第13話 邂逅

 シャナの両親の出会いのエピソードから戻る。


「そうして、私の両親は出会い、私を宿したまま、魔女の里に戻ったのじゃ。いや、戻ったのよ。その後、無事? 出産して私は父の幼名の一部でもあり、母と出会った頃の通し名であった「シャナ」と名付けられた」


「ここからが、ちと大事なのじゃが、あ、うん、ちょっと大事なのだけれど」

「肝心なところは、父親のことじゃ。あーっ、面倒くさい。若い言葉遣いは一旦お休みじゃ」


 くくっ、っと吹き出しそうなところを口角を上げてなんとか含み堪える二人。ンーッ、やっぱり一朝一夕にはいかないよね。


「続けるぞ」


 二人ともコクリと頷く。


「話を聞いていて、父親が誰か、日本人の婿殿ならわかったのではないか?」

「はい、ほぼ間違いなく、源義経でしょう?」


「正解。私も大きくなってから、その名前を聞いたが、名前を知っても、異国の話ではあるし、仮に当時の倭の国に行ったとしても、真実はほとんど見えては来なかっただろうから、何かわかるわけでもなかったと思う」


「しかし、こうやってこの時代の情報を子孫たちの視覚から得られるようになってわかったのじゃ。特にソフィアの代に変わってからは、教科書などもそうだが、テレビ報道やパソコン通信という凄いものがあるじゃろ? そこで客観的な歴史を知ることになった。驚いたのは、源義経という人物が、特に日本人に広く愛されておったことじゃ」


「凄く誇らしかった。初めて知ったときは、嬉しくて嬉しくて、父のことを思い出しながら泣いたものじゃ」


 シャナの目尻が小刻みに震える。


「その後、歴史から知る源義経は、凄い人物であること、しかし本来なら味方であるはずの周囲に押し流されて、殺される前に自刃で倒れる結末。しかもあろうことか、その妻も子供も臣下もすべて殺されてしまう、まさにあり得ないほどに悲劇の結末。もう腹が立ってしかたなかった」


 軽い苛立ちが目に宿ったように見える。


「義経は、その人となりだけでなく、英智に長けた人物であることがわかると思うが、その血もきっと優れていることは想像できると思う」


「そのような血が、母、アンナと結ばれることによって、その化学反応とも言える、革命的な変化があったのじゃ」


「わかりやすく言うと、魔女の中でも特に優秀な母の「魔女因子」と、優れた武将であった父の「義経因子」というものがあると仮定する。この二人が結ばれた結果、生まれた私には、それまでの魔女の常識を覆す魔力量と、その力を扱う能力が桁外れであることがわかったのじゃ」


「さらには、そんな魔女因子以外の純粋な人間力。例えば知恵、勇気、行動力、優しさ、分析力など、日本人が知る義経像そのものも受け継がれたのじゃ。ところが、この因子には魔力を行使するとき、髪の色が真の黒色、漆黒となるという大きな特徴があったのじゃ」


「そんな特徴ゆえに、この融合した因子は「漆黒因子」と呼ばれるようになったのじゃ。まぁ私の一族の中だけじゃがのう」


「この漆黒は義経が日本人だったから、かもしれないが、本来の髪色とは別の属性のようで、魔力行使が終わると、元の髪色に戻るようなのじゃ」


「この漆黒因子を持って生まれると、物心つく年頃までは魔力制御ができないため漆黒の髪の毛となり、魔力制御ができるようになってくると、初めて自分の本来の髪色になるようなのじゃ。マコトの髪色が今漆黒なのはそのせいじゃ。ソフィアも子供の頃は漆黒の髪色をしていたからのぅ。マコトが魔力制御できるようになると、どの髪色になるのか、すごく楽しみで仕方ないな」


「え! マコも金髪碧眼かもしれないの? エーッ、ホント、マジ嬉しい! あ、黒髪も好きよ、パパ。日本人であることに誇りを持ってるもん。でもママの金髪碧眼、憧れだったの! それに黒髪にもなれて、金髪にもなれるのなら、両得じゃない?」


