第46話 次回最終回です(予定です)

 ただただ圧倒されるような広い旅館を二人きりで使うというのは、喜怒哀楽のいずれかで言い表すのは不可能で、それに類する言葉を思い抱くとすれば「ホラー」が適切のように思えた。

 

 軽い尿意により身体を起こして、隣にいる一華を起こさないようにしつつある程度身だしなみを整え、しんと静まりかえった廊下に出たときに、歩みを進めるのに戸惑ったくらいだ。

 

 豪勢な夕飯はもう涙が出るくらい美味しくって、あわよくば持ち帰って家族に振る舞いたいほどだったし、当館のウリと女将さんが語った温泉は何回のぼせても良いくらい入りたかった。


 どうしてもあと一歩が踏み出せなかった私はきびすを返して、グッスリと眠っている恋人の身体を揺らし、お手洗いに付いてきて欲しい旨を伝えると。


「ははは、怖がりだなぁキミは……ただ、ちょっと待って誰かに見られると困る」


 着衣の乱れと一言で表していいか分からないけど、第三者に現状を見られれば一大スキャンダル待ったなしだ……まあ、誰かが起きているとすれば「ねないこだれだ」に代表される人ならぬモノだと思うけど。


「こっわ」


 二人で廊下に出ると一華から漏れたのはそんな言葉だった。「わかる!?」って感じで見上げると、彼女は咳払いをして私を守るように抱き寄せる。

 互いに引きつった笑みを浮かべながら「いるよね?」「いるよぉ……」とお手洗いをすまし、何かから逃げるような感じで部屋へと戻った。


 恐怖感で睡眠どころではなくなったから、たわいないお喋りを繰り返し、二人してできるだけ廊下を見ないように心がけつつ、いい加減にトークを切り上げて布団に入った。


 25日に帰宅する予定だと知らされ「じゃあ今日は丸々デートだね」と抱きつきつつ見上げると、一華は照れた表情を浮かべて「本来ならプランを立てるんだが」とモニョモニョと口ごもる感。


「じゃあ、手探りだ」

「ああ、私たちには文明の利器があるからな」


 私の荷物はいつの間にか部屋へと置かれていて、お出かけをするくらいならば容易だ――その、金銭面においても十全なのは如何ともしがたいけど。


 添えられたメッセージに「出世払いでオッケーだよ」とネコちゃんのイラストと一緒に書かれていて、白い紙で縛られた札束とのギャップが末恐ろしかった。


 ……なお、出世払いとは出世する見込みがなくなったときにも支払い義務が発生するらしいので、活用はできるだけ控えたいと思う。


 モクモクと上がる湯気に美味しそうな香り――出発したのはブランチな時間だったから、山間にある旅館を歩いて出発するころには正午前になっていた。


 朝ご飯を食べ過ぎたくらいだったので「腹ごなしになるねー」とか言い合ってたのを軽く後悔するレベルの歩数を刻んだと思う。


 通学時に使う革靴はいつの間にかに消失しており、ブランドものかつ「キミにぴったりだな……」と一華が苦笑いする靴が用意されていた――これも出世払いらしい……。


「さて、一華さん問題です。我々に用意された資産はピン札がおよそ100枚。これから成すべきコトは何でしょうか?」

「ミステリーハンターみたいな唐突加減だな……時間的にも食べ歩きと言いたいが……違うんだろうな」


 ここにたどり着くまで互いに無言のまま歩き続けたから、少しでも空気を弛緩させるために見ていた番組にあやかってクイズを出した。

 

 ……まあ、あまり先延ばしにしていても先述の通り疲労と空腹で建設的な考えが難しい状況なので、さっさと答えを出す。


「正解は両替です」

「両替?」

「はい、大きいお金は基本的におつりが面倒になるし、昔ながらのお店だとご用意がない恐れもあります。そこで使うのはコンビニ」

「コンビニ?」

「もちろんご迷惑の具合も他店と変わりようがないですが、コンビニさんはセルフレジや店員さんによる受け渡しがなかったりします……ただ、基本的に大きいお金は崩してお財布に入れましょう」


