第21話 水入らず
戸田創
俺は家で一人、複雑な思いに燃えていた。飯泉の行動、すべてが支離滅裂で無駄なものに思えてしまった。彼女が何を求めているのか、よくわからない。
霧崎たちが逃げたことに気がつくと、飯泉はそれを追って姿を消してしまった。そして、なぜか鈴木は意識を失っていた。大した外傷はなさそうに見えたが、念の為俺たちは鈴木を別の場所へ移動させ、公衆電話から通報すると、急いでその場を立ち去った。しばらくして、飯泉が戻ってきた。彼女は鈴木の携帯に非通知で連絡を入れた。「もしもし……?」と母親らしき声が聞こえたが、もちろんすぐに切っていた。
つまるところ、何の成果もなかった。
飯泉の計画は脆弱だ。霧崎だけを逮捕させたいと言うが、そのためには森山の協力が不可欠だった。しかし、今回のことで森山の不信感をさらに募らせ、鈴木という本来無関係でもよかった人間を巻き込んだことで、事態をよりややこしくした。その上霧崎の警戒心を増大させ、おびき出すチャンスを失ったと言える。やはり、霧崎だけを逮捕させることなど不可能なのだ。俺たちが犯した罪を知る者の数はもはや片手では数え切れない。そもそも、霧崎が警察に連れて行かれたとして、俺たちが共犯であることを話さないわけがない。アイツはそんな義理堅い女だとは到底思えない。しかも、相沢にこの件を相談していない以上、もし失敗して相沢まで被害を受けることになるのは避けたい。そんな諸々の事情から考えて、やはり無謀な計画だった。ただ、飯泉を理解してあげられない俺は、やっぱり彼女にはふさわしくない男なのだと、つくづく思うのだった。
悶々とベッドの上で携帯を眺めていると、相沢から電話があった。俺はすぐさまボタンを押す。
「もしもし」
「もしもし、戸田か」
「ああ」
俺が答えると、相沢は一呼吸置いてから尋ねてきた。
「おまえたち、俺に何か隠してるだろ」
俺は胸を突き刺されるような気持ちになった。相沢のことを思ってとはいえ、秘密裏にこそこそと動き、ましてや相沢の想い人を陥れる計画を立てているなどと思うと、なおのこと申し訳なくなった。ただ、計画を打ち明けることだけは絶対にできない。そうなれば、相沢に飯泉の兄を殺したのは霧崎だということを伝えなくてはいけなくなる。
「……どうしてそう思った?」
「怪しいんだよ。突然ビラ配りの人を連れて来るし、霧崎はなぜかいきなりいなくなるし」
脇をぬるい汗が伝うのを感じながら、俺は必死に答弁した。
「あー、鈴木は、ただ新しいサンドバッグにちょうどいいから、って飯泉が言ってた。霧崎がいなくなったのは——またどうせ兄貴に怒られたとか、森山が逃げようとしてたから阻止したとか」
「あぁ」
相沢は納得がいかないというように曖昧な相槌を打つ。
「あとさ、なんで最近俺を除いて二人でこそこそしてるんだ? まさかおまえら——デキてるのか」
「ばっ、んなわけねぇだろ」
俺は慌てて反論する。しかし、内心相沢の勘違いに安心した。相沢が飯泉の行動の動機について核心的なことを尋ねてくる心配はなさそうだ。
「ほんとか? しかも、戸田、おまえ飯泉の家に出入りしてるだろ」
「なんで知ってるんだ」
「はー、マジかよ。今適当に言っただけだ。なぁ、飯泉ともヤッたのか?」
「んなわけ。アイツには手ぇ出さねえよ」
そう言うと相沢はなぜか笑い出した。俺のことをヘタレだと言いたいのだろうか。
「なんだよ。飯泉はおまえが好きだって言うから遠慮してるんだ。他にヤレる女ならいるさ」
「またそんな冗談言ってんのかよ」
そんな態度をとられるとこちらも反撃したくなる。
「おまえこそ、霧崎とはどうなんだよ」
飯泉は霧崎への連絡係として積極的に相沢を起用している。相沢の恋愛を後押しするかのようにカモフラージュしつつ、四人でのつながりが絶たれないような鎖として機能させていたのだ。俺も霧崎の話題を積極的に出した方が自然だと判断した。
「どうもしてねぇよ」
相沢はぶっきらぼうに答える。俺はさらに追い打ちをかけるようにからかう。
「ヤッた?」
「まだだよ!」
「まだって、する予定あんのかよ」
「……ないけど」
相沢は急にもじもじとしだす。
「なぁ、どうやって誘ったらいい? 俺、戸田と違って経験もないし……」
「デート……映画にでも誘えばいいだろ。それで来たがらないんなら、そういうことさ」
「そんなぁ」
情けない声に俺は思わずにやにやしてしまった。
「ただ、おまえも憎たらしいやつだな。あんな良い幼なじみがいるのに、別の女にうつつを抜かしやがって」
「だって、霧崎って、胸デカイし、かわいいし……」
相沢はためらいがちにつぶやく。
「でもちょっと肉がつきすぎじゃないか」
「おい、そんなこと言うなよ。あのくらい全然普通だろ? むしろ昨今の痩せ信仰は健康面から考えて——」
「あー、まあいい、いい。俺は細い女が好きなだけだ」
その後も、携帯の充電がなくなるまでそんな下品でくだらない雑談をして、俺たちは夜を明かした。久しぶりに、相沢と楽しく過ごせたような気がした。それと同時に、こんな良き友人を騙している事実が、何とも心苦しく、俺の胸にのしかかるようになった。
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