第11話 イルママ救出

―― いよいよ突入だ。

 ちょうどマコトがそう心に呟いたと同時に、ジンとイルとマコトは顔を見合わせて、せぇーので扉を開ける。


 がちゃっ、ぎぃぃっ。


「失礼しまーす。こちらの娘さんの関係者なんですが、何事でしょうか?」


 ジンが声を発しながら扉を開くから、その一瞬で中の人たちの視線は集まり、何者か見定めるよう、下から上へと、舐めるように頭ごと視線を動かしてくる。マコトとイルはジンの両脇後ろ側に少し隠れる感じの立ち位置となるから、ジンの姿が奴らの視点の中心だ。


 そんな相手の状況を瞳に映すマコトの脳裏にはふつふつと歪な印象が湧き上がる。


―― この世界の人たちの、初対面の人を見るやり方、見定め方とでもいうのかな? ちょっと独特な感じだね。

―― 一口で言うなら失礼、いや失礼極まりない下品な振る舞いだ。


―― ただそこに怒りなどは生まれない。

―― だってコレが彼らの生き抜くための処世術な訳で、サバンナでライオンなどが狩りをするために吠えるなどの行動ときっと同じようなものだと思うもん。

―― 言うなれば、いろいろな振る舞いの人がいておもしろいね、というだけの話だ。


―― だけど、人の世界なら、他の人に恐怖や痛みを与えるのはいただけないよね。

―― ましてや、命や財の強奪はもちろん、臓器売買なんて、もう、万死に値する所業。

―― この人たちの行いがそうであるなら、マコは許せないと思うから、とっちめてやりたいなぁ。

―― でも、マコには何かできるのかなぁ。


―― おっと脱線しちゃった。話は戻るけど、これは威圧するための方法なのかな? 

―― チンピラと言われる部類の人たちのこの部分の所作は、もしかしたら世界共通なのかもしれない。

―― いや、動物界かな? 

―― 犬や猫でも威嚇しあう場面はたまに見かけるし、あれ? 

―― 何となくな既視感があると思っていたけどマジでそれな! 

―― そう思ったら、思わず吹き出しそうになった。

―― けれど、ここは我慢我慢。


―― パパも似たようなことを思ったのか、あえて視線を外し、頬、いや口角がほんの少しつり上がっている気がする。

―― 吹き出すのはたぶんまずいけど、萎縮していないなら問題ないね。


―― イルはというと、おっかなびっくりな様子だけど、お母さんを目で追い、ひとまず無事なことに安堵していた。


 そんな考えをマコトが巡らせていると、相手側の立ち位置的に親玉らしき人物が、ジンの問いかけを一蹴するような言葉を放つ。


「あなたが何者か知らないが、此方の家族でなけりゃ、部外者だ。出て行ってくれ」


―― もちろん、すごすご帰るはずもなく、食って掛かるパパ。頼もしいね。


「いやいや、説明くらいはしてもらえないんですか? そんなこともできないあなたたちは強盗と同じことになりますねぇ。知ってますか? 相手が強盗なら、緊急避難のために一般市民でも救助活動が行えるんですよ?」


―― お! いきなりかましたね、パパ。頑張れパパ。やったれやったれ!


「ちっ、私たちは正当な権利をもって、債権回収に来ただけですよ。お金が用意できないとのことなので、奥さんとお子さんに肩代わりしてもらうことになりましてね」


 にわかに取り繕ったそれっぽい言葉を並べる親玉は、うまいこと言い返せた感に軽い悦を感じるのか、ニヤッとほくそ笑む。


―― 正当な権利ってなんだろう?

―― 借金を債権とするなら、人で肩代わりって……そんな契約書あるはずないのに正当と言ってのけるんだね。


 マコトがそう思う傍らで「かかったな」と小さな呟き。マコトはその発信元であるジンを見上げる。その視線の先には、口角が少し上がり目尻がやや下がった表情、瞳には反撃の手筈が整っているかの意思と爛々とした輝きを携えているようにも見えた。


―― マコにだけ視えるオーラの輪郭からはワクワクしているようにしか思えない。親玉の言葉はよほどツッコミどころが満載だったんだね。


 ジンは即座に反撃の一手を返す。


「じゃあ、その証書を拝見させていただけますか?」


―― おそらく、これまではそれっぽい言葉を並べて威圧するだけで、相手はたじろぎこの場を制圧できていたのかな?

―― 今回もそのつもりが、想定していなかった返しに戸惑ってる?


