第13話 ソフィアの癒やし

「イルちゃんのお母さん、連れてきたよー」


 マコトにいざなわれ、中に入っていくイルの母親だが、普通の家ではない、構えが大きめのキャンプ暮らしの佇まいは、どこを見ても物珍しい物ばかりで、視線は忙しなく飛ぶようだ。


「いらっしゃい。初めまして、マコトの母のソフィアです」


 周囲の見聞に心を奪われていると、不意にソフィアからの挨拶の言葉が耳に入る。


 しまった、と慌てて声の主へと視線を向けるイルの母親だが、その瞳が捉えた声の主の姿は、想像の全く及ばない、見た途端に視線が外せない、一瞬で心を奪いにくるような、そんな目映い美しさ、可愛らしさだった。


「え?!」


 驚きの声を漏らすと、ほんの数秒、言葉を失うイルの母親だが、ふと我に返り、せき止められていた言葉が零れ始める。


「か、可愛い……。あ、えぇと、ごめんなさい。美しい、のほうが適切ですね。って、じゃなくて、初めまして、イルの母で、ケインと申します。このたびは何から何までお世話になりっぱなしで、感謝してもしきれません。それと……ごめんなさい!!」


 出鼻で挨拶を忘れるという、普段ではあり得ない痛恨のミスをしてしまったケインだったが、一頻り、挨拶とお礼を言い終えたところで、改めてきっちりと謝罪し、そうなった理由を続ける。


「あまりの美しさに、息を飲むほど驚きました。マコちゃんのお母さまだというのに、とてもお若く見えて、17歳くらい? つい可愛い、って思ってたら、そのまま言葉になって出てしまいました。ほんとうに失礼いたしました」


 16歳で家族と離れ出産を経験しても、ジンとマコトと共にある生活が毎日楽しくて仕方ないソフィアにとっては、まだまだ青春の真っ只中にいる感覚だからか、まったく失礼ではなかった。それどころか、初対面で同性同世代からの素の言葉で誉められたことがよほど嬉しかったのか、満面の笑顔を咲かせながらソフィアは上機嫌で返す。


「まぁ、17歳? 嬉しいわ。全然失礼ではないし、私の方が若輩者なので、気を遣わなくてもけっこうですよ。今日は来ていただけて嬉しいわ。ちょっとした宴、本当にちょっとしただけのものなので遠慮しないでね。ケインさんとお呼びしてもよろしいかしら? 私はソフィア。呼び捨てでお願いしますね」

「私もケイン、と呼び捨てでお願いします。ソフィア」


 ソフィアへの非礼にあたらなかったことに安堵するケインだが、唐突に親交の距離を詰めてくることに驚きつつ、それがまったく嫌でないどころか、むしろ自身がそれを望むがごとく、自らも無意識に詰め寄ろうとする衝動が芽生えていたことにことさら驚くケインだった。


「ありがとう。早速だけど、言葉使いも崩していいかしら? ケイン。私、あなたとお友だちに、いえ、できれば親友になりたいわ」

「はい、わたしからもぜひお願いしたいです」


 つーかーの仲のまるで旧知の親友かと錯覚しそうなほど、互いの会話はとんとん拍子に進んでいく。ケインにとって、これほどの関係性を持つ友人がいたことはなく、その魅力的な声なのか、語り口調なのか、のめり込むように惹き込まれる不思議な感覚をケインは感じていた。


「じゃあ、早速崩すわよ。ケインは宴と癒やし、どっちを先にしたらいい?」

「私はどちらでも構いません。その、どちらも本当に申し訳ありません。いえ、ありがとうございます。コホッ、あ、ごめんなさい。ちょっと病み上がりだったもので」


 軽く咳が出てしまうケイン。失礼になるからなるべく押し隠そうとしていたケインだが、続けて喋る場面ではさすがに隠しきれなかったようだ。そんなケインの心配りを読み取るソフィアは癒やしが先との判断だ。


