第11話 僕、彼女の秘密を見つけちゃったみたいです

 部屋の確認を続け、次はリビングを抜けダイニングに入る。

 ダイニングも広く、左手にはカウンターからキッチンが見える。キッチンの反対側は掃き出し窓があり、外はバルコニーになっていた。さらに正面には洒落た階段が壁に沿ってついており、階段下はドアとキャビネットがあり、階段の上にはドアが3つ見える。

 あまりにデザイン重視というか、おしゃれに作られ過ぎていて、ドラマのセットのようで現実味が薄い。これが今の自分の自宅だというのだから嬉しいというより眩暈がしてくる。


(とりあえず掃除出来るところを探そう。)


 ダイニングの中央は食事時はいつも使っている8人掛けのダイニングテーブル。2人暮らしには大きすぎる。一人暮らしだった福江さんがどのくらい使っていたかは分からないが、ホームパーティーも余裕だろう。床は作業部屋とはまた違った色味のフローリング。床の掃除は掃除機やフロアモップ、テーブルはダスターや使い捨てクリーナーで拭けば良いか。


 バルコニーに目をやると、そこもなかなかの広さで、4人掛けのテーブルくらいなら余裕で置けそうだ。あるいは物干し台を設置するとか、プランターで野菜を育てるくらい出来るかもしれない。もっとも、想像はいろいろ出来るが、今は人工芝が敷き詰められているだけで何もない。


 階段の下のキャビネットにはインテリアが2つ。球体状の鳥籠らしきものは中身は空で、もう一つはカラフルな瓢箪。自分には何なのかさっぱりわからないが、福江さんの趣味なのだろうか。埃が積もった様子もなくきれいになっている。

 引き出しを開けて見るが、中は救急箱に痛み止めや風邪薬、絆創膏なんかが入っているくらいで他は何も入っていない。


(こっちはあんまり使ってないのかな。)


 玄関からお風呂場、作業部屋やクローゼットの生活感に比べて、ダイニング周りはほとんど物が置かれていない。こう言ってはなんだが、正直整理整頓が出来ているとは言い難い使われている部屋に比べると、こちらはきれいすぎる。なんというか部屋を持て余している感じだ。


(キッチンはどうかな。料理とかしてるのかな。)


 この部屋に来てから彼女がキッチンに入るのを見たのは、ワインを取ってくる時くらいか。彼女は家でもまるで水のようにワインを飲んでいた。

 自分も水を飲みにキッチンに入ったことがあったのだが、その時は特に周りを見ていなかった。もっとも、やけにきれいで広いキッチンだとは思ったけれど。


 カウンターの横からキッチンに入る。カウンターの端に、縦長のグラスに水と日曜日に自分がもっていた赤いバラが入っている。花は持ってきたときより大きく開いているが葉っぱは元気がない。来週までは持たないだろう。

 入ったところの横にはドアがついている。玄関から入った廊下にこちら側へドアが付いていたので、もしかしたら繋がっているのかもしれない。


 カウンターの裏側は広いシンク。コンロはIHで4つ口。備え付けで大型のオーブンレンジと食洗器、計量できる米びつがある。その周囲にいくつもの収納。

 反対側には高い位置に採光用の窓があり、その下に大きな収納台。そしてこちら側にもドアがある。収納台の上には炊飯器と電子レンジ、ホームベーカリーまである。その隣には大きな冷蔵庫。床にも収納らしき四角いミゾと取っ手が埋まっている。

 どれも油や水垢、手垢等の汚れが全くない。というか、どれも未使用の新品に近く見える。いや、電子レンジは使われているようだが、炊飯器とホームベーカリーはコンセントすら挿されていない。


(これって全然料理してないってことだよね。)


 彼女が料理をするのかは分からないが、少なくともこの3日で料理しているところは見なかった。

 一応、キッチンの収納に何が入っているか確認してみる。


(空ってことはないよね……。)


 さて、片っ端から中を見ては閉めてを繰り返していくが、予想外にぎっしりと詰まっている。

 白い洋食器やガラス食器のセット、和食器のセットは重箱まである。上品な花の絵が描いてあるティーポットにティーカップのセット。自分は本でしか見たことのなかったアフタヌーンティースタンド。グラスもワイングラスや小さなグラス、ジョッキ等様々。さらに氷入れにトング。陶器の徳利やお猪口、湯飲み茶碗や急須。銀製かは分からないが食器のセット。塗り箸もセットで何膳もある。

