第15話 蘇生 〜 Sofia Awake ep1
「君、大丈夫かー」
直ぐに毛布等を何枚も重ねて、室内を暖めるようにして、身体のマッサージを始めた。といっても、どこがおかしいのか、はっきりしたことはわからないが、寒冷状況下による低体温症でもなさそうで、大きな外傷も見当たらない。
なんだか内部からの消耗が激しいように感じることと、つい先ほど心肺停止して、今は蘇生がうまくいったと思える直後だ。運んでいける医療機関など、ここにはない。
気になるのは、髪が一部チリチリしていること、頬や肩、上腕に小さな火傷跡が多数あること、それと、なぜか空から墜ちてきたように思えるのが不思議でならない。
でも空には飛行機の音などなかったし、突然草原を騒がす雑音がしたくらいか? いや、そういえば何か妙な風切り音がしたような気もする。
まぁ後で聞いてみるとするか。
そういえば、蘇生のための人工呼吸のとき、一息送り込むごとに、うっすらとだけど、髪の周りでキラキラするのを感じた。不思議な感じだった。
心肺蘇生なんて初めての体験だったけど、みんな、あの命の息吹のような、生命のバロメーターのようなものを輝きで示したりするのだろうか?
それともオレの目がおかしいのか?
でも、少なくともそのおかげで、変化を見ながらの人工呼吸だったから、どんな風に吹き込むのがちょうど良いのかわかった気がするし、蘇生がうまくいったことも実感できたので、助けられたことが確信できた。
今できることは、身体を温め、気道確保しつつ、回復を待つことで、蘇生したとはいえ、十分に血は巡っていないために身体が冷たい状態だと考えられるから、手足などを、ホントに軽くほぐす程度の刺激を与えながら、反応を注視する、を繰り返すくらいだ。
もしも気が付いたなら、温かい飲み物などで、内からも温められることと、何よりエネルギー不足を補えるように、何か考える必要がある。
あぁ、気が付くにしろ、付かないにしろ、状況の推移の記録は重要だな。時間や状態と、細かな変化もメモに書き留めていく。
時間が経つと、細かな変化の詳細がわからなくなることがよくある。
特に今のような生命の危機に関わる場合は、その詳細の違いが生死を分ける重要なファクターになりかねない。
この子は、年は高校生くらいか?
黒髪の女の子。
なんとなく日本人な気がするが、格好はヨーロッパの御嬢様っぽい気高さも感じる。
目を閉じているからよくはわからないが、顔立ちはスッとしていてたぶんかなりの美人だ。
そんな観察も交えながら、メモをとりつつ、ふんわりマッサージを続ける。
何となくだが、手足にも血の巡りが回復しつつあるように思える。
体温も計り、脈もとっている。そんなメモも残しているから、さっきより今。時間の経過による、ゆっくりとした回復の兆しが感じられる。
「よかった。この調子なら、もう少しで気が付くんじゃないか? がんばれ! 黒子さん」
名前は知らないし、特徴は黒髪だけ。だから、仮名は黒子さん。
まぁ、センスはさておき、一時的な名前なんてどうでもよいし、あったほうが便利だから、今はそれでよい。
なんだか順調に回復できてるっぼい。手足も普通に温かいし、スヤスヤした寝顔に見える。
「もうコレ喜んでいいよね?」
危機にあった命、かけがえのない命が助かったのは、たまらなく嬉しい。
ほっ、と心の安堵を感じているとお腹が空いてきた。
「よかったーっ。何か準備しようか。
『どうしておなかがへるのかな~♪ケンカをするとへるのかな~♪』」
「んーっ、今日は『とっておき』出しちゃおーかな~? ん、そーしよ、そーしよ」
なんか上機嫌な自分。ま、しかたないね。うれしいものはしかたない。
「おーい、黒子さーん。そろそろお腹空かないか? 目を覚まさないと食べられないぞー」
んふふっ。起きぬなら、匂いで誘おう、ホトトギス。
もうスヤスヤ眠っている感じなので、心配するほどの峠はとっくに越えられたと思うから、今度は食欲に訴えかけてみる作戦だ。
黒子さん、君は耐えられるかな?
パタパタパタ。
炭火に風を送る。
日本人にはたまらない、秋の風物詩、さんま。
その干物の焼き魚だ。ホントは新鮮なさんまの炭火焼きが最高なのだけど、ここアフリカじゃ入手不可能だからな。
でもとっておきの干物なんだ。
「ん、んーっ、ウン?」
少しもぞもぞした後、ムクリと上半身を起こして、目を閉じたまま、顔をこちらに向け、鼻をくんくん、としたかと思ったら、よだれがたまったかのような表情になり、グゥーッとお腹が鳴り、目をパチッと開いた。
「いい匂い~。え? ここはどこ? あれっ?」
うん、よい反応だ!
