第9話 邂逅
シャナの両親の出会いのエピソードから戻る。
そこからシャナへと繋がる、シャナの語りが始まる。
「そうして、私の両親は出会い、私を宿したまま、魔女の里に戻ったのじゃ。いや、戻ったのよ。その後、無事? 出産して私は父の幼名の一部でもあり、母と出会った頃の通し名であった「シャナ」と名付けられた」
ここでシャナはタメの時間を挟む。ソフィアとジンの目を交互に見て、一息ついて再び語り出す。
「ここからが、ちと大事なのじゃが、あ、うん、ちょっと大事なのだけれど」
真剣な話をしようとしているシャナだが、おぼつかない若い話口調に翻弄されるようだ。
「肝心なところは、父親のことじゃ。あーっ、面倒くさい。若い言葉遣いは一旦お休みじゃ」
くくっ、っと吹き出しそうなところを口角を上げてなんとか含み堪えるソフィアとジン。マコトの内側ではマコトとシャナも難しい旨のやりとりが交わされる。
―― ンーッ、やっぱり一朝一夕にはいかないね。
『やはりそうなのかのぉ?』
―― また別のときにゆっくりやろうよ。
『わかった。よろしく頼むぞい』
―― うん。オッケー。
シャナは区切りをつけて再開する。
「続けるぞ」
二人ともコクリと頷く。
「話を聞いていて、父親が誰か、日本人の婿殿ならわかったのではないか?」
「はい、ほぼ間違いなく、源義経でしょう?」
シャナは嬉しそうに笑みを浮かべ大きく頷くと、トーン抑えめの表情で続ける。
「正解。ただ、私も大きくなってから、その名前を聞いたが、名前を知っても、異国の話ではあるし、仮に当時の倭の国に行ったとしても、真実はほとんど見えては来なかっただろうから、何かわかるわけでもなかったと思う」
神妙な面持ちから一転、シャナはやや明るめの表情で切り出す。
「しかし、こうやってこの時代の情報を子孫たちの視覚から得られるようになってわかったのじゃ。特にソフィアの代に変わってからは、教科書などもそうだが、テレビ報道やパソコン通信という凄いものがあるじゃろ? そこで客観的な歴史を知ることになった。驚いたのは、源義経という人物が、特に日本人に広く愛されておったことじゃ」
シャナは大きく目を見開き、瞳の奥にくゆらせる何かを感じとると、視線をやや落として話を続ける。
「凄く誇らしかった。初めて知ったときは、嬉しくて嬉しくて、父のことを思い出しながら泣いたものじゃ」
シャナの目尻が小刻みに震える。
「その後、歴史から知る源義経は、凄い人物であること、しかし本来なら味方であるはずの周囲に押し流されて、殺される前に自刃で倒れる結末。しかもあろうことか、その妻も子供も臣下もすべて殺されてしまう、まさにあり得ないほどの悲劇の結末。もう腹が立ってしかたなかった」
軽い苛立ちがシャナの目に宿ったように見える。シャナは一息入れて気持ちを切り替え、少し話題を変える。
「義経は、その人となりだけでなく、英智に長けた人物であることがわかると思うが、その血もきっと優れていることは想像できると思う」
ここはシャナにとって、誇らしい場面なのだろう。話す声は自然と艶を帯びる。
「そのような血が、母、アンナと結ばれることによって、その化学反応とも言える、革命的な変化があったわけじゃ」
そして今、やや誇らしげな笑みが瞳の奥に宿る。ここからは和の国とは切り離されたシャナたちの歴史、その中の魔女の里の事情が語られる。
「わかりやすく言うと、魔女の中でも特に優秀な母の「魔女因子」と、優れた武将であった父の「義経因子」というものがあると仮定する。この二人が結ばれた結果、生まれた私には、それまでの魔女の常識を覆す魔力量と、その力を扱う能力が桁外れであることがわかったのじゃ」
