第10話 継承と力。王室と陰謀

「さて、話は長くなったが、要約するとこうじゃ。ソフィア、あれを出してくれ」

「はい、どうぞ」


 ソフィアが準備していた、テレビ番組のフリップのようなものを掲げる。手書きで次の内容が書いてあり、順に読み上げる。


・シャナ両親の出会い

 →魔女因子と義経因子の邂逅

・シャナ誕生

 →両因子融合により優れた漆黒因子誕生

  (漆黒の魔女生誕)


「ほぇー、シャナ、凄い。漢字まで読めるんだね?」

「ソフィアの目を通して、見るだけは見てたから、読むのはけっこう大丈夫じゃぞ。ちなみに「邂逅」や「因子」の意味は大丈夫かや? ソフィア、次じゃ」

「はい」


 ソフィアはテンポよく答え、次へ捲る。


「漆黒因子継承するも時代の陰に埋もれ途絶の危機にあったが、運命の糸を手繰り寄せて……」


 2枚目も同じように次の記述を読み上げる。


・ソフィアとパパ殿の出会い

 →漆黒因子と義経因子【改】の邂逅

・マコト誕生

 →両因子融合により漆黒因子【改】誕生


「マコト、「いくつもの奇跡的な巡り合わせ」と言ったことが伝わってくれたならよいのじゃがのぉ。ワシは、この血脈は、人類レベルでの守るべき至宝であると思っておる」


 シャナは、瞳の奥に煌めきを携えながら、続けてつらつらと語り始める。


「それにな、一般的な人間には常識的にできないと思えることが、ワシらにはできるということ。それを畏怖し、あるいは妬み、悪魔の力などと称して断罪、排除し、決して進化とは捉えない。それが人間の本質的な性質なのじゃ」


 口を結び首をややかしげながら、シャナは鼻息を漏らす。


「そんな力を持たない時の権力者たちは、自身を脅かすそのような力を認めず、排除してきたから、未だに人類は今の常識の壁を越えられないでいる」


 やれやれ困ったもんだ、というジェスチャーのシャナ。


「もちろん、悪用すれば世界はカンタンに滅んでしまうほどのインパクトはあるから、現時点で誰もが使えることは許容できないけれども、知恵を絞れば、有効な活用法や、育成方法も見つかるはずじゃと思っておる」


 希望的観測とともに、シャナは自身の思うところを語り始める。


「そして、そうなってはいない現在において、人の世界の常識を置き去りにしてしまえるこの力は強力なアドバンテージでもある。正しい行いのために力を行使すること、たとえば、今まさに、危機に瀕している誰かの危機回避のために行使することは許されるのではないかと考えている」


 ふと関連しそうな記憶に思い当たるシャナはソフィアを見据えながら語り出す。


「良い例があるな。ソフィアがパパ殿と出会うキッカケともなった、民間機撃墜事件じゃ。テロリストによる撃墜で、ソフィアは生き残った生存者全員を、降りかかる墜落死から見事に守り抜いた。あれはさすがのワシも舌を巻いたわい」


―― え? 何? どういうこと? げ、撃墜?


 マコトは、一番身近な存在であるソフィアに降りかかる出来事として、自身の日常からあまりにもかけ離れ過ぎるワードが飛び込み、目は真ん丸に大きく見開き、口をポカーンと開けたまま絶句する。予想を遥かに超越する事象にマコトの意識が追いつかない、すっかり混乱してしまっている状況だった。


 チラ見してソフィアはフフッと笑みを零す。しかし、そんなマコトの様子に構うことなく、ソフィアは照れながら口を開く。ある意味、まるで暗黙の英雄譚とも言えるような、ソフィアが人知れず大活躍する話だが、その真実は世界中に秘匿すべきであることからも、自らそれに触れることすら憚られ、これまでジン以外の誰にも話すことはなかった。しかし、マコトが分別の着く年頃まで成長した今、これは良い機会だと思ったのだろう。


「そんなに誉められると照れるわ~。ただ、無我夢中に自分を中心にした周りごと助かる方法を模索・実行しただけで、あの騒然とした状況で周りをすべて把握できていたわけではないから、たまたまみんながその範囲内に在ったから救えただけで、ホントたまたまよぉ」


