第43話 怜のため怜のため怜のため怜のため!!!!

(一華視点)


 テスト期間は意味もなく皆々がひりつく空気を持つからあまり好きではない。

 もちろん全力を尽くすのは大事だけど、私にとっては怜と過ごす時間の方がかけがえのないものだし、阻まれるのが嫌だから良い点を取っている節すらある。


 2学期はじめのテストの時には「もっと良い点じゃないとらしくないよね……」と怜が寂しそうな顔をしていたから「まあ今回はそこそこで」とか考えていたら、海未から「全力でやりなさい」と心を読まれたかのように言われた。


「神岸さん、ちょっとツラ貸してくれないかしら?」


 言葉だけだと誰なのか分かりづらいが、発したのは椎名雅その人であり、目つきが人を殺せそうなくらい鋭かったので「本物は違うなあ」と茶化そうと思ったけど出来なかった。


 怜が海未から「先に帰れ」と言われているようなので、むやみやたらに話を延ばしてしまうと、結果的に怜と過ごす時間が減ってしまいかねない。


 彼女”たち”だって鬼ではないだろうから、せっかくのテスト明けに恋人同士が過ごす時間があってもいいよねくらいは考えてくれているはず――や、神岸一華に何らかの不義理があって「それすら勿体ない」と考えられているならその限りではないんだが……。


 雅とふたりに連れてこられたのは人目に触れづらい空き教室。

 まあまあ座ってとふたりに両肩に手を乗せられたけど、それが力強いこと強いこと……体力テストの時に抜群の成績だったし運動系の部活からスカウトが来たのもよく分かる。


 運動に差し障りがあるので……と語りつつ断っていたが当人は素知らぬ顔で「怜ちゃんと過ごす時間が減る」からねえと舌を出してた。


 ふふっ、すまんな、これからは運動系の部活に精を出しても良いんだぞ……口に出したら報復が怖いから頭で思うだけだけど。


「ごめんなさい。さすがに怜にごねられたわ……いったいコイツの何が良いのかしら……」

「それは本人の前で言うコトじゃないんじゃないか……」


 テスト明けは平時よりも帰宅時間が早いので、主婦みたいな生活をしている怜にとっては貴重な私と過ごせる時間でもある。

 私にも仕事があるし、家庭に有事に振り回されることもある……まあ、後者にはかなり融通が利くようになった。母を中心に二人の時間を減らしたら可哀想だものね、と父を窘めてくれているし。

 そのまあ、全部が全部私が何かした結果じゃなくて、怜が有能だったからそれが許されているってのがなんとも気恥ずかしいけど。


「怜はコイツが連れて行かれたのに不満があったんだと思う」

「足で指すのははしたないのでやめよう……」


 恋人としては「一華と過ごす時間が減って残念」であって欲しいけども、なるほど確かに雅やふたりが強引に私が連れて行かれたように見えれば「心配」にもなるだろうし、海未も合流するのは「先に帰れ」と言われた時点で想像も付く。


「さてコイツちゃん」

「私の名前っていつからコイツになったんだ!? あ、ごめんごめん」


 せっかくみんなが余計なことを言うと拘束時間が長くなるぞと示しているのに、変なツッコミを入れてしまっては無に帰してしまう。


 扱いが悪いのはそうしたいからももちろんあるだろうが、できるだけ反論はするなよ? の意思表示も含まれているはず……それなりに長い付き合いになってきた、彼女たちは意味もなく変なことはしない。


「怜ちゃんには性的欲求は抱かないのかな?」

「ド直球にプライバシーに踏み込んできたな……答えをごまかす権利はあるのか? いや……そうじゃないか」


 ふたりにとっても……ここにいるみんなにとって怜は特別な人間なのに、私がかすめ取った形になっているのだから、関係性が深まるよりも友人になって貰った方が自らが介入する余地が高まる。