シャナ自身の話だが真面目な顔で、一切の誇張がない、自信に満ちた話しぶりだ。
「さらには、そんな因子以外の純粋な人間力。例えば知恵、勇気、行動力、優しさ、分析力など、日本人が知る義経像そのものも受け継がれたのじゃ。ところが、この因子には魔力を行使するとき、髪の色が真の黒色、漆黒となるという大きな特徴があったのじゃ」
シャナは自らの髪、この場合はマコトの漆黒の髪となるが、それに目を配りながら話を続ける。
「そんな特徴ゆえに、この融合した因子は「漆黒因子」と呼ばれるようになったのじゃ。まぁ私の一族の中だけじゃがのう」
やや照れくさそうに話すシャナの様子から、おそらく名付けたのはシャナ自身であろうと、心内で笑みを浮かべるソフィア、ジンだった。
「この漆黒は義経が日本人だったから、かもしれないが、本来の髪色とは別の属性のようで、魔力行使が終わると、元の髪色に戻るようなのじゃ」
ソフィアとジンから目をそらし、視線を右下に向けるシャナ。おそらくマコトに向ける言葉なのだろう。その視線の向きのままシャナは話を続ける。
「この漆黒因子を持って生まれると、物心つく年頃までは魔力制御ができないため漆黒の髪の毛となり、魔力制御ができるようになってくると、初めて自分の本来の髪色になるようなのじゃ。マコトの髪色が今漆黒なのはそのせいじゃ」
「え! マコも金髪碧眼かもしれないってこと?」
漆黒、と聞こえれば、自身のコンプレックスでもあった髪色として、引っ掛かりを憶えるマコトだったが、今、確かな情報として、本来の髪色が別にあるのだ、ということを認識する。そうであるなら、長年のコンプレックス解消となることから、マコトの頬は自然に緩み、気持ちが乗り出すようなワクワク感を感じるようだ。
「そうじゃな。ソフィアも子供の頃は漆黒の髪色をしていたからのぅ。マコトが魔力制御できるようになると、どの髪色になるのか、すごく楽しみで仕方ないな」
「エーッ、ホント、マジ嬉しい! そういえばママからも似たような話を聞いたっけ。あ、黒髪も好きよ、パパ。日本人であることに誇りを持ってるもん。でもママの金髪碧眼、憧れだったの! それに黒髪にもなれて、金髪にもなれるのなら、両得じゃない?」
―― マコはウッキッキーだ。
これにはジンが反応する。
「うっ、日本人としては、ちょっと微妙だけど、うん、確かに金髪碧眼のマコトは可愛いと思う。パパも楽しみになってきたよ」
「でしょでしょ?」
シャナが答える。
「おっ、髪色はそうじゃが、瞳の色も変わるんだったか? ちょうどよい、ソフィア、何か魔力行使してみてくれないか?」
「確か目の色も変わった気がしますが、そうですね、パパに癒やしをかけてみましょう」
そう言って、ソフィアはジンに向けて癒やしをかける。ジンの身体がうっすらと緑色に灯る。この魔法発動に伴い、髪色は漆黒に、瞳も黒く変わる。
「あっ、黒子!」
ジンが零す言葉にソフィアも反応する。
「懐かしいかしら?」
どこか思い出を振り返っているように見えるジンとソフィア。懐かしさなのか、二人とも瞳が優しく潤んでる。
―― おっ、ほんとだ。
―― ママの金髪も漆黒に変わった。
―― 初めて見たよ。
―― 目の色は?
ソフィアは髪を強調するために、やや頭を少し下げた状態から、髪を左右に揺らめかせる。数回揺らすと、今度は頭を起こして
―― あーっ、黒色に変わってるー。
―― やったね!
