魔法の『イメージ』
「……ってことがあって、ジャムもらってきた。あ、これは買ってきたパン。それにこれがおまけにもらったラスクで……」
「待て待て待て。外出の成果はわかった。私が言いたいのはそうじゃない」
道をたどりたどりなんとか帰還した宿。そこで俺が目にしたのはボサボサ髪のままわあわあと騒ぎながら俺を探し回るアリスの姿だった。
どうやら起きた時に俺がいないことに気づき、愛想を尽かされたか誘拐されたかとそれはもう大騒ぎだった。らしい。俺は受付の人にこの話を聞いた。流石に困惑した。
「ニア。そこに座りたまえ。説教だ」
「……すぐ戻るつもりだったし」
そう、全然すぐに戻るつもりだったのだ。ちょっと周りが大きくて足がすくんだり色々物をもらって足取りが軽くなるあまり軽く迷子になったりしちゃっただけなのだ。普通に全部俺が悪いので、バツが悪くなって視線をそれしてしまった。
「いいから座れ」
「はい……」
懐かしきかな正座。はてさて、人の前に座らされて説教を受けるなんて何年振りかな?千年とか?HAHAHA、世界樹ジョーク!
「全くだね……君はもともと精霊だったのかい?」
「……木でした」
「幼女だったのかい?!」
「……木でした」
「身を守る術があるのかい?!」
「身を揺らして虫を落とすぐらいなら……」
いや、正直言ってわかってはいた。俺はあのとき――外に出て等身とのギャップを改めて感じた時、とてつもなく怖かったのだ。エンカウントしたのが悪意のない人間だけだったからよかったものの、悪意ある人間だったら俺は対抗する術をまだ持たない。
その上、俺はかなり上位な精霊。魔法の心得が少しでもある人間が見れば一発でわかるほどの力を持っている……らしい。
だからこそ修練に励み、最低限自分の身は自分で守れる力は身につけないといけない。と、アリスは締めくくった。
厳しい言葉でこそあれど、その半分以上が心配で構成されているところを見るに、俺はかなりこの子を焦らせてしまったらしい。今後は軽率な行動を控えなければなるまい。
「……っていっても、私の保護が必要なのはある程度魔法を使えるようになるまでだからね」
「ある程度、でいいのか」
「ああ。少なくとも、ニアはわたしの数倍の魔力量があるからね。基礎さえ押さえれば大概の魔法使いはイチコロさ」
「自分の価値がわからねぇ……」
アリスの数倍って言われても、いまいちピンとこないよな。っていうツッコミは飲み込み、説教終わりの号令がかかったためおもむろにパンとジャムを取り出す。なんやかんやいろいろあったが、とりあえずこれからのことは飯でも食いながら考えよう。
「アリスもいるか?」
「私は朝は……いや、せっかくだから少しもらおうかな」
袋から丸いパンを二つ取り出し、一個はアリスに。ジャムをつけようとして、さすがに直ディップはまずいなと思い至る。
「あ、これどうしよう」
「まぁまちたまえよ。ニア」
そう言って、アリスはニヤニヤとしたまま手を一度握って見せる。次にそれが開かれた時には、小さな木のスプーンが姿を現した。
「……すっげぇ。それも、魔法?」
「そうだよ。それも無詠唱。結構高等テクだ」
「詠唱したり、しなかったり。よくわかんないな」
「その言葉を待っていたよ!!!」
「声でっか」
パンにジャムを塗ってもらい、ウッキウキで説明を始めるアリスを眺めながら頬張る。少し硬めの外側とは違い、中はモチモチとしていてとても美味しい。もっともそもそしたのを想像していたから、これはかなり嬉しいな。もしかしたらこの世界のメシには期待が持てるのかも。
「聞いているかい?」
「おう。続けてくれ」
「まずは簡単に魔法陣と詠唱について説明しようか」
「うぇっ……」
こんな軽いノリで始まったが、アリスの説明は想像を絶するほど長かった。それはもううん。もう聞きたくない。ざっくりと簡単に要約するなら、
・魔法陣
一番基本の形。イメージや魔力の構成、出力などをオートで設定してくれる。陣さえ用意できれば誰でも同じ威力で魔法を使うことができる。数学の公式みたいな解釈でいいだろう。
・詠唱
使い手によって大きく性能が左右される。陣の代わりに詠唱によって使用する魔法を決め、出力などは完全に個人の裁量で決めることができる。無論クソむずい。
・無詠唱
使用魔法も威力も全部感覚で決める。無理。
こんなもんだ。つまり、少しでも無詠唱魔法を使えるアリスはかなりすごい部類に入る人間なのでは?俺は訝しんだ。
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