 照れながら話すソフィアだが、心残りにも触れる。神妙な面持ちで続ける。


「それに、その撃墜の直撃を受けた方たちは救えなかった。もしも、ミサイルが襲ってくることに気付けてたら、そもそもこんな事故さえ起こさずに済ませられた。今の私くらいの力があったなら、できたかもしれない、って思っちゃうけど、違うのよね。あの事故があったから、パパと出会えて、幸せと力も得た。そしてマコちゃにも出会えた。そう。どうあがいても、あの事故の犠牲者を私が救う道はなかったのね。縁がなかった、と思うしかないのよね」


 一頻りソフィアの語りを聞くうちに、マコトの中で撃墜事件は自然に消化され、自らの母の行いであることの誇らしさ、積み重なる思いとともに受け止められていく。語りの後半部からはマコト自身の出生を喜ぶソフィアの心の在りようにほだされつつも、巻き戻せない時間ということわりが為す切なさのような感覚を憶えるマコトだった。


「そうじゃの。言い換えれば、時を重ねてしか、得られないものもある、という良い例だな。話を戻すが、もちろんその力の行使を誰かに問えば、反対するものは必ず出てくるし、そういう姿勢で待っても結論など出てはこぬ」


 シャナ自身がおそらくそんな体験をしたのだろう。苦々しい表情を見せながらシャナは話を続ける。


「そうしているうちに、危機のタイミングはあっという間に過ぎ去り、悲しい結果だけが待つことになる」


 一瞬の間を置くと、吹っ切れたような表情に変わり、シャナは話を纏める。


「だから、救うべき理由と救いたい気持ちがあり、一刻を争う状況で、他に方法がないならば、躊躇なく行動すべき、とワシは考えている」


 ふと、シャナはマコトに向けて尋ねる。


「ここまで聞けば、まるで映画やアニメのヒーローをやるように聞こえなかったか?」


 マコトは今聞いたことを振り返りながら、昨日までとは異なる今の自身の考えを答える。


「うん、そう思った。マコもヒーローものには憧れがあるけど、やっぱり大変そうだなとも思うな」


「そうじゃな。大変なんだよ。じゃが、ワシの言わんとするところは、少し違っていて、手の届く範囲だけ、無理なく確実安全にできることだけ、気持ちが向くものだけ、を考えればよくて、無理をしちゃいかんし、背負いすぎてもいかんということじゃ」


 シャナもまた、自身の力を自覚して、より良きを願うからこそ、おそらく多くを背負ってきた経験があるのだろう。そんな積み重ねが示す説得力を帯びる言葉は、理屈ではなく思いとして、特に今の心境にあるマコトだからこそ余計に染み響くようだ。


「そうでなければ、長続きしないし、身体や心を壊してしまうからじゃ。よいな、マコト。それを踏まえて、今から言うことを聞いてくれ」


 話の大きな区切りなのか、話し方がやや改まる。そして、シャナはソフィアと目を合わせ相槌を重ねる。


「ここからは別の話じゃ。唐突じゃが、N国王室の王位継承の問題があることは知っておるか? まぁ、ソフィア以外は知らないだろうが。まずは王位継承順位の一覧じゃ、フリップ、ドンっ」


 シャナとソフィアの連携の練度が上がる。


「はいなっ」


 的確なタイミングで、小気味よく次のフリップに入れ替わり、シャナが読み上げていく。

 どうやらN国王室の王位継承順位の構成図のようだ。


「■N国王室の構成図

―トーマス王

―レベッカ王妃

―①ローランド王太子

― カタリーナ王太子妃

―  王子王女なし

―②オルガ王女

―③エディ王子

― アイリ妃 

―  ④ソフィア王女

―   ジン イチノセ

―    ⑤マコト王女」


「アレッ? やっぱり、ママ、王女なんじゃん! あ? えぇぇぇ! その⑤ってマコのことなの? エーッ? マコ、いつの間に王女になったの? マコって、日本人じゃなかったの?」


 マコトにとってまったく無縁の世界である認識から考えもしなかったようだが、以前に仄めかされた、半分冗談のつもりの「ソフィアは王女」発言は、すなわち娘であるから当然「マコトも王女」に繋がる。


