第37話 次回一華視点になります

 小学校の夏休みと同じように、高校一年の夏休みは振り返ることが満漢全席くらいあった。

 イベントが盛りだくさんで何から何まで楽しい日々なんて、グループから離反しようとしたときには想像も付かなかった。


 私の世界を変えるきっかけをくれた一華には心より感謝申し上げねばならない……実家が太いから、グループで集まりたいときに頼りがちになってしまうけれど、なぜか誰からも下に見られている不思議な……。


 そうそう夏休みの終わりあたりに「やっぱりあなたのことが好きです」と告白をした。

 周りの子からも愛情アピールをされてて、それはとても幸せなことで、誰かを選ぶことは誰かを捨てることにも変わりなくて、それでも関係をいつまでも持続させることなんて出来なくて。


 「そうかそうか、私のことが好き……好き!?」と一華には身体をびくつかせて驚かれたし、一緒に居たみんなも「大穴が本命に勝った!」と驚かれた――なお本命はありすちゃん……姉妹で結婚できるのならそうしている。


 ともあれ恋人同士になってもグループでの関係性に変化を及ぼしたわけではなく、みんながみんな後釜は自分だ(後妻は自分だの人もいる)と意気揚々と自己アピールを続けている……諦めが付かないとかじゃなくて、色んなお付き合いがあるけど(私にはないけど)このグループで騒いでいるときが一番楽しいから……。


 そうして始まった二学期、周りの子たちに集まる注目が自分に集まった気がして……いやまさかなと心の中で首を振りつつ、その時は受け流したんだけども。


 たまたま一人で階段を降りているときに、謝罪の文句が聞こえたと思ったらその瞬間に無重力になった――足を踏み外したんだなと思ったときには既に遅くて、一足先に支えになった右足に絡みつくように左足が倒れかかり、要は何かを抱きかかえるような形になってそのまま階段の下まで落ちたんだと思う。


 あ、落ちたんだなって思ったのと、全身がくまなく痛いのと、頭だけは守ったのは偉いなって称賛する気持ちと……ともかくまあ、様々な気持ちが脳内でせめぎ合って冷静でなかったため、あえて何ごともなかったかのように平然と教室に戻ろうとし、階段を上っている途中だったと思われる生徒から「動いちゃダメです!」と怒られた。


 その女子生徒は「人を呼んできますから」と言ったっきり待てども待てども戻ってくる様子が無い……だけども、動かないでと言われた以上はち合わせになってもばつが悪い。


 ついつい夏休みは楽しかったなとか、一華に告白した思い出を反芻してみたけども……その回想が楽しければ楽しかった分だけ、今の惨めさで泣きそうになる。


「そんなところで何をしているの?」


 海未ちゃんの全身図は目が潤んでいて確認できなかったけれど、その声色と立ち姿でその人だってすぐに分かる。

 出で立ちからして大和撫子、黒髪ロングの奥ゆかしい美少女(なお本性)他校から彼女を観にやって来る子もいるとかいないとか……。


「階段から落ちまして」

「見れば推測できるわ。なぜこんなところでジッとしているの?」

「ジッとしてて下さいと頼まれまして、頭を打っているといけないから……かな?」


 海未ちゃんが頭痛を感じたのか、目を閉じて人差し指でこめかみのあたりを押さえているけども、


「……あなたは階段から落ちるようなアホでは無かったはずよ」

「どなたかとぶつかりまして、たまたま足を踏み外した結果ですね」


 眉間の皺が深まった気がする――彼女の機嫌を著しく害したかと思えば気が重い。

 海未ちゃんはひとしきり沈黙をした後、ここで待ってなさいというので


「……きちんと戻ってきてくれますよね?」

「保証はしがたいわね」


 彼女がここに来るのは「私を探しに来た」以外にはあり得ない――だって今まで人影すらまばらの誰も来ない場所なんだから。

 ちなみになぜそんなところを歩いていたかと言えば、この階段の行った先にある空き教室でのお呼び出し……怪しさプンプンだけども、万一グループのメンバーにマイナスがあるようだと困る。


 もう足音の時点で体裁も何も関係なく全力疾走したんだろうなあと分かってしまう……それくらいの勢いで彼女が自分の前に現れたとき、何ごともなかったと言わんばかりに笑顔を作ったと思う。


「……あれ?」


 でも、視界はぐちゃぐちゃになるばかりで口からは嗚咽が繰り返し漏れている。

 一華は私の背中を優しく撫でつつ


「安心しろ、いま、私が来た。何も怯える必要はない」


 恋人でなかったときに行った接着行為が現時点でナンバーワンの密着具合だったけども……もちろんそれは今も変わらずなんだけど、彼女がこうして側に居て寄り添ってくれるだけで深く安心できる。


「……思えば、仲良くなったきっかけもこうしてキミを抱きかかえたことだったな」

「あの、あのときは私昏倒してたんですけど!?」


 肩の辺りから手を差し入れられ、膝の裏あたりにもう片方の手……そしてグイッと持ち上がる私の身体、密着する私と一華。


「恥ずかしさで死ねます……」

「キミがどうしても嫌なら肩を貸すけど」

「……このままが良いです」


 一華の顔をどうしても直視できなくてそっぽ向きながら言った台詞は、彼女の心に特大ダメージを与えたらしいけれども……詳しい事情は避けつつ階段から落ちたことを説明したら、なんでキミらは毎回その格好で保健室に来るの? とおちゃらけてた教護の先生がマジな顔で検診をしてくれた。


 痛み以外には異常は見受けられないという言葉に安堵をした私は、授業があるでしょと先に戻らされた恋人のことを考えた。


「惚れ直した?」

「え? あー、そう、ですね?」

「あー、だいじょうぶだいじょうぶ、私は百戦錬磨の女だから、偏見とかまったくないから」

「いいえ、そうではなく……昔からずいぶんと好きだったんだなあと思いまして」

「あれおかしいな、マウントを取ろうとしたら逆に生徒からのろけを聞かされたでござるよ? おろ?」


 一華と同じく授業がありますので、と教室に戻ろうとした私の手を「ちょい待ち」と先生は引く。

 

「念のために聞いておくけど、誰かに突き飛ばされたりはしていないよね?」

「どなたかとぶつかって足を踏み外したまでです。私の不注意です」

「嘘が下手だね」

「私の家族は私の嘘を褒めてくれてますが!?」

「気づかれてなきゃ褒めてくれないよね!?」


 あんまりにも嘘が下手なので家族くらいしかフォローしてくれない模様――一華にさえ、正直に言う傾向もないのに嘘が下手だと笑われる始末。


 そうか分かったと先生に言われてから、ズルズルとベッドにまで連れて行かれ、昼休み明けまで横になっていることと厳しく言われた。

 「異常はないんですよね?」と弱々しく尋ねるけども「私のさじ加減次第だ」とはさみを握られた――懸命な私は「アイアイマム」と言って布団を被って目を閉じた。

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