 マコはウッキッキーだ。

 パパが反応した。


「うっ、日本人としては、ちょっと微妙だけど、うん、確かに金髪碧眼のマコトは可愛いと思う。パパも楽しみになってきたよ」

「でしょでしょ?」


 シャナが答える。


「おっ、髪色はそうじゃが、瞳の色も変わるんだったか? ちょうどよい、ソフィア、何か魔力行使してみてくれないか?」

「確か目の色も変わった気がしますが、そうですね、パパに癒やしをかけてみましょう」


 そう言って、ママはパパに向けて癒やしをかける。パパの身体がうっすらと緑色に灯る。


「あっ、黒子!」


 パパが零す言葉にママも反応する。


「懐かしいかしら?」


 なんか思い出を振り返ってるっぽいパパとママ。懐かしさなのか、二人とも瞳が優しく潤んでる。


 おっ、ほんとだ。ママの金髪も漆黒に変わった。初めて見たよ。目の色は? あーっ、黒色に変わったー。やったね! マコも金髪碧眼になれるかも~。


 シャナが少し目を丸くして答えた。


「おぉ、髪色ばかり注目しておったが、瞳の色も一緒に変わるのだな。良かったな、マコト」

「うん。ワーイワーイ」


「ふふっ、マコトは愛いのぉ。まぁ、それはさておき。またこの漆黒因子の特徴の一つで、女系家族となりやすく、生まれるのは一人まで、という傾向があると思われる」


「想像すればわかると思うが、自ずと一子相伝の図式ができあがる。特徴や傾向という言葉を使ったのは、結果的に一子相伝となるほどの出生傾向じゃ、サンプルが他になく、子々孫々の実際の出生傾向では、男児は産まれておらんし、ほとんどは一人のケースのみだが、二人目が産まれたときは、黒髪ではなかったし、その後の成長においても、漆黒因子の傾向は見られなかった」


「簡単なイメージとしては、一つの漆黒因子を娘にバトンタッチしていくような感じだといえばわかりやすかろう?」


「なので、途切れさせたくないため、私が見守ることを決意したのじゃ。ただし、今、時を超えてお前たちと話しているこの能力はまた別の話じゃ。長くなるから、機会があればまた説明するわい」


「ただ、これはどんな血筋にも同様のことがいえるのだが、この漆黒因子というもの自体は優秀な血脈でも、子々孫々と受け継がれていくうちに、僅かだが、薄まる傾向がある。約800年もの時間を経て、今日まで無事に継承できていること自体、奇跡的なことではあるが、全盛期のワシを100%とすると、ソフィアの母アイリはだいたい75%ほどの継承率じゃの。そしてそれは仕方のないことなのじゃ。わかっておる。わかっておるが、それでも父、義経の残してくれた力が衰えていくのが寂しくて仕方ないのじゃ」


「ところがじゃ、ソフィア。其方の現在の漆黒因子継承率は、私のざっくり見立てでは、ほぼ私と同等以上、マコトに至っては、まだ発現仕切れていないから正確ではないが、私を遥かに越えると考えておる。ワシがめでたい、というのも理解できるじゃろう? じゃが、ワシのめでたいはまだそんなものではない」


「そもそもソフィア、其方が産まれた頃は、母アイリから継承する七割程度の力量を観測しておる。それが、今は最盛期のワシとほぼ同等以上。理由は明白じゃろう?」


 ママが答える。


「パパ、ジンとの結婚?」

「まぁ、そうじゃのう。その交わりが理由じゃ」


 少しだけママは頬を赤らめる。


「私ですか?」


 ジンが目を瞬く。


「では、そのパパ殿になぜそのような特性があるのかじゃが、可能性は二つ。一つは別の強力な血筋であるか。もう一つは、歴史上、義経の子孫は殆ど滅されているらしいと聞いたのじゃが、父、義経の前妻か、妾の子孫が包囲網を潜り抜け、現在まで繋いだ義経の末裔ではないか? ということじゃ」


「ワシは二つ目の線が濃いものと予測しておる。なぜなら、先ほど初めてパパ殿を見たとき、ワシが驚いたことに気付いておるじゃろう? そう、パパ殿は義経に似ておるのじゃ。あぁ、顔ではない。まぁ、顔もなんとなくの面影がないことはないが、オーラの紋様が父、義経を彷彿させるほどじゃ」


「そこで少し相談なのじゃが、今ワシはマコトの身体を借りて話しておるが、これは誰の身体でもできる訳ではない。同調するためには波長が近しい必要があって、実はマコトに巡り会うまではできなかったことなのじゃ。ソフィアも今ならできそうだが、マコトが産まれる前までは、語りかけるくらいが限界であった。あっ、違うな。ソフィアはパパ殿と交わった時には覚醒しておったわ。しもうた。気付かなかったわ」


