第47話 未来永劫桜舞い続け

 入学時からオト高のスパダリと評判だった恋人が卒業生代表として挨拶をしていると感慨深いモノがあった。

 二年の後半に一華のお父さんから「同じ大学の同じ学部に行くように」と言われ、彼女の隣にいるならそれくらい必要だと考えた。

 

 問題ももちろんあった――その学部の偏差値の数字は桜塚怜が目指すには途方もないレベルであり、先生からは苛烈に止められたし、両親にも資金面の提供をされると言われても……と苦い顔をされた。


 模試の判定で無様だったらとか、学校の成績を落としたらとかの付け加えられた条件もあったけども、一番の難題は一華にそれが伝えられていなかったこと……私は二年の後半に言われたけど、彼女はその当時に志望校とかまるで考えてなく、強いて言えば私と一緒のところに行ければ良いなくらいなもので。


 子どもではないんだから自分の行くところくらいは自分で決めると親子間への喧嘩へと発展し、私は奥様こと一華のお母さんと茶をしばきながら観戦していた。


 言ってみれば神岸家のご令嬢の初めての反抗期であり「あなたはどうなの?」「私も同じところへ行くというのが反抗心です」「似た者同士ね」と、観戦者は気軽だったけれども、一華もお父さんも真剣な喧嘩をしていたと思う。


 三年時には学年で二番目の成績に落ち着き、模試でもA判定を貰う等々頑張りが評価され、一華のお父さんからは「いや、まだ納得せん」と認められない部分はあるけれども……その、私を認めていないことで風当たりが強くなっているらしいとの噂、なんと言って良いのか分かりませんが……。


 大学受験に辛くも成功した瞬間に「もう家を押さえてある」「つまり同居だ」といつまで経っても直らないサプライズ癖を披露されたけども。


「あ、いましたね」

「……なに? わざわざ探しに来たの?」

「キャラでないと遠慮をしたのかもしれませんが、やはり卒業となれば一緒に写真を撮りたいので」

「嫌よ。自撮りで我慢なさい」

「卒業なのに自撮りで我慢せよと!?」


 一華と一緒に写真を撮りたい生徒で行列が出来ていたから、真っ先に撮影をした私は騒がしい場所から撤退した友人を探しに来たわけでして。


 愛川海未ちゃんは証書筒を手に持ちながら、空を見上げて何かを考えている様子だった。

 話しかけづらいオーラは漂っていたけども、引っ越しの準備で忙しくなるから、最低嫌われちゃっても……後悔はするけど、どうしたって相容れない関係になってしまう人はいるから。


「はいチーズ」

「……」


 強引に肩を組んでスマホのカメラで二人の撮影をすると、すごく仏頂面をした海未ちゃんと引きつった笑みを浮かべている私の映像ができあがった。

 

「……ごめんなさい。こういうのあんまりやったことないんです」

「知っているわ。あなたのことは大抵ね」


 撮影するときにその笑みを浮かべて欲しいですよ! と言いたくなったけど、そうやって茶化して良い雰囲気は醸し出されていなかった。


「一華よりも?」

「あの子は事前にちゃんと打ち明けて欲しいあなたの性格を理解していないじゃない」

「まー、それはそうですね」


 「みんなビックリするよ!?」「キミ以外は知っているから安心しろ」と、安心安全の私以外は全員仕掛け人のドッキリには、とびきりのスイーツを奢って頂いてようやく許す文言が出ましたよ。


「私は置いておいて、ふたりや雅の方があなたのことを理解していると思うわ」

「……でも、一華が好きなんです」

「知っているわ」


 海未ちゃんは苦笑いをして目を伏す、居た堪れない気持ちになるけど、では自分に何が出来るかと言えば彼女が私よりも魅力的な人を見つけて、桜塚怜? 大したことなかったわねー、と前を向くことを願うばかり。