「あっ、そうよね。やっぱり癒やしを先にしたほうが、ご飯もおいしいし、いろいろ知っていただけるから、話しやすいかもしれないわね」

「オレもそれがいいと思う」


 ジンも同意を示し、癒やしが先との流れとなる。


「じゃあ、そうしましょう。マコちゃとイルちゃは先に始めててくれる?」


 全身の癒しとなる想定から、ソフィアは子どもたちを外そうとするが、マコトもイルも意志を露わに何とか留まろうとする。


「えーっ、マコも見たいー」

「イルもできれば見たいです」


「だって、ほわほわーっとして、スッゴくきれいだし、見てても気持ちいいし、マコもできるようになりたいから、見て勉強したい」

「イルも同じくです」


 さらにマコトは、前向きな姿勢を前面に押し出す。これまでの同じような場面では、却下で押し切られることも多かったが、今回は一考を促す聡い成長振りを見せる。


「うーん、困ったわねー。ちょっと大人の領域でもあるし、せめて中学生くらいなら、ねぇ、パパ?」


 そんなつぶらな瞳でお願いされれば、ソフィアの中でも判断の境界線は揺るぐ。


「あ、あぁ。い、一緒にやるつもりなの?」


 二人は、こそこそと内緒話を始める。


「うん、そのほうがムダが少ないし、もしそっちもやるなら、私の目の前がいい」


「あ、じゃあ、万一状態がよくない場合でも、二段階までにすればいいんじゃない? そこまででも、少し刺激はあるし、ケインも子どもたちの前ではさすがに恥ずかしいと思うよ。一段階だけでも脱ぐわけでしょう? もしかしたらの三段階に備えて慣れてもらって、三段階は寝静まってからにしよう」


 ソフィアとジンの間には、何やら程度に応じた段階分けが整理されているようだ。


「まぁ、それでもいいかな。一度、癒やしでいくらか回復して身体が馴染んでからの方が、もしかすると負担も少ないかもしれないし。それにケインに恥ずかしさを少しでも克服してもらった方がスムーズなら、癒やしの後にみんなでお風呂に入るのもいいよね。もう、ケインたちは家族のつもりだからね」


「それはいいね。じゃあ、例の大浴場セットの出番だね。うわーっ、楽しくなってきた」


―― マコの地獄耳にはハッキリと聞こえたんだけど、知らない振りをしておく。

―― コッソリ見ればいいんだもん。

―― マコ、あったまいい!


「マコちゃ、イルちゃ。ちょっとドキドキするような、恥ずかしいことも含まれるけど、大丈夫?」




「それとケイン。あなたも、施術にあたっては裸になってもらう必要があるの。子ども達も見たいって言うし、そこには夫のジンも立ち会うというか、状態によっては直に施術してもらうことになると思うの」




「私たちの見立てでは、おそらく身体の根幹がかなり損耗していると思っていて、このままでは短い人生で終わってしまうわ。私たちは、あなたにはそうなって欲しくない、ふつうに寿命を迎えるまで精一杯生きて、精一杯幸せな日々を送ってもらいたいと思っているの。そのためにはジンの施術が欠かせないから、恥ずかしいことは充分わかった上で、受け入れて欲しいの。イルちゃんのためにもね」


「マコとイルは大丈夫だよ。今日、ニョロ太たちをお風呂に連れてくときにね、あいつ、ママ見て興奮したのか、アソコをおっきくしてたの。マコたち、恥じらうところなんだろうけど、初めてだったし、びっくりしちゃってマジマジと見ちゃったんだ。そのとき、イルと決めたんだ。そういう恥ずかしいときのドキドキが嬉しくなるような、ちょっとエッチな女の子になろうね、って。だから、その予行演習にはもってこいな場面でしょ?」


