第11話 秘密の計画

 結局、その日はそのまま全員で相沢のうちに泊まった。もちろん、家に帰りたがらない霧崎を相沢と二人きりで泊まらせるわけにはいかないからだ。正確には、飯泉がそれを許さなかった、というところか。

 この家には相沢の家族はいないし、俺らは皆夜帰らなかったところで心配する人がいないので、怒られることはない。詳しいことは知らないが、相沢の父親は相沢が幼い時に出て行ったらしく、母親もほとんど家にいることはないらしい。俺たちは皆なにかしらそういうものを抱えている。だからこそ、こんな生活を送っていられるのだ。むしろ、両親を亡くしている霧崎こそが一番まともな家庭に住んでいるとも言える。少なくとも、彼女には心配してくれる人がいる。


 次の日の朝、霧崎は兄に電話で呼び出され、そそくさと帰っていった。その後、俺たちはまた遊びに行く準備をしつつ少しだけ話し合った。

「なぁ、飯泉。霧崎がこのまま森山と俺らの知らない関係性を発展させるのはまずいだろ? どうするよ」

「私の考えでは、紅子にそいつを私たちの前に連れて来させるのがいいと思う。そして、二人それぞれから話を聞き出す。あとさ、霧崎にはもっとキツく言った方がいいよね。名前呼んだりとか、情が移るようなことするなって」

飯泉も霧崎の態度をかなり危惧しているようだ。相沢が疑問を呈す。

「でもさぁ、連れ出したらそれこそ逃げられるリスクがあるよな?」

「じゃあ逆に、私たちが霧崎の家に行くんでもいい。その方がいいかな」

「俺はあの狭いアパートは嫌だけどな」

俺が笑うと、飯泉はこう続けた。

「まあまあ、どうとでもなるよ。今ごろ霧崎がどうしてるかわかんないけど、まだ森山が騒ぐんだったらちょっとぐらい締めてやった方が霧崎も助かるし、なれなれしくはしなくなるはずだよ」

「はは、そう言うのは飯泉の担当だな」

「どうしてよ。男の方が力あるでしょ」

飯泉はむくれる。その様子に少し胸を騒がせつつ、俺はリュックを背負った。


    ◇◇


   森山律


 眠れない。もう何日寝ていないかわからない。ひたすらに涙していたからだ。もし真由香が殺されたらどうしよう。それで頭がいっぱいだった。危害が及ぶのが自分だけだと思っていた時期は、まだ幸せだったのだ。今は……今は、どうしようもない不安とやりきれなさで手が震える。

 紅子ちゃんが部屋を出て行こうとするたび、足に縋りついて抵抗した。そんな時、彼女は不思議と私に暴力を振るおうとはしない。ただ、申し訳なさそうな、こちらを憐れむようなそんな顔をするのだ。しかし、それが私の不安を煽るトリガーとなる。だって、紅子ちゃんが私に手錠をしながら「ごめん」と言ったあの日に、彼女は真由香を殺害するための計画を企てていたのだ。なぜ彼女が真由香を選んだのかはよくわからない。真由香が何かを知ってしまったのかもしれない。