「というように同調できることが重要なのじゃが、其方、パパ殿が父、義経の血脈であり、ソフィアと交わった現在ならば、おそらくワシが同調できるのではないかと予測しておる。不躾であることは重々承知の上で、其方の身体を借りてみることはできないだろうか?」


 急なシャナの申し出に、一瞬だけ思考を巡らすが、ほとんど間を空けることなく了承の返事を返す。


「わかりました。いいですよ」

「誠か? あ! む、無理はいかんぞ、無理は」


「あ、いえ。無理なことはひとつもありません。こんな貴重な体験ができるなんて、楽しみで仕方ないのです。むしろ、私などでよろしいのでしたら、いくらでもお貸しいたしますから、いつでも申しつけてください」


 ママが割り込む。


「アラアラ、パパは研究大好きだから、奇妙な体験ならお金を払ってでもしたい人だものね~」

 クスクス。


 慌ててパパが抑止する。


「こら、しーっ!」

「そ、そうか、気を使わせたわけではないのだな。かたじけない。では参る」

「はい、どうぞ」


 にこやかに返事を返すパパ。突然、マコに身体が戻り、驚いて声を発する。


「うわぁっはぁ、身体が戻った。シャナが身体にいるときは、喋れなくはないけど、夢を見ているような、映画館でスクリーンを観ているような、変な感じだったよ。なんかホワホワしてた」


 そして、シャナが移ったはずのパパの身体から、パパがマコに言葉を返す。変な感じだ。


「あぁ、マコト、パパもそんな感じだな。よくわかる。シャナはどうですか?」


 パパからシャナへ、会話を繋ぐ。これも変な感じだ。


「おぉ、思った通りじゃ、マコトとは少し違う感じじゃが、同調度は高そうじゃ。これで仮説が正しかったことになるな。パパ殿、ありがとう。父の血脈を守ってくれて。またソフィアを見つけてくれて。そして、マコトに会わせてくれて」


 パパの姿をしたシャナは、繋がりを実感して一気に感極まったのか、大粒の涙を落とす。そんなシャナの言葉と感情の高鳴りを内側から感じる奇妙さを感じながら、パパはとても穏やかな、それでいてとても嬉しそうな表情で繕いながら言葉を返す。たぶん言葉以上にダイレクトに伝わっているのではなかろうか? 


「いえ、あなたがいたから、私はソフィアに出会えた。あなたの血筋だからだけでなく、あのときも、またあのときも、あなたの助力でソフィアは救われて、導いてくれた。そう思っていますが、違いますか? こちらこそ、いくら感謝してもし足りないほどです」


 ん? なんかパパとママの出会いにもシャナは関わっているようだ。


「さすがパパ殿。義経因子は伊達じゃないようだな。しかしあのときはパパ殿が義経由縁のものとは夢にも思わなかったのじゃぞ? まさに僥倖とはこのこと。こんないくつもの奇跡的な巡り合わせのもとに、今この瞬間があるのじゃ。しかも、さすが父の義経因子じゃ、血脈の中で更なる研鑽があったのじゃろう。今のマコトのポテンシャルの高さから、それが窺える。ワシがめでたいと吠えるのもわかるじゃろ?」


 ふーむ。なんか私マコは凄いらしい? 


「はい、質問です。なんか話の流れで、マコが凄いらしいように聞こえたけど、気のせいかな? マコにできることってオーラが見えるくらい? だから、最近少し力がついたのか、パパのオーラの紋様? というのも見えるようになって、ちょっとびっくりしてるけど、でもそれだけだよ? まぁ、その力がこの間まで病気かと思ってた心配事だったんだけどね」


 シャナが答える。


「今はまだそれでいいんじゃよ。マコト。この力は隠さなくてはならないことと、発揮すべきときには、キチンと発揮できる準備が必要じゃし、いろいろと覚悟も必要だ。さらにはそのための時間も必要になってくる。もちろん、それを説明したり、納得したり、いろんな経験も必要なのじゃ。マコトに何ができるかは、少しずつわかってくるから、慌てることはないさ」


「わかったけど、何となく難しそうだから、都度都度教えてね」

「もちろんじゃ」


「さて、話は長くなったが、要約するとこうじゃ。ソフィア、あれを出してくれ」

「はい、どうぞ」


 ママが準備していた、テレビ番組のフリップのようなものを掲げる。手書きで次の内容が書いてあり、順に読み上げる。


・シャナ両親の出会い

 →魔女因子と義経因子の邂逅

・シャナ誕生

 →両因子融合により優れた漆黒因子誕生

  (漆黒の魔女生誕)


