第7話 出国

 波乱を含みながらも無事産まれ帰宅し、新たな3人家族の生活が始まる一ノ瀬家。


 可愛らしくも賢い資質を秘めたマコトを養育していくことになるが、別の特殊な資質を備えることから、物心つくまでは安心できない日々を送ることとなる。


 その特殊な資質とは、生まれたばかりなのだが、既に魔力を有し、魔法を発動できてしまうということで、誰に教わることもなく、眼の前に発動された魔法があればそれをイメージ的に感じ取り、模倣再現できてしまったり、自身の感情の昂ぶりから予期せぬ魔力が行使されたりなどだ。


 そのような状況にあったため、迂闊に人に会わせることもできないが、成長の過程において、友達などとの人間関係育成やそれにより見込まれる成長なども幼児期に欠かせないものだ。関わりはそれだけでは収まらない。幼児期に受けなければならない予防接種や健康診断などをはじめとする社会が管理するものも多く、外部と途絶する環境での養育は現実問題として不可能なことでもあった。


 ジンとソフィアは、そのような理由から、可能ならば世間から秘匿しながら養育したいところだが、それが不可能な部分では、最低限の関わりとするよう注意を払う必要があった。


 また現在日本に居住しているが、ジンがソフィアと結婚するにあたり、ジンの家族、特に親に対して、事前におおよその情報は伝えるべきところだ。しかし、少なくとも、何段階もの他者の手を介する昔ながらの伝達手段に委ねることはできない。ソフィアの素性を曝すわけにはいかないのだ。伝えられない特別な事情ゆえのことだが、直接会って話すまでは、仕方なく情報を伏せて伝えることにした。


 一ノ瀬家の親兄弟にソフィアを紹介する日がやってきて、家族に引き合わせようとしたところ、素性不明を理由にジンの父親から言い訳無用の頭ごなしの猛反対を受ける。直前まで調査はしていたのだろうが、一ノ瀬の調査網をもってしても核心には近付けなかった。明かせぬ素性にあらぬ疑惑を持った父親は、頑固すぎる性格も手伝い、その後も取り合うことはなく半ば親子絶縁のような状態で実家を飛び出しソフィアと結婚したという経緯がある。一ノ瀬の一族は日本でも有数の名家であり、それに睨まれた状態ではまともな生活すら困難となるのだ。


「すまないな、ソフィア。うちの事情に巻き込む形で、まさか生活がここまでままならないことになるなんて、想像もしていなかったよ」


「ううん。元はといえば、私側の事情から起こってることだし、そのせいであなたの家族間に大きな波風を立てることになってしまったのだもの。私の方こそごめんなさい。でも大丈夫よ。私、逆境にはけっこう強いほうだから安心してね。あなたがいて、可愛らしいマコちゃと過ごす毎日。わたしは、ううんマコちゃも。わたし達は、幸せを十分に感じているわ」


「そうか。うん。ありがとう。いつか誤解を解けたなら、キチンと家族に紹介させてもらうよ」

「うん」


 そのような経緯から、目の届かない所に住まい、目の届かない病院を探し、出産にこぎつけた状況だった。今後も実家からの支援は受けられそうにないことは当然で、引き続き情報網を搔い潜りながらの生活が余儀なくされる、という状況でもあった。


 ジンとソフィアが出会い、ジンの仕事場所でもあったS国に移るという考えもあるにはあったが、出産から幼少期までは、安全性や利便性、生活基盤への技術的信頼性などを含め、何かあっても安心できる日本に居住することを選択していたのだった。


「まぁ、そうね。いろいろとうまくいかないことも多いけど、さすがはわたしが夢見るほどに来たかった日本よね。食べるものはこぞって美味しいし、いろいろなコンテンツが選り取り見取りなくらい豊富だから、引き籠もりには優しい世界。なによりも安全なのが安心よね。食べるだけじゃなく、病気なんかもそうだけど、いろんなことが便利にできてるし、どこに行っても最低限の清潔さとマナーが行き渡っているわ。それに遊園地。わたし、大人になってからも遊園地でこんなに楽しめる社会があったなんて、ちょっと感動したのよね」


「引き籠もり? あ、そうか。王室から出られなかったんだっけ? あー、それと遊園地ね。そうだね。今の時代は老若男女が楽しめる風潮に変わってきているからね。それにしても、良いこと言うね。引き籠もりに優しい世界。だからこそ、今のようなマコトの状況だけど、夢中になってのめり込むから、そしてそれが一般常識や知識習得に繋がってるからこそ、育てることになんら不都合もない。マコトもオレたちも、そんな優しい世界に救われているのかもしれないな」


 生まれてからの数年間だが、幸いマコトは驚くほどさとく、日常会話程度なら、生後半年経過したあたりから既に身に着け始めていた。


 この頃、急激に市場拡大し膨大なコンテンツが揃うようになったレンタルビデオ業界が好調で、通常のテレビ番組のほか、レンタルビデオを最大限に活用することになる。


 そして元々好奇心の強いマコトだったからこそ、自ら望んでどっぷりと引き篭もる幼少期を送ることとなる。それは子供向け番組に止まらず、教育番組に始まり、アニメーション、ドラマ、映画などさまざまなジャンルを幅広く視聴する。これに付き添うソフィアもネイティブ日本語の習得につながることになる。


