第33話 宙に在 〜 魔力修練 ep4 【閑話】
つぶての修練にひと区切りを付けて、次の段階へ進む。
「今までの魔力操作ができれば、おそらく飛ぶための準備は、浮くだけなら8割方完了かな? まず基本として、ほうき。は無いから、この棒を代わりにしよう。まず手にとってオーラで包み浮かすイメージ。持つ手に重さが感じられなくなったら手を離してみる。一緒にやってみようか?」
「うん。手にとって、オーラで包み、浮かす。手を離して、できた。っけど、あぁぁ、墜ちていく」
カタン、カタン、カタン
「えぇ? どうしてパパのは浮いてて、マコのは落ちたの?」
「ああ、イメージの持ち方? 力の与え方が違うんだと思うよ。マコトは、手に持ってるときの重さを打ち消すだけの力を与えたのだと思う。対してパパの場合は、持ち続ける間に与え続ける継続的な力、そう、持続する力をイメージして与えたから、暫くは勝手に浮いているはず」
「パパはいちいち、なんかめんどくさいことをしてるんだね? だから今、浮き続けてる棒があるわけだけど、うーん、そうしたほうがいいの?」
マコトが面倒臭そうにそう尋ねるとジンは答える。
「いや、そんなことはないけど、今はそうすべきかな? と思ってそうしてるだけだよ。今自分と共に在ろうとしている棒の行く末? というか、継続的な時間の次のシーン? そのときにどう在って欲しいかまでをイメージしているだけだよ。必要がないと思えば、マコトみたいに用が済んだら落ちちゃうことになったと思うよ」
―― 棒はパートナー?
―― 未来の心配?
―― 頭の中に「?」フラグが立つ。
「ふぅん?」
マコトのわかったような、わからなかったような曖昧返事にジンは付け足す。
「ただね。今は止まっている状態だから、落としても、そう問題にはならないけど、歩いたり、走ったり、ましてや飛んでいたりするときのものだったら、手を離した瞬間に、どこかに置いてきちゃうじゃない? もちろん一緒に動いているだけで位置エネルギーや慣性エネルギーがあるから、少しは保持しようとするよ。さっきのマコトの棒もゆっくりめに落ちていたのはわかる?」
マコトの「?」が「!」のフラグに変わる。ウズウズとし始めるマコト。まるで猫がヒラヒラに興味持ってそわそわし出す感じだ。人を猫に例えるのも変な話だが、今のマコトはそんな猫と同じだ。
「あっ、わかるかも。空気ごと一緒にまっすぐ進んでる車の中でボールを軽く上に放り投げても、止まっているときと同じように手元に戻ってくる。これが保持されてる状態だよね? でも窓の外側で同じように放り投げると、後ろに行っちゃう。でも、これを車外から見ると、車の勢い分前に進みながら落ちてくよね」
「お、そうだな。そこまで理解しているなら話も早そうだな? たとえば、マコトは、スケボーを浮かせて乗りたいんだろう? そこで何かに飛び移ったりするときに不便な状況が生まれるんじゃないか? あっ、そうそう、映画でもそんなシーンがあったな。トラックや機関車が走るのに合わせて浮いているエアボードのシーンで、自分が乗ってない状態で、前方や、車の下を潜らせて反対側にスライドさせるシーンだったかな? そんなことができるためには、さっき言った、持続的なイメージが、必要になると思うよ」
―― おぉ、映画のワンシーンが蘇ってきたよ。
―― 少しやる気が満ちてきた。
―― ヒラヒラを捕まえ、むふぅ、っと。
―― 今のマコは、チョッピリ満足気な猫が、次のヒラヒラを探してる感じだ。
「その例、わかりやすいね。マコもできるようになりたい」
「先に進むよ?」
―― うん? 次のヒラヒラ?
