第5話 妖精さん
ずっと隠し続けていたものが解消したためか、久し振りに何も考えずにマコトはぐっすり眠れたようだ。マコトはすっきり晴れやかな目覚めの朝を迎える。
「おはよー、ママ」
「あらっ、よく眠れたみたいね。おはようマコちゃ! 夕べのことは憶えているかしら?」
「うん。憶えてると思うけど、うまく整理はできてないかな~、アハハ」
「まぁ、パパとの話のときに同じ内容についてもう一度お話しするから、大体憶えていれば大丈夫よ。パパが起きてきたら、いつお話しできるか聞いてみようか。マコちゃが聞くのよ?」
「え?」
―― はゎゎゎ、いきなり無茶振り?
「マコちゃの相談がメインだし、これからいろいろ助けてもらう機会が増えるから、マコちゃが自分でお願いしないとね。うーんとね、少しだけ
「えーっ、む、むりむりーっ」
―― ウキャーッ、キャラ違うし。
「覚悟を決めな!」
「ヴゥー、わ、わかったよ」
―― この空気、抗えないよ……
「あーっ、パパ起きてきたよーっ。ホレホレ、マコちゃ、ファイト!」
―― ママめー、絶対楽しんでるよ、コレ。
「ママ、マコ、おはよう」
「パパ、おはよー、……」
「おはよう、あなた。ごはんできてるわよ。それと、マコちゃがお話しあるって」
―― コ、コレって、封じ込めのような逃がさないやつだよね。
―― 緊張してきたーっ。
―― 顔が熱いーっ。
―― 鼓動がドキドキーっ。
「あっ、あのね、パパ。あの、大事な話があって、聞いて欲しいのだけど、じっ、時間取れるかな?」
「え、え、え、な、なになにーっ、突然あらたまって、ま、まさか彼氏ができた、とかじゃないよね?」
―― なぜか狼狽えるパパ。
―― いつもの賢そうなパパ、どっか行っちゃったよ。
「か、かれし?! ち、違うよー。それより話を聞いてくれる時間は取ってくれるの?」
―― 不意を突かれて、びっくりしたなー、もぉ。
―― まだ小学校にも入っていない子供だよ?
「違うならいいんだ。じゃあ一体何の話なの? 今日は予定ないから、この後大丈夫だよ? まさか何かパパのもの壊しちゃったとか?」
「何も壊してなんかないよー。じゃあ、ご飯食べた後ねー」
「大事な愛娘が聞いてほしいことがあるんだって。何かしらね~? マコちゃ、多感なお年頃だしね~」
ソフィアがジンにからかい気味の意味深セリフを投げる。
―― コレ絶対面白がる算段だよね。
「パパと一緒のお風呂は嫌、とか? パパくさい、とか? パパのと一緒に洗濯しないで、とか? 言われるのか? いやいやそんなはずは……」
小声で呟き始めるジン。
―― ちょっと面白いけど、話を早く終わらせたいから、早く食べるように催促しなきゃ。
「パパ! 食べるの忘れてるよー!」
「そうだった、ゴメンゴメン」
ジンも意を決してご飯を急ぎかき込む。
「食後はコーヒーでいい?」
「ああ、ありがとう。じゃあ、コーヒーで」
「マコちゃはオレンジジュースがいいかしら? それとも今日はママと同じ紅茶にする?」
「あ、うん、ママの淹れてくれる紅茶、美味しいから同じがいい」
「あら? マコちゃも味の違いがわかるようになってきたのかしら?」
「わかるよ~。マコも日々成長してるからねー。でもママが淹れてくれたのじゃないと、美味しく感じないのだけどね」
「あらあら、嬉しいこと言ってくれるわね~。まぁ、王室御用達の茶葉ですから。マコさま、お目が高いこと、オホホホ」
「まぁ、ソフィアさま、香りにどこか気品が漂っていたのは、そうゆうことでしたのね~。オホホホ」
―― 調子に乗って、お貴族さま遊びをば……
―― 昨夜の王室話にも乗っかって、つかみはオッケー?
「おいおい、それ何の遊び? ……ま、いいけど。それより、その大事な話とは?」
「アハハ。ごめんなさい、ママが緊張をほぐしてくれただけだよ。えーとね、マコね、人のオーラみたいなのが視えるみたいなの。他の人には視えないらしくて、もしかしたら病気なのかとママに相談してみたら、同じものがママにも視えてるらしいの。パパには視えてる?」
「え? 二人にも視えるの?」
「え? パパにも視えてるの? ママ、これどういう状況なの?」
―― 昨日もそうだけど、今日も想定外の問答になりそうで、長期戦の予感。
―― 今日のマコは持ちこたえられるかな~?