「ほぇー、シャナ、凄い。漢字まで読めるんだね?」

「ソフィアの目を通して、見るだけは見てたから、読むのはけっこう大丈夫じゃぞ。ちなみに「邂逅」や「因子」の意味は大丈夫かや? ソフィア、次じゃ」

「はい」


 ママはテンポよく答え、次へ捲る。


「漆黒因子継承するも時代の陰に埋もれ途絶の危機にあったが、運命の糸を手繰り寄せて……」


 2枚目も同じように次の記述を読み上げる。


・ソフィアとパパ殿の出会い

 →漆黒因子と義経因子【改】の邂逅

・マコト誕生

 →両因子融合により漆黒因子【改】誕生


「マコト、「いくつもの奇跡的な巡り合わせ」と言ったことが伝わってくれたならよいのじゃがのぉ。ワシは、この血脈は、人類レベルでの守るべき至宝であると思っておる」


 シャナは、つらつらと語り始める。


「それにな、一般的な人間が常識的にできないと思えることが、ワシらにはできるということ。それを畏怖し、あるいは妬み、悪魔の力などと称して断罪、排除し、決して進化とは捉えない。それが人間の本質的な性質なのじゃ」


「そんな力を持たない時の権力者たちは、自身を脅かすそのような力を認めず、排除してきたから、未だに人類は今の常識の壁を越えられないでいる」


「もちろん、悪用すれば世界はカンタンに滅んでしまうほどのインパクトはあるから、現時点で誰もが使えることは許容できないけれども、知恵を絞れば、有効な活用法や、育成方法も見つかるはずじゃと思っておる」


「そして、そうなってはいない現在において、人の世界の常識を置き去りにしてしまえるこの力は強力なアドバンテージでもある。正しい行いのために力を行使すること、たとえば、今まさに、危機に瀕している誰かの危機回避のために行使することは許されるのではないかと考えている」


「良い例があるな。ソフィアがパパ殿と出会うキッカケともなった、民間機撃墜事件じゃ。テロリストによる撃墜で、ソフィアは生き残った生存者全員を、降りかかる墜落死から見事に守り抜いた。あれはさすがのワシも舌を巻いたわい」


 ママも照れ~としながら口を開く。


「そんなに誉められると照れるわ~。ただ、無我夢中に自分を中心にした周りごと助かる方法を模索・実行しただけで、あの騒然とした状況で周りをすべて把握できていたわけではないから、たまたまみんながその範囲内に在ったから救えただけで、ホントたまたまよぉ」


「それに、その撃墜の直撃を受けた方たちは救えなかった。もしも、ミサイルが襲ってくることに気付けてたら、そもそもこんな事故さえ起こさずに済ませられた。今の私くらいの力があったなら、できたかもしれない、って思っちゃうけど、違うのよね。あの事故があったから、パパと出会えて、幸せと力も得た。そしてマコちゃにも出会えた。そう、どうあがいても、あの事故の犠牲者を私が救う道はなかったのね。縁がなかった、と思うしかないのよね」


「そうじゃの。言い換えれば、時を重ねてしか、得られないものもある、という良い例だな。話を戻すが、もちろんその力の行使を誰かに問えば、反対するものは必ず出てくるし、そういう姿勢で待っても結論は出てこぬ」

 ……

「そうしているうちに、危機のタイミングはあっという間に過ぎ去り、悲しい結果だけが待つことになる」

「だから、救うべき理由と救いたい気持ちがあり、一刻を争う状況で、他に方法がないならば、躊躇なく行動すべき、とワシは考えている」


 シャナはマコに向けて尋ねる。


「ここまで聞けば、まるで映画やアニメのヒーローをやるように聞こえなかったか?」


 マコは答える。


「うん、そう思った。マコもヒーローものには憧れがあるけど、やっぱり大変そうだなとも思うな」


「そうじゃな。大変なんだよ。じゃが、ワシの言わんとするところは、少し違っていて、手の届く範囲だけ、無理なく確実安全にできることだけ、気持ちが向くものだけ、を考えればよくて、無理をしちゃいかんし、背負いすぎてもいかんということじゃ」


