第2話 ピンボール
活気ある店からもれ聞こえる声。会話。グラスの水から雲の粒子が放たれる。深淵のふち。放し飼いの犬たちは、宇宙みたいに散らかっている。ウィスキーボトルの中を航海する帆船。吹き荒れる嵐。青と緑のあいだ行き来する空。琥珀の海と混じり合い、微小な泡が分かれて上がる。困難な航海は、葉巻の煙の向こうに消える。
搾られたオレンジ色。二本の木が並んでいる。会話。日用品の集積から生まれる風景。その怪物的な相貌。剥がれた缶詰のラベル。緑色の照明。黒いビールの滑らかな泡。降り積もるカトラリーの音。小人たちは音階をのぼる。
日が暮れる。ツバメの尾。ランタンにともる火。歌声がギターを持って訪れる。グラス、ボトル、スプーン、フォーク、皿にナイフ。生きている静物たち。
奥の扉は雨。雨を開けた小人は、水の結晶に包まれて、暖色のまま落ちていく。彩色された微粒子たち。柘榴色からレモン色まで。琥珀の海にあたたかい雨が降る。とろけて落ちる銀の雲。疾走する辻馬車。滑らかな煙を吐くニシンはリボンで飾られる。
雷雨が、グラスに注がれる。満たされる雷の束。白い雲をかぶせる。帽子だけの客、雷鳴を飲み込む。体が嵐へと変わる。
姿を消した小人たちは、踊りだけを残していった。オレンジ色の影がまわる。ジュークボックスで回転するレコード盤。犬たちがテクノポップを追いかける。丸いテーブルを倒し、椅子を弾き飛ばし、グラスは落ちて砕け散る。ウィスキーボトルからこぼれた嵐が店内をかき回す。冷蔵庫から勢いよくあふれだすミルク。銀河の星霜が形成される。
天井に止まった甲虫が慎重に飛びたつ。渦には取り込まれない。無節操な回転は、宝石と吐瀉物の自動運転。馬車から切り離された星雲が天にのぼる。甲虫が見つめる逆転世界。天地、順逆、因果まで。複眼は粗暴な奇跡を映す装置。この宇宙は二千個の目に観察された。キチンの角膜と神経線維を、レーザービームが交差する。
甲虫は、漂うギターを手にすると、空色の円盤に隠れる。窓。三つの丸いチーズ。スペースロックをかき鳴らしながら加速するU.F.O.。会話の狭間に生まれた愛しい回転は、酒瓶に謎の手段を与える。グラスからあふれるバラの香り。琥珀の液体は波打って、広がる花束となった。眼差しの世界で動き始める静物たち。ピンボールに意識が芽生える。色とりどりの電飾が、店の隅っこで、あたらしい世界を創造する。
そらいろのたね ピータン @p-tantan
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