第22話 どうして

   森山律


 あれから、一カ月が経過した。私は真由香のことが気になり眠れない日々を送っていた。そんな状況でも紅子ちゃんはお構いなしに触れ合いを求めてくる。ほんとうに人の心がないというか、大分頭が悪いのだと思う。自分の置かれた状況、私の心境なんて少しも理解していないのだろう。私がイライラしていると、心配していそうな、それでいて何も考えていなさそうな顔で頭をなでようとしてくるのに、私がようやく落ち着いて眠りにつこうとすると、今度は肉欲をあらわにして迫って来るのだ。私はそんなことをするのが嫌で嫌で、以前のように暴れる気力はなくとも、反抗した。ただ、強固な上下関係というものは消えてはくれず、されるがままになることも多々あった。

 私は限界を感じた。死にたかった。しかし、それさえも許される状況ではなかった。自分で命を絶てるような危険物はこの部屋には一切ない。いっそ、全力で抵抗した上で殺されてしまえばいいとも思った。周到な監禁犯はそれさえ許さなかった。出血を伴う怪我でさえさせてこなかった。首を絞めても私が少し大人しくなったら、たちどころに手を離してしまう。私は日々が憂鬱だった。汚い奴隷として生かされることは、屈辱でしかなかった。

「飯だぞ」

ある朝、紅子ちゃんがいつもの調子でそう呼びかけた。以前は私が調理することもあったが、今は食べ物に触る気も起きない。そうなると、食事のメニューはカップ麺や菓子パンになる。私はふらふらと彼女について居間まで行った。廊下の空気は冷蔵庫のように冷たく、締め上げられていた。

「ほい」

紅子ちゃんが出してきたのは、パックか何かのおでんだった。今までに比べるとやけに落ち着いたメニューだ。立ち上る湯気からはほんのりと出汁の香りがする。私は顔を背けた。

「……なんだよ、いらないのか」

何も答えないでいると、肩を小突かれた。

「おーい、何不貞腐れてんのさ」

「私、いらない」

泣いたつもりはなかったが、何となく視界が潤んだ。鼻の中の空気も少しずつ湿度を増していく。

「なんでだよ」

「嫌だ。もう死にたい」

気がつけば、そう漏らしていた。背中を平手で軽く叩かれる。

「知らねぇから食え」

「食べたくない」

私は肩をすくめた。このまま体が小さくなって、やがていなくなってしまえればいいのに。窮屈な居間ではいっそうそこにいる自分の大きさや存在感が引き立てられる気がした。

「いいから食えよ」

紅子ちゃんはなおも続ける。私もそれに対抗するように少しも口を開かなかった。やがて湯気が立たなくなり、部屋には海鮮のなんとも言えない匂いが充満していた。

「どうしたら食ってくれる」

懇願するような口調で紅子ちゃんは言う。私は間を置かず答えた。

「真由香はどうなったの?」

紅子ちゃんは黙ったままだ。

「真由香が無事なら、私——」

「アイツらから聞いたことだ。確かな情報とは言わないが——頭を打って気絶した鈴木は、しばらくして救急車で運ばれた。その後、意識が戻らぬままに、二、三日後……死んだ」

この日のことはこれ以上覚えていない。

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