 食器類だけではない。調理器具も、各種鍋やフライパンのコーティングされたセット品。包丁のセット。果物ナイフやパンナイフ、ピザカッター、キッチンバサミ等の刃物セット。ボウルやザルのセットに計量カップやスプーン類。土鍋や圧力鍋まである。さらにミル付きのコーヒーメーカーにスライサーやフードプロセッサーもある。


(これはすごいな。でも……。)


 そのどれもが見事に未使用。というのも、間に保護用の紙が挟まっていたり、セット物や家電の一部は箱に入って開けられていない。仕様された形跡があるのは、ワイングラス、小皿、フォークやスプーンくらいか。マンション備え付けである程度用意されていた可能性もあるが、どう考えても多すぎる。


(あとは冷蔵庫と床下収納かな。)


 冷蔵庫を開いてみたが、実にガランとしている。チーズとハムがいくつか入っているだけで他には何も無い。冷凍室も空で、製氷機も空になっている。次に床の取っ手を引き上げてみると、思った通り収納になっていて、小さなハシゴで中に降りられた。人一人がやっと入れる程度の収納だが、中には高さが1mぐらいのワインセラーがあり、ワインが隙間なく入っている。


 (食事は外食やデリバリーばっかりって言ってたから、自分で用意するのはワインとおつまみだけってことかな。せっかく調理器具もあるんだから、少し料理してみてもいいよね。)


 実家で多少は料理したことがある。といっても、父との二人暮らしで、ご飯は炊飯器で炊くものの、おかずはほぼお店で買ってきたお惣菜だった。父もたまに料理をしていたので、自分が料理をすることはほんとうに稀だった。そのせいで簡単な料理しか作ったことがないし、食べるのも自分と父だけなので味もそこまでこだわったことはなかった。


(レシピを調べてその通りに作ってみよう。とりあえず今日は簡単に出来そうなやつで。)


 彼女は手料理を喜んでくれるだろうか。料理もレシピを調べるだけではなく、誰かに教わりたいとは思うが、とりあえず出来るところからやっていこう。そう決意してキッチンを出た。


(あとは上か。)


 ダイニングにある階段を登り、最初のドアを開く。それなりの広さの部屋に小さめ、というか普通のシングルサイズのベッド。メインの寝室のベッドが大きすぎるせいで妙に小さく見えるがそんなことはない。あとは木製のシックな作業机と椅子に、備え付けのクローゼットがついている。


(ゲストルームって感じかな?)


 小物類が全く置いていないし、ベッドの布団やシーツもシワ一つないので、まるでホテルの一室にチェックインした直後のよう。試しにクローゼットを開くが、ビニールに入ったバスローブが一つ置いてあり、何も掛かっていない木製ハンガーが3つほどハンガー掛けにあるだけだ。

 部屋を出て隣のドアを開くが、家具の配置がさっきの部屋と左右対称なだけの同じ部屋。クローゼットの中も同じだ。


(誰か泊まりに来たりするのかな?子供が産まれたらその子の部屋にしてもよさそう。)


 おそらくハウスクリーニングで掃除してくれているのだろうが、それを考慮してもきれいすぎる。ほとんど使われていないのだと思う。

 最後に残った部屋も開いてみると若干配置が違うものの同じような部屋だった。


(これでほとんど周ったかな?いや、廊下のダイニング側にあったドアと階段の下にもドアがあったよね。キッチンにもあったし、もしかしたら廊下でつながってるのかもしれないけど。)


 階段を降り、下にあるドアを開く。案の定廊下がキッチン側へ続いている。正面と廊下の続いていない右手にドア。取り合えず右手のドアを開くと、立って入れる1部屋分といっていい程の広めの収納スペースがある。


(あれ?これって……。)


 電灯のスイッチを入れ中に入ると、収納スペースにこれでもかとダンボールが積んである。どれも少し色あせた引っ越し屋のマーク付き。マジックで「試作」や「デザイン帳」という表記に年数らしき数字が書かれているが、それも色褪せている。さらにどれもガムテープで閉じられたまま、開かれた様子もない。


(これ引っ越してきた時のままみたい。使ってないのかな?)


