第14話 撃墜 〜 Sofia Flapping ep3
待ちに待った日本留学の移動日の2日前。とある事情からイタリア滞在中の留学同行予定者をイタリアでピックアップするよう調整し、意気揚々とイタリアに向かう。
しかし、ソフィアたちを乗せた飛行機がイタリアの空港に到着する直前の最終進入経路上でそれは起こる。
バーンと大きな音が轟いたあと、機体が大きく傾き制御を失う。
「何が起こった? みんなは大丈夫?」
「だだ、大丈夫です」
「シートベルトはしっかり装着してなさいね。あと、今のうちに救命胴衣着けて! 周りの皆も死にたくなかったら、救命胴衣を直ぐに装着して! 早く!」
「は、はいっ!」
音が響く左翼側の窓をとっさに振り向くと、左翼のエンジンから向こう側の翼がない? と思ったら、その向こうには海。飛行機の姿勢が異常であることは明らかだ。
また直ぐにドカーンと後方からの爆音とともに一筋の火炎が客室内に伸びる。立て続けに今度は何? 伸びた炎は一瞬後に退いていくが、客室内に熱が籠もる。ヒリつく熱さだ。ベルトを外して立ち上がった乗客はパニックどころか機内でしっちゃかめっちゃかに振り飛ばされている。半無重力状態では地上の常識は通用しないため、慣性と機体の不規則な挙動に翻弄される。
誰もが死を予感する。そんな阿鼻叫喚の悲鳴が客室内の恐怖感をマックスまで押し上げる。状況は不明だらけだが、たぶん撃墜されたのではないか? このまま落ちるしかないのか? このまま機体ごと落ちれば、海面への激突の衝撃だけで、まず一人の生還も望めないだろう。
「そんなことにはさせない」
ソフィアは意を決して機体をオーラで包み込む。そうするには機体はあまりにデカ過ぎる。魔力の制御限界を超えそうになり、身体の防衛反応が抑止へと働きかける。魔力はすなわち生体エネルギー。完全な枯渇は死を意味する。しかし何もしなければ、みんな一緒に死ぬだけだ。ならば、答えは一つ。ひとりでも多くの命の灯火を守りたい。
右翼側窓側席にいるソフィアの髪が黒くなり、周りは一瞬淡い光に包まれるが、ほとんどの乗客は左翼側を注視し、目まぐるしく変化する状況に何が何だかわかっていない様子。ただそんな中でも、監視対象であるソフィアに違和感を感じるV国調査員が時折視線を向けてくる。
「誰? こんな時に。もしや私の変化に気付いてる?」
ソフィアは後方からの誰かのそんな視線に気付くが、座席に隠れるように身体を小さくまるめながら、構わず続ける。
錐揉み降下の回転を止め、上下を正す。落ち続ける勢いを止めようとするが、なかなか止まらない。
あと100mくらいだろうか? 上下を正して落下に逆らう力を与え続けるから、かなりのGでみんな苦しそうに床方向に圧しつけられる。
「死ぬよりいいでしょ? みんなガマンだよ」
おそらく瞬間最大8Gくらいはいっただろうか? かけている私でさえ意識が飛びそうなくらいだ。
「まだ止まらないの?」
もうすぐ落下を抑えられるかと思ったところで、機体が構造上の強度限界を超えたのか? バキバキっと音がした直後に機体がバラバラにはじけ散る。散らばったままだが、包み込んだオーラごと落下速度はギリギリ抑えられたようだ。
あと30メートルくらいだったから、うまく海に落ちれば死ななくても済みそうかも? と思った次の瞬間にオーラの包みは解けて、乗客もチリジリに飛ばされる。
「ごめんみんな。限界みたい。うまく生き延びてね……」
ソフィアは力尽きて気を失う。こんな巨大なものを操った経験もなく、限界を超える魔力行使だったためだろう。ソフィアが飛ばされたのは、南向きの方向だが、この瞬間、周囲の一行はみなソフィアを見失う。それでなくとも誰もが着水寸前の海面を気にしないはずもないが、ひとりだけ異なる方向への高速離散は、人間の追える動態視力の範囲をはるかに超えるものだったからだ。
