第4話 僕、彼女と一夜を供にするみたいです

 ディナーを終えてマンションに戻り、本日3回目の同じエレベーター。

 1回目は緊張で、2回目は恥ずかしさでよくわからなかったが、それなりに高い階数にもかかわらず、最上階までノンストップだとあっという間に着く。

 手は帰りもつないでいる。こんなに満たされた気持ちになったのはいつ以来だろう。


 エレベーターを出て部屋の前へ行き、彼女が鍵を開け玄関に入る。


「おじゃまします。」


 彼女について中に入りそう言ったが、彼女は笑う。


「ふふ、違うでしょ?ここはもう鈴の家でもあるのよ。」

「は、はい。ただいま。」

「おかえりなさい。」


 彼女と結婚するのだという実感が湧いてくる。脛まであるスカートを少したくし上げてブーツを脱ぐのも、気にならない程胸が高鳴る。


「メイクの落とし方を教えるから、先にお風呂に行ってて。寝間着を取ってくるわね。」


 そう言って洗面所のドアを開き、自分をそこへ導くと、彼女はそこへは入らずリビングの方へ行った。


「分りました。」


 ここへ来た時顔を洗った洗面所。しかし、改めて驚くほど広い。実家の洗面所が洗面台と古い二層式洗濯機のせいで人が1人立てるくらいのスペースしかなかったから余計にそう感じる。

 大きな洗面台と、最新式ではないかもしれないが大きな洗濯乾燥機。脱衣籠が2つ載っていてもまだ余裕のある大き目の収納台。それでも2~3人くらいは同時に服を脱ぎ着出来るスペースがあるほどだ。


 チラリと見えた脱衣かごにはバスタオルがあったようだが、彼女の下着も入っていたことを思い出し、罪悪感からまともに見られない。だが、風呂に入るのならば服を脱がねばならないし、脱いだ服はそこへ入れるべきだろう。


 彼女がお風呂へと言っていたから、おそらく風呂上りにでも化粧の落とし方を教えてくれるのだろうと、とりあえずヘッドドレスごとウィッグを脱ぐ。髪が頬をこすりこそばゆいのと、取った後実に涼しく感じる。気にしている余裕が無かっただけで、違和感やムレはそれなりにあったのだろう。それから着ている物を順に脱いで籠に入れていくと、下着姿になった辺りで福江さんが入ってくる。


「待たせたわね。それじゃ入っちゃいましょう。」


 彼女の手には透けた布地とレースの布地が見える。たぶん籠に入っているのと同じ物だ。それを収納台の上に載せると、そのまま彼女も服を脱ぎ始める。あわてて目をそらす。


「い、一緒に入るんですか?」

「そうよ。風呂場でメイクを落とすんだから。でないと教えられないでしょ。」


 言いながら服を脱ぎ終えたのか、お風呂場の扉を開く。

 つい扉の開く音につられて見てしまったが、彼女の後姿は髪で背中辺りまで隠れているとはいえ全裸で、隠そうともせず堂々とお風呂場へ入っていく。あわてて下着を脱いで籠へ入れ、後を追ってお風呂場へ。


 お風呂場も実に広い。洗い場は2~3人寝転がれるくらいの広さで、シャワー付きの蛇口は2セットあり風呂用の椅子も2つ。そこに大きな鏡と、鏡の前には風呂用品置きがあり、シャンプーやら洗顔料やら、あと何か分からないけどボトル類が何本も置いてある。

 風呂も4人くらいは余裕を持って入れるほどの広さ。銭湯や旅館ほどではないが個人宅にあるようなサイズでは相当に広いだろう。奥はガラス張りで夜空が見え、たぶん近づけば夜景も見える。マンションの近くは公園と住宅地だったのを覚えているが、高いビルまでは少し離れているので覗かれる心配もないのだろう。


「それじゃ教えるから座って。」

「よ、よろしくお願いします。」


 彼女が洗い場に座るのにならって隣に座る。なるべく彼女の方を見ないようにと思ったが、教えてもらうのにそれは無理な相談だ。いや、婚約者だし裸を見たってかまわないのだろうが、じろじろ見るのは違う気がする。それでなくても股間が反応して隠すのに必死だというのに。

 そんな自分をよそにメイク落としを順番に説明していく彼女。リムーバーとかクレンジングとか、洗顔した後はスキンケアの化粧水とか乳液とか、なじみがない言葉をとにかく覚えようとする。