―― マコも金髪碧眼になれるかも~。
シャナが少し目を丸くして答えた。
「おぉ、髪色ばかり注目しておったが、瞳の色も一緒に変わるのだな。良かったな、マコト」
「うん。ワーイワーイ」
「ふふっ、マコトは
孫どころではない、遥かに遠い子孫の幼い子どもであるマコトは、シャナにとっても可愛くて仕方ないようだ。いつまでも愛でていたくなるところだが、気を引き締めてシャナは続ける。
「想像すればわかると思うが、自ずと一子相伝の図式ができあがる。特徴や傾向という言葉を使ったのは、結果的に一子相伝となるほどの出生傾向じゃ、サンプルが他になく、子々孫々の実際の出生傾向では、男児は産まれておらんし、ほとんどは一人のケースのみだが、二人目が産まれたときは、黒髪ではなかったし、その後の成長においても、漆黒因子の傾向は見られなかった。まぁ、800年もの長い期間では、里から離れて行方がわからない者もいるにはいるのじゃがな」
「簡単なイメージとしては、一つの漆黒因子を娘にバトンタッチしていくような感じだといえばわかりやすかろう?」
「なので、途切れさせたくないため、私が見守ることを決意したのじゃ。ただし、今、時を超えてお前たちと話しているこの能力はまた別の話じゃ。長くなるから、機会があればまた説明するわい」
「ただ、これはどんな血筋にも同様のことがいえるのだが、この漆黒因子というもの自体は優秀な血脈でも、子々孫々と受け継がれていくうちに、僅かだが、薄まる傾向がある。約800年もの時間を経て、今日まで無事に継承できていること自体、奇跡的なことではあるが、全盛期のワシを100%とすると、ソフィアの母アイリはだいたい75%ほどの継承率じゃの。そしてそれは仕方のないことなのじゃ。わかっておる。わかっておるが、それでも父、義経の残してくれた力が衰えていくのが寂しくて仕方ないのじゃ」
「ところがじゃ、ソフィア。其方の現在の漆黒因子継承率は、私のざっくり見立てでは、ほぼ私と同等以上、マコトに至っては、まだ発現仕切れていないから正確ではないが、私を遥かに越えると考えておる。ワシがめでたい、というのも理解できるじゃろう? じゃが、ワシのめでたいはまだそんなものではない」
「そもそもソフィア、其方が産まれた頃は、母アイリから継承する七割程度の力量を観測しておる。それが、今は最盛期のワシとほぼ同等以上。理由は明白じゃろう?」
ソフィアが答える。
「パパ、ジンとの結婚?」
「まぁ、そうじゃのう。その交わりが理由じゃ」
少しだけソフィアは頬を赤らめる。
「私ですか?」
ジンが目を瞬く。
「では、そのパパ殿になぜそのような特性があるのかじゃが、可能性は二つ。一つは別の強力な血筋であるか。もう一つは、歴史上、義経の子孫は殆ど滅されているらしいと聞いたのじゃが、父、義経の前妻か、妾の子孫が包囲網を潜り抜け、現在まで繋いだ義経の末裔ではないか? ということじゃ」
「ワシは二つ目の線が濃いものと予測しておる。なぜなら、先ほど初めてパパ殿を見たとき、ワシが驚いたことに気付いておるじゃろう? そう、パパ殿は義経に似ておるのじゃ。あぁ、顔ではない。まぁ、顔もなんとなくの面影がないことはないが、オーラの紋様が父、義経を彷彿させるほどじゃ」
「そこで少し相談なのじゃが、今ワシはマコトの身体を借りて話しておるが、これは誰の身体でもできる訳ではない。同調するためには波長が近しい必要があって、実はマコトに巡り会うまではできなかったことなのじゃ。ソフィアも今ならできそうだが、マコトが産まれる前までは、語りかけるくらいが限界であった。あっ、違うな。ソフィアはパパ殿と交わった時には覚醒しておったわ。しもうた。気付かなかったわ」
「というように同調できることが重要なのじゃが、其方、パパ殿が父、義経の血脈であり、ソフィアと交わった現在ならば、おそらくワシが同調できるのではないかと予測しておる。不躾であることは重々承知の上で、其方の身体を借りてみることはできないだろうか?」
