第18話 果敢にも

   鈴木真由香


 新年になるも、相変わらずクラスに律の姿はない。私はあれからあの連続殺人事件について徹底的に調べ上げ、見られる限りの情報は全て手に入れた。しかし、そこに律の姿は見当たらなかった。当たり前だ。そもそも、被害者は成人の男性にほぼ限定されており、たまたま事件を目撃してしまっただけの律は犯人とのつながりが希薄なのだった。また、被害者同士にも共通点はあれどこれといったつながりはなく、無差別的な、ある意味通り魔的な犯行のようだった。

 私が律探しに時間をかける一方、吹奏楽部の活動は、定期演奏会向けてどんどん忙しくなった。自然に二つの両立は厳しくなり、私は寝不足になり、茉里には心配される始末だった。私は次第に追い詰められた。ある時茉里に「森山さんのことは確かに心配だけど、一度目の前のことだけに集中しない?」と言われた時は、気がついたら「放っておいてよ!」と叫んでしまっていた。それでも引き続き優しくしてくれた茉里には、感謝している。

 休日は貴重だった。学校が始まってから初めての土曜日の朝、私は母に新聞を取るよう頼まれて、凍えるような寒さの中玄関のドアから顔を出した。ポストをのぞくと、新聞の下に何かある。

「なにこれ、写真……?」

詳しく見ようとして、私は呼吸が止まりそうになった。全体的に何かに遮られて見づらい写真だが、奥の方に、男性に押し倒される服のはだけた女性が写っている。その女性とは、律だった。

 私は慌てて周囲を確認すると、急いで家の中に戻った。一体どうして、なぜ、誰がこんなことをしたのだろう。律を誘拐した犯人が、投函したのだろうか。

「警察……」

携帯を手に取ろうとしたところで、私は新着メッセージに気がついた。

『写真を見つけたか? 警察に言えばこの女の命はない……』

そんな文字列が目に入り、私は慌ててそのメッセージを確認した。知らないアカウントからだった。メッセージの続きには、私が律と親しかったと言う関係を知っていると言うこと、律に会いたければ指定された日時に指定された場所に行けとの通達があった。私は返答に迷ったが、大人しく従う旨だけを伝えた。それから、私は結衣にこの出来事を報告した。結衣は心配してくれて、「一人で行くな。私も一緒に行く」と言ってくれたが、犯人の逆鱗に触れるかと思い、また、結衣を巻き込むわけにはいかないため断った。

 そのやり取りの後、意外な人物からの通知があった。

『結衣から聞いたんだけど、実は私のところにもこんなのが来てて……』

飯泉さんだった。なんと、飯泉さんの家にも律の写真が届いていたらしい。犯人からのメッセージも同様に来ていて、呼び出された場所は同じだった。

『一緒に行こう』

飯泉さんは言う。しかし——私は彼女のことを疑うしかなかった。そもそも、なぜ初めに律についての情報を知っていたのか。そして、なぜ律と親しかった訳ではないだろうに、犯人からのメッセージが届いているのか。そして、なぜ私に犯人探しのための情報を渡したのか。考え出すと、彼女自身が犯人か、それに近しい人物なのだと思える。ただ、逆に言えばそれは、私が律に会えるチャンスかもしれないのだった。私は勇気を出して、こう返信した。

『一緒に行きましょう』

結衣にもこのことを報告すると、「飯泉さんと一緒なら大丈夫だ」という。杞憂ならばそれでもいい。どちらにせよ、犯人に対峙するチャンスだ。興奮と不安を抑えながら、私はその日を待った。


    ◇◇


   戸田創


「こんなんで騙されるか?」

「どーだろ」

俺は飯泉と顔を見合わせて笑う。こっそり隠し撮りしておいた森山の画像と、誘拐犯を装ったメッセージを鈴木に送っておいた。こんな策で騙されるとは思わなかったが、意外にも返信は「従う」というものだった。こちらが犯人であると踏んでの英断なのかもしれないが、とりあえず接触の機会が持てそうだということには変わりない。

「あとは、本当に協力させられるかだな」

俺たちは鈴木を呼び出した後、霧崎紅子の存在、そして森山律の居場所を——もちろん具体的にではなく抽象的に——伝えるつもりだった。そして、警察に言えば森山の命はないと念を押しつつ、協力を仰ぐ……その予定だ。飯泉の考えは相変わらず不明確だが、いざとなれば全員始末してしまえばいいという考えは変わらないようだ。

「とりあえず、指定の日までは鈴木の監視を続けましょうね」

「そーしましょーね」

飯泉とふざけ合うのは楽しかった。運良く相沢ではなく俺にこの役目が回ってきたことが嬉しかった。

 取り決めの日、夕方五時、約束通り鈴木真由香と合流した飯泉は、俺の待つ指定場所までやってきた。指定場所とは、たまに死体を埋めたりするのに使っている裏山だ。人はめったに来ないし、服装に気をつければ怪しまれないので気に入っている。鈴木の背後を狙うようにして、俺は距離を詰めた。そして、腕を回して鈴木の動きを封じた。

