第10話 イルママ奪還作戦

「じゃあ、どうしようか? パパは今ベッドと仕切りを準備してくれる?」

「はいよ」


―― そうと決まればママの段取りは早い。

 マコトがそう思った傍らで、テキパキと準備は整えられていく。


「パパは軽トラで迎えにいく要員ね。ママも行きたいところだけど、ここにくるのなら、食料とその諸々の生活物資も必要だから、ママは買い出し係っと。マコちゃはどうする?」

「パパとイルの2人だけで行かせたら、イルのお母さんからたくさん警戒されるかもしれないから、マコも付いてくよ」

「うん。それがいいわね。イルちゃはここでしばらく住むのに必要な持ってくるものが何か考えといて? 主には歯ブラシとか着替えかな? タオルとかは、嫌じゃなければ、うちのを使ってくれていいからね。じゃあ、パパの準備ができたら出発してね」

「「はーい」」


 ここまでの数十秒間、必要最小限なものの確認・指示を、それほど早口ではないものの、途切れることのないマシンガントークで展開しながら、ソフィア自身は着替え・身支度を完了する。


「ママは今日の食べ物は宴するつもりで準備してたから、明日以降の分だね。お粥はたぶん買っても要らなそうだけど、一食分準備っと。あぁ、イルちゃ? 日保ちしないものは持ってくるんだよ。あと必要なら勉強道具なんかもね」

「わかりました」


 最終確認を済ませたソフィアはもう出発するようだ。


「じゃあ、ママは歩きだからお先に、行ってきまーす」

「「行ってらっしゃーい」」


 パタパタ……


 イルは呆気にとられながら、マコトに確認する。


「ふぅゎぁ……凄いわね。嵐のように行ってしまったね……いつもこうなの?」

「でしょ? こうと決めたときのママは凄いんだよ」

「ふふふ。さすがマコちゃんのお母さんだよね。あんなに綺麗な人なのに、頭の回転も早いなんて……素敵」


―― イルには素敵に映ったんだ。

 マコトは少し安心したのか、穏やかな笑顔でふぅーっ、っと息を漏らす。


「よかった。マコも凄いと思うし尊敬してるけど、ちょっとけたたましいから、イルには引かれちゃうんじゃないかって、ちょっと心配だったんだ」


「えー? 凄すぎてうっとりしちゃうよぉ。マコちゃんが羨ましいくらい。うちのお母さんだって、昔は綺麗で活発だったから、ソフィー見てるとちょっと思い出しちゃったな。今は見る影もないくらいひっそりとした毎日だから余計にね」


 ソフィアを褒めた後のイルは目線を少し落として、ちょっぴり寂しそうな表情だ。


―― あー、そうか。そうだった。イルのお母さんは病に伏せてたんだった。もう! マコは気遣いが足りないから、鈍感なことしか口にできない。役立たずだな、もう!


 そんなウッカリな自分を振り返りながら、マコトは謝りの言葉をかける。


「あぁ、ごめん。イルのお母さんのこと……」

「あー、うん、大丈夫! これから先も変わらないなら私もしょげるしかないけど、今日のこれからのことで、少し違う未来に進めるかもしれない、って思ってるから今の私はワクワクしてるんだもん」


―― よかった。イルはちゃんと前を向いてる。

 イルに少し笑顔が戻っているところを見ると、釣られるマコトの頬も緩むようだ。


「そう……ならよかった!」


 イルの母親を連れてくるミッションを実際に開始することになったが、マコトはふとイルの言葉を思い出し、スルスルと思考が巡り始める。


―― イルのお母さんからすれば、見知らぬ人、まぁマコたちなんだけど、それがこれから押しかけることをリアルに想像してみる。

―― 当然、イルのお母さんはマコにとっても会ったことのない人で、どのような反応が返ってくるのか、まったく想像できない。

―― もちろん、マコたちの取ろうとしている行動は、イルとそのお母さんにとって、絶対にいい方向の提案のはず。

―― だけど、そんなことは相手にはわかるはずもないし、ましてや初対面の相手なら不安にしか思わないのが普通の反応になると思う。

―― 実際、イルとマコだってまだ深い仲とは言えない間柄だ。

―― マコはイルが大好きだけど、まだ出会ってから日の浅い付き合いで、パパとママだって今日初めて会っただけの間柄だ。

―― その割には、パパとママも親子ごと引き受けるほどの大きな覚悟をするのは、たぶん世間的には少々異常であるような気もする。

―― まぁ、うちの家族に限って言えば、イルを見て、そこから判断できるいろいろなことを総合的に考えても信頼し安心できる、それほどの逸材だと判断してのことだと思う。

―― でもだからこそ、優秀なイルのお母さんも相当に優秀であるがゆえに、頭の良さからくる多くの不安を感じたりしないだろうか? 