 相手の親玉は一瞬、目を見張り、慌てて却下で返す。


「あ、あなたに見せる必要はないでしょう」


―― あー、これはもうパパの術中にハマっているみたい?


 すかさず畳み掛けるように追撃の言葉をジンは放つ。


「偽証書だから見せられない、と、そういうことですね」


「そ、そんなことあるか! 証書は本物だぞ。ほら」


―― あは! あははは!

―― まんまとパパの手のひらの上で転がってくれたみたい。


 マコトは直視すると吹き出してしまいそうになるようで、チラチラと視線を外しながら、遠目に見せる証書に目を移す。


 おそらく詳細を見られては困るのだろう。親玉が提示する証書はやや後方に離された位置で、普通の人がなんとなく文字が読めるかどうかの微妙な距離感だ。


―― マコは目がいいからくっきり見える。

―― ただ、現地語? のしかも証書の難しげな単語なんて、もちろん読めるはずはないのだけどね。


―― それと、苦し紛れ感満載な奴らの挙動だから、笑いを堪えるのが大変!

―― それを必死に抑えるから体全体が小刻みに震えちゃうよ。

―― 奴らの誰かがそんなマコを見て、怖くて震えていると思ったらしく軽く吹き出し、その後はニヤニヤ顔だ。


―― だぁーっ、ダメだよー。

―― あまりの勘違いが重なると笑いを堪えるにも限度があるんだよー。

―― さらに笑いを堪える震えが増していくマコと、それをさらに恐怖が増したのだと勘違いする奴らのニヤニヤ顔。

―― 笑いのスパイラルだ。

―― 収まる気がしない。

―― 何の罰ゲームなの、コレ!


 マコトがそう思っていたところへ、ジンからの撮影指示が差し込まれる。


―― ちょっと気が紛れるから、ホント救いの一手だよ。グッジョブ、パパ!


「マコト、イルちゃん入っておいで。さぁマコト、これ撮って」

 パシャ。


「ついでに皆さんも撮って」

 パシャ。


―― ついでに皆さんも、って観光写真か!?

―― 今日はエンタメ顔負けな、面白すぎる恐喝の現場。

―― 面白すぎて、シャッター押す指が震えてなかなか押せなかったでしょ!


「なに勝手に撮ってるんだ。テメエ」


 マコトが内心で、一人ツボにハマっているところに、奴らの一人がイルの手を掴もうと出張ってきた。それを見て娘の危機と声をかけるイルの母、それに反応するイル。


「イル!」

「お母さん」


 出張る奴らの手をジンが掴み制止する。


―― たぶんこのステップも大事なシナリオの一部なんだろうね。

―― わざとそう仕向け、手が出るタイミングを待っていた?

―― ということはマコたちはある意味囮役だったのかぁ。

―― あちゃー。

―― でも不安は全く感じてないからいいんだけどね。


 ジンは待ち合わせたように用意してたかのセリフを返す。


―― 何の演劇だコレ!


「撮られてはマズいということはやはり偽物ですか」


 親玉の顔色がやや険しくなる。

―― むむぅぅ。

―― この人、主役には向いてないね。

―― まぁ悪役なんだけど、とはいえ、アドリブでももうちょっと切り返しできなきゃだよ。

―― いや、演劇じゃないんだけどね。


 そこへイルを確認したらしき子分が報告を入れる。


「ア、アニキ、そのガキ、例の上玉の娘ですぜ」

「なに? なるほど、上物だな。ってどっちだ? 両方ともなかなかの上玉だが、あぁ、赤毛のほうか。そうかそうか……いや、待てよ?」


 上物認定したようで、それまでの険しさは飛び、何とも言えないイヤラシい笑みを浮かべる親玉。


―― もしも可愛いって言われたなら悪い気はしないものだけどさぁ。

―― 何だよ、その上物って。

―― 人を商品としか見ていないあたり、沸々と怒りしか湧いてこないね。

―― まぁいいや。

―― この親玉、少し余裕を欠いていたっぽいけど、今の報告でやや気持ちを取り戻したのか、表情になんとなく余裕が窺える。


―― でもあれ?

―― イルだけじゃなくて、マコまで見定めるようにジロジロと見られている。

―― ブルッ、背筋に悪寒が走った。

―― うぅ、気持ち悪い。

―― マコまで算段に組み込まれた気がする。

―― たぶん、今までのやりとりはもうどうでも良くて、力任せで簒奪すれば万事解決とでも思っているのじゃないかな?