 一般的に性欲を友人には抱かないので「そうしないの?」と聞くのは「なぜ?」のニュアンスが非常に高い……友人に戻って欲しい人たちが尋ねるのは不可思議であると考えた方が良い。


「無論、数え切れないほどあるな」

「ねーねー、聞いたー? 性欲魔人だよねー」

「本当、慎みの欠片もないわね」

「まあ、怜ちゃん相手ならしょうがないよね」


 茶化すような海未や雅の発言をふたりが軌道修正してくれた。そうするのがむしろ当然と言わんばかりの内容には「た、立花さん……?」と震え声を発しなければと思ったが。


「じゃあもちろん、することはしたんだよね?」

「……私ってこれから殺されたりするのか?」

「怜ちゃんが悲しむからしない」

「怜が悲しまなかったらするのか……」


 無論、怜を悲しませたくないのは私も同意なので、殺されそうになったら全力で逃げる所存だ……運動お化けのふたりから逃げられるかだけは疑問だが。


「良い雰囲気になったのは一度や二度ではない。互いの自宅デートも何回もしている」

「遠方に行ったりホテルに行ったことは?」

「……キミたちはもしかして、私を後押ししてくれているのか? あ、ごめん」


 眼前にいるふたりがとてもおっかないオーラを出してこちらを見下してくるので、自分の思い上がりなのだとすぐに謝罪した。

 いや、そうしろと言わんばかりだから「友人として応援」となったのかと思ったけど、やっぱりキミらまったく諦めるつもりないんだな?


「なかなか泊まりがけというのは難しい。一応箱入り娘なんだよ私は」

「あんたの家は広いんだからお泊まりデートだって出来るでしょ? 怜は嫌われているどころか歓迎されているんだし」


 確かにお泊まりデートもしたことがある――もしかして一緒のベッドで寝ても良い感じかなと思ったことだってある。


 が、裸で身体を押し当てても「あ、私そういう気分じゃなくて」とか言われたらどうする……「一華ががっつくから」で嫌われたら責任取ってくれるのかなキミたち。


「「「ハァーーーーーーーー」」」


 とんでもなく長いため息が3人から漏れた。もう「アァー!!!!」とかそんなレベルのすっごい残念なことを聞いたと言わんばかりの態度だった。


「クリスマス、あんでしょ? いくらバカって言ってもそれくらい知ってるよね?」


 雅が心底呆れたと言わんばかりの口調でテスト明けに迫った特別な日のことを教えられた。

 ……もちろん教えられる以前に認知はしている。幸いなことに仕事も入ってないし、家庭の事情で遠出することもない。


 正月は母が怜を誘っていたけれど「よろしいんですか!?」と彼女も乗り気だったけれども、さすがに息苦しいイベントになるからと私が止めた。

 「そ、そっか、一華がそう言うなら」と怜もこちらに笑みをかけてくれ、母には後日「ハァーーーーーーーー」とさっきの3人と同じようなため息をつかれた……もしかして流行っているのかな?


「クリスマスに、抱け」

「……」


 な? と何一つ反論は許さないと言った3人の視線が突き刺さる。


「でも、怜の気持ちが」

「特別な日に抱かれることを拒むならおまえら恋人同士じゃねえから!!!!!!」


 ふたりや海未がどうどうと口調の荒くなった雅を押しとどめる。

 彼女だって怜のことは気に入っているだろうに、絶対にそうしろと言うんだから。


「そうか……すまない……なんか、友情って素晴らしいな……こんなに背中を押して貰えるとは思わなかった」

「アアァァァァ!!!!」


 三者三様のシャウトが空き教室にこだましたけれども、大声を出して気分が落ち着いたのか、海未がこの話は今ので終わりだと言うように


「子どもが出来たら言いなさいよ? あなたには生活力がないから少し心配だけど……」

「れ、怜に教えられて人並みにはあるもん……」


 「それ以前に同性では子どもは作れないのだ」と雅が何度ともなく「産むから」と言ったのをなかったかにするようなオチをつけて場はお開きとなった。

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