「う、うん。なんとなく言いたいことはわかるけど、その方向性ってどうなのよ。まぁ、いいわ。大人の階段を登りたいってことかな? 本来はマコちゃ、あなたはまだ未就学児なんだから、このテの知識は早すぎるんだけど、中身は中学生顔負けなくらい成長してるからね。女の子は幼くても、襲ってくる悪い大人はいるから、防衛のために経験しておくのも悪くはないか。わかったわ。マコちゃ。ただし、今後、そういうエッチな場面があったら、必ずママにも教えるって約束できる?」


「わかった。いいよ。ママも一緒にドキドキしようね」

「え? わ、わかったわ。ケインはどうかしら?」


「えっと、その、もちろん恥ずかしいけど大丈夫です。今日皆さんが動いてくれなかったら、ジンさんが来てくれなかったら、私とイルは人としての尊厳を失うところでした。状況が状況だけに、私自身はもう諦めていましたが、イルだけはなんとしても助けたい。そればかりを考えていました。イルが助かるのなら、私は死んでもかまわない、そう心に決めていました。それなのに、イルばかりか私まで救っていただけるとは、夢にも思わなかったです。そんな大恩あるジンさんなら、むしろ存分に見ていただきたい。気の済むまで私を自由にしてくださっても構いません。ただひとつだけ、希望が叶うならば、私の今の身体は、恥ずかしながら、病と栄養失調気味のため、別の意味で恥ずかしい状態だと思っています。私も女ですから、見苦しくない身体を見て欲しいと思っています」


「わかりました。じゃあ、こうしましょう。ジンは最初はアイマスクで見えないようにして、まずは私からの癒やしを受けてもらう。すると、おそらく見た目はかなり回復するはずよ。その状態をケイン自身で確かめて、問題なければ、ジンはマスクを外しましょう」


「もしもまだ見苦しいと感じたら?」


「そのときは仕方ないわね。女の尊厳、私も大事にしてあげたいもの。手間暇は増えることになるけど、先送りしましょう。ただね、ジンの力が及んだ後は、見苦しい、なんて言葉は吹き飛んじゃうくらい回復しちゃうから。ほんのひと時だけ、見苦しさ? を見逃せば、次の瞬間には全盛期のあなたのボディになってるはずよ。それにね、私の癒やしも見た目だけ考えるなら、なかなか強力なのよ。だから要らぬ心配に終わるはずよ」


「わかりました」


「お料理も冷めちゃうから、早速始めましょうか。ジンはアイマスクを持ってきて、付けてその辺に座ってね。イルちゃとマコちゃも、適当なところに座って頂戴。ジンは準備できたかしら?」

「OK」


「はい、じゃあケイン、脱ぎましょうか。髪もほどくのよ。脱いだらここに仰向けになってね」

「あ! コラ! ジン。アイマスク付けないとケインが恥ずかしいでしょう?」


「わ、わかってるよ」


 ジンはやや残念そうにアイマスクを装着する。


 ケインは、おずおずと衣服を脱ぎ始める。


 知らない場所に連れてこられて、女同士とはいえ、視線が集まる状況でのいきなりの全裸要求は少しハードル高めだ。


 ケインが脱ぎ終わる頃、ソフィアは、普通は見えないオーラの触手のようなものを両手から出し、ケインの体内をまさぐり始める。


 ふと、ケインは目の前の変化に驚く。イルも目をあんぐりとしている。施術を施すソフィアの見た目が大きく変わったからだ。


「あれっ? 誰っ?」

「あははは、私よ、ソフィア。髪と瞳の色が変わってびっくりしたのね。まぁ、気にしないで。それよりケイン、思った通り、あなた過労死の一歩手前よ。本当に間に合って良かったわ。じゃあ、始めるわよ」


 気にしないでと言われても気にはなるが、ひとまず飲み込むケインとイル。まずは全体的にとソフィアは癒やしを掛け始める。


 ソフィアの手は、身体から離れた高い位置に、手のひらを下向きにケインの身体側に向ける。すると、ソフィアの手のひらから淡く緑色に灯る水蒸気のようなものが全身に降りかかる。降りかかったそれは肌にかかるとすっと消えていく。それは体の内部に影響するのか、中から照らし出すように身体が灯る。


