第13話 留学 〜 Sofia Flapping ep2
自身の置かれる立場、取り巻く世間の現状から、王室引き籠もりを余儀なくされるソフィアの心を慰めるもの。まだまだ遊び盛りな年頃だが、自由に出歩くことのできないソフィアの目に留まるのは、ゲーム、アニメ、マンガで、特に秀逸なものを世に送り出す『日本もの』だ。
このときはすでに一族の伝説的歴史を理解し、日本人の血を引くことからも、さらに日本贔屓をしてしまいがちなのだが、贔屓目に見なくても、日本製のクォリティーは高い。だからこそ、内心で誇らしく思う自分を認めている。やっぱり日本はいい。
いつか行きたいと願う、そんなソフィアの目の前に、ふと舞い下りる日本との交換留学生の話。
「え? ……い、いいなぁ、交換留学生かぁ。私も年齢的には高校一年生なんだけど、飛び級しちゃったからなぁ。いいなぁ、いいなぁ」
これは中流家庭以上の高校生向けのため、王女であるソフィアが参加することは通常ありえない。
しかしソフィアは「通常ありえない」の言葉の向こう側にある、たわわに実る果実の存在に気が付いてしまう。
「あれ? 日本に滞在できる、ということは、ぐふふ。周りすべてがお宝ってことじゃない?」
通常、ソフィアの目に入るものは全て選別済のものだ。衣食住はもちろん、友人関係も、信用度の高い者しか近付けない。そう、すべてが管理された無菌室、それがソフィアに許される周辺状況なのだ。
そもそも、ソフィアの頭脳は優秀すぎるため、16歳にして、国内の難関大学への飛び級入学済、その大学でも、エキスパート分野以外は履修不要なほどに学習済の状態だ。要件が満たせば、大学も飛び級で卒業する予定だ。それゆえに、既に高校生ですらないソフィアにとって、留学生の資格があるのかさえ微妙なところだ。
しかし、ものは考えようだ。もしも、何かの任務を帯びる場合、学生の本分たる勉学に手一杯では為せることも少ない。ところがソフィアの場合は、異文化、異国語以外に必修科目はないのだ。これを逆手に任務さえ生み出せれば、大義名分が成り立つのだ。
国命による潜入調査のようなものだ。学歴はよしなに整えて、そこそこ優秀な成績を修めていれば、誰にもとやかく言われない。まぁ、SPくらいが付くのは仕方ないが、そこは王室ではないし、比較的平和で安全な国、日本で、他国がそれほど大袈裟な警備などできようはずがない。しかも、身分を隠して、という前提設定がここで効いてくる。静かにほくそ笑むソフィア。何か悪い顔をしているような気もするが、今は捨て置く。
そして、気付いた果実とは、次のような得難い経験ができることだ。
―・身分の垣根のない友人ができるかも? しかも日本人
― … (身分を越えて付き合える友を欲す)
―・生きた日本語を学べるチャンス
― 外交はもちろんだが、アニメ・マンガに役立つ
―・本家本元のアニメ見放題
― 何を観たいか、絶賛苦悩中
―・聖地秋葉原の闊歩と、買い物
―・和食グルメを堪能
― 寿司、ラーメン
もちろん、自国の未来のあり方を模索 (これが建前)
―・平和で安全な日本を体感
―・モノヅクリ日本の探求
―・無宗教国家の現実
―・日本との未来の交流
ちょうど良いところに両親がいた。早速、行動開始だ。
「お父様、お母様。昨日、日本との交換留学生のお話が届いていることを知りました」
「あぁ、来ていたな」
おっ、国王まで通りかかるとは。
「あっ、おじい様もよろしければ一緒にお聞きいただけますか?」
「おっ、ソフィアか。何事かな?」
「はい、交換留学生のお話です。それで、私をこの交換留学生に参加させては貰えないでしょうか? というお願いなんです。それを妨げる要因として、私が王室の一員であり、通常であれば大掛かりな警護を必要とすること。そもそも王室からの参加が許されてはいないのかもしれません。私は年齢では高校一年生ですが、飛び級で既に大学生であること、などがあるのは存じています」
「うむ。そこはわかっているのだな。続きがあるのだろう? 述べなさい」
「はい。私は王室の中からこの国を見つめてきました。今は国中が比較的、穏やかな暮らしを行えていると思います。世界的な風潮もありますが、それはおじいさまや先代のご尽力の賜物であると思っています」
おじい様はニコリと微笑む。掴みはOKみたいだ。ソフィアは話を続ける。
「私はこの国と、今の平穏な状況を大変好ましく思っています。しかし今、世界はゆっくりと、そして確実に、大きな変貌を遂げようとしています。当たり前の話ですが、人は、その瞬間、その場所に、唯一の個体として存在しています。交通機関の発達により、飛行機などで遠く離れた場所に行くことが可能となってきました。どこに行くにも時間が掛かっていたものが、比較的短時間で遠くの人にも会うことができるわけです。しかし、それでも人は時と場所に