 書かれた文字から、作業部屋やウォークインクローゼットの服を思い出す。おそらくここへ越して来る前に仕事で使っていた物だろう。彼女が何年ここに住んでいるのかは聞いていないが、昨日今日放置されている物には見えない。


(開けていいのかな?放置されてるっぽいし、確認だけさせてもらおう。)


 勝手に開けるのも気が引けたが、このまま放置したり、まして仕事中に開けていいか聞くよりはマシだろうか。

 あまり悩んでも仕方がないと、思い切って近くのダンボールを開く。中にはファイルがぎっしり入っていて、背表紙に数字が入っている。一つ取って開いてみると服の図案らしきものが閉じられていて、どれも細かな走り書きがいくつも見て取れる。何冊か開いてみるがどれも同じように沢山の服の図案が詰まっている。

 別なダンボールを開いてみると、防虫剤の臭い。薄紙に包まれて、上に防虫剤が載っている。薄紙開いてみると少し色あせている古いロリータファッションらしきドレスが入っている。


(これ全部……。)


 積まれたダンボールを見る。これが全て、彼女のデザイン帳や服なのだろう。彼女がファッションデザイナーで社長だと知った時は自分とは住む世界の違う人だと気後れしてしまった。だが、彼女自身も初めからそうだったわけではないだろう。

 このダンボールの山は彼女が今の地位を築くまでの努力そのもの。いや、これだってほんの一部のはずだ。彼女が今までどれほどの苦労をしてきたのか、自分には想像することしか出来ない。

 ふと、今着ている服に目をやる。彼女がこの服をデザイン出来るまで、どれほどの時間がかかったのか。それは彼女の努力の結晶とも言えるわけで。


(福江さんの夫として、彼女の服を着るのって、これを背負うって事なのかな。)


 なんだかこの部屋に積まれた全てが愛おしく感じる。


(ちゃんと整理して、見られるようにしたいな。)


 彼女は少なくとも自分の会社が持てるくらいのデザイナーなのだ。その資料ならば、彼女のファンや同じくファッションデザイナーを志す者からしたらお宝のはず。これらをきちんと整理して見られるようにすれば需要があるはずだ。いつか小さな博物館でも作って、これらを展示し、館長として、自分の妻はこんなにすごいんだと自慢できるようにしてみたい。


(新しい夢が出来ちゃったな。)


 なんだか嬉しくなってその古いドレスを優しく撫でた。


 収納スペースから出たあと、近いドアは2つ目のトイレで、廊下はキッチンのカウンターと反対側のドア側を周っており、そちらにも使われていないフローリングの部屋が2つ程あった。キッチンのもう一つのドアは和室を挟んで玄関側の廊下へつながっている。使ってない部屋はどうしても仕舞い切れないものがあった場合は物置にさせてもらうしかないかもしれない。


 結局、部屋を見て回るのに随分時間がかかって、掃除機のかけ方を調べて一通りかけるくらいしか出来なかった。もちろん、洗い終わったシーツはベッドに戻して、バスタオルは洗濯籠に入れ使えるようにしてある。ウィッグはクローゼットの置けそうな隙間へ取り合えず置く。下着も洗濯したが、タンスを開ける勇気は無かったので、とりあえず作業部屋の机に置いた。自分の男物の服はとりあえずクローゼットの隅へ。これにまた袖を通す日が来るかはわからないが。

 

(一通り出来る事は終わったけど、この部屋、なんか変な作りだな。部屋数も無駄に多いし……。)


 寝室と風呂はやたら広いのに、リビングとダイニング、キッチンはたぶん普通のサイズ。そのくせやたら小さめの部屋がいくつもあった。

 おそらく、最初にこの部屋を使っていた人が理由があってこんな間取りにしたのだろう。少なくとも福江さんではない。彼女が自分で決めた間取りならこんなに使わない部屋ばかりになるとは思えない。


(どれかの部屋を福江さんの昔の仕事資料を置くのに使いたいな。ファイルを入れる本棚に、服はハンガーラックかトルソーか、掛けられるものにして、仕舞いっぱなしにならないように。何にしても彼女が帰ったら相談したいな。)


 ふとスマホを見る。メッセージを送っておけば、手の空いた時間に返信してくれるかもしれない。だが結局忙しく仕事をしている彼女の手を煩わせてしまうわけで、彼女の手伝いとは真逆の事をしてしまう事になる。


(おっと、ネイルサロンの予約の時間的にもうちょっとしたら出ないとな。)


 彼女と相談したい事は一旦メモに書いておき、出掛ける準備を始めた。

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