昨日のソフィアの説明から、この視える能力は魔女の血脈によるものと、マコトはなんとなく理解し、普通の人には視えない認識だった。
しかし、ジンにも視えるということは、他の人にも視えてるということ。状況が示す可能性について、ソフィアは呟きながら少しだけ考えを巡らせた後、ジンに問いかける。
「パパは、マコちゃと私がどんな風に見えるの? マコちゃと私、とそれ以外の人の見え方に違いはある? そしてそれはいつからそういう状態なの?」
ソフィアが一考している間に、ジンも考えを巡らせていたのか、ソフィアの問いにすぐに口を開く。
「ママとマコは背後から照明があるように、身体の輪郭が少し光っているように見える。少しママの方が光が強い感じかな。他の人からは、そのような光は感じない。ママを初めて見たときは、別の意味、いや一般的な表現で使われるような、表情とかがキラキラ輝いて見えていた状態だったんだ。けれど、その、付き合うようになって、あの、ゴニョゴニョ……した辺りから」
「えっ? パパ今なんて言ったの?」
「あっ、えっと、その、パパがママに告白した辺りから、って言ったの」
ジンが言い直すと、ソフィアはハッと何かに気付いたのか、思い出すように顔を赤らめる。
「ハイハイッ、夫婦の仲がよろしいようで何よりです」
マコトの言葉に、何故か二人は安堵の息を漏らす。
―― ん? なにかあるの?
「まぁまぁマコちゃ、パパの告白はロマンチックだったけど、ちょっと面白くもあったなぁ、うふっ」
マコトの言葉にかぶせ気味にソフィアが言葉を返す。
「そうそう、えっ、あっ、それはしーっ、でしょ?」
「なになにママ、パパ何かしちゃったの?」
「アハハ、それはまた今度ゆっくりね~」
―― ん?
―― なにか会話の節々の虫食い感?
―― はぐらかされた感?
―― んーっ、まぁ、二人にしかわからないことも当然あるだろうからそれなのかな~。
ジンが説明を続ける。
「そ、それで、その頃を境にうっすらと光っているように見え始めたんだ。日を追うごとに徐々に今の光の強さまで増していった状況。友人に相談しても、よっぽど好きなんだね、って、からかわれるだけで、次第にそーゆーものかと思ってたんだ。やっぱり光って見えるのは勘違いじゃないんだね?」
ソフィアは、ソフィアとマコトのそれぞれの見え方の違い、人それぞれ個性が違うが人の範疇、普通の人にない異質さ不気味さの認定と周囲の感じ方や行動、魔女と魔女裁判、火炙り、漆黒の魔女と、その始まりと変遷、継承、王室のことなど、昨夜の会話の内容を掻い摘まんでジンに説明した。
「……大体以上が、昨日のママ・マコちゃ会談の全容よ。パパの視点で気付くことがいくつかあると思うの。それを教えてほしいことと、昨夜のマコちゃはけっこうショックが大きかったみたいだけど、パパは大丈夫かしら?」
―― パパも目が点になっている。
―― おそらく突然登場する魔女と王室が処理仕切れてないのだと思う。
マコトがそう思っていると、ジンの口が開く。
「王室については、君が記憶を取り戻したあとでシャナさんを通して、すでに死んでいるものと周囲に認識されていることを聞いたことと、再び君に危害が及ばないように、新しい戸籍を用意してもらうときに、ある程度の認識はできているつもりだよ。君の安全のために、ご両親と国王夫妻を除いた王室にさえ、まだ情報は隠蔽されたままのはずだから、もうしばらくは我慢だね」
―― また出た新事実。あれ? シャナさんって?
―― というか、パパは王室のこと知ってたのね。
「どゆこと? 危害が云々って、ママは殺し屋にでも狙われてんの?」
「ああ、それについてはまた今度ゆっくり話するよ、マコト。それよりもソフィア? 魔女って本当のことなの?」
「えぇ、説明したとおりよ。ごめんなさい、あなた。私も魔女の里に行ったことはなくて、母から聞いた古い部分の記憶は少々混濁していたから、私も思い出したのは最近のことなの。マコちゃの成長を愛でていたら、だんだん記憶が定まっていったの。それと妖精さん、シャナのおかげもあるかな?」
―― また出たよ、ニューワード。
―― でもこれはもしかして……
「ママ? そのよーせーさんって、耳? いや頭の中にゴニョゴニョと話しかけてくるみたいなやつ?」
「あら? マコちゃは妖精さんともお知り合いなのかしら?」
「ううん。とっても小さな声だし、知らない言葉だから、よくわかんないの」
「あぁ、そっかーっ、北欧の、しかも少し古い言葉だからマコちゃにはわかるはずないよね」
妖精に興味があるのか、目を輝かせながら、ジンが話に混じりたそうに身を乗り出す。
「ほ、本物の妖精さん?」
「アハハ、残念ながら違うわね。妖精さんって言ったけど、本当は妖精じゃなくて、御先祖さまのことなのよ」
―― はい? また新事実。
―― 刺激強すぎない?