地中海にバラバラになった機体の破片と乗客が散らばって落ちる。
ほどなくして救助ヘリが到着して救出を開始する。無残に粉々に散った機体残骸からは、壮絶な爆発を連想させるが、乗客は散り散りになってはいるものの、ほぼ全員が収容される。ほぼというのは、ソフィアだけが行方不明で、未だに痕跡すら掴めない状況だった。
ただ、ソフィアの奮闘虚しく、後部座席の爆発の直撃を受けた14名だけは、助からなかった。ソフィア行動時には既に瀕死だったためだ。そのほかの乗客は、ベルトを外して、機内で残骸に巻き込まれたための重傷者6名を除けば、奇跡的に比較的軽症で済んだようだ。
この事故は、国賓級VIP一行の集団を狙う国際テロリストにより、ロケットランチャーで撃墜されたことが報道される。しかし国賓級VIP一行の集団はみな無事だったことと、女神が降臨して救ってくれた証言もあったようだが、根拠が見つからないため、女神降臨説は報道されることはなかった。ただ唯一の行方不明者がN国王女であり、報道される写真の容貌が金髪碧眼なうえ、誰もが見惚れる可愛らしさの少女であったため、世界中が注目しソフィアフィーバーが巻き起こる。
しかし、捜索隊の懸命の捜索にもかかわらず、まったく手掛かりが掴めないまま、時間だけが過ぎていく。
3日間が過ぎ、通常なら捜索規模が縮小されるか、打ち切られるところだが、N国王室からの資金投入と、世間の関心が高かったため、さらに範囲を広げて大がかりに捜索は続く。
しかし2週間が過ぎ、世間の関心も薄れていき、捜索現場の諦め判断とともに、巡視船による1日一回の巡回捜索、というように規模は縮小されていく。
2ヶ月を過ぎる頃には、捜索打ち切り。報道もほぼされなくなり、捜索騒動は幕を下ろすことになる。
北の軍事大国:V国調査員はというと、乗り合わせた一名は、魔力行使したかもしれない疑惑を持つが、その疑惑が正しければ、危険を顧みずに自分たちの命を救ってくれたことになるソフィアを恩人として、他の調査員たちへの報告は行わなかった。
他のV国調査員を含め、後味の悪い結果と、ソフィア以外に標的を変えて行う接触、調査の継続は、世間の矛先が自分たちへ向かうことを恐れて、N国に向けた調査そのものを打ちきることを決定する。
ケネトはというと、その企み自体が明るみに出ると、在らぬ容疑をかけられることを恐れて、苦虫を潰す思いで、いったんは成り行きを静観する姿勢をとることを決める。
結果、N国王室自体は、そんな謀略があったことすらも、全く気付くことなく、事態は終結する。ただ、ソフィアに陰ながら同調していたシャナだけは、そのような陰謀が渦巻いていたことを掴んでいたが、思わぬ終結にひとまず安堵する。
肝心のソフィアだが、この事件勃発の時点では、シャナとの同調度が高くないため、ソフィアはシャナを認識できていない。
なので、会話ではなく、意識への本能的な語りかけによるため、片言ことばのようなかんたんな意志疎通に限られる。
ただし、語りかけられるほうにとっては、神のお告げだとか、精霊さんの語りかけ、のように認識されることが多いため、過去の別の誰かへの語りかけでは、思いもよらない大げさな状況となることが多かったことから、ソフィアにも、これまで必要以上に語りかけることはしなかった。
しかし、今回ばかりは何をおいても紛うことなき緊急事態のため、シャナも躊躇なく語りかける。
ソフィアには、V国調査員の目や、派手すぎる乗客救出劇への世間からの追求をかわすのは困難であると推測し、この機を利用して、行方を眩ます方法しか、他に良案は思い当たらない。飛行機が落下し分解、乗客が分散する場面で、離散時、思いっきり離れるよう、語り掛ける。