―― 躾に厳しい人だとしたら、それこそマコたちの行いは、イルのお母さんの目には、不躾なものにしか映らないのではないだろうか?


 などの少々不安な思いがこの土壇場になってマコトの脳裏を駆け巡る。


「イルのお母さん、素直に連れて来れるかな? お母さんからしたら、唐突過ぎるから、怒ったりしないかな?」


 マコトのそんな不安に、さっきまでのイルとは異なる反応が返ってくる。


「うん。どんな反応が返ってくるか、ちょっと予想つかないけど、でも、ちゃんと順を追って話せばきっとわかってくれると思う」


―― むぅ……おかしい。イルの中では覚悟が決まったからなのか、イルの表情にまったく不安じみた感情が見つからない。


「あれっ? なんか普通と逆だよね。普通は、娘の方が「大丈夫かな?」って悩んでるところに、友達から「きっと大丈夫。わかってくれるよ」なんて諭すシーンだよ、ここ。あーん。友達として頼りなさすぎなマコ」


「そういえばそうだね。でもね、ありがとうマコちゃん。本気で心配してくれたから、実の娘の立ち位置で不安になってくれたってことだよね」


「そ、そうなのかな」


 マコトは照れくさそうに返す。二人はほのぼのとした雰囲気で見合わせる。


 小さな不安が掻き消えたことから、マコトは考えを一歩押し進める。


―― イルも覚悟が決まっているようだ。イルがここまで言うからには、きっと話がわかるお母さんなのかな? まぁ、マコが心配しても始まらないし、行けば何とかなるのかな?


―― そうだ! リヤカー忘れるところだった。


「あ? パパぁ、借りてたリヤカーもついでに返したいから載っけられる?」

「あ? いいよ。載せていこう。借りたお礼はまた今度って言えばいいか?」


―― マコが借りてきたから、相手にとってはマコたちがお礼すべきところだけど、そもそも借りなきゃいけなくなったのは、ニョロ太たちが原因なんだよね。


「あぁ、そうだね。でも、お礼はニョロ太たちに行かせようよ。ヤツらが原因なんだし」

「あぁ、それがいいかもな? お父さんが村長なら、返されるほうも誇らしく思ってくれるかもしれないしな?」


―― あぁ、そうか、そういえばそんなことを言っていたね。

―― 村長さんのネームバリューのほうが、貸してくれた相手も、村長に感謝されるという、付加価値が付くから嬉しいのかな?


「そうだね。それに決まり!」

「よーし、準備できたから、しゅっぱぁーつ」

「「おー!」」


 ブルルルゥ……

 意気揚々と軽トラは走り出す。


 途中、リヤカーを返却して、イルのお家へと車は走る。


「マコちゃんのお父さん、そこの右の路地を入ってもらえますか?」

「りょうかーい」

「ん? うちの前になんか人が集まっている。マコちゃんのお父さん、そのあたりに止めてもらえますか? あれ? いつも優しくしてくれる近所のおばさんだ」


 車を降りると、それに気付いた近所のおばさんがそそくさとイルに駆け寄り、息切れしながら話しかけてきた。


「はぁはぁ……イルちゃん、どこに行ってたんだい。たたた、大変だよ……ぜぇぜぇ……」


 僅かな距離だが、普段走ることの少なそうなやや小太りの中年女性にはこたえるようだ。両脚を大股の逆ハの字で踏み堪え、両手を両膝で支える中腰姿勢で、俯き息を切らしながらイルに尋ねてきたのだ。気が気じゃないイルはその理由を尋ねる。