 そんな自身の変化に驚く言葉がケインの口から自然に漏れ出す。


「この不思議な柔らかく光る粒はとても優しい感じに染み込んできます。身体が温かくて、とても気持ちいいです。これが癒やしなんですね。心まで幸せな気持ちになれます」


「そうでしょう? じゃあ、ケイン、うつ伏せになってくれる?」


「はい、こうですか?」

「そうそうOKよ」


 ケインの背中には、いくつかの傷痕が見える。親が子を庇うとき、子を抱き締め、背中で受けるシーンがマコトには思い浮かぶようだ。これまで幾多の困難からイルを守ってきた背中なのだろう。


 背中全体はやや荒れた感じに見える。栄養失調や食の偏りがあると、背中に表れる人がいるが、ケインの背中が少し荒れているのはそういう影響があるのかもしれない。


 引き続き、癒やしのシャワーが降り注ぐ。施術前のケインは、ガリガリな、とても華奢な印象だったが、芯がしっかりとした骨格に変わってきたように見える。


「ぐぅ、ぐぅぅーっ」


「あ? は、恥ずかしいわ。聞かれたかしら。私ったら、急にお腹が空いてきちゃったみたい。でも、お腹なんて空いてなかったはずなのに。何か変よ?」


「内臓の機能が活発化してきたのよ。健康な証なのだから、そのくらいガマンガマン。たぶん、今が正常な状態なのよ」


「そうなんですね。。。うーん。そういえば、若かったときの体内活動は、たぶんこんな感じだった気がしてきたわ。今までの自分の身体と、少し違うような……でもなんだか懐かしい感覚のような」


「内蔵系は大体こんなものね。細かいところはジンの力でたぶん整うから、私はざっくりでいいわよね。次は表面の皮膚と筋肉繊維。まずは背中から腰」


 今度は両手を合わせ、徐々に開いていくソフィア。手のひらの間に緑がかった淡い光の玉が現れる。手のひらを開いていく挙動に合わせて、光の玉もゆっくりと膨れ上がる。


 光る玉は大きさが変化するたびに、その表面から小さな光の飛沫が剥がれるように飛び散り、さらに小さく小さく、と霧散して消えていく。


―― あぁ、触れてみたくなるような、優しい光だ。


―― 見ているだけでも心が癒されていきそうだ。


 バスケットボールより少し大きいくらいになったところで、肩のあたりに押し当て、左右にゆっくりと転がすように当てていく。その動きのまま、ゆっくりとお尻の方向にスライドしていく。


―― あれっ? 背中の肌がツルピカだ! スゴイスゴイ。

―― 遠目でもよくわかるほどの変化だ。


 マコトは、小声でイルに囁く。


「イル、見て見て、お母さんの背中。肌がツルツルだよ?」

「うんうん。お母さん。良かったね、お母さん。あれっ? イルを助けたときのケガの痕もなくなってる。スゴい。これが癒やしの力かぁ。素敵な力だね。マコちゃんのママはホントにスゴいんだね」


 健康な女性の若いうちは、少し鍛えたくらいなら男性ほどムキムキにはなりにくく、少々痩せていても男性ほどガリガリには見えにくいものだ。当然個人差はあるが、おそらく骨格や筋肉の付き方と、女性特有の皮下脂肪によるものと推測できる。


 しかし、年老いた場合、病んだ身体の場合などは、事情が異なってくる。極端な例では、筋肉も痩せ細り皮下脂肪も枯渇すると、見た目にも骸骨かのような、骨と皮状態に近付く。


 ケインは、ソフィアと同世代でまだまだ若いはずだが、やや骨ばって見えていた。


 しかし、今癒やしが終わった部分の肩や二の腕は、細めのスタイルながらも柔らかな皮膚感と輪郭も若い娘のそれだ。全く骨ばった感じは無くなっていた。癒やしの力は、まったく凄まじい、驚異的な力だ。