 しばしお待ちをと目に付いたコンビニへと入店し、飲み物を二本買ってちゃっちゃか退店。


「こちらがお飲み物でございます」

「うむ、苦しゅうない」


 偉そうな態度も花になるんだから一華ってば美人さんで惚れ直しちゃう……定期的に「あー、綺麗だなー」って水面を覗くみたいにしたくなる。


「あー、私に相応しい小銭が……レジ袋に」

「今度はちゃんと互いに準備をして出かけよう」


 観光地として名高いけど、来るのははじめてだし事前準備も0だから何をして良いのか分からない。

 ただ、人が行き交うなかで二人の世界を作っていると、歩くだけというのに心地良いのだから困る……ただ、帰りは徒歩以外の手段を講じたい。


「美味しかったね」

「はは、私の運の良さがここでも発揮されるとは」


 お昼時だったのでそこかしこに行列があり、並んでいるのだから味も良し……と決めつけずに、ああでもないこうでもないと二人して路地に入ったり出たりを繰り返しておそば屋さんに入る。


 お互いにほかほか具合満点だったので、クリスマスに冷たいお蕎麦を頂く始末だったけども……その、この季節に冷水でお蕎麦を締めるのは大変で申し訳なかろうけども……。


「さて、と、夕方前にはタクシーを捕まえないとね」

「ん? 夕飯がそんなに楽しみか?」

「それは……もちろんそうなんだけども! こら! 食いしん坊を見る目をしない!」


 自分やお母さんの作る料理も美味しいとは思うけど、遠出して誰かに作って貰うってのは格別感がある。

 でも、美味しい夕飯が待っているから早く帰ろうと誘っているわけじゃない。

 お風呂で汗を流したいかもとは考えているけれども。


「務めている人たちの帰宅の時間と重なると、まあ、面倒だし……たぶん、雨が降るし」

「ふふ、今度はキミの言うコトを守らなくては」


 自分一人なら足としてタクシーなんて贅沢は出来ないけど、今回は山道を登ることを考える。


「それに……やっぱり昨日の分じゃ足りないと思うし」

「アレで足りないのか!?」

「だって一華がいつまで経っても手を出してくれなかっですし……」

「それは謝罪するが……気づいたら深夜になるくらい熱意を……」


 身体を重ねるまでも時間があったけども、それはそのご飯を食べ過ぎててみっともない感あったので……ダイエットにはなったと思う(ドヤ顔)


「今回はちゃんとね、ご飯の量にも気を使って……あと、マーキングみたいのもしたいです」 

「煩悩まみれなんじゃないかと悩んでいたら恋人がもっともっととせがんでくるでござるよ……」


 一華から見て私は純真キャラに見えたらしいけど……や、私もそのがっついてしまうと思わなかったけど。


「寝ている一華が可愛いのが悪いんです」

「やー、私も捕食される側だとは思わなかったなぁ……」

「あ、でも嫌だったらもちろんっ……」


 ダメだよ、と言おうとしたら物陰にスッと身体を引き寄せられて、塞ぐようなキスをする。

 

「嫌じゃない」

「……そっか、じゃあもう一回」

「欲しがりだな、キミは」

「えー、だって誘ったのは一華だしなぁ」

「でもダメだ、これ以上は我慢できなくなる」

「しなくてもいいよ」

「いいわけあるかい!」


 軽いチョップが頭に直撃し、ふふっ、と小さい笑みを漏らしながら歩道へと戻る。


「野外はさすがに勘弁だぞ、しかもこの極寒のなか」

「寒くならないように頑張る?」

「死んだら末代までの笑いものだ」

「それはダメだね……」


 うん……冷静に考えて身内の誰かが「野外でエッチなことをしているうちに死んだ」とか言ったら、本当……申し訳なくて化けて出そうだもんね……。

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