「ふたりや雅はワンチャン自分にもって考えがあったみたいだけれど、私は一華に告白したときにもう脈はないと察したわ」

「どうして、でしょう?」

「あなたが一華に告白をしたって言う行動の責任を果たすために、全力を尽くすのは容易に想像が付くもの……勉強も家事も……人は言動や目標に掲げているもので評価するんじゃなくて、やったことで判断をされるべきものよね」

「その時、海未ちゃんいましたっけ?」

「……ふふっ、あまりに昔過ぎて忘れてしまったわ」

「たかが数年ですよ?」

「あなたの中ではそうでしょうね」


 くるりと海未ちゃんがこちらに背を向ける。


「怜、あなたも一華くらい自分の善意が人のためになるとバカみたいなモノの考えをしてた方が良いわ」

「バカと断定されていることをやりづらいんですがそれは……」

「少なくとも、ふたりや雅はあなたを諦めなかったんだもの。それは、あなたの行動が好意に値するからよ」


 一華とお付き合いしているんです……ウンウン分かった分かったみたいな流れは頻繁に起こったけども、一度だって流された覚えはない。


 ただ友情も捨てきれなかったので、一華をさびしんぼにしたケースは枚挙にいとまない――サプライズがこれの意趣返しだとするなら桜塚怜は何も言えない。


「でもいいの? 一華よりも私を選んで」

「言い方が酷いです! ちゃんと海未ちゃんを探しに行くと伝えてありますから!」

「まったく……」


 その台詞は私にと言うより、自身になじませるような声色を伴っていた。


「ま、あなたがカノジョだってファンクラブの不文律になってるんだから、会員も変なことしないでしょ」

「みんなでお茶したので大丈夫です」

「そういうところなのよ!」


 両手を上下に振って右足でアスファルトを踏むと、海未ちゃんは恥ずかしげに咳払いをして。


「ひとつ、あなたのためになる情報をプレゼントするわ」

「……本当に私のためになります?」

「おそらく、今後……もっともっとあなたを諦められない人が出てくると思うけど。一華を大事にね」

「そうですね」

「ま、あなたの代わりじゃないけれど、妹さんは私に任せておきなさい」

「新生活よりありすちゃんの方がよっぽど心配になりましたが!?」

「それは嘘」


 人差し指を私の唇に当ててくる。


「なんのために神岸一華の部下になると思っているの? あなたたちとの繋がりを残すためよ」

「……ええと、就職おめでとうございます」

「まあ、ヤツに言われる前に言っておいてあげたわ」


 頑なに「就職した」以外の情報を出さないから、どうしたのかなーとは思ったけど……。


「名目上は親元から離れる一華の監視……報告する内容は私のさじ加減次第。今後とも……いや、もっともっと私と仲良くした方が良いんじゃないかしら?」

「でも、海未ちゃんは一華のついでで満足する子じゃないです」

「敵わないわね」


 行きなさい。と言われたのでぺこりと頭を下げて屋上から立ち去る。

 まだ、桜の開花には遠いけれども、たしかに春の足音が聞こえてくるこんな時期。


 階段を降りた先にいるのは神岸一華。


「では行こうか」

「……そのポーズは手を握る感じじゃないんですけど」


 両手をすしざんまいって感じで広げるのは、お手を拝借と言うより全身を持ち上げるぞのサインでは?


「しょうがない。校外に出るまでこうしろというのがファンクラブの総意だ」

「一華の願望も混じってないですかね!?」


 とはいえ、みんなの希望ならば私の意思なんて些細なこと……恥ずかしさで死ねそう。


「さ、顔を隠さないでもっと周りを見ないか」

「なんで逆にあなたが平気なのか私には分からない……」

「は? もっと見せつけたい気分なのだが?」

「これ以上はもう裸になるくらいしか手段がないよ……」


 オト高ではこれ以降、最高のカップルが卒業時にお姫様抱っこをしながら校門をくぐるというのが流行り、未来永劫幸せになり続けるとの評判がもたらされた模様。


 元ネタはもちろん私たち――永劫かどうかの問いかけには笑顔でこう告げる。


「誓って」

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桜舞い 胸に抱かれるその人は 彩世ひより @HiyoriAyase2121

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