第38話 結構長話をしてたから戻るのが遅れて怒られたな……
(一華視点)
保健室の先生(元ヤンらしい)から鋭い眼光を見せつけられつつ授業に戻れと言われれば、可愛い可愛い恋人が人質となっているのも手伝って、後ろ髪を引かれる思いを覚えつつも退出せざるを得ず。
が、一般的に教室で勉学に励んでいなければいけない時刻に壁に腰を預けたまま立っている美少女がいた(もちろん怜の方が美少女である)
「いま、失礼なことを考えなかった?」
「キミより怜の方が美少女だと訂正したまでだが」
「ならいい」
当人は必要性を感じないからと語り、滅多に発揮されることはないけれども、こちらの性根を読み取ったような見聞にたじろがない人はいない。
怜はたびたびその被害者になるけども、それは好意を持つ相手のことを深く知りたいという乙女心である。
「授業中だぞ? キミはわざわざ出てくる必要性もないだろう。なんのために目立つ行動をして【神岸一華は戻ってこないに足る理由がある】と周囲に把握させたんだ」
「蛮行に及んだ人間と同じ教室で空気を吸っていると思うと反吐が出るからね」
怜が朝からソワソワとした様子で我々に何かを隠しているのはみんな分かりきっていた。
そこらへんを踏み込むことが出来るふたりや雅はちょっかいを出してくれたけど、頑なに「な、なにかな~?」とごまかしていた。
私が心配だとはっきり言っていれば、同行くらいは許してくれたかもしれない――そう思うと胸の中にやるせない思いがはびこる。
「キミが抱えているのは状況証拠だろう?」
「それが何か? 胸ぐら掴んで壁に押し当てればこんな卑怯な真似をする小心者ならばゲロるでしょ」
「私もそうしたいのはやまやまだが、どうやら怜は穏便に解決したいようでね」
海未が私のことを不思議そうに見上げる――優先すべきはどちらかと言えば、語るに落ちる行動をした人間をあげつらって晒し者にする方だろう。
自分のことを殿上人か何かだと勘違いしているようでなんだが、自らの影響力を垣間見れば、怜を哀れな被害者にして、加害グループの責任を追及するだけで世論は傾く。
「言っておくけど、怜が上手く立ち回ったから大怪我をせずに済んだだけの話なのよ? ……いや、そんなことはあなたでも分かる事よね」
深く握った手を見られたのか、表情に出てしまったのか、彼女の類い稀な読心レベルの能力ゆえかは分からない。
どれくらいの高さから落ちたのかは想像できないけど、声を掛けた生徒(これも仕込みだと思われる)が泡を吹く調子でジッとしていろと言ったらしいから、相応の部分から突き飛ばされたんだろう。
「私やキミに睨まれれば3年間を棒に振るだろう。有無も言わさずにしたいが……怜は間違いなく気にする。優先すべきは彼女の気持ちだ」
「それを優先したからこんな事態に……!」
「分かっている……!」
お互いに苛立ちが募っているから、犯人をどうするべきかという簡単な問いかけにさえ結論が出ない。
槍玉に挙げて周囲の手も借りて袋叩きにしても足りないが、かと言って感情の赴くままに私刑のまねごとをしても怜は喜んだりしない。
「まあ、私とあなたとでは結論は出しづらい事柄でしょうね。まったく、同じことを考えているというのに」
「何を言うか、キミの方がよっぽど横暴だ」
「見えないところでちゃっちゃかすませるから私の方が穏便でしょう?」
海未のように暴力交じりで「二度と手を出すな」と言う方が、周囲の力を借りて「二度と手を出すな」と言うよりも穏便なのだろうか……?
「ふたりを潤滑油にして、雅を怜のところに送っておきましょ?」
「キミはそんなに暴力沙汰で解決したいのかい」
「雅主導で問題を解決して、自分の方が恋人に相応しいと宣言されても良いのなら……まあ、止めないけれど」
「む」
ふたりはのほほんとしているように見えて、その実大熊のように気性が荒いところがある。
怜が階段で突き飛ばされて落ちたとか聞いたら「殺すけど?」と疑わしい人間を手当たり次第締め上げるだろうけど……。
雅に相談したら「じゃあ犯人を捜して証拠掴んどくよ」と数日のうちに生徒が何名か消える。
怜も空気を読んで消えた生徒の行く末に関しては深く追及しないだろうけど、私には恩着せがましく「あのとき助けたよね?」と……怜を代償にとは言わないはずだし、そこまで極悪非道ではないんだけども、時と場合によっては手段を選ばない傾向があるだけで。
「しかし、怜に手を出せばとんでもない目に遭うことくらい想像も付きそうなものだが」
「……そうね?」
私は自分で言うのもなんだけど能力が高いし、見知らぬ人から悪く言われることもあるほどだし、海未も同様にお高くとまってと揶揄される。
ふたりは「絶対に怒らせてはいけない」「許して貰うなら桜塚怜に頼め」と取扱説明を留意されているし、雅も「怒らせるな(迫真)」
言ってみれば人気も嫉妬も両立している我々を「そうだね~」と何気ない調子で許して「つまらないものですが」と餌付けもしてくれるのが怜の立ち位置だ――彼女だけが神岸グループと呼ばれるメンツを上手く扱えているのを知らない。
「……つまり、実行犯は分からないけど、声を掛けた人間を怜は認知していた?」
「それは……闇が深いわね」
海未はこちらを茶化す様子もなく「なぜ怜は穏便に片付けたかったのか」を「闇が深い」と表現し、私も天井を見上げるしかなかった。
私か海未か雅かふたりか、この誰かしらに好意を抱いたなにがしかが権力を使って我々の同級に指示をして情報を調べさせ、邪魔だと思われた怜を顔が見られないように階段から突き飛ばした後、顔を見られる役まわりを被害者の同学年の生徒に任せる。
犯行グループに頭が足りないのは分かりきったことだけど、怜が顔を見た人間をかばおうとするのは想像が付かなかったのだろう。
「ま、雅に上手いこと喋らせて貰いましょ」
「これでどうする? 実行犯と関連する人間の動機がキミが好きとかだったら」
「やめてよ汚らわしい」
そこまで言うかとも思ったけど、都合の悪い邪魔者は消すという精神性は唾棄されるに相応しいか。
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