第44話 雅「こっちにもメンツってもんがあるんだよねぇ、こういうコトされると困るんだわ」
一華が強引に連れて行かれたのを見て、私は夏の日のイベントを思い出す。
あのときは彼女が捕まえる側で、私が哀れな被害者だったんだけども……まさしく因果応報、自らの行いが時を経て自身へと転換されるのを目撃すると、振る舞いには重ねて気を使わねば。
あ、それはそれとして「早めに解放してください」「もちろんよ」との取り決めは少々のワガママで押し通させて頂いた――私の友人達が何の意味もなくオト高のスパダリを拉致するわけがなく、それはおそらく桜塚怜のために執り行われているのだから。
解放をされれば一華の性格からしてすぐにでも連絡が来るだろう。
彼女とお付き合いをする前にはスマホが放置されがちだったけれども、ありすちゃんから「嫉妬しちゃうなぁ」と言われるくらい肌身離さずの存在に変貌した。
一華だって暇じゃないんだから四六時中メッセージを送れるわけがないんだけど、見逃してしまったらすごくがっくり来る。
そのことを恋人に伝えたら私の両肩の前で手をぷるぷるとさせてしばらく、コホンと咳払い一つをして「善処はする。だけど無理はするな」と赤い顔をして言われた。
冬の空は夏の空よりも遠くにある気がする――日射しが照っていても気温が上昇しないせいなのかな……それともやっぱり、隣に大事な人がいないからなのかな。
クリスマスが近づいていることも手伝って、本番はもちろん夜なんだけど輝かしいイルミネーションが気軽に想像できて麗しく、でも、自分の心の中は寒風が吹いて寂しさで彩られ。
「いや……夜に私が輝くってのも違うかな……」
雑踏の中だからよほど大きな声で言わないと耳には届かないだろうけど、電飾に向かって「君と私はよく似ているねぇ」と言おうとしてそれは違うな、と。
一華にはお世辞で綺麗だよとは言われるかもだけど、やっぱり華やかさでは恋人にも電飾さんにも勝てる気がしない。
モデルしてて注目を集める容姿の一華ならともかく、私の前で足を止めて、その上しげしげと眺めるなんてよっぽどの変人か、私が変な格好をしているかのどちらかだ。
後者に関しては笑いものと呼ばれるに相応しい姿なんだけども、生憎と現状は制服なので……
「今度こそ鼻っ面を文字通り折られたいですか?」
「ひいっ!?」
以前のような暴虐性は感じなかったけれども、見知らぬ人から物珍しげに眺められて良い気分のする人はいないので……その上、妹ちゃんにいつでも手出しが出来るとうそぶいた人ならば尚更不快感が増す。
階段から突き飛ばしてきた生徒だって「今後は絶対に近づきません」と誓約書を書かされたらしいのに、や、それにどれほどの意味があるかは私には分かりかねますが。
「この住所に行ってくださるとありがたいんですけど」
「……行かなかったら?」
「樋口さんが妹さんに何をするか分かりません」
「ありすちゃんに?」
前にも説明したと思うけど、腕っ節の強さと可愛さでは姉が太刀打ちできない――なので、わざわざ人質になるほど暇ではない……とはいえ、この子が嘘をついているとも言いがたい。
「よいでしょう……ああ、その樋口という人に連絡は取れますか? ありすちゃんに手を出しても手を出さなくても明日の朝日は拝めないから覚悟しておけと言っておいてください」
「あの、連絡先知らないので……」
「ならダッシュ」
「え?」
「走って行ってください。できますね?」
怒るのは好きじゃないんですが、では何でも許すかと言えばそこまで出来た人間じゃないです。
風の中でも飄々としている柳のようにしていられるか……まあ、目に入れても痛くない大事な大事な人に危害を加えると言われれば、怒り心頭に発すのは当然だと考えますよ。
「僕悪いこと何もしてません」的な顔にも吐き気がするけど、
「早く行くかこの場で鼻を折られるか選んでください……私、すごく怒っているんですよ?」
「わ、分かりました!」
本当にいい子ならば、ありすちゃんを人質に取るような真似を潔いとは出来ないでしょう。
