第2話 ヴェール
「ママがきらきらしてるって言ったけど、じつはマコ、生まれてすぐのころから、みんながうっすら光って見えることがあるんだ」
ある日の昼下がり、マコトはそんなひとりごとを呟きはじめると、思考は膨れ上がり止まらなくなる。思考するだけでは収集がつかなくなるため、大事なところや取りまとめる部分を、マコトは言葉にして声に出すことにしているようだ。
「光ってる、というより透明のフード付きの服を着ているような感じかな? あっ、そうそう、そういう感じの膜みたいなのをヴェールって言うんだよね」
―― ヴェール? 膜? 何か別の言い方があったような気がする。
―― 確か何かのアニメで出てきたような……?
―― まぁ今は思い出せないからひとまずヴェールでいっか?
―― 元気な人や、そのあたりで暗躍している小さな虫からさまざまな大きさの動物まで、だいたいうっすらとしたヴェールをまとっているのがわかる。
―― しかもうっすらと色もついているように感じて、色にもいろいろあるけれど、なんとなくその生物の種類で違いがあるように感じられるんだよね。
「元気そうなほど、濃い色に見える気がする。ううん、目を閉じてもなんとなくわかるから「感じる」というのが近いのかな?」
「だから、鬼ごっこなんかしてもすぐに見つけちゃうから、みんな不思議がってたなぁ。あっ、これズルなのかもしれないけど、誰にも言えることじゃないし、今のところは内緒の話ね」
「でも、虫や動物がたくさん潜んでいる草原や森なんかだと、見える景色がうるさくて、その分、探すのが大変なんだけど、虫や動物や人は、それぞれ色でなんとなくな判別ができるっぽい」
ここは市街地から遠く離れたアフリカの草原地。猛獣などに出くわすことも少なくない。遠目には獰猛かどうかの区別が付きにくく、だだっ広い平地の草原ゆえに、遠近感も狂いやすい。
大きさとその移動によるこちら側に映る視界の上下左右の変化量だけで判断していると、小さめの猛獣が高低差も少なく真っすぐに向かってくる場合など、なかなか接近に気付けないこともある。
飛行機や船の世界では、このような状況をコリジョンコースと呼ぶことをマコトはジンから教わっている。見た目の位置が変わらずに大きさがゆっくりと大きくなり、気付いた時には回避不可能なくらいに接近して起こる衝突事故は、けっこう多いとのことだ。
「いきなり近くてびっくりすること。うん、わかる。左右に位置の変化が見えないと、移動していないと思ってしまう。それでも高いところから見えるなら、見た目の上下で変化するからわかりやすいけど、地平線が見えるほど何もないサバンナじゃ、高低差がほとんどないから、遠近の変化がつかみにくいよね」
―― でも危険を予測して気を張っているなら、向こう (猛獣たち? ) が気付くよりも早く遠いところで気づけるから、ふしぎそうな目をする友だちを引っ張って、危なかった場面もひとまずセーフ。
―― 後からキケンだったことがわかって幸運だったぁ、って、みんな喜んでいた。
―― 運じゃないけどね。うん。
―― まぁ、ツキのある女の子、的な安心感がなんとなく持たれたようで、うん、悪くはないかな?
「話は戻って、ママだけはそのヴェール?」
「というかまるで後光?」
―― アニメに出てくる神様なんかの後ろピカーッ、みたいなやつ。
―― それが、とにかく見慣れないと眩しいくらいの大きめの強いヴェールみたいなの。
「そんだけ強いからかなぁ、マコのいうヴェールが見えていないらしい普通の人? たちにも、たぶんヴェールが見えなくても、なんかまばゆさみたいなものが零れるのかなぁ?」
―― 「なんかキラキラしている」ように見えるらしくて、男の人だったら、たいていの人は一目惚れしょーこーぐん? にかかって、その後がいつも大変なんだ。
「キラキラ見えたのを「恋」って勘違いしたり、初めて見るキラキラの感動が目に焼き付いて夢にまで見ちゃう人もいるらしく、「運命」だとか言い出す人も後を絶たないんだ」
―― まいっちゃうよね~まったくぅ。
―― 私のママなんだからねっ、エッヘン
「ママの場合、強い光なんだけど、今は少し慣れたからかなぁ、無意識にサングラスをしているみたいなイメージで感じていると、ママがいることはわかるけれど、眩しくて見えないということもなくなった」
―― それでも他の人よりも少しだけ強くキラキラを感じられるみたい。
―― だから、ママが視界に入ると、うっとりしちゃう毎日で、ママ、まま、大好き~っ!
