第三章 喪失

第15話 飯泉の告白 前編

   戸田創


 俺は飯泉の家を前にして、何となく緊張して立ち尽くしてしまった。相沢や霧崎と一緒になら何度か邪魔したことがあるが、二人きりとなると訳が違う。

「ちょっと待ってて」

そう言って飯泉は先に家の中に入っていく。二分ほどすると、再びドアが開いて、飯泉が顔を出した。

「もういいよー。お母さんいるから、こっそりね」

「ああ」

飯泉のうちのことは、実はよく知らない。しかし、母親がアルコール依存症で、一度怒らせてしまうと手が付けられないということだけは知っていた。

「あ、あと、もしお母さんがこっち来ちゃったら、『後で相沢も来る』ってことにして。男と二人っきりとか、ガチでキレられちゃうの」

「男二人と三人だけになるのはいいのか?」

「相沢は幼なじみだから、許してくれる」

俺はなんとなく安心した。飯泉の母親は、相沢と飯泉の間に男女の関係が生まれるとは考えていないらしい。

「そうか、了解。おまえも大変だな」

「兄ちゃんがいた頃は、よかったんだけどね〜……今は私がしっかりしないと」

飯泉は中学に入ってすぐの頃、兄を亡くしている。バイトからの帰り道で、階段を踏み外してしまったそうだ。その時は、俺はまださほど飯泉と接点がなかったので、詳しくは知らない。

「そこ座っていいよ」

自室に入ると、飯泉はベッドを指さしてそう言う。男を部屋に連れ込んでいる状況を自覚していない無防備さに、俺は少しイラついた。

「で、対霧崎大作戦だったな?」

「そうでーす。何をおとりに使ったらいいかな?」

おとりになりそうなもの、つまり、霧崎の好きそうなもの、大事にしているもの、そう言えばあまり知らない。アイツは学校ではとことん暗いやつだったし、家でもゲームばかりしているイメージだ。かといって、お気に入りのゲームがあるわけでもなく、むしろ飽きっぽい性格から長続きしないことが多かった。家族は、兄が一人いるのみで、両親はすでに他界している。霧崎が小学生の時、運転中に父親が心臓発作を起こし、同乗していた母ともども建物に激突して亡くなったらしい。この話は、霧崎が以前苦しげに語っていたことだ。

 そういえば、家族を亡くしているもの同士という意味でも、飯泉と霧崎はお互いに理解者であるように見えた。二人の間に、俺の知らない何が隠れているのだろう。とにかく、霧崎が執着しそうなもの、ましてや死刑か無期懲役になってまで優先しそうなものなどひとつも思い当たらなかった。

「アイツをおびき出せそうなものって、なんだ?」

「それが難しい。取引の材料がないの」

俺はうなった。本人に聞く? いや、それは不自然だ。霧崎が、自分の一生を引き換えにしてまで守りたいものなどあるのだろうか。

「取引して、ってんじゃなくて、現行犯で警察呼ぶってのはどうなの?」

「それじゃあ、私たちだって捕まるかもでしょ」

「そうなのかな。霧崎の余罪が分からないような形で、例えば窃盗とか、軽犯罪で逮捕させるってのは」

「それは本末転倒。私は、霧崎の余罪を洗いざらい晒したいの」

やはり、甚だ疑問だった。結局、飯泉の目的は、霧崎に復讐することと、霧崎の罪を白日の元に晒すことのどちらなのだろうか。

「うーん、霧崎に復讐したいだけだったら、別のやり方があるんじゃないのか? 正直なところ、俺たちだって犯罪者なことには変わりないんだよ。警察とは関わり合いになりたくない」

「私は——私は、霧崎を重大な犯罪に関与してる人物だと警察に認知させたいんだ。そして、霧崎の罪を、ぜーんぶ、徹底的に洗い直させたいの。古本屋で万引したことから——」

「いや、だからさ、それなんで?」

飯泉は大きなため息をついた。


「やっぱ、言わないとダメか」

罰の悪そうな顔をして、飯泉は吐き捨てる。二十秒ほどして、飯泉は顔を上げた。

「この話、相沢には絶対言わないでよ」

「……わかった」

「戸田のこと、信頼して言うんだからね」

飯泉は俺の方を見上げる。目が潤んでいた。

「あのね、兄ちゃんは……霧崎に殺されたの」

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