「御先祖さまって、もしかして幽霊? 霊子通信ができるの?」
ジンがワクワクしながら尋ねている。どうやらジンにもファンタジーの免疫ができたようだ。
「あーっ、ワクワクのところを申し訳ないのだけど、この御先祖さまは、過去から話しかけているのよ。たぶん。正確なことは本人もよくはわかってないらしいのだけれど、とある方法で未来に干渉できるようになったらしいの。ただし、同じ血を継ぐ、私やマコちゃなどを媒介にすることで、私たちの見聞きするものを共有できるみたいなのね」
「えぇ?! 未来干渉?」
―― おぉ! パパ的には、霊子通信よりも未来干渉が数倍魅力的らしい。
―― 目が星になって零れ出す勢いだ。
―― このキラキラ度のいや増し加減。
―― これこそまさにオーラ放ってない?
「そこでここからが少し重要なのだけれどいーい? 御先祖さま曰わく、なぜだかわからないけど、マコちゃって、とても波長が合うらしいの。それで、マコちゃさえ良ければ、少しだけ身体を借りられないか、だって。どうする、マコちゃ」
突然のご指名にマコトは自分を指差し、首を傾げながら聞き返す。
「えぇ?! マコ? 身体を貸すって……?」
手を振りながらソフィアは笑い出す。
「アハハ。乗っ取られるわけじゃないから大丈夫だよ。マコちゃは普通に自分の身体を動かせる。ただマコちゃが許可する部分だけ、たとえば喋ったり、手足を動かしたり、一時的に御先祖さまが機能を利用できるようになるってこと。マコちゃが望めば利用禁止や制限、そもそもの身体への侵入や干渉の阻害もできるよ」
「危険がないのならいーよ! それに、ずぅーっと遠いおばあちゃんと、スキンシップじゃなくてマインドシップ? できるってことでしょう? それにおばあちゃんにマコの中身を見られちゃうけど、マコにもおばあちゃんの記憶とか見れちゃうのかな~? なんか大昔の違う世界が垣間見えるってドキドキしちゃうなぁ」
あまりにすんなりOKを出すマコトに、少し補足するソフィア。
「私はマコちゃほど、波長の親和性が高いわけではないから、どこまで同調できるかはやってみなきゃわからない部分もあるけど、やってみようか」
ジンは心配になって、ソフィアに確認を入れる。
「危険はないんだな?」
「慎重に進めて、異変があれば即中断する、でいいんじゃない? ある程度までは私で確認済みだし、やらなきゃ見えないこともある」
「わかった。オレも異変がないか、注意深く見ておくよ」
「ありがとう、あなた。マコちゃ? 身体をきちんと同調するには、あなたからも御先祖さまをより深くイメージしておく必要があるの。今から言うことを聞いて、より具体的なイメージを思い描いてみるのよ、いいかしら?」
「いいよー。どんと来ーい!」
マコトの快諾を得て、ソフィアは次々と説明を加える。
「御先祖さまのお名前は『シャナ』」
「お年は、ある時点で成長が止まってるらしく、ママに3歳足したくらいをイメージするのよ。私たちからの今の関係性では、普通はもうお亡くなりになっているハズのずぅーっと遠い昔のおばぁちゃまになるけど、過去の時間断面にリンクしていて、アチラ時間では年齢的にはママに近いらしいの」
「顔つきも背格好はたぶんママくらいを想像してね。イメージは定まったかな? そしたら受け入れる気持ちを持ってね。パパも始まるよ、いーい?」
「マコは大丈夫」
「僕もいいよ」
「じゃあ、御先祖さま、どうぞ~」
マコトの身体が一瞬、淡く光が灯り、薄まっていく。
「ヒャッ! んっ、フゥ」
身体に何かが侵入し、軽い違和感にマコトは少しだけびっくりしたようだが、胸の中心あたりに存在感を帯びたまま次第に馴染み落ち着く。
「チョトマテテ」
勝手に口が動き、変な日本語がマコトの口から零れる。
―― んっ?
―― 頭の中でマコの記憶が早送り?
マコトはよくわからないまでも、身体の主導権を預けたまま、成り行きを見守る。
―― アレッ?