気を失う直前の、神の啓示のごとき指示に、ソフィアは、自分自身を包むオーラごと、思いっきり移動するよう魔力を込める。
すると南の方角の斜め上方へと、勢いよく飛んでいく。あまりの勢いに誰の目にも留まることなく、大空へ飛翔していった。
とっさに決めた南の方角。なぜか呼んでいる気がしただけで、その他に理由はない。たまたま南だったが、それ以外の方向だった場合は、どこかの監視網に捉えられる可能性が高まるから、南方離散はなかなか適切な判断だったとも言える。
そのままの勢いを保ちながら、いや少しずつ加速しながら、ソフィアの身体は高速で南に向かっているが、ソフィア自身はまだ気を失ったままだ。シャナが語りかけても気付く気配がない。延々と飛び続けるソフィア。
あっという間に地中海を抜け、アフリカ大陸を南進していく。
高度も徐々に上げながら、さらに加速する。さすがに宇宙空間まではいかないと思うが、スピードがあまりに速すぎる。このままでは南極やその向こうの太平洋まで行ってしまいそうな勢いなので、シャナは必死に呼びかけるがソフィアは気付く気配がない。
ソフィアは仰向けで高高度飛行しているから、シャナにも地上や進行方向は見えない。が、かなり高高度で寒いはず、と思っていたらようやくソフィアも寒がって意識が戻りそうになる。
これで意識が戻るから問題ない、と思っていると、今度は暑いと言い出して、意識が戻った。
超高速度域の状態なので、身体を動かすのは危険だ。「そのまま、そのまま」と促しつつ進む方向の魔力行使を抑えるよう語りかける。
次第に今度は「熱い」を激しく連呼するソフィア。ソフィアの視覚から見える状況は火事だった! ソフィアを包むオーラの外側が燃えていた。
――<解説>――
――ソフィアもシャナもおそらく知らないが、超高速飛行には、『熱の壁』というものが存在する。
――『音の壁』ならば、現代人であれば衝撃波という言葉とともに、比較的認知度は高く、音速を超えるために乗り越えなければならない壁のことだ。
――さらに音速を超えるほどの高速で移動する場合、航空機にぶつかる部分の空気は急激に圧縮され、その断熱圧縮による高温空気が、機体の表面を加熱する (空力加熱)。
――『熱の壁』はマッハ3付近で350℃を超える高温となることで航空機の主要素材であるアルミ合金の強度的な限界温度を軽く超えてしまうため、航空機は飛行が困難となる問題のこと。
――極超音速といわれるマッハ5以上になると、困難度はさらに跳ね上がる。空力加熱だけ捉えても、数百から数千℃となる。隕石やスペースシャトルの大気圏突入時に激しく燃えるのは、この現象によるものだ。
――今のソフィアに起こっているのは、この燃える隕石のような現象だが、おそらく熱の壁となるマッハ3より少し手前の段階。意識が戻らないまま速度を増し続けていたら、一瞬で燃え尽きるほどの火焔に包まれていたかもしれない。
――<解説終わり>
「落ち着いて、スピード落として」
と、語りかけると、少しパニック気味のソフィアは、思いっきり魔力を遮断する。あまりに熱すぎたのと、気が付いたら炎の中にいたことも、たぶんかなりショッキングで怖い出来事に違いない。ただ、魔力を閉ざせば、あとは飛ぶ勢いに任せた自由落下となる。
そういえば、ソフィアは魔力を使ったことはほとんどない。当然空を飛んだこともない。これはかなりまずい事態だ。意志疎通がとれるなら問題ないが、会話すら難しいこの状況では、助言すらもままならない。しかしこのまま何もしなければ、ソフィアは間違いなく地上に激突して死ぬだけだ。
「ソフィア! 私はシャナ。私の声は聞こえるか?」
「しゃ、シャナ? うぅ、熱い」
お? うまく認識できたか?