 マコトの場合、ただコンテンツを楽しむのとは少し異なり、その記憶容量が果てしなく大きかった。このため、視聴を重ねるほどにさまざまな知識まで蓄積していくことになる。結果、まだ小学校に入るずっと前の状態にもかかわらず、少なくとも中学生レベルの会話や学習知識なら、特別深くはないが広く満遍なく吸収するまでに至ることとなる。


「ソフィア? マコトはテレビに、いやビデオに、といったほうが適切なのかな? ずっとかじりついてるみたいだけど、大丈夫なの?」

「ん? 何を心配しているのかしら? 目が悪くなるとか?」


「ああ、心配してなかったけど、そういえばそういうものもあったね。オレが心配しているのは、最近のいろんなコンテンツは色とりどりで人によっては眩しすぎるからか、神経に支障を来たす場合もあるみたいだからね。それとソフィアが言うように視力が悪くなったりとか? 特に近頃の子どもについてはそこら辺を問題視する意見もあるみたいだしね」


「あー、それならきっと大丈夫よ。私の小さい頃も似たような境遇だったから、同じような心配もされたけど、今の私は、色彩も光量も特に悪い影響なんか受けてないし、視力もかなりいい状態を保ててるわ? あなただって、目は良いほうでしょ? だからマコちゃもきっと同じで問題なさそうよ」


「そう。まぁ、それなら問題ないのかな? それはそうと、マコトのあの集中力は半端ないよね。一度見始めると周りの様子がまったく気にならないのか、オレが声を掛けてもまったく動じないんだよね。最初は無視しているのかとも思って少し落ち込んだりもしたけど、どうやらかなり夢中になって気付かず観ているみたいなんだ」


「あはは、それね。マコちゃはどんどんいろんなことを吸収していっているみたいで、一つ観終わったら、その内容を一生懸命に話しかけてくるのよ。セリフの一字一句や情景の絵面は全て頭に入っているみたいで、理解できなかったところや疑問に思ったことを聞いてくるの。それはそれは凄い記憶力よ。真剣に観ていなかったら私も答えられないくらいね。まるでスポンジのように吸収していってるわ。きっとコンセントレーションという分野の能力がずば抜けて高いのじゃないかな。私も記憶力は良かったほうだけど、マコちゃの場合はDVDの内容が全て頭にインストールされたとでも言えるくらいよ。この細かさはあなたの血なのかしら?」


「細かい、といわれる部分は、突き詰める、という感じのオレの中の特性のような気もするけど、全体を丸ごとなんて、包括的な能力はオレにはないなぁ。そこはきっとソフィア側の血筋なんだろうな。それと、なんかマコトのそんな能力は、この時代にピッタリマッチしている気がするな。昔はビデオなんてほとんどなかったに等しいから、今の何でもコンテンツ化が進んでいて、何よりもレンタルで様々なコンテンツがよりどりみどりだもんな。もしも大昔だったら、そんなソースとなるものは存在しなかったわけだから今のような学習機会もなかったわけだ。マコトはこの時代に生まれるべくして生まれた、まさに時代の寵児なのかもしれないな」


「あー、そうなのかもね。時代の寵児かぁ、いいこと言うわね。俄然、マコちゃの将来が楽しみになってきたわ。うふふ」

「そうだな。オレもだ」


 マコトが3歳になろうとする頃、ふとしたことから一ノ瀬家の情報網にマコトの存在が捉えられる。親子の関係は断絶していても、孫の存在は愛おしく思うのか、復縁が持ち掛けられ、引っ越しとともにマコトは一ノ瀬の一族配下にある私立の名門幼稚園に通うこととなる。


 そこは一ノ瀬家や同等の財閥家系の幼児が通い、その親同士の関係性において、おのずとカーストが形成される状況であった。当然、親同士の力関係は、ごく自然ともいえる形で園児同士の関係性にも波及していた。


 ジンは仕事でS国と日本を行き来しており、ジン不在の間はソフィアが矢面に立つこととなる。そして親子間で断絶していた経緯と、素性のしれないソフィアとの関係性を秘匿するため、ジンの幼稚園関与を禁じ、幼稚園での関係性はカーストの最下位に位置することになる。


 それでも賢く要領のよいソフィアは元々の育ちも実は高貴なものであったため、カースト上位からの嫌がらせを受けるようなことにはならなかった。大人同士であれば、押すところ、引くところ、かわすところを使い分け、うまく立ち回ることができるのである。


 しかし、思慮の浅い園児たちはそうはいかない。そして物事をよく見抜き、大人的な常識基準がなんとなく身についているマコトは正義感も強い。


 浅慮な園児の関係では無慈悲な力がまかり通る。弱者の立ち位置にある気の弱い園児ならばイジメの格好の的となるのは必然で、そんな真実を目にすれば、当然のようにそれを正そうとするマコト。


 しかし、カースト上位に位置する園児ならば、傲慢に育ったからか、意に沿わないものは何が何でも許さない。それを押し通そうとするところであらがうように立ち向かうマコトは、昂ぶりから魔法を発動しそうになる。


 そんな状況を察知したソフィアにより最悪な事態は免れるが、何か得体の知れない異常に気付く周囲の母親がじわじわと騒ぎ立て、次第に騒動へと発展しそうになる。


 そんなところにS国から戻ったジンにより、大人同士のいざこざを平定に導くが、晴れない疑惑が残ることや今後のことを踏まえ、S国に離れることを決意する。


 そうして、一家三人で半ば逃げるようにS国に移り住むこととなる。

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