第7話 もう誤魔化せない
戸田創
「……ふぅ」
飯泉は汗を拭った。いくら冬の寒い頃とは言え、こう長く力仕事を続けていると、さすがに汗ばんで来た。
「いっかい休むか? 女にはキツいだろ」
「いや、いいよ……そうだ。戸田、霧崎のとこにいるやつの話聞いた?」
「知らないな」
飯泉は一度手を止め、地面に突き刺したシャベルに寄っかかった。そして、ペットボトルの天然水をぐいっと飲む。
「前に霧崎がしくって誰かに見られたって言ってたじゃん?」
「ああ」
「あの時の目撃者、誘拐して監禁してるんだってよ」
「マジかよ。あいつも何考えてるか分からないな」
「ほんとそう」
そう言って飯泉は空になったペットボトルをまさに今掘った穴の中にぶち込んだ。
「ポイ捨ては良くないぞ」
「なぁに、死体と一緒に入れてもらったら微生物が分解してくれるさ」
飯泉は首を振って前髪を振り払うと、さっぱりと笑った。それを見て、俺は胸の辺りにむず痒いものを感じた。
「おう、そうだな」
そして、俺と飯泉は穴掘りを続けた。今月はもう場所探しや穴掘り、ガソリンの購入なんかの雑用をもう何度も頼まれている。しかしそのおかげで、俺と飯泉が一緒に過ごす時間は増えた。金の分前は少ないが、飯泉が満足そうならそれでいいと思えた。
◇◇
森山律
紅子ちゃんとの友人ごっこは、次第にエスカレートしていった。家の中で私が自由になる場面は増え、簡単な家事なども担当させられるようになった。相変わらず玄関付近には近づけず、一人で廊下に出るのは禁止だ。しかし、試したことはないが紅子ちゃんが眠っているうちに部屋を抜け出すことは不可能ではないかもしれない。
一方、はっきりした原因もなく、私は体調を崩すことが増えた。風邪をひいたりはしていないが、突然胃腸の調子が悪くなって吐き気がしたり、頭痛が起こるようになった。生理も多分ちゃんとは来ていない。表面的には心を落ち着かせて過ごしているつもりだが、消え去りはしないストレスが体の不調として現れているのだろう。深夜に突然不安になって泣くことも増えた。それに反するように昼間はやけに調子が良いことが多く、精神的に不安定な部分が見え隠れした。
ある朝起きると、胃がきりきりと痛んだ。朝食が出されたが、とても食べられそうにはなかった。
「食べないの?」
「うん……お腹痛くて」
今までは紅子ちゃんには悟られないよう我慢していたが、今回はさすがに隠せそうになかった。私はすぐ部屋に戻され、ベッドで寝かされた。
「なんか食べられそうなものあるか」
「……おかゆ」
おかゆか、と紅子ちゃんは繰り返す。少し考え込んだような顔をしてから、居間に戻っていった。
腹痛の明確な原因は思い当たらない。今回も精神への負担が要因だろう。となると、このまま改善しないことも考えられる。そう思うと余計に胃が締め付けられるようだった。
しばらくして、紅子ちゃんは茶碗とスプーンを手にして戻ってきた。
「おかゆ、作ってみた」
「ありがとう」
私は不思議な感情だ。普段の食事では意地でも料理をせず出来合いのもので済ませる紅子ちゃんが、私のためにわざわざ調理などしたのがおかしく、どこか嬉しかった。
「まあ、チンした米煮ただけだけど……」
彼女は少しはにかんでいた。私はそのせっかくのおかゆを味わいたかったが、正直胃が受け付けなかった。というより、倦怠感でまず起き上がることがままならなかった。
「つらいか」
「うん……」
私が答えると、紅子ちゃんはスプーンでおかゆを一口すくった。
「ほら」
そして、私が口を開けると、そこに入れてくれた。少しずつなら、どうにか飲み込めた。
「食える?」
「おいしい」
風邪の時と違い味覚ははっきりしている。少し芯の残る米がしゃびしゃびに漬けられたようなそれはおかゆというべきかあやしかったが、それでも塩気とそのあたたかさで少し元気が出た。そのまま一口ずつ口に入れてもらい、どうにか一杯食べ切れた。
「ふふ、おかしなの」
「何が」
「誘拐してきた人にわざわざおかゆ作って上げて、しかも『あーん』までしてくれるなんて」
紅子ちゃんは黙っていた。そして、照れたような不貞腐れたような口調で、
「死んだら困る」
と言った。私は思わず笑った。
「そんな簡単に死なないよ」
体調はすぐには回復しなかったものの、二日後には起き上がれるくらいになっていた。そして、居間を掃除している最中、山のように積まれたチラシの中のひとつがふと目についた。手に取ってみて、私は目を疑った。それはこんなものだった。
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森山律(十六)
〇〇バス停で降車したのが最後、行方が分からなくなっています
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それまで、あんなに平穏を装い、従順に振る舞っていたのに、急に落ち着いていられなくなった。思いっきり叫びたかった。
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