ニアと襲撃者②

 一瞬。男の真隣の空間が歪み、ねじれた。

 やがてそこから水が溢れ出し、湿り気のあるペトリコールのような匂いの空気が辺りに立ちこめる。。本能でそう感じた。



「やぁ……よろしくねぇ?準上位精霊くん」


「うっっっっっわぁ……本気マジで言ってるんですか?」



 説明不要、デカい。これがまず出てきたモノへの率直な感想だった。体中に紋様を浮かべた、“水の大蛇”。頭だけでも男の身長を超えるほどのサイズ感のそれはもはや龍とかそういうスケール感のそれだった。


 男が片手を上げた。と、同時にソレが咆える。


 音圧だけで吹き飛ばされそうだ。というか嫌な予感がして足から根を伸ばしていなければどこまで吹き飛ばされていたかもわからない!あれでいて“準”上位?等級の雰囲気的に言えば俺の方が高そうな感じはするがどこを見てこいつはそう思ったんだ。狂っているのは常識や倫理だけでなくものを見る目もなのか?


 

「うっ……ごごごごご……!!」


 

 ひとまず伸ばした根から芽を生やし、伸ばす準備だけしておく。ここで足との連結は解除だ。いつまでもここで突っ立っているわけにもいかない。



「あれぇ?今ので転がっていっちゃうと思ったんだけど……もうそんなに植物を操れるんだぁ!最近生まれたばっかりだろうにすごいなぁ……やっぱり欲しいなぁ……!」


「気っっ色悪いんですよさっきから!どこ目線で褒めてんですか!?」



 どこだろうねぇ、と言い終わらないうちに鐘を叩く。周囲の水が龍の口元へと集まりまじめる。ギュルギュルと渦を巻き、口を開いた龍と目があった。


 ……絶対これ大技くるじゃん。どうしよう。どうしようって言っても避けるしかないけど。


 準上位精霊?と一緒に出てきた水を辺り一帯の草に吸収させ、一気に成長させる。

 あとはまるまる俺を覆い隠せるほどになった茂みに身を隠しながら走る。

 さっき張った根でたまに他の場所を揺らしながらとにかく走る。



「キャアアアアアッ!!!」



 龍の口から放たれたのは多分超高圧の水鉄砲……って言ったらしょぼく聞こえるけど、ちょっとでも掠ったら腕の一本でも飛んでいきそうなレベルの代物だった。

 でも地面に当たったところは吹き飛んでるし、『受け』の判断をとらなくて本当に良かったなぁと心底安堵する。一歩間違えたら高圧洗浄されていた。


 今は運良くなんとかなっているけど、反撃を考えないとジリ貧だ。要になるのは多分、さっき口元にチャージしていたあの渦。アレが尽きればこの高圧洗浄(仮)は終わるはず。となった時、どっちを殴るべきか。



「まぁ、術者だろうな」



  と言うかむしろ、あの龍に俺の攻撃が通るビジョンが見えない。初めて倒した大猪とは比べ物にならないぐらい強そうだし実際強いんだろう。あの時はべらぼうによくしなるいい感じの棒もあっての勝利だったから、あんまり非人間とは戦いたくない。


「……気づいちゃったかぁ。でも、耐えられると思ってるのかなぁ?」



 相手も、考えることは同じ。

 一撃でいい。ノックアウトできる一撃を入れる。


 方法は……まぁ殴ればいいだろう。

 けど、直接行くのはあまりにもリスキーだ。

 ボコボコになった地形を突っ切るのはさすがに自殺行為。


 一か八か、感覚任せにはなってしまうが……仕方ない。やろう。


 ずっと、枝を伸ばし続けたんだ。今更人の形になったとて。腕一本ぐらいなら余裕でいける……いけるよね?いけるいける。きっと大丈夫。


 顔面を狙え。よく見えないけど、大体場所はわかる。あのむかつく鼻っぱしをへし折ってやろうと思うと、自然に右腕が木の幹のように硬くなっていた。


 

「くらえ……ッ!」



 とにかく今は一発おみまいすることだけを考える。だからどうか、右腕よ、伸びろ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る