―― ワクワクしてきたよ。
「どうぞ~」
「じゃあ棒に跨がってみよう。それができたら10cmだけ浮いてみようか? ほら、こんな感じかな? カンタンにみえるかもしれないけど、意外に難しいぞ? やってみてごらん?」
ジンは事も無げにやってみせる。概ね10cm程度浮いた状態で概ね停止しているように見える。
―― カンタンそうだ。
―― なら、マコもサラッとやってのけたい。
「はーい。えー? たぶんマコならできると思うよ? 運動神経だけは凄いんだから」
「ホントに? そう思うならやってみなよ。10cmの高さで静止するだけだからね」
―― マコの運動神経、見せ付けてやる。
―― いくぞ、とぅ。
「お、浮いた! けど、オッ、トッ、トッ、トッ、うわーっ、止まらない。わ、どうしよう、パパーっ、助けて~」
マコトは、揺れが収束するどころか、どんどん振れ幅は大きくなるばかりでだんだん手に負えない状況に危険を感じて救出を求めてしまう。
―― あれっ? おかしい。
―― 動いた結果に頭が追いつかない。
―― どんどん振れが大きくなっていく。
―― あー、もう収拾つかない。
―― こ、こんなはずじゃ……。
「大丈夫か?」
ジンは求めに応じて、マコトが動く振り子状の最下部を狙って、マコトの身体をホールドする。
「あ、ありがとう。あー、もう。自信なくすなぁ、もう。大きな口をたたいただけに恥ずかしい。なんでパパはそんなにかんたんそうに乗れるのよぉ? おかしい、おかしい、こんなにできないはずないのにー」
地上にあるものに依らない、宙にある状態。即ち慣性の法則が付き纏う状態は、マコトにとって、当然生まれて初めての体験だ。
地上にあってもジャンプすればそれは宙にある状態とも言えなくはないが、それは地上を離れて着地するまでの放物線の軌道の一瞬の出来事であり、宙に留まることとは全く意味が異なる。
パイロットや宇宙飛行士でもなければ、決して体験することはない感覚だ。もしくは、ラジコンヘリなどを操縦することでそんな
マコトに限らず、ほとんどの人間は宙に留まることの難しさを知ることはなく、初めて経験する場を得られても、ほぼ全員がマコトと同じ状況となるであろう。それを知らずに舐めてかかるマコトができないことは当たり前と言える。
ジンの『意外と難しい』は、かなり控えめな言い方だ。それを聞き入れようともしなかったマコトはある意味、不遜とも言えるが、今はまだ未就学児でもあり、世間知らずという概念を理解させるにはちょうどよいと思ったのだろう。いや、このときのジンは、失敗するマコトの悔しがる顔が観たかっただけかもしれない。失敗することで経験として刻み込まれきちんと身につけることの大切さを学ぶ機会とも言える。
―― もう涙目だ。
―― ホントにこんなはずじゃなかったのに。
―― 顔から火が出そう。
―― 身の程知らず、とはまさにこのことだ。
「アハハハ、難しいって言った意味、実感できたでしょ。そもそも、アニメなんかでカンタンに飛んでるシーンしか見たこと無いと思うけど、それは作者たちが飛んだ経験が無いことの証明なんだよね。特に並んで飛ぶシーン。編隊飛行っていうんだけど、あんなにカンタンに並んで飛べるはずないんだよ。しかも、よそ見やおしゃべりなんて、もっとありえない。まぁ、日本じゃ自衛隊のパイロットしか許されていないくらいだから、作者たちがわからないのも無理はないけどね」
「そ、そーなんだ」
―― うぅ、静止するだけで、こんなだ。
―― パイロットも憧れた道のひとつだけど、むぅーっ、険しそうだね。
「もう一回チャレンジしてみる? パパが支えて停止している状態で手を離すから、その状態を、うん、30秒かな? 保持してごらんよ。できそうかな?」
「うん、それくらいならなんとかなりそうかな?」
―― さっきは少し慌てたから、より悪い方向に発展していった気がする。
―― 今度は慌てず、舵が大きくなりすぎないように注意したら、30秒キープなら、なんとかなるのでは?
「少しの間、肩を支えているから、そぉっと浮いて停止してごらん?」
「わかった。高さはこれくらい?」
「うん、いいよ、その高さでパパの手が触れているのが分からないくらいに微調整して停止してごらん」
「うぅん、難しいねぇ。今ぐらいなら停止してる?」
「うん、いいよ。じゃあ、手を離すからその位置と高さを30秒キープだよ? 準備はOK?」
「OK!」
「じゃあ、スタート!」
「お? 大丈夫そじゃない? オットッ。オットットットッ。あー、トットッ」
―― 出だしは悪くなかったのに、均衡が崩れ始めると、また止まらない。
―― なぜーっ?
「はい、10秒」
「まだ10秒? っと、あーん、止まってぇー、トットッ。ヨイショ、トットッ、あーー」
―― あぁ、やっぱり無理なの?