急なシャナの申し出に、ジンは一瞬だけ思考を巡らすが、ほとんど間を空けることなく了承の返事を返す。
「わかりました。いいですよ」
「誠か? あ! む、無理はいかんぞ、無理は」
「あ、いえ。無理なことはひとつもありません。こんな貴重な体験ができるなんて、楽しみで仕方ないのです。むしろ、私などでよろしいのでしたら、いくらでもお貸しいたしますから、いつでも申しつけてください」
ソフィアが割り込む。
「アラアラ、パパは研究大好きだから、奇妙な体験ならお金を払ってでもしたい人だものね~」
クスクス。
慌ててジンが制止する。
「こら、しーっ!」
「そ、そうか、気を使わせたわけではないのだな。かたじけない。では参る」
「はい、どうぞ」
にこやかに返事を返すジン。突然、マコトに身体が戻り、驚いて声を発する。
「うわぁっはぁ、身体が戻った。シャナが身体にいるときは、喋れなくはないけど、夢を見ているような、映画館でスクリーンを観ているような、変な感じだったよ。なんかホワホワしてた」
―― あはは、変な感じ。
そして、シャナが移ったはずのジンの身体から、ジンがマコトに言葉を返す。
「あぁ、マコト、パパもそんな感じだな。よくわかる。シャナはどうですか?」
ジンからシャナへ、会話を繋ぐ。
「おぉ、思った通りじゃ、マコトとは少し違う感じじゃが、同調度は高そうじゃ。これで仮説が正しかったことになるな。パパ殿、ありがとう。父の血脈を守ってくれて。またソフィアを見つけてくれて。そして、マコトに会わせてくれて」
―― これもなんか変。パパなのにパパじゃない。えへへへ。
ジンの姿をしたシャナは、繋がりを実感して一気に感極まったのか、大粒の涙を落とす。そんなシャナの言葉と感情の高鳴りを内側から感じる奇妙さを感じながら、ジンはとても穏やかな、それでいてとても嬉しそうな表情で繕いながら言葉を返す。たぶん言葉以上にダイレクトに伝わっているのではなかろうか?
「いえ、あなたがいたから、私はソフィアに出会えた。あなたの血筋だからだけでなく、あのときも、またあのときも、あなたの助力でソフィアは救われて、導いてくれた。そう思っていますが、違いますか? こちらこそ、いくら感謝してもし足りないほどです」
―― ん?
―― なんかパパとママの出会いにもシャナは関わっているようだ。
「さすがパパ殿。義経因子は伊達じゃないようだな。しかしあのときはパパ殿が義経由縁のものとは夢にも思わなかったのじゃぞ? まさに僥倖とはこのこと。こんないくつもの奇跡的な巡り合わせのもとに、今この瞬間があるのじゃ。しかも、さすが父の義経因子じゃ、血脈の中で更なる研鑽があったのじゃろう。今のマコトのポテンシャルの高さから、それが窺える。ワシがめでたいと吠えるのもわかるじゃろ?」
―― ふーむ。
―― なんかマコは凄いらしい?
「はい、質問です。なんか話の流れで、マコが凄いらしいように聞こえたけど、気のせいかな? マコにできることってオーラが見えるくらい? だから、最近少し力がついたのか、パパのオーラの紋様? というのも見えるようになって、ちょっとびっくりしてるけど、でもそれだけだよ? まぁ、その力がこの間まで病気かと思ってた心配事だったんだけどね」
シャナが答える。
「今はまだそれでいいんじゃよ。マコト。この力は隠さなくてはならないことと、発揮すべきときには、キチンと発揮できる準備が必要じゃし、いろいろと覚悟も必要だ。さらにはそのための時間も必要になってくる。もちろん、それを説明したり、納得したり、いろんな経験も必要なのじゃ。マコトに何ができるかは、少しずつわかってくるから、何も慌てることはない」
「わかったけど、何となく難しそうだから、都度都度教えてね」
「もちろんじゃ」
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