第13話 ここにいられて
戸田創
ドアが閉まるのを見届けたあと、飯泉は言い放った。
「わかったでしょ。霧崎。アイツは危ないよ。完全に絆されてる」
相沢は、弱々しく反論した。
「でも、今のところは確かに警察にバレる心配は薄かっただろ。それに、無駄に殴る蹴るの暴行をする意味は無い」
相沢の言うことはもっともだった。霧崎が情に絆されていることは明らかだったが、それを今すぐ追求して責め立てる必要はないように思う。むしろ、被害者を連れて歩き回らせる方が、よっぽど警察に見つかるリスクという面では上だ。それに、霧崎に親しくされて大事に扱われたことで、森山の方も油断し、懐柔されているようにも見えた。俺も初めは霧崎と森山の間に結ばれた何らかの関係に危険を感じていたが、蓋を開けてみれば、少なくとも俺の目には、長く生活を共にしたことでちょっとした愛着が湧いてしまったという程度に映った。そこに、俺たちに不利益が及ぶような行動を起こせる程の関係性は見いだせなかった。しかし——
「私は、霧崎が言ってた『弱み』ってのが気になるの」
飯泉が俺の疑問を代弁した。俺がうなずくと、飯泉は続けた。
「いくつか推測してみたんだけど——霧崎が何らかの罪を犯した、という内容だったわけだけど、そもそもアイツにバレて困るような罪状なんてあるの? って話」
「殺人に匹敵する重罪は、放火、強盗殺人くらいかな。でもそもそも、霧崎はいざとなったら森山を殺せばいい話だし、その『弱み』がバレて他の罪状はバレないなんて状況は考えにくい。どうせ死刑か無期懲役になるんなら、他の罪状の有無ははっきりいってどうでもいいはずだ」
俺が答えると、飯泉はドラマの探偵役のようなそぶりで言い放った。
「そう。だから、謎なの」
そして、前髪を指にクルクル巻き付けながら言った。
「つまり、霧崎が犯したのはバレたら名誉が傷つくようなことだってわけ」
「今更アイツに名誉なんかあるか? だってそもそも——」
言おうとして飯泉に制された。相沢には伝えていない内容だった。
「あー、そもそも、殺人犯なのには変わりないじゃないか」
「一見すると、名誉なんて気にしてなさそうに思えるかもしれない。けど、アイツにもプライドはあるでしょ。霧崎が一番誇っていそうな部分と言えばなんだと思う?」
相沢が答えた。
「見た目か? 強いて言うなら」
「そう、つまり、霧崎がバレてしまったことは……整形!」
拍子抜けだ。俺はあきれて半笑いになりながら言った。
「アイツは昔からあの顔だったろ。それは無理があるって。そもそも罪状じゃねぇし」
相沢が付け足す。
「今の飯泉の話を聞く限り、そもそも『罪状』って言う表現は比喩みたいなもんだとしか思えない。だって、ほんとの罪状が追加されても、正直さほどデメリットがないだろ。つまり、それじゃ『弱み』にならない」
「えー、いい線行ってたと思うんだけど」
飯泉は本気で残念がっている。俺はその様子を見てげらげら笑いながら言った。
「あは、相沢の言う通りだよな。ただ、いい線行ってるってのはそうかもしんねぇ。ほかにプライド関連で考えられっとしたら、昔いじめられてたことがバレるとか?」
相沢が反論する。
「いや、それなら俺たちにも話題に出させないようにするんじゃない?」
「うんうん。霧崎、私にめっちゃ昔の経験ぐだぐだ語ってくるよ」
飯泉も相沢に同意した。俺は笑いすぎて苦しくなっていた呼吸を落ち着かせつつ続けた。
「まさか『ほれた弱み』だったりしてな」
「っぷ、それはないだろ。罪状は禁断の恋か?」
今度は相沢が吹き出す。一方、飯泉は急に真剣な顔になって言った。
「え、そういうこと?」
俺は聞き返した。
「そういうことって、どういうことだよ」
「だって、霧崎とあの女、絶対恋愛関係……」
「ないないないない」
俺は顔の前で手を振って否定した。女同士、それもこんな短い期間で恋愛関係に発展するなどありえない。それに、森山の方は、自分を誘拐した犯人である霧崎に対し、一見好意的にふるまっていても、心の奥底では憎んでいるに決まっているのだ。霧崎に関しては、そもそも恋愛感情というものが存在するのか怪しい。それなのに、真に受けてしまったのか、相沢はうろたえながら言った。
「え、霧崎と、あの女が……?」
飯泉はうなずいた。
