第41話 悪役、散る。

 女の子二人で十数人の腕に覚えのある男子を殴り倒した件については、むしろこちらに追い風になった。

 桜塚怜は単独でもある程度強いというのが認知されたため、集団を率いてどうにかしようとの考えが消滅したらしい。


 白昼堂々暴力沙汰を引き起こした件については胸がとても痛いけれども、そもそも徒党を組んで因縁を付けてきたのが相手側だったこともあり「もうちょっと加減してね?」と一言言われただけでほぼほぼおとがめ無しの判断だった。


 ちなみにありすちゃんは私よりも強い――元々はおばあちゃんが目に入れても痛くない孫娘二人に「誰かを守れる人になりなさい」と武術を教え始めたのがきっかけで、私たち姉妹はそんじょそこいらの生半可な相手には一方的に勝利できる……もちろんそんなことをしても誰も喜ばないので、今まで披露される機会がなかったまでで必要ならば今後ともよろしくと。


「しかし驚いたな、ふたりが鬼のように強いのは知っていたが、キミも同様に腕に覚えがあるとは」

「一華のことも守らないとね、私にとってはお姫様みたいな感じだし」

「私は二度もお姫様抱っこをしてキミを運んだのに、戦闘能力では下から数えた方が早いのはインフレが過ぎないだろうか」


 密談を交わしているのは彼女と仲良くなるきっかけとなった屋上。錆の目立つ格子に背中を預けると制服が汚れてしまうので、布を敷いて肩をくっつけ合いながら談笑している。


 校内でこんな距離感で会話をしていたら一発で関係性に感づかれてしまうと、グループのみんなに言われたためにこの距離感は誰にも見られない場所限定の事案だ。


「正直、ホテルの風呂場でキミに迫ったとき、いざとなれば腕力で抑えられると思っていたよ」

「言ったでしょ、嫌じゃなかったって」


 一華はたびたび気持ちを抑えきれなくなった件についての反省の弁を漏らしていたけど、思わぬ形で嫌じゃなかったって言葉に信憑性が出た。


 彼女は空を見上げながら寂しそうな笑みを浮かべて


「キミを守るナイトになるには、まだまだ道のりは遠そうだな」

「そうかな? 別に腕力で負けてたって一華は私を守ってくれていると思うよ?」


 人間、何でもかんでも暴力沙汰で問題を解決していては困る。元より日本は法治国家だ。遵守するべきは先人が組み立てた法で、身勝手な力でどうにかこうにかするのは間違っている。


 その点学力でも優秀な成績を誇り、雄弁さで皆々の納得も得られる上に、私とは真逆の運の良さを誇るんだから何も心配はいらない。


「……でも、ふたりちゃんは手慣れていたよね、その、逃亡のタイミングまで」

「当人曰くよく絡まれるらしいぞ? 安いのかなって笑ってたが……」


 小っちゃいころから周囲からモテモテだったらしいふたりちゃんだけど、その分嫉妬をされるケースもあったみたいで、身を守るためにはパワーを付けなくてはいけなかったらしい。


 どれくらいって聞いたら「バーベルを少々」と語ってたけど、ダンベルの間違いだと思う……一般家庭にバーベルはそもそも存在しないだろうし、習い事をするみたいにふんすか上下運動は出来ない。