でも、あれ?
日本人じゃない?
英語でもないみたい?
うーん。
ひとまず英語で話してみよう。
「起きたか~。お腹空いただろう? 今準備してやるから、ちょっと待ってて!」
英語は通じてない?
なんか挙動不審で口をハクハクさせてる。
あ、そうだね。
知らないところで、見知らぬ人なんて、ビックリしないほうがおかしいか。
むしろ、騒ぎ立てない分、マシなほうだね。
「あっ、えーと、怖がらなくても大丈夫だよ。ここはアフリカ南部の草原で、野営してるんだよ。君がケガをして倒れていたから、ここに運んで来たんだ」
「あ、あの、わ、わたしは誰ですか?」
えっ? え? マジ? きおくそーしつ? そうきましたか。
「君は自分が誰か思い出せないの?」
「あははは、そうみたいです。何もわからないのですが、助けていただいたとのこと、ありがとうございました」
「あ、いえ。まぁ、とにかく食事しようか」
「あっ、はい。ありが……」
グゥーッ……
「ご、ごめんなさい。お腹空きすぎているようなのです」
耳まで真っ赤にして、俯き加減で恥ずかしそうに話す。
しかも、自分のお腹じゃないような話しぶりもおかしい。
「あははは、あ、ごめん。お腹の音じゃなくて、話しっぷりがおかしくて」
あ、失言だったかも? 恥じらい度がアップしたのか、顔も見えないほどに頭を垂れて、さらにうずくまる。
「ご、ごめん、ごめん。失言だった、謝る。話しにくいから、顔を上げてほしいな。それに、せっかくの可愛らしい顔がもったいないよ?」
「えっ? 私って、可愛いんですか?」
さすが年頃の女の子。「可愛い」というワードには敏感に反応するらしい。
「あ、そうか。自分の記憶が判らないのだから、顔も知らなくて当然だよね。はい、手鏡」
手鏡を手に、おそるおそる自分の顔を覗き込む。
「あーっ、ホントだぁ、可愛い。私、スゴく可愛らしいですね? 嬉しい嬉しい嬉しい。よかったぁ。わーい、カワイーカワイー♪」
「お喜びのところを申し訳ないけれど、そろそろ食べませんか?」
「あ」
慌てて口を押さえる。
これ以上ないくらい、真っ赤に火照る顔。
顔そのものも可愛いけど、そういったひとつひとつの仕草が可愛いね。
この子見てるの、なかなか飽きないかもね。
しかも、声が、発する言葉のひとつひとつが、脳裏を優しくくすぐってくる。
そしてなぜか、その言葉や仕草、ひとつひとつの挙動にキラキラが振りまかれるように見えてきた。
これは恋したときに見えるというアレなのか?
非科学的で胡散臭いと思っていた現象が今自分に降り注いでいる。
これが恋というもの?
いやいや、まさか。
まだ出会ったばかりだよ?
それでも、この不思議な神々しい状況を目の当たりにすれば思わずにはいられない。
この子は天から舞い降りた天使なのではないか?