暴力沙汰で解決することが正しいだなんて口が裂けても言えませんが、人間を不幸にする人間には相応の罰が下るべきだと……おばあちゃんも言ってくれると思うんです。
・・・
・・
・
「来たか、下郎」
「女の子を人質にとって優位に立ったつもりなんて生きてて恥ずかしくないんですか?」
王子さん自身は腕組みをしたまま偉そうにしているし、イケイケな人たちに両肩を抑えられているありすちゃんは今すぐにでも助けに行きたいけど……まあその、一応情状酌量の余地があるかもしれないので、なんでこんなことをしたのかくらいは聞いておきましょう。
「王にはそれが出来る権利があるんだよ」
「どんな人生を送ってたら女の子を人質にとってマウント取れるんですか。地獄で生きてきたんですか? 羞恥心はドコに行ってしまったんです?」
「ぐっ……椎名雅から王の顛末は聞いているだろうが……それが貴様の原因だというのは知っているだろう」
「一華に因縁付けたのがきっかけで様々な悪業が芋づる式に出てきて、実家から追い出されたのは知ってますよ、あなたが悪いんです」
もちろん私が原因で悪いことをしたというなら、謝る余地は残っているけれども……私の記憶にアテにならない要素があるとは言え、思い出すまでに時間が掛かった関係性なら、自身の関与があるとはとても言えないのではないか、と。
「王に悪いところがあったとしても、このように惨めな思いをする権利はないだろう」
「私にもありすちゃんにもありません。自分の権利を主張したいのなら法の下で真っ当に生きてください」
一人暮らしはともかく、生活費やお小遣いまで貰って惨めな生活と言い張れる精神性にはさすがにあきれ果てるので、もう問答することなどないと思った。
「おい! 妹がどうなっても良いのか!」
「むしろ自分の身を心配した方が良いんじゃないですかね」
「は? 気でもおかしくなったのか? このような不利な状況から逆転する手段があるとでも」
「不利? ああ、王子さんは知らないんでしたね。ありすちゃんが私よりも強いっていうことを……」
全面に争い事を任せるのは潔いと言えなかったので、全力ダッシュで既に白目を剥いている殿方の元へと寄っていく。
私も私で加減の利かないところはあるけど、ありすちゃんはさらに容赦がない。
積極的に足で男性の弱点を狙う姿はなんかもう、鬼神って言った感じだ……あ、小学生時代にあんまりにも強くてそう呼ばれてたんだよね。
そして軒並みお腹の辺りを抱えるようにしながら悶絶している集団ができあがり……あと一人、腰が抜けている王子が
「俺は悪くない! 悪くはないし、もし悪いところがあってもこんなことをされる覚えはない!」
「その、あなたと付き合ったばかりに去勢されそうな皆様にはお見舞い申し上げますが……」
「大丈夫だよお姉ちゃん。ちゃんと加減はしたから」
スリスリと左腕の辺りに頬を埋める姿は天使のように可愛らしく、身体を仰向けにさせた後にわざわざ急所を踏み潰すようにしていたとは思えないけど……。
どこに加減をした要素があったのかは、論説するのが好きそうな人たちにやって貰うとして。
「この期に及んで自分は悪くないというのは、さすがに引きます」
「また暴力で解決するのか! 法治国家に相応しくないぞ!」
「ええまあ、それはその通りですが。女の子を人質にして言うことを聞かせようとした人間に発言権なんてありませんっ!」
言葉と一緒に顔面を張り飛ばすように蹴りを加えると、蛙が鳴くような声と一緒に吹き飛び、倒れている集団に加わった。
「よし、全力ダッシュで逃げよう!」
「ええまた!?」
ヒーロー物の後始末って大変そうだなって思いながら、妹ちゃんに手を引かれて走り出す。
なお、樋口さんに代表される一団はこぞって「転校」することになったと、雅ちゃんが笑いながら言ってた……本当、話を付けるときにも力を借りてごめんなさい。
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