 当たり前すぎることに考えが至らなかった馬鹿さ加減と、あまりにも大きすぎる世界の話にマコトの心は置き去りにされる。マコトにとって、これはあまりにもセンセーショナルな事件だったようだ。


「あぁ、まぁ、ソフィアが復帰すればの話じゃよ。パパ殿も最近は薄々感じ取っておっただろう?」


 これまでも、驚きの連続のマコトだが、また全然別の角度からのサプライズ過ぎる話題にマコトの心の中は終始錯綜中だ。心中で芽生える疑問は次々と連なっていく。


―― ん?

―― ママはだいたいいつも一緒だったから、王室に行った記憶はないと思う。

―― マコが生まれる前の話ということ?


―― え?

―― 復帰って、マコの出産・育児で王室をお休みしてたとかなの?


―― ん?

―― 王室って職場みたいなものだっけ?

―― 謎は深まるばかりだ。


 そんなマコトのざわめく心をよそに、ジンは訳知り顔で返す。


「ええ、まぁ。というか、ソフィアの記憶が戻ってからの、いろんなやりとりはイヤでも耳に入ってきますからね」


 ジンの返事を聞き、納得顔で頷くと、そのままシャナは話を進める。


「ソフィア、次」

「ほいさ」

「さっきのフリップに状況・事情を書き込んだものじゃ」


「■N国王室王位継承順位の構成図

―〔現国王〕

―トーマス王    ←<持病 (心臓)があり、近年悪化傾向>

―レベッカ王妃

―〔王位継承順位第一位〕

―①ローランド王太子

― カタリーナ王太子妃

―  王子王女なし

―〔王位継承順位第二位〕

―②オルガ王女      ←<心情不明>

― ケネト:婚約者候補? ←<北方聖十字教司教の息子>

―〔王位継承順位第三位〕

―③エディ王子

― アイリ妃      

―  〔王位継承順位第四位〕

―  ④ソフィア王女   ←<行方不明。死亡説>

―   ジン イチノセ  ←<非認知>

―    〔王位継承順位第五位〕

―    ⑤マコト王女  ←<非認知>」


「ソフィア、もう一枚も並べてくれるか?」

「OK、ドルルン」


 プレゼン風の話をマコトが少しでも楽しめるようになのか、ソフィアは演出を加える。そのお陰か、マコトの動揺や緊張もいつの間にかほぐされるようだ。


―― アハハハ、効果音付きでスライドしてきた。

―― ママ、さっきからなんかお茶目。

―― こういうサポート役が好きっぽい? 


「近年のN国王室を取り巻く状況じゃが、要点としては次のようなものじゃ」


「《レジュメ》

―■北方聖十字教

― 過去に魔女裁判を行っていた組織

―■大国の超能力研究

― 北の軍事大国:V国が北欧魔女に着目

―■王室に関わる動向

― 王の持病が近年悪化傾向

― ①ローランド王太子に跡継ぎなし

―■ケネトの謀略

― ②オルガ王女独身に急接近するケネト (司教の息子)

― 思惑は定かではないが王位狙い? N国支配?」


「この箇条書きでもおおよその状況は推測できると思うが、もう少し掘り下げると、次のような内容になる。ソフィア、2枚じゃ」

「OK、ヒュイーン」


―― あっ、今度は宙を飛んできた、これは魔力なの?

―― そしてその無駄遣い?

―― まぁ、いいけど。


「■北方聖十字教について

―北方聖十字教は、12世紀頃の新興宗教。

―数々の北欧神話を擁する北欧では、その信仰ゆえに、心は神々とともにあった。

―そこへキリスト教が襲来し、北欧の神々は悪魔であると弾圧改宗を強行する。

―北方聖十字教はその一派であり、当然、北欧における魔女裁判を永きに渡り行っていた組織でもある」


―― ぬぅ、こやつらか?