「そうでなければ、長続きしないし、身体や心を壊してしまうからじゃ。よいな、マコト。それを踏まえて、今から言うことを聞いてくれ」


「ここからは別の話じゃ。唐突じゃが、N国王室の王位継承の問題があることは知っておるか? まぁ、ソフィア以外は知らないだろうが。まずは王位継承順位の一覧じゃ、フリップ、ドンっ」


 シャナとママの連携の練度が上がる。


「はいなっ」


 的確なタイミングで、小気味よく次のフリップに入れ替わり、シャナが読み上げていく。

 どうやらN国王室の王位継承順位の構成図のようだ。


「■N国王室の構成図

―トーマス王

―レベッカ王妃

―①ローランド王太子

― カタリーナ王太子妃

―  王子王女なし

―②オルガ王女

―③エディ王子

― アイリ妃 

―  ④ソフィア王女

―   ジン イチノセ

―    ⑤マコト王女」


「アレッ? やっぱり、ママ、王女なんじゃん! あ? えぇぇぇ! その⑤ってマコのことなの? エーッ? マコ、いつの間に王女になったの? マコって、日本人じゃなかったの?」


 まったく無縁の世界と思っていたから、考えもしなかったが、以前に仄めかされた、半分冗談のつもりの「ママは王女」発言は、すなわち娘であるから当然「マコも王女」に繋がる。


 当たり前すぎることに考えが至らなかったお馬鹿さ加減と、あまりにも大きすぎる世界の話に置き去りにされる心。

 これはあまりにもセンセーショナルな事件だ。


「あぁ、まぁ、ソフィアが復帰すればの話じゃよ。パパ殿も最近は薄々感じ取っておっただろう?」


 ん? ママはだいたいいつも一緒だったから、王室に行った記憶はないと思う。マコが生まれる前の話ということ?


 え? 復帰って、マコの出産・育児で王室をお休みしてたとかなの?


 ん? 王室って職場みたいなものだっけ?

 謎は深まるばかりだ。


「ええ、まぁ。というか、ソフィアの記憶が戻ってからの、いろんなやりとりはイヤでも耳に入ってきますからね」

「ソフィア、次」

「ほいさ」

「さっきのフリップに状況・事情を書き込んだものじゃ」


「■N国王室王位継承順位の構成図

―〔現国王〕

―トーマス王    ←<持病(心臓)があり、近年悪化傾向>

―レベッカ王妃

―〔王位継承順位第一位〕

―①ローランド王太子

― カタリーナ王太子妃

―  王子王女なし

―〔王位継承順位第二位〕

―②オルガ王女      ←<心情不明>

― ケネト:婚約者候補? ←<北方聖十字教司教の息子>

―〔王位継承順位第三位〕

―③エディ王子

― アイリ妃      

―  〔王位継承順位第四位〕

―  ④ソフィア王女   ←<行方不明。死亡説>

―   ジン イチノセ  ←<非認知>

―    〔王位継承順位第五位〕

―    ⑤マコト王女  ←<非認知>」


「ソフィア、もう一枚も並べてくれるか?」

「OK、ドルルン」


 アハハハ、効果音付きでスライドしてきた。ママ、さっきからなんかお茶目。こういうサポート役が好きっぽい? 


「近年のN国王室を取り巻く状況じゃが、要点としては次のようなものじゃ」


「《レジュメ》

―■北方聖十字教

― 過去に魔女裁判を行っていた組織

―■大国の超能力研究

― 北の軍事大国:V国が北欧魔女に着目

―■王室に関わる動向

― 王の持病が近年悪化傾向

― ①ローランド王太子に跡継ぎなし

―■ケネトの謀略

― ②オルガ王女独身に急接近するケネト(司教の息子)

― 思惑は定かではないが王位狙い? N国支配?」


「この箇条書きでもおおよその状況は推測できると思うが、もう少し掘り下げると、次のような内容になる。ソフィア、2枚じゃ」

「OK、ヒュイーン」


 あっ、今度は宙を飛んできた、これは魔力なの?

 そしてその無駄遣い?