まだまだ反応は平静だ。このままの状態が保持できればよい、っと話を続ける。
「しかし、常に国民と共に在りたい、国王を始めとする王室にとっては、国民との対話を至急行いたいと思うなら、速くなったとはいえ数十カ所の移動だけで何日もかかることを考慮する必要があります。人は時と場所に
まだ反応は平静だが、なんとなく「何を当たり前なことを?」みたいな表情にも見えなくはない。ここから気を引き締めて話さないと、っとソフィアは話を続ける。
「ところが、今より先、文明の発達は一気に加速していきます。交通なども発達するでしょうが、大きく変動するのは通信世界です。さらなる発達により、これからの電話は家から人の手に、どんどんシフトしていくでしょう。そしておそらくテレビも。テレビ電話もひとつの形ですが、おそらくもっとすごい変革が訪れるとみています。それがどういうことかおわかりいただけますか? 時と場所に
おじい様の口から「なるほど。しかし、そ、そうなのか?」っという呟きが小さく零れ、顎に右手をやり、少々視線を下げて考え込む姿勢になる。構わず説明を続ける。
「そのためには何が必要か。新しい社会に適応するための先進的かつ強固な通信インフラ整備が必要です。そのための人員育成も必要です。また新しい社会での労働基盤となる社会環境も必要です。私たちの国が、今までの漁業や林業だけでなく、国民全体が豊かになるための新しい産業を根付かせたいとも、考えています」
お父様がピクリと反応を見せる。もしかしたら近い考えを持っているのかもしれない。
「それにはいろいろな方法があると思いますが、今考えているのはエンターテイメントです。そのひとつは、金髪碧眼の超絶スタイルの美男美女や美しく響かせるシンガーがこの国には多く埋もれていると思っています。彼らがモデルやシンガー、アイドルとして活躍できる環境を整え、世界に飛躍するようになれば、外貨も多く獲得できるようになるでしょう」
お父様の思惑とは重ならなかったようだが、お母様が急に反応を見せる。ニコニコし始めたのだ。お母様には嬉しい話題だったかな?
一方、おじい様の目が点になっている。理解してもらえるかどうか、ここが肝になりそうだ。
「もうひとつは、アニメーションやマンガです。ここまででお気付きになられると嬉しいのですが、わが国に必要と考えたもの、その答えはすべて日本にあると思っています。日本国民の人間性や素養の高さもさながら、資源の少ない日本が経済大国となりえたのは、その技術水準の高さと真摯な精神性にあると考えています。またアニメやマンガは、世界的には子供が観るものといった嘲笑を含む低評価も多いですが、実際の日本の中では、子供から大人まで楽しめる、あらゆるジャンルでの土壌がどんどん育っていってます。おそらく10年後、20年後には一大産業となって世界を席巻することでしょう。世界が気付いていない今、わが国でも推進するなら、日本以外の諸外国に先んじて、やがてはわが国の一大産業にもなりえるものなのです」
お父様もお母様もおじい様も、少し目の開きが大きい、少し意表を突けたようだ。なかなか海外の、特に年嵩の世代から理解されにくい話題なのだ。この説明でどこまで理解を得られるかが鍵かもしれない。
「そしてもう一つ、おじい様、お父様がご存知かどうかはわかりませんが、お母様と私には、遠い過去の時代に日本人の血が混ざり、それ以降、先祖代々、その優秀性を継承してきたと思っています。その血筋ゆえか、日本人に根付く感性の在り方が他の民族と異なることを肌で感じています。今、その血筋を受け継ぐ私の前に、舞い降りる、日本との交換留学生。まさに我が国の明るい未来を照らすための、運命の分岐点にあるのではないかと思わずにはいられません」
なぜだか、妙に説得力があったように感じるこの話題。もしかして「頓珍漢な話の根底はそれなのか?」というような腑に落ちる心情でもあるのだろうか?
「わが国の未来に向けて、次のことを学び取り、肌で感じ、わが国にどのように活かせるのか、その足掛かりとなる第一歩として、お忍びにて、交換留学生として日本に行ってみたいと考えました。
―・平和で安全な日本を体感
―・モノヅクリ日本の探求
―・無宗教国家の現実
―・日本との未来の交流」
「私は飛び級にて高校生ではないですが、国家を隔てている以上、詳細は先方にはわからないだろうし、必要ならば、一時的にどこかの高校に編入するでも良いです。大事なことは、私は16歳で誰の目にも実質、高校生に見え、留学生としての成績も特に心配はない、ということと、その分、目的に邁進できるということです。また、この調査はお忍びである必要がありますが、日本はとても治安が良いため、警護も最小限で問題ないと思います。是非ともこの機会を私にいただけないでしょうか?」
言いたいことは全部言えた気がする。お三方、さぁ、どのような反応をくれるのか?