「何があったの? もしかしてうちに何かあったの?」


 近所のおばさんの慌てふためく様子から、ただならぬ状況を感じ取ったイルはその先の状況説明を促す。


 集まっている人たちの注意の向き先は明らかにイルの住む家だ。イルは説明を求め、おばさんを見上げながらも、中の様子が気になる自宅へとちらちら視線を飛ばしている。


「どうやら……はぁはぁ……借金してたところが夜逃げしたらしいんだよ」


「え、借金? 夜逃げ? そ、それでどうしてうちが?」


 不穏なワードが飛び出す。借金ならそこから一般的、容易に類推できる事柄の可能性もあるにはある。しかし、まだ核心には程遠いと感じているのか、イルは情報の繋がりを求めるように投げかける。促されるように、おばさんの口からわかる範囲の子細が告げられる。


「あー、そこなんだよ。どうやら店に残っていた借用書がギャングに渡ったらしくて、チンピラが取り立てにきてるみたいなんだよ」


「え? 取り立てって、じゃあ、お母さんは今、中にいるの?」


 イルの顔つきが一瞬で曇る。事態は想像を超えないものだが、それなら今が暴力や恐喝のさなかにあるということだ。母の身を案じ、直ぐにでも駆け込みたい、でもどうすれば良いかがわからず困惑と身がよじれる思い、そんな心情が誰の目にもわかるようなソワソワと落ち着きのないやや挙動不審気味のイルだ。


 そんな様子を目の当たりにするマコトだが、イルとは違い、別の思惑を巡らす。


―― それにしても、よりによって、今から迎えに行くはずのイルのおうちが絡まれているとは。なんという僥倖。

―― むふぅぅ。いや、そんな目に遭っているイルのおうちをせせら笑うわけじゃないよ。

―― そんなときにそんな窮地をなんとかできるマコがいるということ、なんてラッキー。

―― ただ、マコならもちろんイルのお母さんを助けられると思うけど、それは暴れるとかの強引な、不完全な解決方法になってしまいそうなんだよね。

―― だけど今日はそんな心配はいらない。

―― なんてったってパパがいる。

―― イル、心配いらないからね。

―― きっと大丈夫。


「あぁ、さっきチンピラが中に入っていったばっかりだから、今はまだ話し始めてる段階だと思うよ」


 おばさんの返答から、それならまだ無事であるとの安堵に、こわばる肩の力が少し抜けたように見えるイル。


 だがここからどうすればの問いの解答はおそらく持ち合わせないイルはひたすら考えを巡らせているようだ。


 初めて体験するであろう、こんな緊迫した状況だからだと思われるが、心情ダダ漏れに振る舞うイル。


―― 普段の余裕たっぷりの含みを持った行動と違って、こんなにもわかりやすい。そんなに余裕がないのは、それだけお母さんを大切に思っている証だね。


 マコトがそんな観察をしているところに、おばさんは思い出した情報を付け加える。


「そういえば、最近成り上がったタチの悪いギャングがいるって噂があって、ヤツらがそれかもしれないね。だとしたら、イルちゃんは出ていかないほうがいいよ。悪い噂しか聞かないんだ。クスリや臓器売買、人身売買とか、見境なくやる連中らしいからね。おばちゃんの家に行って隠れてな」


 相手の正体らしき情報が耳に入る。まだ見えぬ状況だが、マコトの中の怖さのイメージの解像度が一つ跳ね上がる。さらに聞くに堪えない噂の言葉の羅列は平和に暮らすイルはもちろんマコトにとっても強烈に響くようだ。


―― うぅ……同じ人間の為せる行為とは思えない。

―― 背筋が凍りそうな感覚に陥りそうなエグい言葉たちだよね。


 そんなマコトの感じ方と、おそらくイルも同じ感覚なのだろう。小刻みな震えが唇と膝に表れる様子のイル。危機に晒された当事者でもあるから尚更だろう。今にも泣き出し崩れ落ちそうにも見える。