「おっと失礼。偽物なわけはないでしょう?」


 親玉の言葉は、余裕を取り戻しその裏にはやや威圧を潜めたようなそんな言葉だった。ジンもそんな気持ち悪さに付き合うのをそろそろ止めたいのか、いよいよ例の作戦の発動に踏み切るようだ。


「あぁ、ちなみに、ご存じですか? 昔この建物で、今日と同じように騙されて連れて行かれそうになった娘さんが、激しく抵抗し、刃物を奪って、辱められるよりはと自害したそうです。それ以降、この建物で同じような連れ去りが起こりそうになると、地縛霊となった彼女が暴れ狂う現象が起こるようになったそうですよ」


「な、なにをでまかせを」


 若干だが、怯み狼狽える親玉。


―― 仕込みとしてはたぶん上々だね。


「あぁ、偽造するなら、もっとちゃんとした人を雇った方がいいですよ。フォーマットが微妙に間違ってるし、割り印がない。署名の綴りが間違ってる。その他諸々、お金をケチって、素人の部下にやらせるからこんなにミスが多いんですよ、まったく」


―― ふふっ、パパの手のひらの上に乗せられてそうだね。


「そ、そんなはずないだろう。いや署名だって複写機使ったはずだから、いや手書きでやらせたのか? ……はっ!」


―― だぁーーっ! あははははは!

 堪えきれず、マコトは俯き顔を背けて懸命に笑いを握り潰す。


―― また震えてるように見えたかな?

―― ここカットで良い?

―― あまりに迂闊すぎる親玉。

―― この迂闊さはマコ以上だね。

―― あ、演劇じゃないんだったね。

―― おっとっと。

 ジンの追撃は続く。


「ほら、やっぱり偽造なんですね? マコト、写真。署名のところ大きめね」

「はいよ」

 パシャ。

 パシャ。


―― この親玉チョロすぎる。小物なのかな?


「きさまぁ、騙したなぁ?」

「いやいや、騙してるのはそちらでしょう?」


―― ぷぷぷぷ。もうお腹限界かも?

―― あ、でも、そろそろかな?

―― 奴らの激オコ加減はたぶんマックス付近かもだしね。


「テメーラ、やるぞ」

 パシャ。


 ジャキン、ジャキン。

 部下がピストルやナイフを取り出し構え始める。

「いただき!」

 パシャ。

 パシャ。


―― シャッターチャンス! いただきぃ。


―― パパから、背中でパー→グー→ふりふり。

―― これはボルターガイスト開始の合図だ。


―― 打ち合わせどおり、マコは右半分。パパは残りだね。


 二人はオーラの触手のようなものを展開して、奴らの武器を掴む。二人以外にオーラは見えることはなく、掴んだことで手に持つ感触が変わったことに気付く奴が現れ始める。

 その不可思議な状況ににわかに慌て始めるが、そんな状況は前に立つ親玉にはまだ届かない。


「俺たち相手に舐めた真似をしたこと。あの世で後悔するんだな」


 二人はゆっくりと武器を宙に浮かし始める。さすがに手から離れれば、その異常な状態をしっかり認識し、その状況が言葉として奴らの口から溢れ始める。


「アニキ、銃が勝手に、あわわわ」


「え? な、なにが起きてる」


 奴らはすっかり混乱のさなかだが、すべての武器を浮かせているわけではないから、マコトとジンで、それぞれ銃を動かし、別の銃を叩き落とす。


 あたかも銃が意識を持っているかの様相のため、多くが腰を抜かし、また落とされた銃を拾おうとする者もいるが、さらに浮かせた銃で蹴散らす。


 ここからは何が起こるかわからないからと、混乱に乗じてジンはイルとお母さんに移動を指示する。


「イルちゃん、お母さんと物陰に隠れて! 流れ弾が飛んでくるかもしれないから」

「は、はい!」


 マコトたちは落ちた銃を宙に浮かしたまま、グルグル円状に動かす。中心を向く銃口の照準は親玉にセットし、近くの椅子、テーブルも宙に浮かべる。そしてジンは素知らぬ素振りで、仕込んでおいた地縛霊話に紐づける発言を始める。


「やっぱり地縛霊の噂は本当だったみたいですね」


「そんなバカな」


 口ではそう言いつつも、奴らの顔付きはもう信じるしかないような状態だが、ただ惑うだけでは時間がかかり落ち着かれるのも面倒だと、ジンはここで一気に追い打ちをかける。


 ジンから親指で弾く、花火つぶての合図が送られる。

 マコトはコクリと頷くと、他の手に持つ銃やナイフに向けて弾く。

 手元が見えないように。


 パァァン、パ、パァァン。


「ひ、ひぃぃぃ」


―― 奴らのびっくり度合いが素晴らしい!

