例えば、こんな婚約破棄は許されますか?

 

 フィンが十八歳になり、国務の一端を担うようになったことを機に、トニカとフィンが正式に婚約発表をするという運びとなった。ここでは、婚儀の日も発表されるので、事実上婚姻関係とも言えるようになる。

 そして、その会場にはリマの屋敷が選ばれた。理由は「イブリンは騒がしいのを嫌うから」。ふたり揃ってその理由を第一に挙げたのだから、もうリマも認めざるを得なかったのだ。

「まったく、ふたり揃って」

 喧騒を嫌うのは、あのふたりも同じこと。要するによく似たふたりと一匹なのだ。


 リマは溜息をついた後、そのご両親、この国の王と王妃へのご挨拶へと向かった。

 会場主としても、伯母としても避けられない挨拶なのだ。

「婚約発表を無事に終えられましたこと、まことに喜ばしく。またこのような素晴らしき会に我が屋敷をお使いくださり、恐悦至極に存じます」 

 リマはドレスの裾をつまみ、綺麗に膝を折って挨拶をした。元は公爵家令嬢だったので、このくらいは容易い。

 両陛下も頬を緩ませ挨拶を返す。

「リマ様にもご尽力頂けましたこと、喜んでおりますのよ」


 王妃であるローゼマリアが先に言葉を掛けるのは、陛下とリマの気の置けない間柄を知ってのこと。

「感謝しておる」

「あら、フレデリック、それだけ?」

 ローゼマリアにからかわれ、フレデリック陛下が苦笑いをした。

「わたくし、少しあちらの方々に挨拶をして参りますので。積もる話もおありでしょう?」

 意味深長な言葉の後、ローゼマリアが僅かに会釈し、ふたりを残した。その王妃の背を恨めしそうに見送った陛下が、気まずそうに口を開く。

「いや、悪かった……」

「いったい何に謝っておられるのです?」

 リマは意地悪にそう言った。


 リマとフレデリック陛下は同じ家庭教師の下で学んだことがある。要するに同窓生とも言えるのだ。そして、彼女の妹が陛下に嫁いだ。

「今でも怒っておるのか?」

「えぇ、リモナはここに嫁がなければもっと長生きしたかもしれませんし、第一、ローゼマリア様にも失礼ではありませんこと?」

 子どもがなかなか授からなかったからの側妃。

 表向きはそうだ。しかし、実際は単なるフレデリックの浮気なのだ。


「だから、……いや、リモナを不幸にしたとは思っておらぬぞ」

「相変わらず、酷い色男ね」

 しかし、リマ自身、リモナが不幸だったとは思っていない。フィンが生まれた時のリモナの顔は、幸福に満ちあふれていたし、その遺児であるフィンのことをリマはとてもかわいい思っているのだ。

 それに、ローゼマリア自身がリモナにきつく当ることもなかった。ただ、「もっと選ばれたことに誇りを持ちなさい」と叱られたと、リモナから聞いたことはあったが、ローゼマリアはこう続けたそうだ。


 わたくしに気を使うことなどありません。ここにあるかぎり戦場であると思いなさい。あなたが、わたくしに気を使って、そんなに萎縮していては、陛下の面目が潰れてしまうのです。

 いいですか。

 陛下はこんなに良い女をふたりもそばに置くことの出来る、そんな力と魅力を持つ者だと皆に思わせることも、わたくしたちの努めのひとつですよ。

 そして、心配なさらなくても、国民の前に立つのはわたくしです。


 そんなローゼマリアだからこそ、フィンのことを実子のように可愛がったし、リモナにも敬意を払いながら付き合ってくれていた。しかし、気が弱く、優しかった妹を思えば、何をどう正当化しても許せないものは許せないのだ。


「一生許しませんからね」

 一睨みしたリマにフレデリックは苦笑いを零した。

「相変わらず、気の強い女だな。まぁ、君に許してもらおうとも思ってもいないが。でも、だからと言って爵位を返上しなくてもいいだろうに」

「それこそ、どんな意味があるのです? 簡単に上げたり下げたり。ご自身こそなんとも思っていらっしゃらない肩書きでございましょう?」

「しかし、外の国と付き合うにあたっては、役にも立つであろう?」

 確かに。確かにそうなのだけれど、リマにも意地があるのだ。


「そんなものに頼らなくても、私であるからの信頼はちゃんと得ております」

 フレデリックが呆れたように笑ったその時、フィンの声が響いた。


「トニカっ、君との婚約は破棄だ」


 その声に一同がしんと鎮まった。

「でも、それは、殿下おひとりでお決めになられることではありません」

 静かな声なのに、良く響く。

「では、では、どうして…………」

 フィンが感極まったかのようにもう一度叫んだ。


「では、どうして今に至ってすら、名前で呼んでくれぬと言うのだっ」


 続いた言葉に、忍び笑いが聞こえてくるが、一生懸命なふたりは気付かない。

「……」

 一瞬の沈黙の後、トニカが続けた。

「だって、今さら……お名前で呼ぶだなんて」

 意を決したトニカが息を呑んで、吐き出す。

「恥ずかしくて出来ませんっ」

 そのやりとりに安堵した皆の顔に温かな笑顔が開いていった。


「まぁ、これからもフィンとトニカをよろしく頼むよ」

 まだまだ未熟なふたりである。呆れたフレデリックの声にリマも苦笑いで答えた。


「えぇ、……それは任されてあげますわ」


 先日のことを思い出したリマは、空にある白い月を見上げて、微笑んだ。

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