第14話 癒しのあとで
「どう? 癒やしの成果は。人格崩壊しそうなほど喜んでいるように見えるけれど、まだ見苦しいかしら?」
「い、いえ、とんでもないです。疑ってたわけではないのですが、まさかこれほどとは」
「うんうん」
ソフィアは聞こえないくらいの小さな声で相槌の声をかける。マコトには丸聞こえのようだが。
「これなら見られても恥ずかしくないです」
「そうでしょう?」
「女として、恥じるところがない完璧ボディだから、むしろ見せびらかして自慢したいくらい」
「おっと、そうきたか」
「嘘です。いや、見せびらかしたいくらい嬉しいのはホントです」
「わかるわ」
「でもやっぱり見られるのは恥ずかしいですね」
「そうだよね」
「だけど、ジンさんにだけは見られたい」
「うんうん」
「本当にきれいになれたこの躰、一番にジンさんに捧げたい。見て欲しい。隅々まですべて見て欲しい。この嬉しい気持ちまで届けたい。ありがとうって伝えたい。その思いがどれほどか、力の限り思いっきり抱き締めて、感謝のほどを伝えたい」
「わかるわぁ」
「あぁ、だけど、やっぱり恥ずかしさが込み上げてくる」
「そ、そうなのよね」
「癒してもらう前は、女の自覚が年とともに掠れて、羞恥心まで薄れていた気がします」
「そこはわからん。私はずっと乙女のままだから」
「それが、まさかこんなにきれいになるなんて、思ってもいなくて、女の自覚と羞恥心が再構築されたみたいで」
「そ、そうなんだぁ」
「そもそも、女として見苦しくないなら、ジンさんに見られたいって、宣言していたし、そう、今見て欲しいのは確かな気持ち。でも鼓動が激しい」
「あ! きたぁ」
「でも、あ、いや、だめ、そう考えるとドキドキが加速してしまうぅ。はぅ」
「きた、きたぁ。うんうん」
「ソフィア? いろんな感情が入り混じって、鼓動が激しくて収まりそうにないんです。申し訳ないのですが、私を強く抱き締めてもらえませんか?」
「あーっ、激しく同感。その気持ちはとても良く分かるけれど、私もう、そんなに体力が残ってないの。うーん。仕方ない。今日だけは特別よ。ジンを貸してあげるから、思う存分抱き締めてもらいなさい。ちなみにジンに見られるのはもう大丈夫なのね」
「はい。それに強く抱きしめてもらえるのなら、この変なもやもや感やドキドキも収まりそうな気がします。でも、お借りして大丈夫なんですか?」
ソフィアはケインに近づき小声で耳打ちする。
「い、いいわよ。今日だけは特別っていったでしょう? それに私の癒やしは終わりだけど、今度はジンの施術を受けてもらうわ。施術といってもキスと抱擁くらいなのだけど、ケインの場合は根幹施術のためにできるだけ多く肌を密着させる必要があるの」
「えっ? キ、キスですか? そそ、それにはは、肌密着?」
「そう。キスすることでジンはエネルギーみたいなものを送り込めるのだけど、それだけでは身体の芯まで届かず、送れる量も多くないわ。身体の隅々まで万遍なく行き渡らせるために肌を合わせることで電気のアースのような役割を果たすのよ。ただ、全身に同時にエネルギーが巡るとき、あまりにも気持ち良すぎて普通じゃいられなくなるから、そんな姿を子どもたちには見せられないかもなところが心配なのね」
「ええ? あ、だから裸を見せる必要が……そういう前提の施術だったんですね?」
「えぇ、あなたに長生きしてもらうためには必須条件なのだけど、恋人や夫でもない相手との密な接触だから、一般的には嫌がられる行為になるわ。もしもあなたに了承の意思がない場合は断念するしかないところよね」
「いえ、私は淫らな女じゃないつもりなんですが、さっきからのこのモヤモヤ感は、癒やしで妙に刺激を受けたせいか、身体がそっち方面の火照った状態に近い気がするんです。それに女の独り身の夜が長かったから、余計にそうなるのかもしれませんし、諫める方法を他に知らないので、大恩あるジンさん相手ならキスも抱きしめてもらえるのも正直ありがたいです。ソレよりもコレは浮気には……、というか、ソフィアは大丈夫なんですか?」
「正直、大丈夫じゃないよ。ジンが他の女の人と肌を合わせること自体、考えられないことよ?」
「じゃあ、なぜ私に許してくださるのですか?」
「それは、あなたの命のほうが何千倍、何億倍も大切だからよ」
「え?」
小声のヒソヒソ話は終わり、普通の会話に戻る。
―― マコには全部聞こえてたけどね。ドキドキワードがあった気もするけど、今は流しておこう。
「あなたは私の癒やしで完全回復したかの感覚でいるかもしれないけれど、私が治せるのは表面的なものだけよ。あなたがそう錯覚するほど、肉体構造上の癒やしが上手にできたみたいで私も嬉しいわ。けれど、それと命の灯火は別物なのよ。過労死の人は身体が動かなくなって亡くなる訳じゃない。身体が健康でも、生命エネルギー、すなわち命が枯渇すれば死んでしまうのよ。あなたに残されている命の灯火に猶予はあまり残されてないの。あなたのすり減った命だけは、私にはどうにもできないのよ。現代医学の最先端技術でもよ」