―― これが映画なら、アカデミー賞ものだね。

―― あ、彼らの体感的にはリアルだから当然といえば当然なのかな?


「撃ってきやがった。こんなの聞いてないぞ。ちっ、覚えてやがれ。ずらかるぞ」


 パ、パァァン


「へい。ひぇーっ」


 あとはそれぞれに腰を抜かしながらも、なんとか立って歩けるものが引きずり一目散に扉へと向かう。

―― 必死だ。

―― もう本当に必死だ。

―― ぷぷぷぷっ。これはもう……うん。お腹が耐えられるかが心配だ。


 ダダダダダ。

 ……バタン……

 キキキィー

 ガン

 キキィ

 ブゥー


 あっという間だった。一斉に帰っていくチンピラたち。


「行ったか?」

「うん」


「じゃあ、録音停止ね。カチャッっと」


 カチャッ、カチャッ。


「2人とも録音停止できたな?」

「「うん」」


「クフフ……」

「アハハハ……もういいよね?」

「ああ……」


 ジンとマコトはもう一度周囲を見渡し、イルたち以外に誰もいないことを確かめると、途端に吹き出しお腹を抱えて笑い出す。一頻り、笑ってなんとか落ち着きを取り戻す。


「アハハハ、はぁ、落ち着いたか? マコト」

「うん。大体。あー、楽しかった。聞いた? 「覚えてやがれ」だって? ダメ、また思い出しちゃった。アーハハハ、イーヒヒヒ。やっぱり言うんだね? プププっ」


 そんなマコトたちとは対照的に、イルが不安そうに問いかける。チンピラたちが去った安堵感とは裏腹に、地縛霊と認識する状況はさすがに怖いようで、その顔は真剣そのものだ。


「あの? 私たちは大丈夫なの? 地縛霊?」


「あー、あれはハッタリだよ。信じちゃった?」


 ハッタリと聞いて、一瞬目を見開くイル。しかしそれでも何か腑に落ちない表情を見せ、再び尋ねる。


「じゃあ、あれはなに?」


 宙に浮いてぐるぐる回っている銃やナイフ、と、椅子とその他の家具をイルは指差す。


「あー、忘れてた」


 浮かせていた武器や椅子などをゆっくりと下ろしていく。


 ゴトン。ゴト。ゴトゴトゴト。ゴトン。


「あれっ? 証書も忘れてったみたい」


「あらら、小物である証だな? 放置すると、そのうち大物も出てくるのかな?」


 ポルターガイストもどきが次々に解除され、当たり前のように忘れ物の証書の話題に移るのを、呆気にとられて見ていたイルは、遅れて我に返り、またまた尋ねる。


「え? マコちゃんたちが仕込んだの? いつのまに?」


―― マコが説明を忘れていたからイルが知らないのも無理はないね。


「イルちゃん、細かい説明は後でするよ。まずはこの状況の撤収と、お母さんへのカンタンな説明。幸か不幸か、こんな状況だから、今日、ここに留まる必要性はないから、うちに避難の一択でいいよね?」


 ジンはこれからの行動を掻い摘んで指示し、避難の意思を確認する。


「はい。もうそれしかないですね」


「だから、避難することと、その準備。さっき打ち合わせたことの他に、借用書関係の書類全部と通帳や判子、現金、貴重品は全部持って行った方がいい。他にも大事なものがあれば全部。今夜あたりにまた襲撃される可能性があるからね。奪われたり、壊されたり、燃やされたりする可能性があるから、もう引っ越しするつもりでね」


「了解です。でも、判子って何ですか?」


―― あー、そうだよね。ここは日本じゃないのにパパってば。


「あぁ、そうか、判子って無いんだったね。じゃあ判子は無しで。それと、うちにある生活品や買えば済むものは置いていってね。思い出の品なんかは買えないから、優先順位高めで。でも軽トラ一台に載せられる量までだよ」


「了解です」


「マコト、オレたちは次の対応を考えなきゃだけど、オレは知り合いに連絡することがあるから、その間、イルちゃんの手伝いを頼む」


「りょ」

「お、おう。またその省略形か?」


 そんな会話をしながらジンは通話履歴からダイヤルする。


 マコトに背を向けつつ、目線だけマコトに残しながら受話器を耳に当てる。発信動作に入る頃には笑みを残して、ジンは完全に向こう側を向く。


―― この流れるような所作が大人の余裕が感じられてカッコ良い。

―― マコもいつかはそうなるのかな?


