ。大したもんだろ。

 それでも、俺は紅子には煙たがられた。『何であの時おまえが死ななかったんだ』って言われたこともあるよ。ただ、やっぱりアイツは父さんと母さんが残してくれた唯一の生きがいなんだな。とても見捨てるわけにはいかなかったんだよ。

 で、待っているのは楽しい高校生活のはずだったんだが、実際はそううまくも行かなかった」

私は口を挟んだ。

「もしかして、いじめの件ですか?」

「知ってるのか」

「以前、紅子ちゃんが話してました……」

洋司は意外そうな顔で相槌を打った。その後、ゆっくりと瞬きをしてから話を再開した。

「中学の時の嫌がらせとは比にならないほど、高校でのいじめは苛烈だった。俺は助けてやりたかったんだが、保護者としてはまだ若すぎるし、高校の学費は免除されていたがそれ以外の諸費用が高くて、仕事から手が離せなかったんだ。そして結局、紅子はまた不登校になった。一時的に引き込もりになって、ぶくぶく太ってた。その後は、中学の時からの不良仲間とつるむようになって、夜遅くに出かけて帰ってこないなんてことが増えたんだ。

 それで、ついに人を殺してしまった。金目当てだったんだと思う。もう少しだけうちに余裕があれば……」

洋司はかみ締めるように言った。しかし、私はその発言に違和感を覚えた。紅子ちゃんが人殺しになったのは、そんなに最近のことだったのだろうか。確かに、この近辺での連続殺人事件が始まった時期とは合致する。しかし、彼女の「何年やってると思う」といった発言や、振る舞いからはもっと早くから人殺しをしていたようなニュアンスがあった。私を脅すため、説得するために言ったのかもしれないが、その年数が短くとも長くとも、私に与える影響はさして変わらないような気がする。ただ、私はそれで反論はしなかった。

「アイツは事件を隠蔽した……俺も、どうしてもアイツに正当な裁きを受けさせることだけはできなくて……更生させようとはした。けれども、友だちのほとんどいない紅子はあの半グレ仲間との縁を切れなかったんだ。金だって用意してあげたかったけど、俺の収入だけじゃとても無理だ。紅子にバイトをさせたこともあったが、すぐやめちまうんだ。アイツは人と話すのが極端に苦手だ。ろくに口聞ける相手もいたかどうか怪しい」

「え、そうなんですか」

私は疑問に思った。彼女は私の前では饒舌とは言わないまでも、それなりに言葉を発する。考え方に大きな違いはあれども、会話自体が通じていないという感じはしない。それに、彼女には電話をするような友だちもいるはずだ。コミュニケーションが特別苦手なようには見えない。

「あのな、本当に頑張ってるんだと思うよ。友だちも、いきなりできたもんじゃない。中学の頃に知り合って、少しずつ歩み寄ってもらって、何とか心を開けたんだ。だから、悪いやつでも縁を切れないってのもわかる。知らない人の前では、アイツは徹底的に無口だ。聞かれたことには答えるが、会話は続かない。おまけに愛嬌もないから、気にかけてくれる人も少なかったんだ。しかも、紅子は別に昔からこんなだった訳じゃない。父さんと母さんが逝ってからなんだ……」

私は続けて聞いた。

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