「男性でもスキンケアは大切よ。本当は男性用で鈴に合ったものを使ったほうが良いけれど、今日は私が使っている物でやりましょう。」


 彼女の言葉を聞き逃さないようそちらを向いているのに、たわわな胸が目線を奪おうと誘惑してくる。


「髪はいつもどう洗ってるの?」


 シャンプーのボトルを取りながら聞いてくる。腕で胸元が隠れて目線を切れたが今度は太ももが目に入る。そこから下腹部がちらりと見えるが慌てて目線を彼女の顔へ持っていく。


「ええと、普通にシャンプーするくらいです。」

「試しに洗ってみてもらえるかしら。これを使って良いわ。」


 彼女のがボトルを手渡してくる。受け取ろうとするとどうしても大きすぎる胸が視界に入る。無理にでもボトルに目をやって気を反らす。


 とりあえず正面の鏡を向いてシャワーを温水で出し、少し頭を濡らしてシャンプーを手に取る。そこから頭に手をやろうとするが、そこで彼女に止められる。


「だいたい分ったわ。これはしっかり教えないとダメね。」


 そこからはもう、しっかり素洗いしてからシャンプーしてトリートメントをリンスをと、細かに髪の洗い方を指導される。さらに体の洗い方からムダ毛の処理までレクチャーされる。


「とりあえず私も自分の方をやりながら見てるから、教えた通りにやってみて。大丈夫、これから一緒に暮らすんだから、覚えるまで何度でも教えるわ。」


 そう言って彼女も化粧を落としにかかる。教えられた通りにやろうと集中したおかげですっかりいやらしい気分は吹き飛んでしまった。


 結局洗う場所ごとに細かく指示されながら頭からつま先まで一通りきれいにした。そこまで体毛が濃くないとはいえ、まったく処理してなかったムダ毛も脇や脛や、ついでとばかりに股間までつるつるにと指示通り剃り上げてしまった。それなりに時間はかかったが、手際よく洗っていた福江さんの方が長い髪の手入れに時間がかかって、自分が終わったあともまだ洗い終わっていなかった。


「先に入ってて。」

「分りました。」


 言われるまま湯に浸かる。洗い場と反対側の壁を背にして膝を抱えるように座る。なんなら大の字で浮かんだって余裕がある広い浴槽なのに、まだ体を洗っている彼女の背を見ると縮こまってしまう。

 せっかく股間の反応も治まったのに、その背中やしぐさが艶めかしくて、とにかく見ないよう下を向く。

 ほどなくしてシャワーの音が止み、お湯が波立つ。


「ふぅ。」


 彼女が息を吐いて座ったのは、こともあろうに自分の真横。なんなら肩が触れ合うくらいすぐ近く。


(見ちゃだめ、見ちゃダメ!ヤバイヤバイヤバイ!)


 心臓が口から飛び出しそうというのはこういうことか。風呂で温まる以上に体が熱くなる。自分の心音が聞こえてくる気さえする。目端で彼女の顔を伺うが、頭にタオルを巻いて髪を上げているのが分る。おかげでうなじが視界をちらつく。


「ふふ、そんなに縮こまらなくてもいいのに。緊張しすぎよ。」

「ほぁっ!?」


 彼女が肩を抱き寄せてきて思わず声が出る。密着している右肩に、浮かんでいた大きな柔らかい物が当たる。というか埋もれるかと思うくらい密着している。


「あの、福江さん。当たって、あの、その。」


 顔も見れない。いや彼女のほうを見れば彼女の裸体が湯の中とはいえ余すことなく目に飛び込んでくるだろう。肌の感触、温もり、香り。女性と風呂に入ったことなんてない。

 母と入ったかもしれないが物心つく前の記憶なんてない。ましてお風呂の中でグラマラスな美女に密着されるなんて、39年物の童貞おじさんの頭が沸騰する。


「顔が真っ赤よ?お酒を飲んだ後だしのぼせちゃいそう?」

「げ、限界かも。」


 のぼせそうではあるけれど、風呂とかお酒とかが一番の原因ではない。


「そう。それじゃ少し早いけど上がりましょうか。」


 彼女が先に立ち風呂から上がる。


「はい。っ!?」


 顔を上げると丁度彼女のお尻が目の前にあってひっくり返りそうになる。


「ちょっと大丈夫?」


 手を差し伸べてくる彼女。


「ご、ごめんなさい。」


 その手を掴んで立ちあがる。当然立てば身長差で顔は胸の前。今は全裸で。


「っ!」

「ふふ。別に見たっていいのよ。さ、興奮しすぎて倒れちゃう前に出ましょう。」


 そのまま手を引かれてお風呂場を出る。股間の物が完全に反応していて歩きづらい。もう情けないやら恥ずかしいやら。彼女の顔を見ることが出来ない。


 なんとか洗面所に戻ってきた。彼女に渡されたバスタオルで体を拭く。彼女も拭いているのだろうが見ないよう努める。


「下着と寝間着はこれを使ってちょうだい。」


 渡されたものを見る。それは脱衣かごに置いてあったのと同じだがサイズの小さいシースルーのネグリジェ。あとは今日身に着けていたのと同じ黒のレースの下着。もう驚くのも恥ずかしがるのも疲れてしまった。そのまま身に着ける。