「そうシャナ。そなたの祖先だ」
「ご、ご先祖さまですか?」
ソフィアがシャナをキチンと認識できたなら、今までよりも明瞭なやりとりができるはず。
「そうじゃ。今そなたは危険な状態にある。わしの言うとおりに行動できそうか?」
「危険なのですね。わかりました。指示をお願いします」
「いい子だ、ソフィア。では魔力を行使して、まず身体が沈まないようイメージしてみなさい」
「こ、こうですか? ひゃん?! うわっ! 熱い!」
前方上方への斜めのベクトルが大きめに加わったようで、クィッと上昇に切り替わり、直ぐに少し戻す返しの挙動が少し乱暴だったのか、フッと一瞬浮く感覚にビックリしたようだ。仰向けならなおのことだ。しかし、前方への加速も加わったから、また発熱が始まってしまった。
「慌てないで。あぁ、そうか。上向いてるから感覚がずれるんだな? 今仰向けになっているから、うつ伏せになってみて! ゆっくりと、回転軸がブレないように捻り込む感じで、そうそう、そんな感じ。いいぞ。さっきは前方上方に力が向かってたから、前方、前に進む成分は減らせるか?」
「やってみます。うぅ……アチチチ」
少しずつ減速している。熱もみるみる下がっていく。いい感じだ。
「いいぞ。そんな感じで合ってる。今度は、上下の調整をしようか。今の状態は少し上昇しているから、少し上向きの力を減らしてみようか」
「はい、こんな感じですか? はぁはぁ……」
「おぉ、初めてにしてはなかなかうまいな。そろそろ飛行は安定してきたから、大丈夫そうだな? 今この辺りはアフリカ南部かな? 南極まで行くのかとヒヤヒヤしたぞ。何にせよ、いったん降りようか?」
「それがいいと思います。もうあまり力が出せないようです。なんか、電池切れみたいな……」
「わっ、バカ! それを早く言え! 前方下方に草原がある。そっちに向かいながらゆっくり降りるぞ」
「は……ぃ」
「もう少しだ、頑張れ! 着陸前に、少しだけ上向きの力を当てて沈みを抑えるのと、後ろ向きの力を調整しながらスピードを止めるぞ! 最後が肝心で難しいからな!」
「は……ぃ」
「今だ、沈みを止めろ」
「……もう……ダ・メ……」
「ソフィアー、しっかり……」
沈みの返しはやや大きくて、フッと浮く。スピードはかなり殺しているが、まだ全力疾走くらいの勢いが残っている。と、次の瞬間、接地して前方に派手に転がる。
幸い包み込むオーラが緩衝材となって、大ケガは避けられたようだが、転がりの後半では、そのオーラも解けて草や小石で小キズだらけとなった。派手に転がっていたから、頭を打ったり、骨折などしていないか心配だ。
「ソフィアー、大丈夫か?」
返事がない。ホントに魔力、というか生命エネルギーが枯渇に近いから、かなりシビアな状況かもしれない。身体も冷たくなってきているようだ。
「ソフィア、頑張れ!」
しかし、私には意識のみで、身体への干渉はできないため、何も施すことができない。どうすれば……。何か方法はないのか?
完全に枯渇し、回復できない状況は、すなわち死ぬことに等しく、私の意識干渉も強制切断される。私が今ここに意識を繋げられているということは、まだ死んでいないし、回復の可能性がある、ということだ。
しかし、今まさに身体の機能が停止しかかっているのがわかる。いったい……
と、必死に知恵を振り絞っていると……
「大丈夫かー?」
と英語の男の声で駆け寄ってくるのに気付く。助かった、とは言えないが、よい人間であることを神に祈る。
「お? 髪が黒いな? 日本人? 女の子か?」
髪の色を見て日本語に変わった。どうやら日本人のようだ。
「気を失っているのか? あちこち怪我してるし、血色が悪い。ん? 身体が冷え切っている。これはヤバいぞ! 呼吸もしてないぞ!? 脈も感じられない!」
男は慌てて、胸骨圧迫と人工呼吸を繰り返す、心肺蘇生を試みる。
……
「心音が聞こえるし、脈もある。良かった。何度も何度も諦めないで蘇生を繰り返したかいがあった」
男は、はぁはぁ言いながら、その場にへたり込む。
「本当に良かった」
ひとつ掴めた安堵感を握りしめ、再び緊張感を纏いながら、経過を見守る。まだ連れて行かれないように引き戻しただけに過ぎないからだ。
「小さくゆっくりだけど、呼吸もできている。うん、なんとか心肺蘇生に成功したようだ」
しかし、意識は戻らない。それと身体が異常に冷たい。男は着ているシャツとたまたま持ち合わせていた布で身体をくるみ、お姫様抱っこで駆け出した。
付近でキャンプしていたらしく、テントの中の寝台に寝かせられた。
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