そらいろのたね

ピータン

第1話 そらいろのたね

 これは、空色のたね。今からこれを植える。植えるって、どこに。ここには地面がない。ただ、真っ暗なだけ。そう、だからここに植える。

 声はそこに指を指し、穴を開けた。たねを埋め、空間で覆った。同心円に広がる波。虫たちがよけていく。

 それで、どうするんだい。あとは、待つだけ。水はやらないのかい。たくさん水をやったって、丸くなって、弾んでちぎれて、飛んでいくだけ。このまま待てば、それでよい。

 暦がなければ時はない。カラスがいなければ日は沈まない。走って飛んで、追いかけて。柔らかいスピード。振り子の奏でる低音をくぐって飛ぶ。あれは鳥ではない。

 空虚は空虚。月夜の晩に、そらいろは芽吹いて花開く。その動き。無数の球体が飛ぶ暗闇。拡散する羽音が見える。甲虫は宇宙で生まれた。

 球体の周りを飛ぶ球体。ガラスの脆さ。走り回る子どもたち。まるいゆがみが深く波打つ。香りはない。指さきは靴の先から生えて育つ。牛は雲と輪廓を一致させる風船。空色の種から生まれた果実。空気よりも軽いガスで満たされている。

 子どもが風船に針を突き立てる。危険な遊び。空間にあらわれた不完全性。すべての闇は一瞬のうちに点に吸い込まれ、嬰児の泣きごえが破裂して広がる。爆発的に芽吹く空色。膨張をつづける子どもの遊び。

 宇宙は犬みたいに散らかる。魚たちは膨張とともに舞い上がって、落ちてこない。泳いでいるのではない。漂っているだけ。やがて雲に包まれて、蒸されて、焼かれて、膨らんで、四角い陶器の皿にのる。白い身は柔らかく、箸でつついただけでほろりとくずれる。

 魚たちの住むところ、空色の満ちるところ。これを空と呼ぼう。そう、そうしよう。いずれ黄色い点も、描き込もう。気が早いが、そうしよう。やがて大きく育って照らすだろう。

 冷たい色の満ちる間を、魚とならんで漂う雲の群れ。雨はただ落ちるだけ、どこにもたどり着くことはない。

 回転する空色は球体に近づく。破裂した牛の残骸が、岸に打ち上げられる。魚たちは10の処方箋を試したが、香油ほどにも効かなかった。空を漂ってふたたび牛になる確率は、プールに時計の部品を投げ入れて、勝手に組み上がる確率に等しい。

 そらいろのたねは牛から生まれるのではない。自然は己を隠すことを好む。線に速度がある。手でなぞる時間。たねはすでにうまれている。この空を声がつまんで、指で穴を開けて、埋める。空間がかぶされて、たねは芽吹いて、花咲き、また膨張する空色をつくる。破裂する空虚な動物は、ピンボールで決定される。

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