第四章 理解
第23話 信じ切れない俺が悪い
戸田創
その後も気持ちが晴れないまま日々を過ごしていた俺に、意外な人物から連絡があった。霧崎だった。家まであと少しの帰り道だったが、俺はその場で電話をとった。
「もしもし」
「戸田か」
「おう、いやに久しぶりだな。何の用だ?」
霧崎は少し間を置いてから、アイツにしては珍しくすらすらと話し出した。
「なぁ、飯泉の計画はなんだ? 相沢も言ってたが飯泉とおまえは突然アタシを攻撃するような意味不明な行動をとってる。それから、アタシじゃなく律に何かしようとしてるんだろ。どういう目的だ」
俺は押されまいと言い返した。
「おまえの方こそ、恨まれるようなことした覚えがあるんじゃないか」
「……ない」
「最近の話だけじゃない。遠い昔から考えてみても、ほんとにないか」
「あー、なおさら思い浮かばない。別に飯泉に恨まれることをした覚えはないし、アイツだって、アタシにまあまあ良くしてくれてただろ」
嘘をついているとは思えない声色に俺は戸惑った。冷静に考えてみれば、今まで飯泉と仲良く接していたことからも、霧崎自身は飯泉の兄を殺したことを知らないのかもしれない。
「じゃあ、一度飯泉に許してもらったことはないか。それか、もめたけども結局なあなあになったことは」
「いや、ちょっと思い当たらないわ」
「……ほんとうに、一度も飯泉ともめたことはないのか」
「え、そう言われると自信ない……ってか、戸田は内容知ってるってことだろ。早く教えてよ」
俺は焦ったが、唾を飲み込んで、落ち着きを取り戻してから続けた。
「あのさ、霧崎。おまえは今までたくさんの人を殺してるんだ。いつ誰に恨まれたっておかしくはないってことを忘れんなよ」
「……アタシが、飯泉に関係ある人を殺したってことか」
「まぁ、そうとは限らなくともな。飯泉の行動の動機は俺も深くは知らん。おまえの方が、俺よりも飯泉との付き合いは長いだろ」
そう言いつつ、俺は不審に思い始めた。ここまで答えを出しておいて、心当たりがないなんてことがあるのだろうか。わざと分からない振りをしているのだろうか。しかし、そんなことをする理由も浮かばない。飯泉の兄を殺したのは、本当に霧崎だったのだろうか? 警察の言う通り事故だったという可能性は、一ミリも存在しないわけではないはずだ。
「じゃあな」
いい加減な態度になった霧崎がぶっきらぼうに電話を切ってからも、頭の中を疑問がぐるぐると駆け巡っていた。気がつけば、家にたどり着いていた。
それからまもなく、別の人物からの電話があった。
「もしもしー、戸田ぁ?」
「どうした、飯泉」
いつもよりも明るい飯泉の声色に、俺は不思議な感覚を覚えた。
「いやー、ダメダメだったね」
作戦が失敗に終わり心配していたが、飯泉は存外気にとめていないようだ。
「そうだな」
「もう私、どうなることかと。てか、このままじゃ霧崎を捕まえる前に私が捕まるのも時間の問題だよ。一体どうするさ」
「まぁ、そこは心配する必要ないだろ。こっちは人質を握ってるってことを、全員よく理解してる」
俺はひとまず飯泉を安心させるための言葉をかける。
「そうかな。あとね、私はやっぱりアイツが心配で……」
「相沢か。いつかは、話す時が来るんだよな」
「うん、もうじきね……」
そう言ったきり、飯泉は急に黙ってしまった。相沢の心境に思いをはせているようだった。
「きっと、大丈夫だ。アイツはそんなに弱くないだろ」
「うん、そうだね……私、さ。これが全部終わったらさ、兄ちゃんのところに行こうかな」
「……墓参りだよな?」
「……どうだろう」
俺は鼓動が早くなるのを一生懸命落ち着かせる。弱々しくもなく、どこか覚悟を決めたような飯泉の声色に、本気を感じとってしまったのだ。
「飯泉、それだけはダメだ」
「わかってるよ」
「おまえが死んだら、おまえの母ちゃんはどうなる。相沢はどうなる」
「冗談だって」
「飯泉のことを何より大事に思ってるやつが」
「戸田」
「たくさんいるんだぞ……! 復讐が終わったなら、その後は平穏な人生を」
「とーだ」
「過ごしてくれ。俺だって、生きていけそうにないんだ。飯泉、おまえが」
「とだ!」
飯泉は声を張り上げた。電話越しでもキンキンと耳が痛む。
「もうわかったから。心配させてごめんね」
ぶっきらぼうに飯泉は言い放つ。
「あ、いや、こっちもごめん」
「いいの。戸田が本気だってことはわかったよ。もう冗談でもそんなこと言わないから」
「ああ……」
俺は急に気恥ずかしくなって、その後の言葉が紡げなかった。気まずい空気を払拭するように、飯泉が言ってくれた。
「戸田、ほんとうにありがとね。こんなに良い友だちができてよかった」
「あのな、飯泉。俺正直、嫉妬しちまうんだ。どうしておまえは……いや、どうして相沢と飯泉はそんなに仲がいいんだ? 幼なじみとは言え、性格も違えば好みも違う。なかなかちぐはぐなコンビに見えるんだよ」
「うーん。仲良しの秘訣はね、長く一緒にいることだよ。兄ちゃんが言ってたことなんだけどね」
飯泉は、余韻に浸るような、ゆったりした口調で続けた。
「家族でも友だちでも、一緒にたくさんの時間を過ごすことで、理解し合えるんだよ。気に入らないところがあっても、自分の過去をそう簡単には捨てられない。その人の存在が、自分の人生の一部になっていくんだよ」
「俺は……付き合いの長さで、負けたのか」
「ま、そういうことさ。落ち込まないでね」
飯泉は重くないトーンで言う。俺は相手には見えないことを承知で、首を縦に振った。
「今日は夜も遅いし、早く寝た方がいいぞ」
「そうだね。また明日」
「ああ。おまえは……不思議なやつだな」
電話が切れると、急に夜の静けさを実感した。
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