―― この近所のおばさんとの会話が終わらないから、イルに大丈夫だよって伝えられないことがもどかしい。

―― でもまずは情報収集が大事だし、今は聞き手にまわってなきゃだから、仕方ないけどね。


 既にキャパを突き破るほどに心を抉られる余裕のない心情にあるはずのイルだが、自身に染み付いた習慣からか自分を匿おうとしてくれることに礼の言葉を絞り出す。


「……え? ……あ……ありがとう、おばちゃん……でもどうすれば……」


―― そうなんだよ。きっとイルに染み付いた礼儀正しさがそうさせているんだね。


 マコトがそう思っていると、母親について、イル自身に策は全く浮かばないのか、イルの表情はどんどん沈んでいく。しかし、ふと何か気付いたようにおばさんに尋ねる。


「あの、おばちゃん? 私を匿ってくれるって言ってくれたけど……あの、その、そしたらお母さんは?」


 自分を匿ってくれようと考えてくれているおばさんに対し、それならイルの母親についても何かの手立てがあるのかもと縋る表情でイルは尋ねる。


「今警察を呼んでるから、間に合えば追い払えるはずだよ。ただねぇ、警察の中にもギャングと癒着しているやつもいるらしいから、なんやかんや妨害されると、到着が遅れる可能性があるね。でも、今イルちゃんが出ていったら、ちっちゃくて可愛らしいあんたは、価値が高くて、連れ去りやすい格好のターゲットさね。だから絶対に出ていっちゃダメだよ。わかった?」


 警察頼みの構えだが、遅れる懸念も示すおばさん。少なくとも今守れるイルだけは、守りきろうとするのは賢明な判断といえる。ただ、イルの淡い期待は打ち砕かれ、さらにイルの表情は沈んでいく。


 そんなところにジンがマコトに小声で話しかけてきた。


「マコト、前にやった『つぶて』はできるようになった?」


 つぶて、と聞いて、顔がにぱぁーっとほころんでしまうマコト。これから起こるであろう戦いの中で大手を振ってつぶてを試せることへの期待に抗えないようだ。しかもこんな危機に瀕する状況にもかかわらず、なんとかしてしまえる勝算が立つから尚更だ。


―― ずっと試したかったんだ。いや、まぁ、それでも戦いだから生死を賭けた真剣な場面になるはずなんだけど、マコのつぶてなら、こちらの手の内を知らない相手なんてあっという間になんとかできそうだもん。


「うん。パパほど威力は出せてないけど、スピードは負けてないから、拳銃にも対抗できると思うよ。しかも、10mくらいの範囲内なら、指に当てるくらいの精度で、手に握り込む個数だけ、大体3つ位かな? 連射も可能だよ?」


「それは頼もしい。じゃあ、これをポッケに入れて、いつでも取り出せるようにしといて」


 ジンは、何やら紙でできた豆粒くらいの大きさのものを入った袋を手渡してきた。


―― つぶてに使うのかな?


「これは?」

「日本から取り寄せた、花火の一種で、思いっきり壁にぶつけたり、踏んだりすると、パンって大きな音がするやつ。周りは紙みたいな素材だし、目にでも当てない限り、痛いけどケガはしないやつだから心配不要だよ。ただ音が音だけに威嚇には抜群の効果があると思うやつなんだ。だからって、バンバン使って良いわけじゃない。あくまでも念のためだ。使っていいのは、ここぞというときだけだからな」


―― さすがパパ殿。

―― 危険性はないのに、派手さだけは体感できる優れもの準備してくれたよ。

―― なんかウズウズしてきた。

―― うぅ、撃ちたいなぁ。


「わかった。でもいきなり実戦だね。危なくないならバンバン使ってみたいな」

「ダメダメ。平和解決が一番だし、正当防衛じゃないと、逆にこっちが捕まってしまうからな」


―― 残念。でも使い方を誤ると捕まるという代物なんだね。

―― うぅ、使いどころが判断難しそうだね。


「その判断は難しそうだから、撃っていいときはパパが合図してね」


「わかった。あとテープレコーダーとカメラ」


―― 突然差し出されたもの。

―― それは子どもにとって、興味津々な優れものグッズ。

―― なんでこんなものを持ってたの、パパ。

―― 準備良すぎるよ。

―― あー、調査員って、こういうのをよく使うっぽいから車に常備してたのかな?


「あっ! 『撮れるんデス!』だ、一度使ってみたかったの。持ってるんなら言ってよね」


「わかった。今度な。テープレコーダーは録音開始して、首にかける。で、見えないように服の中に入れておく。カメラは相手に都合が悪いと思った場面ならいつでも撮っていいぞ。ただ36枚しか撮れないから、よく考えて撮るんだぞ」


「わかった。大丈夫!」


―― んふふふ。マコは楽しくなってきたぞ。

―― 手に取ったグッズはガチャガチャいじるだけでも楽しいけど、それをどう使うかなんて、想像するだけでもワクワクが止まらないよ。


「あと、証拠がないとあとで立場が悪くなるから、優位に立つために撮っておくんだ。だから録音は悟られないように、カメラも奪われないように注意すること。それと同じセットをイルちゃんにも持たせて説明しておいてな」


「わかった。OK」


―― あー、ちょっと七面倒臭い注意があるのか。

―― まぁ仕方ないけど、でもなんかスパイ気分も味わえそう。

―― そう、今日のマコたちはスパイエージェントになりきらなきゃかも?