こんな子がお嫁さんだったら、毎日昇天してしまいそうだ。
想像するだけで鼓動が高鳴ってくる。
「またまた、恥ずかしいところばかり見せちゃって、もう、私、何なのかしら?」
鼓動の高鳴りを気にしつつ、悟られないように振る舞う。
「さ、さぁ、召し上がれ」
「ありがとうございます。いただきまーす」
うん、平常心保ててる。
もう心を惑わせないぞ、と強く心を鼓舞するが、目の前にある、真新しい挙動の数々を目の当たりにすると、次の瞬間にはそんな思いも軽く消し飛ぶ。
いい! この子、スゴくいい。
見た目も振る舞いも、マジで天然の可愛さ1000パーセントだ。
ドキドキしてくる。
ダメダメ、気を抜くと顔が崩れ落ちそう。
しっかりしないと悟られちゃうよ。
「あっ、美味しい。初めて食べたと思うけど、これ、なんて魚ですか?」
「さんまだよ」
「大きくないのに、スゴく美味しいです」
不意に違和感。
あれっ? 何かがおかしい。
黒髪で黒い瞳、もしかして日本人? って思ったけれど、違う言葉を話す。
そしてサンマも知らないっぼい。
けれど、何気に箸を渡したら、スゴく上手に使いこなす。
ご飯の食べ方も、味わい方も、まるで日本人。
「君のよく知ってる言葉で、ありがとう、はなんて言うの?」
「えーと、タック、Tackかな?」
「それって、たしかヨーロッパの北側の国々で使われてる言葉だったと思うけど、もしかして、君は北欧の人なの?」
「わからない。でも何か思い出せそうなんだけど、考えようとすると、ひどく疲れるの。ごめんなさい」
「あー、ごめんごめん。今はまだ体調も回復していないのに、ごめんね。またその話は今度しようか。じゃ食べよう!」
「もしかして、これ日本食ですか?」
「あぁ、日本食というにはインスタントでごちゃまぜだけど、サンマやご飯とお味噌汁は日本食の定番だね。そうだ、自己紹介がまだだったね。日本から研究のためにやってきている、ジン イチノセです。日本人で20歳、大学生です。以後、よろしくね? 黒子さんは、何歳なのかな?」
「黒子さん?」
「あっ、ごめんごめん。意識なくて聞けなかったから、勝手に仮の名前を付けて呼んでたんだ。名前なしだと、独り言を口にするにも、何かと不便な気がしてね。『ケガして意識がないから運んできた子』みたいな呼び方、面倒でしょ?」
「あははは、ホントね。あと、うん、今は頭を回す余力がないみたい。考えようとするだけで痺れる感じがするの。名前も年も思い出したらお話しするので、今日はごめんなさい。頭も体も何もかもが空っぽな感じ。早く自分を取り戻したいな」
「あぁ、大丈夫だよ。調子悪いのにゴメンね。そういうことなら、たくさん食べてたくさん寝ないとね。それとそんなときはお風呂に浸かって、芯まで温まって、そのままぐっすり寝るのが疲労回復の秘訣だよ? ただ、ドラム缶のお風呂だから、足を伸ばせないのが残念だけどね」
「お風呂かぁ、いいなぁ。でも……」
「あぁ、覗いたりしないから大丈夫だよ。それに周りには囲いがあるし、こんなところに誰も来やしないけど、一応見張っとくし、何より露天風呂だから、夜に入ると満天の星がきれいで、すげー気持ちいいんだよ」
「うわーっ、入りたいなぁ……」
「アー、まだ問題あるの?」
「か、替えの下着がないの」
「ホントに旅行で来たとかじゃないんだね。俺ので悪いけど、タオル地のガウン。それから短パンとTシャツ。それから夜は冷えるから、スウェットパーカーとスウェットパンツ。あと足も冷えるよね? おっきいけど靴下ね。それと、水道あるわけじゃないし、洗濯機もないから、そこの盥と洗濯板と水はタンクから大切に使ってくれな! オススメはお風呂に浸かる前のきれいな温かいお湯で洗うと汚れも落ちやすいし、冷たい思いもしなくてすむ。お湯、使いすぎると、お風呂浸かれなくなるから気をつけてね。干すのはそこ。見られたくないなら、タオルとか使って工夫してね。別のどこかに干してもいいけど、鳥に持っていかれないようにね。その点、そこの干すところは網とかで工夫してるからね」
「了解です。何から何までお世話になります」
ピッと、敬礼で返す黒子さん。
「うむ」
「あ、なんか偉そう……」
「偉いもん。一国一城の主なのだ」
「ホェーッ、な、なるほど。お殿様なのか。なんだか凄いね。カッコイイかも?」
突然誉められた気がして、にへらと相好を崩す。
「え、ほんと?」
「あははは、せっかくかっこよかったのに。アハハハ、その表情、アハハハ。ごめんなさい。でも、人懐こさが満点で、好感度アップです」
タハハハ、誉められたのかな?
「あと、って、注意事項が多くて申し訳ないけど、お風呂を勧めといてなんだけど、お風呂に入れる体調なの? もし入るとしても、何かあったら助けに入る必要があるから、合図を決めるよ? ドラム缶をゆっくり4回叩いたら、緊急信号と判断して、入り口の前で声をかけるよ。そこで何かしてほしいことがあれば言ってくれ。もし何も返事ないときは、もう一度確認するから、何らかの理由で喋れないだけなら、その間に隠せるところを隠すなり、タオルを巻くなりしといてね。何の反応もなかったら、緊急事態ととらえて突入するからね。だから、無理そうなら今日は止めとくのも手だよ」
「ううん、気持ち悪いから、今日は入りたいの」
「わかった。今日は軽め、短めの入浴がいいかもね」
「うん、そうするね。いろいろ考えてくれてありがとう」
「じゃあ、沸かしてくるよ」
「お願いします」
……
「沸いたから、どうぞ」
「はーい、お風呂いただきますね」
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