 当然のごとく彼女もサイズこそ違えど同じもので、黒下着にシースルーネグリジェのペアルックアラフォーカップルが出来上がる。洗面所の鏡が容赦なくその姿を映す。


 彼女は収納台からドライヤーを取り出し、まずこちらの髪を乾かしにかかる。実家にあったドライヤーに比べて大きく、風も強い気がする。持ち手も畳めないタイプのようだ。


「じ、自分で出来ます。」

「いいからまかせなさい。」


 優しい指使いで髪や頭皮をほぐし乾かしてくれる。


(なんだろう。すごく安心する。)


 それから今度は自分がドライヤーを持って彼女の髪を乾かす手伝いをする。

 彼女に言われるまま、彼女が手で髪をほぐすのに合わせてドライヤーを当てる。サイズが大きい分若干重い上、温風がかかり過ぎないように適度に離して左右に振りながら当てるのはなかなか大変だった。

 しかしこれまで全部お膳立てしてもらっていた自分が、ようやく彼女の手伝いが出来たようでうれしい。これを1人でやるのは手間だろうし、これから一緒に暮らすのなら手伝いたい。


 その後スキンケアを教わりながらやる。風呂場で聞いてはいたが実際にやってみるとやはり違うものだ。これも覚えて、これから日課にしなければならない。

 だがこれも、手間が増えて面倒というよりは、なにもかも用意してもらっている自分に、少しでもやるべきことがあるというのがありがたい。


 あとは用意してもらっていた歯ブラシで歯みがきしたり、洗口液で口をゆすいだり。

 歯ブラシは予備なのか、もう家に泊めるつもりだったのかは分らない。いや、そのつもりならスキンケア用品とかその辺も男性用を用意するか。考えすぎかもしれない。

 並んで歯を磨くという、ただそれだけの事が、なんだか妙に嬉しく感じてしまった。羞恥心よりも、こういう気持ちの方を大事にしたい。


 それからセクシーすぎる彼女の後ろ姿に誘惑されながらついて洗面所を出ると、廊下の別なドアから違う部屋へ入る。


(これは、もしかして、もう1つの条件を実行しろということ?)


 入った部屋はどう見ても寝室である。しかもベッドは大きすぎるものが1つ。カーテンがかかった大きな窓に、壁にはどういうわけかベッドが映る大きな鏡。

 なんだってこの家はそこら中で自分の姿を見せつけてくるのだろう。

 それに他の部屋や廊下とは違う良い香りがただよい、風呂で暖まったのと酔いの残りが合わさってくらくらする。お香でも焚いているのか彼女の匂いが染みついているのか。


 部屋の明かりは薄暗いが点いている。自分は寝る時完全に暗くしてしまうが、弱い明りを点けっぱなしにして寝る人もいると聞いたことがあるような。


 彼女はそのベッドの掛け布団をめくると、当然のごとく横になる。


「おいで。」


 手を広げてこちらを呼ぶ。おずおずとベッドによじ登る。それから彼女にそっと近づく。


(触っていいのかな?)


 そう思った時にはすでに彼女の腕に抱き寄せられていた。柔らかい感触が体を包み、温もりと甘い香りが考える力を奪っていくような気がする。


 自分だって人並には自慰行為をしてると思うし、そういう漫画の本だの動画だのいくらでも見ていたはずなのに、いざ本番となるとどうしていいかさっぱり分らない。

 いや、やりたい行為とかやり方はいらないほど頭にあるのに、彼女にして良いか聞くべきか、どう誘うか、何から始めるべきなのか、そういう肝心なところがさっぱり分らないのだ。


「鈴、子作りしましょうか。」

「は、はい。」


 ベッドの上まで彼女にリードしてもらうとは。いや、そんなことはどうでもいい。頭を空っぽにする。

 彼女はネグリジェはそのままに下着だけ外す。自分も同じようにする。


「好きにしていいのよ?」


 薄暗い中にネグリジェに透けた肢体が誘う。何も考えないで彼女のネグリジェに頭を突っこむように下から直接胸の下へ顔をうずめる。あとはもう自分の体の動くままにまかせて初夜の彼女に溶けていった。

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