 そんな変化に驚くマコトは、どうすればできるようになるのだろう? と思案しているようだ。


「足と、首や後頭部も終わり、っと。じゃあ、ケイン、仰向けになってくれる?」


「はい。あれっ? 身体がとても楽に動くわ。背中も身体の重みを感じない、というか、触れてるところが痛くない? すごい、すごいわ。なんか子どものときのような軽快感よ。これも癒やしの力なのかしら?」


「ウフフ。そうよ。もうちょっとで終わるわ。あと少しだけ辛抱してね?」

「いえ、辛抱だなんて、とんでもない。心地良すぎて、ずっとこのままかかっていたいくらい」


「そう。喜んで貰えたなら良かったわ。続けるわね」

「はい、お願いします」


 身体の前面も同じように癒やしをかけていく。ここまでくると体の厚みが、より自然な健康体の体型になっていってるのが明確にわかる。


「ンフッ」


「……」


「ンン」


 最後に下腹部、腹部、胸部、頭部へと推移していくが、よほど気持ち良いのか、息が漏れる割合が増えてくる。


「なんか気持ち良さそうに見えるよね。マコもやってもらいたいかも?」


「イルもイルも!」

「なんだかイルも一人称が名前になりつつあるね」


「アハハハ、伝染っちゃった? でも、これからいっしょに暮らせるのなら、そのほうがいいかもね」

「あ、そだねー」


 胸部のときは、胸がプルルンと揺れる。


―― あれっ? 今日始めたときはもうちょっとヘチャッとしてたはずだ。

―― 前より張りが数段グレードアップしているように感じる。

―― 見てるとこっちまでドキドキしてしまうくらいきれいな形と張り具合だ。

―― 肌の質感なんて、吸い込まれそうなくらい。

―― よく「手に吸いつくような」って表現はきっとこれだね。

―― こんなの見たら男の人じゃなくても触らずにはいられないよね。

―― 罪作りだね。

―― 困ったもんだよ全く。


「マコもあれくらい、おっきくて、柔らかそぉで、形がきれいなのがいいなぁ」

「ソフィーが大きいから大丈夫なんじゃない?」


「うーん。ママに似たらそぉかもしれないけどぉ、パパ似だと日本人属性の影響を受ける可能性があるんだよ。マコは日本人は大好きだし、半分日本人であることも誇りに思っているけど、平均的には大きくないんだもん。そこだけは似たくないなぁ」

「え? 半分日本人って羨ましいなぁ。イルも行きたい日本」


「イルたち、もう家族同然なんだから、そのうちきっと行けると思うよ」

「えぇ? やったぁ! 美味しいもの食べたい。アキハバラ? 行きたい。ニンジャ? 見たい」


「あははは、忍者はどうかわからないけど、いろいろあるよ。マコはアニメの新しいの見たいな」

「イルも。ウフフフ。楽しみだね」


 癒やしは頭部に移った。顔全体がツルンとした赤ちゃんのほっぺたみたいに変わっていくのがわかる。最後は髪だ。頭皮から髪へ緑色の淡い光が移っていく。一本一本の髪が光を纏いながら、毛先へと伸びていく


「身体を起こすわよ」


 たぶんそうしないと、髪全体に行き渡らない可能性があるのだろう。


 ケインの身体が宙に浮かび上がる。50cmくらい浮いたところから、頭側の浮上速度が上がり、45度くらいの位置で停止する。足は半歩開いた状態、両腕は手のひらを前に向けたままの状態でハの字に開いた状態だ。髪はまだ毛先に向けて、光を纏いながら移動している。斜め45度に傾いた姿勢のため、髪はどこに触れることもなく下方に真っすぐ延びた状態で癒やしは進んでいく。


「確認するために、回転させるわね」


 斜め45度に傾いた姿勢で宙に浮いたままの状態で、水平方向にゆっくりと回転していく。


 こうして全身を見渡すと、この癒やしの成果にマコトとイルは驚きが隠せないようだ。どう見ても10代半ばの洗練されたボディに見えるからだ。


 バランスの良い骨格に程よい肉付きで、出るところは出て、引っ込むところはキッチリ引っ込んでいる。なにより肌がプルルンとして瑞々しい。マコトもイルも溜め息が止まらない。


 髪の毛すべてに癒やしが行き渡り、全身が光を纏った状態となった。髪の毛はまるで重さをなくしたかのように、回転に流されつつもフワフワとゆったり宙を舞っている。


―― あれっ? 髪の色がイルと同じストロベリーブロンドに変わった? 