「そ、そうですか。そこまで猶予がなかったなんて。幾許もない余命宣告だけど、気掛かりだったイルのことも、支えてくれる方たちの存在が知れて、見窄らしい姿で何もできずに逝ってしまうはずが、最後にこんなにも豪華絢爛過ぎる大輪を咲かせて貰えた。こんなにも幸せでいいのかな? って思いで逝けるのならそれで充分。うん。充分過ぎるよ」
「あぁ、欲を言えばもう少しだけ。イルの行く末を見守りたかったなぁ。いえ、それは根底を覆す、贅沢すぎる願いね、やっぱりもう充分だわ。ありがとう、ソフィアさん、ジンさん、マコトちゃん、イル。思い残すような気掛かりはすべて晴れたし、最期にこんなにも眩しすぎる夢を見せてもらえて本望だわ。果報者ね、私」
「お、お母さん。ぐすん」
「イル、ゴメンね。大したことはしてやれなかったわ」
「何で諦めちゃうの? まだまだお母さんとたくさんお話したいのに、できてないよぉ」
「ケイン?」
「はい。なんでしょう?」
「今までのあなたは、きっと困難、過酷な状況ばかりを経験してきたのね? 辛かったわね? でも、その諦め癖は良くないわよ。まぁ、ようやく切実さも伝わったのは良かったけどね」
「え? でも、さっき、どうにもこうにもならないって……」
「もう! バカね。話はまだ終わってないでしょ? 私にはどうにもできないって言ったのよ。それにジンはまだ何もしてないじゃない。それは最初にも説明したわよ?」
「あ!? そ、そういえば……」
「話を続けるわよ。事態の深刻さは理解できたと思うけれど、一縷の望みがあるのよ。それは、あなたが私と同じ一族であるということ。まだ確定ではないけれど、おそらくそうよ。なぜなら、あなたにはまだ見えないと思うけれど、私たちには、あなたたち2人が纏うオーラが見えて、その紋様が私の一族に通じるものに酷似しているのよ」
「え? そんなんですか? そういえばジンさんも同じようなことを言ってたような?」
「えぇ、あなたの亡くなったお母さまはどちらの生まれかしら? 髪の色などの特長は?」
「母はN国生まれらしいです。ちょうどソフィアさんみたいな感じで金髪碧眼でとてもきれいでした。そういえば不思議な力、今思えば確かにありました。当時は半信半疑でしたが、母は周囲の目が厳しいためか、シャーマンとして隠れるように生きていましたから、周りに見抜かれないように、嘘臭い演技を混ぜていたのかもしれません」
「やはりそうなのね」
「え? でも、私とイルにはそんな不思議な力なんてないですよ?」
「まぁ、そこも検証の余地があるわね。けれど、紋様を見る限り、備わってはいると思うのよ。おそらくお父さま側の血筋が発現を何かしら打ち消す要素があるのかもしれないわね。私たちだってわからないことだらけなのだけど、私たちの血筋にジンの力が及ぶと、化学反応のような何かが起こるのを知っているの。だから試させて欲しいのよ」
「何が起こったのですか?」
「死にかけてた私に膨大なエネルギー? を送り込んできたのよ。おかげで一瞬ですべてを取り戻した上に、さらなるパワーアップまでね。ね? 期待できそうでしょ?」
「は、はい。是非、私でも実験してみてください」
「あー、そんな言い方しないで。なんだか人体実験している悪い組織みたいに聞こえるわ」
「あ! ごめんなさい。そんなつもりじゃ……。でもほっとけば失うことが確定している命なのだから、生きるために悪足掻きをしたいです。後がない私にとって今の状況は、天女が差し伸べてくれた、最期の救いの糸だと思っています。万に一つの可能性だったとしても、あやかれるのならば、是非、その恩恵にあやかりたいです。ましてや大恩あるジンさんなら、キスや抱擁どころか、迷うことなく全てを捧げたってかまいません」
「え? え、ええ、ご理解いただけたってことね? 助かるわ。キスするだけでも僅かに送れて応急的な回復は図れるみたいだから、まずはそこから試してみたいけどいいかしら? キスするにも、その貞操観念みたいなものが絡むから、ふつうは受け入れてもらいにくいものよね。裸を見せたり、肌を合わせるなんてのはもっとね」
「そういう理由があったのですね。そうですね。ふつうは好きとか、付き合う、結婚するなどの通過儀礼という一線を越えることが前提だから、そうじゃない場合は反発必至かもしれませんね」
「じゃあ、本題に進みましょうか? ジン、アイマスク取っていいわよ」
「ホイキタ。う、うわぁ、だ、誰? この美少女!」
「私ですよ。ケイン」
「え、ええ、いきなり、ヌード?! うわぁ、見ても大丈夫なの?」
―― 顔を背けつつ、しっかりチラチラ観てるっぽいパパ。
我に返って、急に恥ずかしがるケイン。湯気が立ちそうなくらい顔は紅潮し、その表情もテンパってる。
「あ、あぁ、ぁぁぁ、そうだった、真っ裸だったんだ。忘れてた。は、恥ずかしい。……いや、違う。見せるんでしょ、わたし」
思い直してジンの前に仁王立ちするが、顔は真っ赤で、ジンを直視したと思ったら直ぐに右下にそらし、フルフル恥ずかしさに震えるケイン。
すると、ジンはシャツを脱ぎながらすっと立ち上がり、ケインに羽織って、ゆっくりと抱き寄せる。左手は腰に当て、ゆっくりと引き寄せシャツ越しに身体を密着させる。右手はケインの後頭部に回し引き寄せ、自分の胸に当てながら、優しく頭を撫でる。
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