「今度はどう立ち向かうかだけど、たぶんピストルやナイフはみんな持ってると思え。しょうがない場面ならつぶて全開で立ち向かえばなんとかなりそうか?」


―― おっ?

―― つぶて全開の場面も想定ありですか?

―― マコの敏捷性も発揮できるかな?


「マコはすばしこく動けるし、動きながらのつぶても大丈夫だから、全然怖くないよ」


「さすがマコトだな。頼もしいぞ。それで進め方なんだが、最初は平和解決のためのアプローチを試みるから、いきなり仕掛けないようにな」


「うん。わかってるって」


「イルちゃんの動きにも注意が必要だよ。感情的になって飛び出す可能性もあるからな」


「そうだね。注意しとくよ」


―― そーだったね。

―― イルは被害の当事者だし、大切なお母さんの窮地を見たら、思いもよらない行動しそうだね。

―― ちゅーいちゅーいっ、要注意だぁ。


「それでね。クフフ」


「何笑ってるの? この緊急事態に!」


―― なんとなくわかるけど、深刻な状況のイルの表情とは対象的すぎるパパの笑い顔に、少し慌ててしまう。

―― 他の人の目もあるしね。


「あのな、マコトはオーラを光らないように発して、少し離れたところのものを動かしたりできる?」


―― 最近の魔力修練では、かなり実りある成果を掴んでるんだよね。


 マコトはそんな修練時の状況を思い浮かべながら、どの程度できたか、その距離をイメージから測り取る。


「うーん、5mくらい? いやもうちょっと、たぶん7mくらいなら、いけると思うよ」


「そっかぁ、じゃあ、イケルかもしれないな。クフフ」


―― あー、また笑顔。

―― ちょっと不謹慎だよ、パパ?

―― 空気読めない人だったっけ?

―― ダメだよ声に出しちゃ。

―― というかこの状況において怪しさ全開だよね?


「何? 不気味だよ、パパ」


「お、おぉぅ。えっとね、平和的解決が難しかったときの次のアプローチは、ズバリ、ボルターガイストがいいかな、ってね。ほら、何もつぶてを撃つような、攻撃的手法なんかより、相手が持っている銃やナイフを、オーラを介して飛ばすこと、けっこう簡単そうじゃない? 幸い家の中というシチュエーションなら、ボルターガイストのせいにして、武器や机、椅子なんかを派手にグルグル動かせば、相当びっくりしそうだろう?」


―― うちのパパったら、いつもお茶目なことばっかり考えるのね?

―― というか、いつもの5割増しで活き活きしちゃって見えるのは気のせい?


「アハハハ、だからさっき笑ってたんだ。確かにそれが一番簡単な無血解決法だね。ボルターガイストも、そんな噂がたつのはあとあと困るけど、あらかじめ糸を仕込んでいたとかなんとか理由はいくらでも作れそうだね。ウフフ、パパ、頭いいー」


「だろう? じゃあ、イルちゃんにも説明しといてね、パパは準備しておくから、イルちゃんの準備ができたらゴーだよ」


「らじゃ」


 しばらくして近所のおばさんの話が終わったイルに、まだ呆然としている様子だが、マコトはカメラその他を手渡し、簡単に説明を済ませる。


―― あっ、ポルターガイストの説明をし忘れた!

