第2話 監禁生活

 あっという間にどこかへとかっさらわれ、車に乗せられた。目隠しをさせられ、座席の下に押し込まれる。車内は少し寒く、なんとなく生臭い匂いがした。目隠しのため定かではないが、うっすらと話し声が漏れ聞こえた。どうやら、先程の殺人鬼と運転手の男が会話しているらしい。混乱した意識の中どうにか捉えた音によると、どうやら殺人鬼の女の方はしきりに「ごめんなさい」と言っているようであった。

 車がどこかに停まり、目隠しを外された。手を後ろに回された状態で降車すると、どこかの山奥らしかった。そして、誘拐犯の男女はトランクからブルーシートに包まれた何かを降ろした。

「これを捨てる。ここに置いていかれたくなっかったら、おまえも手伝え」

どうやら中身は死体であるらしい。これが生臭さを放っていたのだと気がついた途端、私は吐き気が止まらなくなった。無理やりブルーシートの一端を持つよう指示され、急な坂を下らされる。途中、荒い息遣いのほかは終始無言、無音であった。狭い横穴のような場所にたどり着くと、中へと入っていく。入口からそう遠くない場所に、深さの知れない水たまりのようなものがあった。

「ここだ」

ブルーシートごと、それを水たまりに投げ入れる。バシャンと水音がしたきり、あたりは静寂に包まれた。と思うのもつかの間、私は再び身動きを取れなくされ、車に乗せられていた。


 次に目隠しを外された時、私は犯人の家にいるらしかった。まず、床に割座させられ、手を後ろに回される。それから、手錠のようなもので右手を右足首に、左手を左足首に括り付けられた。そのため、その場に座り込む他に動きようがなかった。誘拐犯の女の方が、携帯をいじりながら、頻繁にこちらの様子をうかがっていた。蛍光灯のもとで見てみると、女は金髪で背は平均よりもやや高く、肉付きの良い体型をしていた。顔立ちは派手な印象で、目つきが鋭い。時計の針が頂点を指した頃、女はしきりに瞬きし始めたかと思うと、部屋を出ていった。その隙に、私は拘束具をガチャガチャといじくってみたが、びくともしない。うつぶせにひっくり返りそうになったところで、女が戻ってきた。

「逃げようしたら殺す」

女はこちらをじっとみてつぶやくように言った。彼女の声はあまり女らしくはなく、酒に焼けたかのように汚かった。私は大人しくうなずくしかなかった。

 椅子に座ると、女は眼鏡をかけて、再び携帯をいじり始めた。その姿を見て、私はふとあの黒髪のいじめ被害者のことを思い出した。全体の印象が地味な彼女とあまりにもかけ離れていたため、目の前の女と彼女は全く結びついていなかった。しかし、妙にあか抜けないデザインのそのメガネをかけた顔を見ると、やはりあの黒髪のいじめ被害者こそが、目の前の誘拐犯、殺人犯なのではないかという疑念が湧き上がってくるのだった。とはいえ、もはやすべてが古い記憶であり、目の前の誘拐犯・三カ月前の殺人犯・画像の黒髪の女子という三人が同一人物であると確信することはできなかった。もしかしたら、この中の誰かは別人であるという可能性も、無いわけではない。闇の中で一瞬姿を見ただけの殺人犯、顔だけしか見ていない黒髪の女子、目の前の誘拐犯……それらを結びつける手がかりは、非常に曖昧な記憶だけだった。

 一睡もできないだろうと思っていたが、目覚めるという体験をして初めて、自分の意識が途絶えていたのだということに気がついた。断片的に思い出すと、どうやら明け方あたりに寝落ちてしまったらしい。今は時計が十時を示している。カーテンの隙間から光が漏れ出ている。朝だ。その光が、窓の真横にあるベッドで寝ている女の顔に放り注いでいた。様子をうかがう。起きる様子はない。

 ほうけている場合ではない。女が寝ている間に、脱出の手立てを探る。窓はもちろん、ドアからの脱出は拘束のため容易ではなさそうだ。部屋を見渡すと、女の携帯電話が目に付いた。昨日のように女が部屋から出ていった隙に、助けを呼ぶことができる可能性がある。その時、できることなら自分の居場所を伝えられないだろうか。そこで、私は黒髪の女子のことを再び思い出した。霧崎紅子。私はその名前を知っている。奇妙な名前だったからよく覚えていた。もしあの女子と目の前の女が同一人物であると確信できれば、警察に犯人の名前、ひいては居場所を伝えられる。とっさに部屋を見渡す。しかし、意外にも名前がわかるものは置いていない。それどころか、生活感のあふれる部屋のわりに、暮らしぶりが分かりそうなものすらない。制服らしき衣服はなく、学生なのか社会人なのかもわからない。ただ、平日の午前中に眠りこけていても良いという生活リズムから、職業については絞られそうだ。必死に手がかりを探すと、机の上に、手帳か何か置いてあるのが見えた。首を伸ばしてなんとかそれを確かめようとする。膝立ちでのそのそと机に近づいていくが、よく見えない。やっとのことで表紙が視界に入った時、

「おい」

後ろから声がした。かと思うと、横っ腹に蹴りを入れられ、あっという間に元いた部屋の隅に戻されてしまった。ただ、私は心のうちでほくそ笑んでいた。手帳の横に置かれたシャーペンに、私の通う「第一高校」の名前が印刷されていたのを確かに捉えられたからである。

 だが、すぐに別の問題が襲ってきた。腹を蹴られたことで、先程まで忘れかけていた尿意が刺激されてしまった。部屋を出て行こうとする女に乞う。

「あ、あの、お手洗いに……」

女は舌打ちして出ていってしまった。しばらくして戻ってきた女は、洗面器を手にしていた。そして、言い放った。

「ここでしろ」

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