「ねぇ? イル。お母さんの髪がイルと同じ色になったよ?」


「あ、ホントだ。そういえば、元々お母さんの髪はイルと同じだったみたいよ。ただ、栄養が偏ってか、マダラになっていったから、髪を染めるようになったって、ずいぶん前に聞いたことがあるわ。髪まで生まれ変わったのね。よかったね、お母さん」


「うわーっ、可愛い髪色。羨ましいなぁ。こうやって、ふわーっと舞うから余計に髪の素敵さが際立つね」


 髪色はコンプレックスにも近いくらい気にしているマコトだから、羨ましさも一際のようだ。その他の部位の感想もマコトの心につらつらと渦巻く。


―― 髪だけでなく、顔も身体も、思わず見とれてしまうほどの美しさにポーッとしてしまいそう……

―― あられもない姿をさらけ出すのは女同士でも少々勇気が必要かもしれないね。

―― 今はアイマスクをしているパパには見えないけど、マコはここにいる人以外には見られたくはないかな?

―― あぁ、パパは別にかまわないけどね。


―― あぁ、違う違う。

―― ほんとはママ以外の人に見られることはないんだよね。

―― 今日はマコたちが強引にお願いしたんだった。

―― ケインに悪いことをしたかなぁ。


「また身体を起こすわよ」


 ゆっくりと直立の姿勢まで起こされると、そのまま全身姿見の三面鏡の前まで、浮いたまま移動させ、またゆっくりと回転を始める。


「ケイン、私の癒やしはひとまず終了よ。目を開けて確認してもらえるかしら?」


「はい。えっ? 誰? え? 私? え、えぇー、何これ?」


 開いた目に飛び込んできた姿は、ケイン本人ですら目を疑うほどの変わりようだった。


「これが私ですか? まるで中高時代にタイムスリップでもしたみたい? でもこんなに可愛かったかしら?」


 ぽゎーっとした状態でそんな呟きを漏らすと、ケインはようやく事態が認識できたようだ。


 状況の変化がすっかり飲み込めたのか、ケインは急に目をキラキラ、ほっぺをプルプルさせながら、腕を曲げて手のひらを頬に近づける。すると、ケインの口はマシンガンのように超早口で話し始める。身体も不規則にせわしく捩りながら。


「きゃー、髪が、髪が、戻ってる」

「バストもヒップもプリンって。いや違う。プルルンよ。きゃー、言ってみたかったの。プルルンって。どうしよう、どうしよう。あー、最近流行りの「たわわに実る」ってこういうことなのよね。きゃーなんて素敵なの」

「ウエストなんてキュッとしてる」

「なに? このほっぺの艶と張り具合。きゃー、これなら赤ちゃんとも張り合えるわよ」

「え? うそぉ? 目の回りにシワが全く見当たらない」

「全体的にツルンとしたお肌。クレオパトラもビックリするわ」

「本当にわたしなの?」

「信じられない。それに私浮いてない?」

「なんか光ってる気がする。思いっきりファンタジーな世界」

「夢ではないの?」


 ケインの第一印象は、律儀で多くを望まない堅いイメージだったが、おそらく身体への不安からくるものも大きかったのだろう。すっかり瘴気が抜けたかのように、まったく別人のような底抜けの明るさを振り撒き、周りの者は呆気にとられる。


―― ケインってば、ホントはこういうキャラだったのね。

―― マコと気が合いそう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る