―― まぁ、いっか。やるのはイルじゃないしね。


 イルとマコトの会話が済んだことと、仕込みのイメージが整ったところで、ジンは作戦開始をイルに告げる。


「じゃあ、イルちゃん行くよ?」


 説明の折り、イルはマコトから、大丈夫だよ、とは伝えられたが、まだ何も解決できていない今、怖さの感情は脱することができないのか、全身に小刻みな震えを纏うイル。


―― 仕方ないよね。

―― 大人だって身のすくむ思いになる事態なのだから、普通なら子どもはただただ泣き喚くところだもん。


 マコトがそう思った次の瞬間には、ふとイルの様子に変化の兆しが表れる。


 イルは、目を閉じて一息つくと、今縋れる相手と定めたジンとマコトについていくと心を決めたようだ。

口を引き締め潤む眼をゴシゴシと無造作に拭い、キッと目力を込め、ジンとマコトを見据えて返事を返す。


「はい、大丈夫です。行きましょう」


「ちょ、ちょっとイルちゃん? あんたらも……近付いたら危ないよ? き、聞いてるのかい? イルちゃ……」


 おばさんの心配をよそに、イルの家に向かう3人を呼び止めるおばさん。被せ気味にイルが答える。


「……あ……大丈夫。この人たちが付いてくれるから。行ってくるね……」

「え? ほんとに大丈夫なのかい?」


 心配してくれるおばさんに、イルはペコリと頷きを返すと、前を向いて歩を進める。


 3人がイルの家に近づくにつれ、まだ遠目だが、少しずつの中の話し声が聞こえてくる。


「奥さんさぁ、借りたものはキチンと返さないといけないって、小学校で習わなかったかい? 早く耳を揃えて、持ってこいやぁ。3万ドル」


 ダンッ!

 壁かなにかを叩く音に、イルがビクつく。


「ゴホゴホ。先ほどから申し上げているように、お借りしたのは5千ドルだけですし、返済期限もまだ一年以上先の話だったはずです」


―― あー、よくあるチンピラさん。

―― 日本で観たドラマでよく出てくる、いわゆる三下さん?

―― どこも変わらないんだね。

―― というか、脅し方がスマートじゃないのは、田舎のチンピラだからかな?

―― イルのお母さんは、まだキリッとしている。

―― 大丈夫だ。

―― でもやっぱり身体が辛そうだね。

―― 今横にいるイルまで辛そうな表情だ。


「いやいや、奥さん、この証書にはとっくに期限も切れた3万ドルで記載されてますぜ? だから今取り立てに参ってるわけですよ。今すぐ払えないのなら、代わりのものを差し出してもらう必要がありますねぇ」


 手下のチンピラに確認する。脅しながら並行して手下に探らせていたようだ。


「おい、物色は終わったか?」


「はい、アニキ。金目のものはほとんどありませんぜ。ただ、この奥さん、小さな娘が一人いて、かなりの上物ですぜ」


―― あ、イルのことだね。

―― どこまでもゲスなやつら。

―― やっぱり不穏な噂は本当っぽいね。

―― イルに目を向けると俯き加減に沈んでいる。

―― 視線に気づき目が合うと苦笑いな表情で返すイル。

―― 尽きない不安と戦ってるんだね。


「ほう、良かったな、奥さん。奥さんもちょっと病んでるようだが、なかなか美人だから借金のかたくらいにはなりそうだったが、その娘がそんなに上物なら、あんた自身は売られずに済んで、おつりでいい暮らしができるんじゃないか? うん、これぞ親孝行の極みだね」


―― このチンピラさん代表は、洒落の効いたセリフのつもりなのかな?

―― ちょっと悦に入ってる気がする。

―― まだ扉までは遠いけど、待っててねイルのお母さん。


「娘は渡しません。もうすぐ警察が来るはずです。お引き取りいただいたほうがよろしいかと思いますが?」


「あらら、奥さん。あぁ、知るわけないですよね? さっき市場の方で大事故が起こったらしくてね。人手不足の警察はこちらに来るのにまだまだ時間がかかるみたいですよ。残念ですね。市民の味方のはずなんですが、人手不足はどこも厳しいですからね。まぁ、奥さん、早く観念したほうが、ことを荒立てずにすむんですが、応じていただけないのなら、強行手段をとらせていただきますね。手数料も含めて、娘さんと奥さんの両方に来ていただくことになりますが、よろしいですか?」


「娘には手を出さないでください」


―― あー、近所のおばさんの言ってた懸念。

―― ズバリ的中だね。

―― 警察にも手を回してるっぽい。

―― あと少し。

―― もうすぐ、もうすぐだよ。

―― イルは少し涙目だ。


「そうは言っても、最初に応じていただければ、奥さん一人で済んだんですが、時間が経過するほどに、手数料は加算されていくのですよ。さっきまでは娘さん一人で足りてたんですが、ご決断されなかった。仕方が無いですね。もうあなたの意志は関係なくなりましたから、娘さんが戻り次第、お二人ともお連れすると言うことで」


 手下に指示を出す。

「おい、奥さんに逃げられないように手に縄を掛けておけ」


「へい」

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