―― 残忍非道な奴らは。


「ハッキリ言って、魔女に対する感情は最悪の集団だ」


「■大国の超能力研究

―世間では眉唾物な見方をしている中、軍事大国であるV国とU国が真剣に超能力研究を推進しているらしい。

―特に北の軍事大国:V国の人材調達が激化傾向にあり、シベリアのシャーマン、チベットの僧侶、モンゴルの氣功師と、世界中からかき集めて研究を進めているらしいが、近頃は北欧の魔女にも注目しているという情報がある。

―ほぼ万全な隠蔽下の魔女の里については、今のところ被害報告はないが、自称魔女を気取る若い娘が連れ去られた噂が数件あるため警戒が必要」


―― なぬ?

―― ほほぅ、コッチが軍事利用を目論む奴ら? 


「これは、研究といえば聞こえはいいが、超能力の兵器転用研究じゃ。やつらに関わったら、おそらく生涯を拘束され続けることになる。しかも結局は人殺しに加担することになるのだから、絶対関わってはならない組織だ」


―― くわばら、くわばらじゃあ。

―― 考えただけでも震えがきそうだね。


「ソフィア、次の2枚じゃ」

「OK、シャッ、シャッ」


「これは、さきほど挙げたケネトという人物が王位を狙っての接近の状況だ。当時はわからなかったが、その謀略が少しずつ判明していったため、のちのソフィアの撃墜機乗客救出から現在に至ってN国に戻れていない元凶でもあるし、これから何とかせねばならぬ対象でもある」


「それは王室も認識していることなの?」

「うむ。謀略に至る経緯は次のようなことじゃが、その範囲での認識はできておる、と言ったところかの」


「■王室に関わる動向

―王室との繋がりを欲し、司教の息子、ケネトがオルガ王女に接近。

―それに伴い、どこからか漏れ知る、ソフィア王女出生直後の漆黒の髪と、アイリ妃の桁違いな能力に違和感を覚える。

―魔女の伝説話に符合する内容に気付き、魔女説を国王に直訴するが退けられる。

―ケネトは言葉巧みにオルガ王女に接近し、婚約者のポジションに限りなく近付いていたが、これを機に遠ざけられる。

―国王と王妃、エディ王子の3人については、その出会いに纏わる事情より、アイリの素性、魔女の里の情報等を飲み込んだ上での強い要望による婚姻だったため、隠蔽の立場を崩さず、対応してくれたものと推測」


―― んん?

―― 曾祖父さま、曾祖母さま、それとお祖父様? になるんだよね。

―― 素性を知ってくれているのは嬉しいなぁ。

―― そして守ろうとしてくれて頼もしい。


「ソフィア、次」

「OK、シュウィーン」


「■ケネトの謀略

―ケネトは、遠ざけられたことで、さらに疑惑を深めるが、王室は取り合わない。

―ケネトは、教会に持ち帰り、疑惑の元と、あしらわれたことの屈辱とを織り交ぜて、親である司教と教会の参謀連中に向けて、ぶちまける。

―仮に信憑性の高い情報だとしても、魔女裁判の黒歴史ゆえに、世論の反発は必至のため、受けるダメージは計り知れない。それよりは間接的な攻勢が良策との結論。

―ちょうどよい具合に、北の軍事大国:V国が、超能力研究のために魔女を欲していることを知り、V国に情報リークするよう方針を決定する。

―また接触機会がほぼ皆無のアイリ妃よりは、学校その他で行動範囲の広い子どものほうが接触機会が多いことと、外堀から攻める、というセオリー踏襲から、ソフィア王女を標的として、早速、知人の伝手からV国へ情報リークを行う。

―これでソフィア王女が名実ともに魔女認定されるなら、合わせてアイリ妃も標的に加えればよく、王室の守りも崩しやすくなり、オルガ王女との婚姻を取り付ければ、あとはローランド王太子を攻めるのみ。そんな企みの道筋が整ったことにほくそ笑むケネトだった。

―暫くすると、V国からの調査員がN国内に多数潜入するようになる。しかしまだ誰も気付かない。

―そう、ケネトの謀略がこの後、さまざまな余波を巻き起こすことになる


「おぉぅ、それでママが狙われたのか。でも、撃墜事件は別なんだよね?」


「その通りじゃ。このケネトの謀略が何とも腹立たしさを幾重にも増幅させてくれる憎らしいものだが、この後に、ソフィアの乗客救出伝説へと繋がるのじゃ……」

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