第42話 いいか、絶対に押し倒すんじゃないぞ、絶対だぞ!

 すべては穏便に解決へと向かった。もちろん何ごとも以前のようにとは行かないけれども、変化した関係がいずれ平時になると思うから……これでいいのだと。


 私に危害を加えたり関わった人たちに関しては「当人に謝罪の意図があればそれで良いです」と、人間は何か間違えることだってあるし、私もしょっちゅうだ。


 だったらお互い様の精神で許す方向に行こうじゃないか、反省の意図があるならきっとやり直せるはずだから……一人だけ強硬に謝意も反省もないまま停学を言いつけられた生徒がいたけれども。


 その人に関しては情報通の側面を持つ雅ちゃんが「家から追い出されたらしい」と語り、さすがにそれは申し訳ないのではと一華と一緒に焦ったら「生活費と住居と小遣い付き。今日も元気に登校している」とのこと……まあ、元気ならきっとなんでもできるよね(遠い目)


 季節はあっという間に過ぎて冬物のコートを着ないといけないな……それどころか期末テストで良い点取らないとなぁ……と学年トップの恋人に恥ずかしくない成績をともくろむ今日近々。


「今日は一華がいない分、怜ポイントをたんまりと吸い込んでおくのだ」

「一華ちゃんがいるとどうしても遠慮しないとだもんね~」

「あんたたちは……怜も嫌だったら指摘したら?」

「みんなにはお世話になってるし、これくらいはですね?」


 ちょっと危ういスキンシップもあるけれども、現状のベタベタ具合に比べれば可愛いものだ。

 それに雅ちゃんは危うい写真を使えば、私をわんこにだって出来るし、ふたりちゃんは力任せに行くことだって可能。


 なんなら海未ちゃんだって勉強を教える代わりに保健体育の提案とか、代替条件における人身御供は随時可能なわけですよ。


「まー、それを言ってしまうと、食べ物を与えているからえっちしてねも我々は逆らえないのだ」

「いやむしろ味見をして頂いているので……は、ダメ?」


 雅ちゃんが私の両太ももの上で、ふたりちゃんが左腕にしなだれかかりながら、海未ちゃんが若干いつもより近い右隣で首を振った。


 このたび立花家で行われている勉強会は荒々しい音をBGMにしながら執り行われている――二階は生活スペースで階下はジムになっている模様、ふたりちゃん曰く護身術を教えているとのことだけども、なんかスネに一つや二つどころではない傷を抱えてそうな人たちばっかりだったぞ?


「は~」


 お喋りもそこそこに特別授業が始まると、グループ内では劣等生のわたくしめが一番緊張してしまうわけ。

 式やら年号やら漢字やらともかく手当たり次第詰め込んでいると、キリの良いところで伸びもしたくなる。


「毎度思うけれど、テストというのはすなわち疑いよね」


 海未ちゃんの言葉に首を傾げるのは私とふたりちゃん。雅ちゃんはぬいぐるみをつついて遊んでいる。


「言ってみれば授業をきちんと覚えているか疑わしいから、テストをするわけでしょう? だったら教師も定期的に授業がきちんと出来ているかチェックする第三者機関があってもいいんじゃない?」


 そのために声を上げよう、とかではなくテストめんどいの現実逃避がこれ。

 もちろん学校内の予算であるとか、そもそも第三者機関はどうやって結成するのかとか……とどのつまり、テストで良い点を取ればそれで済むわけだから、学校にタイムスケジュールを支配されている先生をさらに拘束するってのは、やっぱり憚られるわけでして。


 海未ちゃんもみんなもそれは承知ではあるんだけども、でもやっぱりテストは嫌だの気持ちがあるから、現実問題無理だよねの提案も乗っかっちゃう、だって逃避行動だし。


「まー、極めて平均点が低い教師とかは罰則があってもいいのだ。授業でやってないところを出す平内せんせとか」

「わかる~」


 教科書や資料集を読めば解けるとうそぶくけれども、コーチングするのは教師の仕事ではなかろうかと、平均点そこそこしか取れない私は同意する。


「で、全然話は変わるんだけど、もう一華ちゃんと怜ちゃんはえっちなことしたの?」

「話題がドリフトかましすぎじゃないですかふたりちゃん!?」


 ちゃんとテストに関連した話題で統一していたのに、修学旅行でやりそうなトークに方向転換してしまいましたよ? むしろこっちが本題とばかりに海未ちゃんも雅ちゃんもグイッと身体を近づけましたけどどうして?


「いや、さすがに一華には聞けないわよ」

「え、あ、どうして?」

「仮に体験に及んでいたとして、もう実際に私が怜とヤってるんじゃないかってくらいのトークをするわよあの女」


 雅ちゃんとふたりちゃんが力強く頷いているのでその可能性が高いんだろうけど、実際に恋人の私はその光景がまるで想像できない。


「え、と……そう、ですね、まだです」

「あんなに怜が準備しているのにか!?」

「え~? 何その話、みゃーちゃん詳しく」


 さすがに予想外と言わんばかりに叫んだ、雅ちゃんをふたりちゃんが「ふふ~」と笑いながら頭を片手で掴む、まるで卵を持つくらいの優しさだというのに掴まれた方は大変苦しそうだ。


「あ、語っても良いです……」

「ご、ごめん怜……あ、あのね、定期的にみんなに怜のコスプレ写真を送ってるじゃない?」


 あれそれ初耳だぞ? まあでも、送るなと口止めを頼んだわけじゃないから写真をどうしても雅ちゃんの自由だしな。


「やっぱり、綺麗にするために必要なことってあるんだよ。怜も美少女さんだけど人間だから……ね?」

「雅ちゃんの衣装はほんとう素敵だから」


 もちろん自分一人で熱心に励むのが本来なんだけど、雅ちゃんは私に衣装を着て欲しい、私も……その、一華には素敵な姿を見て欲しいと両者の考えが合致した顛末がこれ。


「まあ、怜ちゃんから声を掛けにくいよね~」

「さすがに予想外だったわ……」


 ふたりちゃんも残念そうな表情を浮かべて首を振り、海未ちゃんも驚愕って感じの顔面のまま頭を垂れる。


「自分ばっかりが気合い入れてて……魅力、ないんですかねぇ……」


 ポッと口から出た言葉は出したことを後悔するくらい辺鄙なもので、言われた方が「そんなことないよ!」ってフォローを入れなきゃ行けない類いのものだ。


「ごめんなさい、変なこと言いました!」

「ま、勉強に戻りましょう。良かったわテスト期間中で、少しは気が紛れるでしょうし」

「そうそう~。疲れたらプロテインも常備されているよ~? バストアップの効果も噂されているよ~?」

「くそぉ! 私が悪い女だったら怜を一晩中好きにするって言うのに! こうなったら勉強なのだ!」


 今の会話は全部忘れた! と言わんばかりに勉強に取り組む……もとより私はみんなに比べて成績は劣っているんだから、勉強会では一番頑張らないといけないんだよね。

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