 私は、どんなに謝られたって真由香を失うわけにはいかない。そのために、とにかく外出を控えさせたかった。どうにかこうにか、紅子ちゃんを引き留めたかった。

 だからある時、私は乞うた。

「お願いします、私には何したっていいから、真由香には手を出さないで……」

「だから、あいつはもう殺さないことにしたんだって……」

「信じられるわけない! もうここから出ないで、お願い」

私は紅子ちゃんのコートの裾を引っ張った。無駄だとわかっていながら何度こうしたかわからない。

「ごめんって——」

「だいたい! こんな時間にどこで何してるの、また人を殺してるの!」

「違う……違うんだ、友だちに会ってる」

「そんなわけない! 共犯者だ、ただの友だちじゃない」

私は自分でもよくわからないまま叫んだ。いつも、いつもこんな調子だ。

「じゃあさ、おまえ……ついてくるか」

「え?」

「ただし、逃げようとしたら」

「殺す。わかってる」

何が目的かはわからない。けれど、少しでも何かしらヒントが得られるなら……それでいい。大切な人を失わなくて済むなら、それが最善だ。

「じゃあ、来い。けど、歩いてかなくちゃいけないんだ。だから……あー、どうしよう。手錠もできないし」

「私と紅子ちゃんの手を手錠でつないで、コートの袖が長いから、それで隠せばいい。それでも足りなければ、首にも何かつないで、マフラーでもして隠せばいい」

紅子ちゃんは意外そうな顔をした。そして、ニヤリと笑った。

「素人だな。それで叫ばれたらそうすんだよ。タオルくわえさせて、マスクもさせる。それからできたら顔隠しも……帽子でも被せるんだな」

「なんでもいい。とりあえず、ついてくから」

「それと、もし逃げようとしたら——」

「殺す」

「おまえじゃなくて、鈴木真由香をな」

私は息を飲んだ。しかし、覚悟を決めてうなずく。

「……わかった」

言われた通り、タオルで口を縛られて手錠をつながれ、帽子とマフラーもした。離れられないよう、腕も組まれた。左肩を少し引っ張られるような変な体勢のまま、二人で歩き出した。

 明日は大みそかだ。真っ暗になった街でも、年末の忙しい雰囲気がわずかに残る。大みそかはさすがに両親も冬休みになり、家族団欒で過ごせる数少ない時間だったと思う——今年も、家族と年を越したかった。それをしたければ、逃げられるチャンスは今しかない。けれどそれは不可能なのだ。家族との時間も惜しいが、まずは真由香の命を守らなくてはいけない。悔しいが、一ミリも抵抗は許されない。


 何十分か歩いたところで、寂れた雰囲気の一軒家についた。そして、チャイムを押すと、中からは女が出てきた。

「はーい……お、連れてきたか。唐突だな」

「あんま手荒にすんじゃねえぞ」

玄関に一歩入ると、すぐさま後ろのドアが閉められ、鍵をかけられた。先ほどの女に導かれるまま部屋に入ると、中には男が二人いた。

「よう、霧崎。そいつは……」

「今は大人しい」

背中に嫌な汗が伝った。これから一体何をされるのだろう。暴力を振るわれるのだろうか。

「鈴木真由香の命を引き換えにとってある。今は逃げない」

そう言って、紅子ちゃんはコートを脱いで、私の手錠を外すと、床に正座させた。

「ふーん……だったらなんで連れてきたのよ」

女が尋ねると、紅子ちゃんはいぶかしげに答える。

「え、おまえらが連れてこいって」

女が男たちの方に向かって語りかける。

「相沢?」

「俺は、飯泉がここにそいつを連れてくるよう言ってたと、霧崎に伝えただけだよ」

背の低い方の男が答えた。相沢というらしい。もう一人の背の高い方の男が続ける。

「ま、とりま締めればいいんだろ。飯泉、おまえの担当じゃないのか」

やはり私は何かしら酷い目に遭わされるようだ。体がわなわなと震えてしまうのを必死に押さえつけた。心臓の拍動が早くなり、タオルに口をふさがれているせいで窒息しそうだった。でも、抵抗しちゃいけない。真由香の命が懸かってるから。飯泉と呼ばれた女は、紅子ちゃんの方を真っすぐ見て言った。

「いいけどさぁ、私はそれよりも……霧崎、あんたが気になる」

「どういうことだ」

紅子ちゃんの手が、少し汗ばんでいた。何か後ろめたいことでもあるかのように、唇をかんでいる。

「そいつに余計な情が湧いてんじゃないかってこと」

「そんなことない」

紅子ちゃんがすかさず反論すると、飯泉は酷く冷たいトーンで言い放った。

「じゃあ、今そいつ殴れ」

「はっ、別に——」

「締めるんでしょ?」

紅子ちゃんは、一瞬私の顔を見た。それから、グーで私の右頬を殴った。タオルを長い間くわえているせいで感覚が麻痺しているのか、大して痛みを感じなかった。右手ではなく左手で殴られたせいかもしれない。紅子ちゃんは拳を握ったまま、飯泉の方を見た。

「蹴ろ」

今度もさほど間を開けず、横っ腹に蹴りを入れられた。鈍痛はあったが、倒れるほどの衝撃はなかった。

「もういいだろ」

「いや、なんかさ、さっきから躊躇してばっかりだよね」

「……大声出されたら、まずいかと思って」

「なんのためにタオルくわえさせてるの?」

飯泉の追求は止まらない。紅子ちゃんが私に大してなにか……なんだろう、何かしらの感情を抱いていることを疑っているらしい。他人から見て、私たちはただの誘拐犯と被害者ではない何かしらの関係を結んでいるのだと、そう見えているらしい。

「もういい。こいつは私と相沢で痛めつけるから」

「霧崎、おまえは俺から聞きたいことがある」

背の高い方の男がそう言うと、紅子ちゃんはそいつに部屋を連れ出された。ドアを閉めながら、紅子ちゃんは不安そうな顔で私の方を見た。

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