「久しぶりに二人きりだね」

「まあ、色々ありすぎたよ」


 一華の太もものあたりに乗せた手に指が絡む、気恥ずかしげに目を伏した後で「そうだね」と同意をする。

 その同意は色々あったって言うのの同意と、もう色んなことをしちゃってもオーケーだよの意味合いを兼ねている。


 顔を見つめることなんてしばしばあるって言うのに、キスの前だけは特別感あって……何度やっても慣れない。

 真面目な顔をして互いに見つめ合うともう言葉は


「ここか!!!!!」


 突然の来訪者によって二人の距離は良い感じに離れた。魚が跳ねるみたいに全身が飛び上がり、あんまりにも驚いたから鼓動がうるさくってしょうがない。


「失礼、なんでしょうか? 樋口王子先輩……」


 一華も突然の来訪者に驚いているけど、心臓が口から出そうで言葉も出せない私と違って、誰何の言葉は出せるんだからやっぱり優秀だ。

 ただ、目は見張れるので声の主を見てみると……ええと、樋口王子? すごい名前だな、確かに雰囲気はそれっぽいんだけど。


「ふっ、使えない部下達に愛想が尽きたから、王が自ら手を下してやろうというわけだ」


 左手で目の辺りを覆い、キザっぽい仕草で言葉を吐く樋口先輩は……なんというか罪の自白をされているんだと思った。

 と、そういえばこの人どっかで見たことあると、私の至らない脳細胞さんが叫び、


「王子じゃなくて兆治だよね?」

「王をその名前で呼ぶな!」


 樋口兆治先輩――一華の入学前にはオト高の有名人として名を馳せていた男性だった。

 勝てる相手にはとことん強く迫るが負けそうな相手が前に来ると逃げ回る癖を持っている。


 女の子だからと一華にウザ絡みをした結果評判が下がって、以降仲間内でヨシヨシと甘やかされつつ、虎視眈々と復讐の機会を窺っていたらしい。


「まあ、一華に話があるんだったら、私を倒してからにして下さい……容赦はしません」

「王はお前に話をしているんじゃない」

「一華に近づくなと言わなきゃ分かりませんか?」


 「やだ、格好良い」と恋人が両手で口を押さえて乙女なポーズを取るけれども、樋口先輩はまったくこちらの話を聞いていない様子で


「神岸一華に手を下そうというのだ、お前は邪魔だ」

「邪魔ならば排除すれば良いでしょう? 目の前の問題から逃げ出してばかりの先輩にはそれが出来ませんか?」

「王は不当に神岸一華に評判を貶められたのだから、それを取り戻そうというのだ、お前が邪魔をする権利はない」

「勝手にウザ絡みして負けたら被害者のフリをして自分の権利を主張をする……まあ、構いませんよ? 一華に指一本でも触れられませんけど」

「王の邪魔だ、どけ」

「どかしてみろと言っているんですよ、兆治先輩?」


 こちらが一歩でも近づくと相手は一歩下がる。宣戦布告は威勢がよろしかったけれども、自分が不利と見るや及び腰になっている。


「女子生徒に手を出させて王の風評を貶めようというのか、卑しい奴め」

「手? できるもんならやってみても良いですよ? あなたの手が触れる前に昏倒させるくらいなんてこともないです」

「神岸一華! なんでこの女はここまでキレ散らかしているんだ! 王はなにも悪いことをやっちゃいないんだぞ!」

「やー、罪の自白をしておいて何も悪いことやってないのにってダブスタにも程がありませんかね」


 部下がどの範囲を指すのかは分からないけど、ひとまず桜塚怜と関わりがあるのは階段突き落としの事柄と、ふたりちゃんと一緒に居るときに絡まれた件。

 もちろん首謀者でないと言い逃れをすることは可能だし、今このタイミングで背中を向けて逃げ去っても問題はないと思う。


「ふっ、罪の自白? それはお前達が勝手に言っているだけだ。証拠もないのに相手を責めるとは不届き千万、なんの権利があってそんなことをするのだクズげほっ」

「よちよちされている間に現実に気づいていれば、バカな真似はしなかったろうに」


 耳に入れるのも不愉快だったので台詞の途中でお腹に一発蹴りを入れたら、その部分を抑えたまま屋上のアスファルトの上にごろりと転がった。


「いいのか? 複数の生徒の弱みを握っているのかもしれないぞ?」

「ここに誰一人ついて来なかった時点で取り巻きは尻尾巻いて逃げたんだと思う……まあ、悪いことが起きれば私が」

「怜」


 一気に抱き寄せられて唇を奪われる。一瞬からだが強ばったけれども、だんだんと弛緩して行くのは彼女がとても愛おしい人だからなのかな。


「私も、共犯だ。君一人が不利益を被る必要はない」

「退学とかになったら大変だよ?」

「なに、当家の人間はみんな君の味方だ、私の両親を含めてね?」

「しゃ、社会的信用とか色々とあると思われます……」

「そんなものより個人の感情だよ、まあ、ひとまず今は退散しておこう」


 ピクリとも動かない白目剥いた先輩を放っておくのは大事に繋がると思って、保健室の先生には「屋上で寝ている生徒がいる」と伝えておいた。

 彼女は不機嫌そうな目でこちらを眺めたけど「保健室を使いたいときには言えよ」と、まるでこちらに関係のない話をして手を振りながら去って行った。


「いや、私も保健室で怜と盛るのは勘弁願いたいんだが……」

「え、今のそういう話なんですか!?」


 素で言うと、彼女はニッコリと笑って「雅にナース服を提供して貰わないとな」と言った。

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