「おぉ、ソフィアよ。さすがは私の孫娘じゃのう。そこまで我が国のことを考えてくれていたか。うん。確かに美男美女は多いが、アイドルとは日本式のキャピキャピしたアレじゃろう? 我が国で成功するようには思えぬがの」
「あぁ、おっしゃる通りで、アイドルに関してはそのまますぐには成功しないでしょう。それはまだこの国の人たちには感受性が不足しているからなんです。仮にそれを説明しようとしても、おそらく大半は理解不能でしょう。それゆえに、アイドルに関しては、国内ではなくアイドルの本場である日本で特訓して、デビューして日本での上位を目指してもらいます。アイドルになる側も根本的な心構えから叩き直さないと絶対に日の目を見るどころか、デビューすらできないと思います。チャラチャラしているように見えて、かなりシビアでハードな世界なんです。まずはアイドルとなる人たちが日本の文化に溶け込めるかどうかが鍵です」
お父様もお母様も、ソフィアが現実を見据えたうえでの提案であることがわかってもらえているのか、聞きながら頷きを返してくれる。うれしい反応だ。おじい様の瞳からも険しさがなくなってきたように見える。いけそうかな?
「そうして日本で活躍できる人材が育つ頃には、我が国の国内から少なからず応援する者たちやメディアを通して、ゆっくりと国内の人たちに浸透していくと思います。もしも日本である程度名声と人気を得ることができるようになってきたら、逆輸入方式で国内でも理解が進むと思います。マンガやアニメも同じで、すぐには正当な理解を得ることは難しいと思います。その魅力は理屈で説明できるものではないのです。時間をかけてゆっくりと浸透していった先に、ようやく日本人の感じ方が理解できるようになるのです」
「そういうものなのか?」
おじい様の瞳が大きく開き、思わず言葉を漏らす。
「えぇ、なかなか日本人の中に眠る本質的な良さ、凄さは、理屈では語れないのです。個々の日本人の能力が凄いかどうかは別ですが、おそらく長い歴史の中で培われ育まれた素養のようなもので、本人たちも意識しない感性のようなものが潜在しているように思います。時間をかけた先に、あぁ、そういうことなのか、という理解に行き着くことができるかもしれません。ほんの些細な違いに思えるようなことなのですが、そう簡単には理解できない、悟りの境地みたいなものかもしれません。少し大袈裟かもしれませんが。あぁ、簡単に言うなら、日本人の感性に対してそれ以外の国の人の感性は大味、というか雑なんですね」
おじい様の瞳から、ひとまずの納得は得られたようで、言葉を返してくれた。
「そうか。なんとなく理解したから、交換留学生として参加しなさい。より具体的な結果が報告されるのを期待しているよ。そのほかの、通信基盤や労働基盤、日本との協力体制の実現可否、それからものづくり日本の現状など、可能ならば情報を得て来てほしい。ソフィアの考えるわが国の未来構想、少しワクワクしたよ。ありがとう。まだまだ私も死ねないな」
やったぁ、偶然通りかかったおじい様だったけど、一緒に説明できて本当に良かった。
「ありがとうございます。私も思うところをお話しできて嬉しいです」
「良かったな、ソフィア」
「ソフィア、良かったわね。でもあなたのことだから、きっと他にも狙いがあるのだろうけど、まぁ、いいわ。無理は禁物よ。楽しんでらっしゃい」
「お父様、お母様。ありがとう」
N国の未来の一角を担う王女としては、建て前を前面に押し出し構築した理論武装により、心の内では、これまさに運命とばかりに心を踊らせながら日本留学を推し進め、見事勝ち取るソフィアだった。
それから数日のうちに、交換留学生の担当者にコンタクトし、他の交換留学生の選出から、旅程、予算、学習要項、その他の計画全般について、担当者と議論を重ね、担当者以上に担当者らしく取りまとめるソフィアだった。
その頃、水面下で情報を細かく掴むV国調査員たちは、日本行きの情報を当然キャッチする。スパイ天国に等しい日本ならば、接触や連れ去ることも容易であることから、日本を舞台に作戦を練っていくV国調査員たち。
そして移動日の2日前、外交上の都合でイタリア滞在中の留学同行予定者が帰国してから合流する予定だったが、とある事情で帰国できなくなった。
それならば、とソフィアがイタリアで合流するよう調整し、即訪伊することになった。ソフィアはイタリアでも遊びたかったらしく、胸を躍らせながら、意気盛んにイタリアに向かった。
そんな急な予定変更にも柔軟に追従するV国調査員たちだが、一人を除き、同一便への調整はかなわなかった。イタリアへの国賓級VIP一行の集団が座席の大半を占め、空席にも余裕がなかったため、ソフィア一行でほぼほぼ満席となったようだ。しかし行動予定は把握しているので問題ない。しかも一名だけでも繋ぐ者がいるなら、もう完璧だ。そう確信するV国調査員たち。
そうしてソフィアたちは意気揚々とイタリアに向かう。
しかし、ソフィアたちを乗せた飛行機がイタリアの空港に到着する直前の最終進入経路上でそれは起こった。
バーンと大きな音が轟いたあと、機体が大きく傾き制御を失う。
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