―― 時々、知らない映像がチラホラ混じる。
―― あぁ、御先祖さまが考えるとそれが映されるみたいで、御先祖さまの記憶なんだろうな~
そうマコトが思ってると、
『正解! 互いに記憶や考えが共有されるのじゃ』
という心の中で響く声が聞こえる。
―― おぉーっと、なんとなくわかっていたけど、この状態は隠し事ひとつできないんだね。
『その通りじゃ』
―― アハハッなんか変な感じ。
―― アレッ?
―― いつの間にか御先祖さま、日本語ができるようになってませんか?
『今は意識レベルで意志疎通できてるのと、先ほどここ数年のおぬしの記憶を見渡したから、なんとなくの言葉が貼り付いて、それっぽく聞こえるだけじゃ。本質的にはまだ理解してはおらんよ』
―― なるほど。
―― あの、ママから、今意識が繋がっている御先祖さまは、ママと同じくらいのお年だと聞いたのだけど合ってますか?
『そうじゃの。身体は今から過去の時代で、おぬしの母親、ソフィアの2、3歳上くらいかのう? ただ意識は悠久の時間を跨いで行き来しておるから、何歳といえば良いのかわからんがな』
―― うーん、難しい話ですね~。
―― ただ若い自覚があるのなら、相応の言葉使いでまだまだ輝けるお年ではないかな~っと思っただけです。
『ム? ワシはまだまだ輝けるかの?』
―― そんなの気持ち次第ですし、人生、楽しまなくちゃ損じゃないですか?
『なるほど、一考の価値はありそうだの。それにおぬしとともにある日々も楽しそうな気がしてきたぞ』
他愛ない会話のうちに準備は整ったようだ。シャナから準備が整った旨が告げられる。
「待たせた。マコトの記憶から、一通り会話ができる程度の情報を得ておった」
「御先祖さまですか?」
ソフィアは、マコトの内側にシャナの意志が宿っていることを確かめる。マコトの澄んだ高いトーンの可愛らしい声だが、口調はシャナのものとなるため、戸惑いながらも聞かずにはいられなかったようだ。
「その呼び方はどうにも肩が凝るから、これからは『シャナ』と呼んでくれ。呼び捨てじゃぞ!」
ソフィアの問いかけにフランクに応じるシャナは、初めて視覚で捉えたソフィアの姿にやや驚き、頬に嬉しい気持ちを滲ませる。
「おぉ、お主がマコトの母親のソフィアだな。こうして姿を見るのは初めてじゃが、マコトの言うように、ワシにそっくりじゃのぅ。ワシが言うのもあれじゃが、オーラも纏えば神々しい美しさじゃ。皆が見惚れるじゃろう?」
不意に誉められ、ソフィアは二人の顔に交互に視線を飛ばすと照れくさそうに視線を外して俯く。続けてシャナはジンに視線を移す。
「して、そなたがその伴侶のジンか、えっ?!」
ジンを一目見て、シャナは動揺する言葉を発すると目を瞬きながらフリーズする。
「お初にお目にかかりっ……」
シャナの反応に驚き、困惑するジンは慌てて挨拶しようと喋り始めるが、シャナは被せ気味に、半ば独り言のように呟き始める。
「ち、父上、何故ここに?? …… いやそんなはずはない。800年ほど時は過ぎておるゆえ、ありえぬか。しかし、これほど波長が重なるとは? ……ブツブツ……」
少し考え込んだ後、何かに行き着いたのか、シャナは満面の笑を携え喜びの言葉を発し始める。
「めでたい。実にめでたい。ソフィア? 今宵は宴を開いてはくれまいか?」
「もちろんよ。面と向かってシャナとお話しできる日が来るなんて夢にも思わなかったわ。シャナは何がお好きかしら?」
「食べたことはないのだが、可能ならば和食をお願いしたい。父の時代の和食は、そうおいしくはなさそうだが、現代の和食は凄く美味しいと聞く」
「和食ね。大丈夫よ。おまかせあれ」
「そうか、それは嬉しいな。あと、私の話し言葉だが、マコトの提案で、より良き人生のため、ソフィアの言葉使いに近付けるように努力することにしたので、口調の変化があっても気にしないで欲しい」
「「了解です」」
「それと、めでたい、というのはそこではなく、次のことだ。
・ソフィアとジンが出会い、結ばれたこと
・両方の血筋をうまく受け継ぐマコトの誕生
・私シャナの存在と今この瞬間を迎えたこと
その理由の前提だが、私シャナの両親の出会いがすべての根幹となる。私の母アンナは、……」
約800年前、シャナの母、アンナが、ある日本の有名な武人と結ばれ女の子を授かるお話を、紆余曲折も織り交ぜた物語調でつらつらと語り始める。
……
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