「トゥルルルーッ、プツ。もしもし、太田か? ああ、一ノ瀬だ。久し振り。ちょっと頼みがあるんだが。あ、ああ、S国のベラドンナ商会の企業情報と背後関係、それから罪状の履歴なんかが欲しいんだが? あぁ、それから警察との癒着がありそうなんだ。その情報があれば嬉しいな。いやぁ、うちの大事な親戚にコナをかけてきたんで、ちょっと懲らしめてやりたくてな。あぁ、情報さえもらえれば、そちらに迷惑はかけないさ。ちょっと悪徳な中小企業が潰滅するくらいだよ。ああ、大丈夫。無茶はしないさ。ああ、ああ、よろしく頼むよ。そうだな、今度時間を作るよ。飲みに行こう。あぁ? 日本でか? ああ、近々戻る予定ができそうだから、ああ、また知らせるよ、じゃあ、連絡よろしく。プーッ」


―― イルの手伝いを、って言われてたのに、ついつい横耳たてて聞き入ってしまっていたよ。


「パパ殿、なにやら黒っぽい会話に聞こえましたぞ。ねぇねぇ、何かやらかすの?」


 神妙そうなトーンから、一転、ワクワクを隠せないトーンでマコトは尋ねる。


「あぁ、今日ので諦めるとは思えないし、イルちゃんの周りは綺麗にしておかなくちゃ、と思ってな。お掃除、マコも手伝ってくれるか?」


―― おぉぉ、まだ次があるんだね。

―― そうか、今日は撃退しただけで、奴らはまた来ちゃうもんね。


「うんうん、やるやる。面白そうだし、何よりイルたちに悪さをするヤツらはコテンパンにしてやらないと気が済まないもんね」


 ジンも似たような思いなのか、笑顔を浮かべながらマコトの言葉を聞いていたが、少し真剣な眼差しに切り替わり、雰囲気を改めて話し始めた。


「そうだな。だが、言っとくぞ? 今回は危険の可能性はもちろんあるけど、小物相手で叩けばホコリが出そうだから、そこを突いて自滅させるつもりだ。比較的安全にやれそうだから、経験を積む意味でも手伝ってもらいたいと思ってる。だけど、これから先、巨悪に対峙しなきゃならない場面にもしも遭遇したなら、本当に危険な状況が出てくる。そのときは首を突っ込ませないからな?」


「りょ、了解であります」


 ジンの真剣そのものの口調に圧され、マコトの口調も改まる。


「今回はどこまでが安全でどこからが危険なのか、争いに勝利しても、身バレしてしまうと、後からやってくる別の危険。いろいろ勉強になると思うから、しっかり見て考える癖をつけること」


 マコトの口調の変化が少し気になりつつも、説明を続けるジンにまたも改まる口調で返すマコト。


「はい、であります」


「マコト、時々なる、その軍隊口調はなに? さては変なアニメでも観たな?」


 さすがにジンも気になるようで理由を尋ねてきた。マコト自身もよくはわからないようだが、マコトは思い付くままを返す。


「パパ殿が、圧倒的な知識や能力を振るうとき、今みたいに悪の側面を垣間見たとき、圧倒されすぎて、軍曹みたいに見えるのであります」


―― そう。

―― なんだかわからないけど、収まりがつかないのかな?

―― テンションが釣り合わないというか……。

―― 大事なところだからか、である調の言葉で要点が研ぎ澄まされた感じになるから?


「そうか、ちょっと怖いってことだな? じゃあ、ほら、いつものパパだよ?」


 思いっきり笑顔の優しい声色でジンが問い掛けてきた。


「あー、パパぁ、戻ってきたぁ」


「すまん。怖がらせてたんだな。気を付けるよ。うん」


―― あー、違うね。

―― パパのことは何があっても恐いことなんかない。

―― たぶん言葉の中に潜む危険性を感じ取って、緊張しちゃうんじゃないかな?

―― むしろ迂闊な行動が抑えられそうだからこのままでいいんじゃない?


「ううん、大丈夫。戦いなら、気が緩むと死ぬ可能性があるから、気合いが入っていいんだよ。だから、必要なときは変貌OKだよ?」


「そっかぁ、でもパパ的には、いつも可愛らしいマコトでいいんだけどな?」


―― ふだん、そんな言葉は使わないのに、うひゃぁ。

―― マコはどうして照れるの?

―― 耳まで熱い気がする。

―― なぜか俯き気味に……あぁ、顔を見られたくないのか……


 マコトは言葉少なめに返事する。


「う、うん。そうなるよう……頑張る」

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