―― 目に見えないくらいのちっちゃなたくさんのキラキラが集中砲火でやってくる。
―― 今までは、そんな程度に思っていたけど、
「ふと、自分と他の人との違いが、ある時を境に気になり始めたんだよね」
―― たぶん気持ちが不安なときや高ぶってるときかな?
―― とにかく気持ちが落ち着いていないとき、他の人たちが、イコール、ふつう、だと考えると、それとは違う自分、イコール、ふつうじゃない、イコール、異常? みたいな図式が浮かび上がって、脳裏に焼き付いたように、そこからは、ふつうじゃないことをいろんな人から揶揄される妄想が繰り返される。
―― すると不安が不安を呼び寄せるように、その頻度は日に日に増していくみたいで、すっかり泣き虫がふつうの毎日になってしまっていた。
―― ただそんな気持ちのときに、
「最近になって、耳の奥なのか、頭の中の片隅なのか、でもどこか遠いところからのような、何か語りかける声みたいなのが、聞こえてくる、ような気がする」
―― 気がする、というのは、自分に起こっていることだけど、まったく確信が持てないからだ。
―― とても遠いところからのように、その声らしきものはとても小さく、息を吐くだけでかき消されそうなほどにか細い。
―― 聞き取ろうと耳を澄ましてみたものの、何を言っているのかわからない。
―― どこかの外国語なのか、自分の理解できそうな声? 音? はひとつも脳内辞書にヒットしない。
―― そもそも言葉なのかもわからない。
―― けれど何かピンチなとき? 急いでいるときにどっちか迷ったとき? その声らしき囁きが発動することがある。
―― もちろん何を言ってるのかはサッパリなのだけど、選ぶならコッチにしろ、みたいな意識が伝わることがあった。
―― なんだろう? そんな言葉が聞こえているはずはないのに、その指示に操られた感覚だ。
―― そして、たまたま、その選択しなかったほうのその後を知る機会があって、倒木で道が閉鎖されて大変だったり、手負いの猛獣が暴れていたり、そのいずれの状況も、もしもそれぞれに関わっていたりしたら、そのときの目的である大切なことが失われていたかもしれないことに思い至る。
「もしかして、この囁きの正体はよーせいさん? なのでは?」
―― よーせい語だから、マコにはわかるはずがないし、大事な部分では意識に直接語りかけてくれたから理解できたのかな~?
―― もしかして、このよーせいさん? はマコの運命の少し先が見えていて、教えてくれているのかな~?
―― そうだ、きっとそうだ。そうに違いない!
「よーせいさん? については他の人に聞こえないものが聞こえるけど、あまり聞こえないレベルだから、それほど気にならないし、マコの味方成分? が高そうだからなんか大丈夫そう」
「けれど、他の人には見えないものが見えるのは、見ないようにはできないし、目には色盲とか、白内障とか、違う見え方のするいろんな病気もあるらしいし、その他には精神作用からくる幻覚なんかもあるから、かなり不安視してしまう」
「うーん、やっぱりなんかおかしくない? 目の病気だとか、せいしんいじょーっとか言われて、びょーいん行きになったらどうしよーっ!!」
「原因不明のウィルスとかで、じっけんざいりょー? にされたり、ウイルス駆除とかで、焼かれたりとかないよねぇ? どーしよーっ! こわいー、やばいー、ママ助けてー!!」
―― 近頃のママは、パパのお手伝いが忙しいらしいのと、いろいろなすれ違いも重なって、ほとんど会話することがない日が何日か続いた。
―― よりによってこんな不安な心持のときは誰かにそばにいてほしいものなのに。
―― こんなときはよーせいさん? でもいいから話しかけてくれるといいのだけど。
―― まぁ、言葉わかるわけじゃないけどね。
そうやって、マコトが一人で考え込んでいると不安ばかりが膨れ上がるのか、ぐすぐす言いながら、眠れない夜を何日か過ごした。
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