「そう。だって、そういう言い方をするとしっくりくるんだもん。無意識にかばいあってる。相手を大切に思っているというよりも、相手に好かれたがってるような……相手の敵を攻撃しようとするような感じ」
「いやぁ、せいぜい友だちみたいなもんじゃないの? それか、主従関係的な」
俺が反論すると、飯泉は腕組みをする。
「相沢にはつらいことかもしれないけど、やっぱり私には二人がまるで恋人同士のように付き合っているように見えたよ。だって、お互いの手をつないで帰って行ったし、霧崎は森山を私たちの好きにさせたくないみたいだった。それに、森山も霧崎の指示にだけは大人しく従って、しょっちゅう様子をうかがっていた」
俺はうなずいた。
「まあ確かに、俺たちのことは敵認定で、霧崎には心を許してるような感じはしないでもなかった」
相沢は眉尻を下げて悲しそうにしたので、俺は相沢の肩に手を置いてやった。
「ま、まだ失恋とは限らんぞ。飯泉が勝手に言ってるだけだし」
相沢は大きくうなずいて、それからゆっくりと立ち上がった。
「もう俺寝る準備するわ。おまえらもそうしてくれ」
「はーい」
俺らは適当に布団を敷いて寝る準備を始めるのだった。
突然、肩を叩かれて目が覚めた。飯泉だった。
「どうした?」
「ちょっと話してもいい?」
「なんだよ」
俺が言うと、飯泉は俺の顔をのぞき込んで、小声で言った。
「また、今日みたいに霧崎を呼び出したいんだけど、協力してくれる?」
「はぁ……相沢も言ってたろ。それはあんま意味ないって」
「そうじゃなくて」
飯泉は振り返って、相沢の様子を確認する。起きる気配はなさそうだ。
「戸田に頼みたいの。私、霧崎の犯行を明るみに出そうと思う」
「は?」
飯泉はしっと人差し指を口にあてて、俺の大声をとがめた。
「そ、そんなことしたら、俺たちのしたことだってバレるに決まってる」
「そうじゃなくて、霧崎と森山をどこかで離して、その時に取引として持ちかければ——」
「いや無理だよ。そもそも、霧崎だって……仲間だろ? なんでそんな裏切るようなことする必要があるんだよ」
飯泉が何をしたいのかさっぱりわからなかった。そんな俺の様子にお構いなしに、飯泉は続ける。
「あのね、私……霧崎に復讐したいの」
「は? なんでだよ、相沢盗られたから?」
「違う、そんなんじゃない。てかまだ盗られてないし」
「じゃあ……なんだよ。何かあったのか」
飯泉は仰向けになって、布団を被った。
「……昔からずっと、恨んでる」
「……え?」
「何されたかはまだ言いたくない」
俺は事態を飲み込めなかった。二人の間に一体何があったのか。
「で、でも、おまえら仲良いじゃん」
「演技」
「なんで今更」
「ずっと、チャンスを待ってたから」
飯泉はいつになく真剣だった。俺は何かの冗談じゃないかと思って、半笑いでごまかすしかなかった。
「そ、そんなんよくわかんねぇよ。てか、俺じゃなくて相沢に頼めばいいだろ」
「戸田じゃないと……ダメ?」
「……いいよ。いいんだけどさ、なんで?」
「んー、ふふ、なんでだろう」
真面目に返してくれる気はなさそうだった。俺はまだ納得がいっていなかったが、これは相沢を出し抜くチャンスかもしれないというちょっとした下心もあって、こう答えた。
「わかった。協力するよ。具体的には何をしたらいい」
「んー、まだ、考えてない。一緒に考えて」
「んなめんどくせぇ。仕方ないから付き合ってやるけど」
飯泉はにしし、と笑った。その顔を見ると、今すぐ頭をなでてやりたいような衝動に駆られるのだった。
「じゃあ早速、明日うち来られる?」
「え? いや、まあ、いいけど」
「おし。それなら明日うちで作戦会議だ。あ、言っとくけど、私に手ぇ出したら相沢がただじゃ置かないからね」
「出さねぇよ。てかなんで相沢なんだよ、おかしいだろ」
俺が笑うと、飯泉も吹き出した。慌てて、二人で相沢の様子をうかがう。よし、ぐっすりだ。
「飯泉、おまえこそ相沢に手ぇ出すなよ。俺がただじゃ置かないからな」
「ちょ、それもっとおかしいでしょ」
クスクスと肩を震わせてから、飯泉はあくびをした。
「じゃあ私は寝るから。また明日……いや、今日の朝〜」
「勝手なやつだな」
俺も目を閉じて、眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます