陣を使う理由

 パンを食いながら訝しんだ後、身支度をしていつもの練習場所へ。今は一旦行き詰まって休憩中だ。



「なぁ、そういえばさ」


「どうしたんだい?ニア」


「アリスはいつも陣を使ってるけどさ。無詠唱魔法を使えるならそっちの方がいいんじゃないのか?」


「ああ、それか。それについては語ると長くなるね」



 そう、俺が気になっていたのはそこだ。陣の性質的に考えると無詠唱魔法の方がメリットが大きいようにも感じる。隙や発動の手間なんかは特に戦闘の有利不利に直結することぐらい俺にも分かる。だからこそ、自称そこそこ強い魔女であるアリスが無詠唱で魔法を使わない理由がわからないのだ。



「んまぁ……なんて言うかね。私が魔女をやっているのは魔法を誰でも扱える技術にしたいからなんだ」


「今はそうじゃないのか?」


「ああ。今魔法を扱えるようになるには本人の才覚による部分が大きいんだ。これは今風潮的に詠唱によって使う魔法が至上とされていることに原因がある」


「詠唱……無詠唱に比べたらマシだったけど、陣よりも数段難しかったよな」


「詠唱はあくまで本人のイメージの言語化だ。これはあくまで魔法発動の補助になっているだけでやってることは無詠唱とほとんど変わらなんだ。なら、固定化された『式』に魔力を流し込むだけで使える方がよっぽどお手軽だろう?」



 なるほど、そう聞けば確かにと納得がいく。だが、そんな便利なものがあるなら広げるまでもなく勝手に普及していくのではなかろうか。



「そんな便利なものがあるなら勝手に普及するだろ……って顔をしているね」


「してたらしいな」


「これが普及しない原因……それは『魔法協会』だ」


「魔法協会?」


「国、地域問わず魔法の管理や優秀な魔法使いの育成に取り組んでいるかなり大きな組織なんだが、まーあ上層部の頭が硬い。伝統を継いで保守することしか考えていない連中だから、比較的最近研究され始めた魔法陣が嫌いなんだよ」



 なぜ魔法陣が普及しないのかの理由を語るアリスは心底忌々しそうな顔をしていた。もととは違う世界に来て新しい生活が始まると思っていたものの、どこの世界にも現状維持しか考えない老害連中というものは存在するらしい。



「気が滅入るな」


「ニアもそう思うだろう?!だから私は魔方陣という技術を広めて魔法を扱える人工を増やし、研究人口を増やそうと草の根活動を頑張っている最中なのさ」


「……で、結果は?」


「すごいつよいせいれいをひろってでしにした」


「ダメじゃん!!!!!!!」



 なるほど、アリスは陣の有用性を広めるために積極的に使っているというわけか。ひとまずの疑問は解消されたが、それでも一つ引っかかるところがある。



「なぁアリス。陣は魔法の一番基本って言ってなかったか?」


「……手軽さという点では確かにそうだからね」


「で、世間的に基本とされているのは?」


「……詠唱魔法」


「なるほど、俺が物を知らないのをいいことにお前の考えを刷り込もうとしたわけだ」


「それは違……わないけど人聞きの悪い言い方をするんじゃない!私はニアに一歩先を行ってほしいだけで!」


「認めてんじゃん!!!」



 しょんぼりとアリスのとんがり帽子がしおれる。少し火の玉ストレートが過ぎただろうか。正論は人をキレさせることはあっても幸せにすることはない―――なんて言ったのは誰だっただろう。


 しかし、アリスもアリスで魔女らしい活動をしているんだな。初めはやべぇロリコンに絡まれたと思ったものの、やっぱりなんやかんやで根はいい子なのかもしれない。



「……でも、俺に練習させるのは無詠唱なんだな」


「あれは魔法じゃないよ」


「は?」



 こいつ今サラッととんでもないことを言いやがったぞ。俺のエリンギが魔法じゃないと……?聞いてないぞ。



「あれは基礎的な魔力運用の部分だよ。どれだけ陣が簡単だとしてもそこに流し込む魔力を動かせないんじゃどうしようもないだろ?」


「ああ……それはうんまぁ……」



 今度は俺の方が正論でぶん殴られてしまった。これを言われてしまえばぐうの音も出ない。


 流石にそろそろお喋りが過ぎたなと思い、魔力の運用の練習に戻ろうと木の感覚を思い出しかけたその瞬間。

 ひとつ、明確な違和感があった。



「なんだこれ……森が騒がしい?」


「流石精霊。気づいたね」



 感覚としては川を求めて森を歩いていた時の感覚に近い。あの時の騒がしさの正体はおそらくあの大きなボアだったが、今回はそれとは段違い。

 圧倒的な強者、恐怖すら感じさせるレベルのが、そこにいる。



「急に気配を隠すのをやめたね。もしかしたら街を狙う魔物かもしれないし、確認してくるよ」



 そう言い残したアリスは足元に陣を展開し、凄まじい跳躍力で森の方へと消えていった。

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