―― 末路は変わらなかった。
―― すこしだけ慌てないでできたかどうか、くらいだ。
そうマコトが思っていると、ジンに止められる。
「はい、ここまで。17秒かな?」
「どうしてうまくできないのかなぁ?」
「自分ではどうしてだと思ってる?」
「どんどん動いて離れていくから、近付ける動きをすると……」
「それを当て舵って言うんだ」
「そう、当て舵が大きすぎるのかな~?」
「うーん、まず制御方式はどうしてる?」
「制御?」
「あぁ、動きのコントロールなんだけど、ふつう、飛行機やヘリコプターだと、基本は姿勢の傾きで調整するんだ。これをAとする。でも、宇宙で活動する船? の場合は、あらゆる方向への噴射機構があるから、力で強引制御できる。こちらをBとする。基本、力を自由に制御できるはずの魔女はABどちらでも選択可能だよ」
「あー、なるほど、力で強引制御もできたのかぁ? でも、それはそれで大変そうだね。マコはAの姿勢制御方式かな?」
「うん、正解。Bだと、さらに複雑な制御感覚がないと無茶苦茶になると思うよ。じゃあ、Aの姿勢制御方式を前提に話するよ」
―― 地上では、地面を拠りどころとする動きに慣れてるけど、空中では、拠るところがないから難しいんだね。
―― それにしても、パパの知識や考え方には驚かされる。
―― マコと同じ初めてのことなのに、知識・経験から導く推測を元に、とても初めてとは思えない最適解を弾き出す。
―― パパがマコのパパで良かった。
―― パパにはこれからもずっといろんなこと教わりたいな。
―― そう、マコの生涯の先生だね。
―― 尊敬。
―― ついてゆくよ、パパ。
「先生、よろしくお願いしま~す」
「よろしい。こほん。まぁ、いろんな教え方もあるから、これが正解とは言わないけど、ひとまずパパ方式を信じて付いてきなさい」
「パパ先生、了解であります」
「あぁ、まぁ、普通でいいよ。そういうの疲れるから」
「りょ」
「……それなに?」
「りょうかいの略したの。普通でいいって言ったから」
「省略しすぎじゃない? まぁ、いいや。ざっくり説明するよ。まず姿勢制御の基本は、変化に対して、①当てる、②戻す、③待つ、の3つだ」
「当てる、戻す、待つ、ね」
「そうだ。その前に周りの状況、例えば天と地の方向や水平線などを見て、中立の状態の姿勢がどうかを決めておく。それを基準に、当てる、戻す、待つ、の繰り返し。できるかな?」
「えっ? たったそれだけなの?」
「うん、それだけさ。ただね……」
「ほぅらきた。『ただね』なに?」
「うん、まず①当てる、は、当て舵のこと。今いずれかの方向に動こうとしているのを止めるんだけど、どのくらいかを判断して、決めた「このくらい」の傾きだったり速さだったりの「舵」を当てるんだ。これを当てっぱなしにしちゃいけなくて、当てた後にはすぐ戻す。これが②戻すだ。戻したら③待つだ。この②③はカンタンそうに思えるかもしれないけど、実はとても重要なんだ。戻すのは、最初に決めた基準姿勢に正確に戻すし、①の操作の結果はすぐにはわからない。だから変化が現れるまで待つ。マコトの悪いところはこの②③がないからなんだ」
「ふーん? そうなの?」
「まだピンときてないな? ①の結果どうなったか? ③で判断する。①の当てる操作で必ず変化は現れる。もし流れる勢いが止められていないのなら足らなかったのだから、さらに当てて戻して待つ。止めすぎて反対に流れるのなら大きく当てすぎたのだから、今度は反対に当てて戻して待つ。この繰り返しなんだ。それと、この修正の当て方にも注意があって、最初にどのくらいの当て方かを判断する、っていったところが関わってくる。例えば当てすぎて反対に流れる動きへの修正のために当てるのが同じ量だと、いつまでも収束しないだろ? だから修正の当ては適量がわからなければ、ひとまず半分の量だけ当てるんだ。これを半量修正と言うんだ。そうやって繰り返せば、いつか収束して変化は止まるはず」
「なるほど」
「ひとまず、そうやって止めることに専念してまずは止める。止まったら、今度は位置を正しいところまでゆっくり移動させて行けばいい。そのやり方はもうわかるな?」
「うん。ほんの少し近付く方向に当てて戻して待つ。その位置に近づいたら、停止位置に止まるだけの余裕を見て、止まるように当てて戻して待つ、で合ってる?」
「おぉ、200点。完璧以上。お釣りが来たよ。さすがはマコトだね。でも、頭ではわかってても、やるのは難しいよ。やってみるか?」
「うん」
「慌てないことが肝心だからな?」
「わかってるよ。よし、いくよ。ふよよ、トットッ、当てて、戻して、待つ、あぁ、ちょっと大きかった。当てて、戻して、待つ、おぉ、もう少しだけど、かなり安定してるね」
「おぉ、ウマイウマイ」
「でしょ? 当てて戻して待つ、おっと、ほんの少し当てて戻して待つ。ねぇ? これいい感じかな?」
「OK、合格だ。なかなか筋がいいぞ、マコト。次は同じ要領で高さも一緒に制御しようか」
「うん。宙に浮かぶのって、なかなか難しいね?」
「地上にいるのとは全く勝手が変わるからね。空間では、慣性を制御しなきゃいけないからね。飛行機ならもっと難しくなるよ。今日の授業はここまでにするか。お疲れさま」
「あれっ? そういえば、パパも魔法初心者の同じ立ち位置だったはずなのに、なぜか先生と生徒の関係だ。むー、なんかおかしいけど、パパがすごすぎるんだね。先生、ありがとうございました」
「ん? オレはひとつも魔法なんて教えてないぞ? 物理を応用するアイデアと、空中の慣性の扱いくらいか?」
「あ、そういえばそうだ。魔法の引き出し方を二人で試して、なんとなく出るようになっただけで、あとは物理の授業を受けてた気がする」
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