「やっぱり……!」

短く悲鳴を上げたあと、鈴木は叫んだ。飯泉は鈴木に歩み寄ると、説明を始めた。

「わかってると思うけど、私たちは犯人とつながりがある。けど、私たちは森山さんを誘拐した張本人ではない。誘拐したのは、この間言った通り例の連続殺人事件の犯人だから」

鈴木はうめきながら俺の腕から逃れようとする。しかし、飯泉はそれを制した。

「落ち着いて。相手は凶悪犯だよ。そして、真由香ちゃんの存在を知ってるし、真由香ちゃんが自分の存在を認知していることも知っている。つまり、あなたは命を狙われてるの。そんな状態で警察にでも相談しようものなら……わかるね?」

「……わかってる。でも、その凶悪犯の男を出しなさい! 私は今すぐ律を解放してくれるよう頼みたい。それが叶えば警察になんて——」

俺は笑いをこらえた。鈴木は連続殺人犯といえば当然男なのだと思い込んでいるようだった。

「待って。実は、私たちも森山さんを解放させたいと思っているの。アイツには散々酷い目に遭わされた……アイツを警察に突き出して、死刑にしてやりたいわけ。だけど、私たちもアイツに犯行を手伝わされた。だから、このままただ警察に相談したところで、私たちまで重罪になってしまう」

「どうだっていい! とにかく律を助けて」

必死な様子の鈴木を見て、飯泉はイラつきを抑えた様子で続ける。

「落ち着けって。今すぐアイツを解放させようとすることは、律ちゃんと真由香ちゃんの死、そして私たちが一生を牢屋で過ごすことにしかつながらない。ちゃんと手順を踏まないとダメだ。犯人を嵌めるんだよ」

「……なら、私をここに呼び出したのは?」

「協力してほしい。律ちゃんは今洗脳状態になっていて、犯人から離れようとしない。私たちは、二人が引き剥がされるタイミングをうかがっている。律ちゃん本人の協力を得て、安全に犯人の元から逃れさせたいんだ。でも今はそれが難しい。律ちゃん本人が犯人から離れない限り、私たちが犯人に近づけば律ちゃんは殺され、遠ざかれば助けられないというループに陥る」

飯泉のまどろっこしい話し方に鈴木は苛立っている様子だ。

「じゃあどうすれば」

「まずは律ちゃんを洗脳状態から脱させる。そうなれば、律ちゃんにあらかじめメッセージを伝え、複数人で協力して犯人を追い詰められる」

飯泉は少し間を置いてから言い直した。

「真由香ちゃんには、律ちゃんを説得してもらう。今アイツは強情になっているんだ」

「律……! 犯人はどんな酷い仕打ちをしたの?」

鈴木は声を張り上げる。飯泉もだんだんと口調を変化させた。

「大丈夫。傷つけるようなことはしてないさ。ただ、『おまえが逃げようとするなら鈴木真由香を殺す』。そう言っただけだよ。それから、森山は私たちがどんなに手を差し伸べようとしても、罠だと疑ってビクともしない。自分が反抗すれば真由香ちゃんが殺されると信じているから、犯人に何も言われても従ってしまう」

「嘘、そんな……」

良い詭弁だった。いや、詭弁? 詭弁なのだろうか。少なくとも、今言ったことは森山の行動に対する飯泉の解釈とは違っていたはずだ。しかし、森山が霧崎に従っている真の理由は、もしかするとそこかもしれない。鈴木真由香の安全のため、自らの身を売っているのではないか。霧崎に特別な感情などなく、全ては生存戦略のため——いや、本人に自覚はなかったとしても、本能的に霧崎に従うという最適な行動を選んでいるのではないだろうか。ということは、鈴木真由香の絶対的な安全さえ示せれば、霧崎と森山の間の関係は希薄になる。実に脆い関係だ。だからこそ、ここで鈴木の協力は有用となる。

「わかった。つまり、私がどうにかして直接自分の身の安全を示せばいいのね」

鈴木も理解しているようだった。しかし、飯泉はこう返した。

「違うよ。そんな方法はないでしょ? まさか君自身が犯人の前に躍り出る訳にもいかない。逆だよ。鈴木真由香が犯人とは離れたところにいて、かつ危機的状況にあることを伝えるんだ。例えば、私たちが鈴木真由香を監禁したことにするとかね」

「そんなの——」

「これが律ちゃんを助ける唯一の方法だよ? もちろん、監禁されているフリでいいんだ。私たちは犯罪者にはなりたくないって言ったはず。真由香ちゃんに危害は加えない」

俺は鈴木の手に手錠をつけた。嵌めやがって、とでもいいだけな顔だが、抵抗はされなかった。

「律が助かるって言うんなら、協力します」

苦虫をかみつぶしたような顔で、鈴木は言った。おまえらみたいな犯罪者集団に従うのは本意ではない、とでも言いたげだった。

「それでいいよ」

飯泉は鈴木を薄暗い山小屋に押し込んだ。

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