 まぁ、いいけど。


「■北方聖十字教について

―北方聖十字教は、12世紀頃の新興宗教。

―数々の北欧神話を擁する北欧では、その信仰ゆえに、心は神々とともにあった。

―そこへキリスト教が襲来し、北欧の神々は悪魔であると弾圧改宗を強行する。

―北方聖十字教はその一派であり、当然、北欧における魔女裁判を永きに渡り行っていた組織でもある」


 ぬぅ、こやつらか? 残忍非道な奴らは。


「ハッキリ言って、魔女に対する感情は最悪の集団だ」


「■大国の超能力研究

―世間では眉唾物な見方をしている中、軍事大国であるV国とU国が真剣に超能力研究を推進しているらしい。

―特に北の軍事大国:V国の人材調達が激化傾向にあり、シベリアのシャーマン、チベットの僧侶、モンゴルの氣功師と、世界中からかき集めて研究を進めているらしいが、近頃は北欧の魔女にも注目しているという情報がある。

―ほぼ万全な隠蔽下の魔女の里については、今のところ被害報告はないが、自称魔女を気取る若い娘が連れ去られた噂が数件あるため警戒が必要」


 なぬ? ほほぅ、コッチが軍事利用を目論む奴ら? 


「これは、研究といえば聞こえはいいが、超能力の兵器転用研究じゃ。やつらに関わったら、おそらく生涯を拘束され続けることになる。しかも結局は人殺しに加担することになるのだから、絶対関わってはならない組織だ」


 くわばら、くわばらじゃあ。考えただけでも震えがきそうだね。


「ソフィア、次の2枚じゃ」

「OK、シャッ、シャッ」


「これは、さきほど挙げたケネトという人物が王位を狙っての接近の状況だ。当時はわからなかったが、その謀略が少しずつ判明していったため、のちのソフィアの撃墜機乗客救出から現在に至ってN国に戻れていない元凶でもあるし、これから何とかせねばならぬ対象でもある」


「それは王室も認識していることなの?」

「うむ。謀略に至る経緯は次のようなことじゃが、その範囲での認識はできておる、と言ったところかの」


「■王室に関わる動向

―王室との繋がりを欲し、司教の息子、ケネトがオルガ王女に接近。

―それに伴い、どこからか漏れ知る、ソフィア王女出生直後の漆黒の髪と、アイリ妃の桁違いな能力に違和感を覚える。

―魔女の伝説話に符合する内容に気付き、魔女説を国王に直訴するが退けられる。

―ケネトは言葉巧みにオルガ王女に接近し、婚約者のポジションに限りなく近付いていたが、これを機に遠ざけられる。

―国王と王妃、エディ王子の3人については、その出会いに纏わる事情より、アイリの素性、魔女の里の情報等を飲み込んだ上での強い要望による婚姻だったため、隠蔽の立場を崩さず、対応してくれたものと推測」


 んん? 曾祖父さま、曾祖母さま、それとお祖父様? になるんだよね。素性を知ってくれているのは嬉しいなぁ。そして守ろうとしてくれて頼もしい。


「ソフィア、次」

「OK、シュウィーン」


「■ケネトの謀略

―ケネトは、遠ざけられたことで、さらに疑惑を深めるが、王室は取り合わない。

―ケネトは、教会に持ち帰り、疑惑の元と、あしらわれたことの屈辱とを織り交ぜて、親である司教と教会の参謀連中に向けて、ぶちまける。

―仮に信憑性の高い情報だとしても、魔女裁判の黒歴史ゆえに、世論の反発は必至のため、受けるダメージは計り知れない。それよりは間接的な攻勢が良策との結論。

―ちょうどよい具合に、北の軍事大国:V国が、超能力研究のために魔女を欲していることを知り、V国に情報リークするよう方針を決定する。

―また接触機会がほぼ皆無のアイリ妃よりは、学校その他で行動範囲の広い子どものほうが接触機会が多いことと、外堀から攻める、というセオリー踏襲から、ソフィア王女を標的として、早速、知人の伝手からV国へ情報リークを行う。

―これでソフィア王女が名実ともに魔女認定されるなら、合わせてアイリ妃も標的に加えればよく、王室の守りも崩しやすくなり、オルガ王女との婚姻を取り付ければ、あとはローランド王太子を攻めるのみ。そんな企みの道筋が整ったことにほくそ笑むケネトだった。

―暫くすると、V国からの調査員がN国内に多数潜入するようになる。しかしまだ誰も気付かない。

―そう、ケネトの謀略がこの後、さまざまな余波を巻き起こすことになる。


「おぉぅ、それでママが狙われたのか。でも、撃墜事件は別なんだよね?」


「その通りじゃ。このケネトの謀略が何とも腹立たしさを幾重にも増幅させてくれる憎らしいものだが、この後に、ソフィアの乗客救出伝説へと繋がるのじゃ……」

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