第8話 皮肉だ
鈴木真由香
「真由香……真由香」
肩を揺さぶられ、ようやく気がついた。友人の茉里が、タレ目の目尻をさらに下げて心配そうにこちらをのぞき込む。
「あ、はいはい……何でしたっけ」
「真由香、最近ぼーっとしてばっかだよ」
茉里はあきれた顔で言う。彼女は吹奏楽部の同輩で、パートはフルートなので私とは違うが、なんとなく気が合って中学の時から仲良くしていた。
「ごめんごめん……」
私はともすればまた空想の世界にこもってしまいそうだった。律がいなくなってから、ずっとこんな調子だ。茉里と一緒に教室移動をするときも、部活の合奏の最中にも、どうしても考え事をしてしまう。その度にずっと律のことを考えているのかといえば、そうではない。しかし、大切な友人のいないことに起因する心の空虚さが、何かしらの思考でその穴を埋めようとさせてしてしまうのだった。
律は、小中学時代からの数少ない友人だった。ドライで、飄々としていて、とにかく自由人。どこか危なっかっしさもあって、私はそれをカバーするように過ごすのが好きだった。律は私を歓迎しなかったが、追い払いもしなかった。そのくせに、時々「私には真由香が必要だ」というようなことを言ってくるのだった。高校に入ってからも、律は特に新しい友だちを作ろうともせず、一人でも平気そうな顔をしていた。だからこそ、私がくっついて回らなくてはならないような気がした。
律がいなくなったことはショックだった。そしてそれ以上に、彼女のことなら知り尽くしていると思ったはずの私が、彼女の両親に何か知っていることを求められた時、決定的なことは何も言えなかったのがショックだった。彼女はやはり、私がいてもいなくても、ただ淡々と日々を送っていたのだろうか。急に、私と律はお互いに一番の友人であるという点に、自信が持てなくなった。それは、律を肉体的に失ったことだけでなく、精神的に失ったことに等しかった。高校に入学してからできた茉里のような友人も確かに大切だったが、律は特別だった。
せめてもの自分への慰めとして、私は進んでビラ配りなどの捜索活動を手伝った。時には隣町まで出向いて、目につく人みんなに声をかけた。取り合ってくれる人は少なかったが、人々の意識に少しでも律のことが残ってくれればそれで満足だった。そして誰かがどこかで律を見つけて、その時に少しでもこのビラのことを思い出してくれるのを願った。
◇◇
戸田創
学校の帰り道、今日は霧崎に頼まれた仕事もなかったので、飯泉、相沢と三人で駅前のゲームセンターで遊ぶことにした。チームで分かれるゲームで飯泉が相沢とばかりペアになろうとするので、俺は少し気分が悪かった。
「飯泉、次は俺と組もうぜ」
「いいけど、相沢は弱っちいから戸田と二人でかかったら負けちゃうよ?」
「そんな弱くねえし」
飯泉は相沢を揶揄うのが好きなようだった。相沢は煩わしそうにしているが、内心満更ではないのかもしれないと思うと気が気でなかった。幸い、相沢は霧崎に想いを寄せているので今のところその心配は薄い。
「じゃあ、エアホッケーやろう。飯泉は得意だから、俺と相沢で組む」
「ふむふむ、それなら受けて立とう」
四百円を入れると、台にプラスチックの円盤が放出される。俺は円盤を思いっ切り打つと、飯泉はそれを両手に持ったマレットで防御した。すかさず相沢が返す。こんな具合に、なかなか勝負は決まらない。俺は防御に必死になって飯泉が両腕を伸ばした隙を狙い、
「おらっ」
「入ったか!?」
強烈なアタックをお見舞する。飯泉は首を振って長い前髪をかき上げると、右腕を外側に回すようにして円盤を打ち返した。
「よし!」
飯泉の仕草に何となく見とれていた俺は、自分側のゴールに入っていく円盤をみすみす逃してしまった。
「やったー! 今日はおまえらポテト奢りな」
飯泉は無邪気に喜ぶ。
「えっ、それは聞いてないぞ」
あきれる相沢と顔を見合わせながら、俺は何となく胸が温まるのを感じた。
ファストフード店で飯泉にポテトを奢った帰り道、駅に向かう途中で何やらビラを配る人たちに遭遇した。
「お願いします」
「あ、はい」
飯泉が一枚押し付けられていた。押し付けた人物はすぐに去っていったが、俺らとそう年の変わらない女子だった。
「何のチラシ?」
「いや、行方不明者の……ん、森山律?」
「こ、これ、霧崎が誘拐してきたやつのじゃん。こんな隣の市にまでビラ配りする人が来るなんて」
相沢が焦ったように言う。飯泉はしっ、と口に手を当てた。
「すると、配ってたのは森山の身内か……」
「これ、霧崎に報告するべき?」
「いや、このくらいはさすがに想定内。しかも、そもそも警察の捜査が行われての話だから、このビラがあろうとなかろうと大した違いじゃないだろう」
飯泉はビラをカバンにしまい込み、また歩き出した。しかし、相沢は何かが引っかかっているようで、何度か後ろを振り返る。
「おい相沢、不自然だぞ」
「だって……」
俺が注意すると、相沢は眉を下げた。すると、飯泉が笑い出す。
「わかったよ、相沢がそんなに心配なら、霧崎にも報告する」
「あっ、そしたらその時は……」
「相沢から言いたいんでしょ? そうしなそうしな」
このやり取りを聞いて、俺は幾分か安心した。飯泉と相沢の間には俺が心配するようなフラグは立っていなさそうだ。困ったやつだな、というような表情の飯泉と目が合い、自然に笑いが漏れた。
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