第36話 次回から二学期です(あれっ!? 夏休みは!?)

「ある程度は覚悟が出来ている顔だね?」


 「雅、口調」と後方から茶々を入れる声が届くけど、投げかけられた相手は素知らぬ顔。

 覚悟が出来ているかと言われれば出来ている。ここで私がごねれば、もう海未ちゃんは着ているよ? と追撃が来る。

 それでは当人にある程度の甘受があったとは言え、3次元の住人が着るには少々痛々しい格好をした意味がなくなってしまう。


 自分にいくら不利益があったところで、よほどのもので無い限り受け入れようの精神で今まで生きてきたから……甘々だと精神性優位に立てないからもうちょっとごねても良いんだよ? の視線があっても、腹はくくったとばかりに頷く。


「ごっほん。ではでは、こちらをご笑覧あれなのだ!」


 先ほどまで這々の体と言った雰囲気を醸し出していた一華が……本来アシスタント的な立ち位置ではなく、ステージで輝く立場である彼女が、どこかから吊り下げられていた紐を引っ張り、その拍子にカーテンがズササササと開いていく。


 「あ、電源」「ほら一華」「ワン」と既に私に着させられる衣装は見えているんだけども、お披露目を告げるには光量が足りなかった様子。


 スイッチから一番近い距離に居たのは私たちなんだけども、オト高のスパダリが……全校生徒から羨望の眼差しで見つめられている王子が全力ダッシュでスイッチを押した。


 心の中でボッと音がして、火が付いた気分だった。その衣装は華麗で、輝いていて、周囲からの注目をふんだんに集めることだろう。

 例えるならばまさに痴女、2次元の女騎士しか着用しないであろうビキニアーマーは、サンバの衣装かってくらいの布面積しかなく……今はまだマネキンに掛けられているけれども。


 お膳立てをしてくれたみんなには本当に申し訳ないし、ふたりちゃんが欠席の理由もなんとなく分かった気がする――あの子は心優しいから「怜も着たんだし、あんたも」と言われたら絶対に断れない。


 逃げたい……左右を視線だけで確認する。逃亡の意思が確認され次第捕まえると言わんばかりの姿勢を取る――心持ちはまるで痴漢を疑われた犯人。


「防御力が足りないです……」

「見栄えを重視したら防御力なんて二の次なのだ」

「デザイナーがそう言うんだからしょうがないわね」


 諦めて自白しなよと言わんばかりに左肩をポンポンと叩かれるけれども、そんなに優しくされても屈したりはしないぞ! 絶対にだ!


・・・

・・


「これは女騎士ではなく晒し者では無いでしょうか」


 古来に存在したという見世物小屋で、たくさんの人から「都落ち」「革命軍勝利の象徴」と言われながら指を指される……。

 女騎士が言うのがお似合いの台詞が頭をよぎったんだけども「じゃあ遠慮なく」と言われるのが怖くて弱々しい反応になったよ。


「撮影に夢中な雅と目に焼き付けるのに夢中な一華に変わって……コラ、お触りは禁止よ」


 粗相をした犬みたいに首根っこ掴まれる姿には憐憫の情が沸くけれども、会話の深度を増して「全裸で抱き合ったから平気」みたいなことを口に出されると非常に困ったことになる。


 「じゃあ、怜はこのままで一華ちんは全裸」とか言われて撮影会が始まったら、もうほんとう、夕方迎えに来てくれる運転手さんに申し訳が立たない。


「そうね、私の家に飾っておきたいわね」

「そんなマニアックなプレイあります!?」

「ハッハッハ、怜をラブド……」


 スパン! と見るからに痛そうなはたきが一華の頭部に決まってすっごく心配になったけれども、一般的な女の子が口にするのを憚る文言だったのでしょうがない。


「怜……ポーズを取るのだ。こう、肘を前に寄せて首を捻りながらウインクをして、内股になって萌え声ではにゃーんと言い……」

「ビキニアーマーの格好がまったく意味をなさないディレクションだね!?」


 既にアーマーと呼ばれる必然性がないから、晒し者になるためのお題だって女騎士からかけ離れていてもしょうがないんだけど。


「は、は、はにゃーん……」


 そっち方面は詳しくないから分からないけど、ぶりっ子のアイドルだって言わなそうな台詞をサンバレベルの過激な衣装を着て友人達の前で披露をしている……今までよく分からなかったんだけど、殺せって言いたくなる気持ちが分かったよパトラッシュ。


 私の可憐とは程遠いか細い声に見つめていた面々が一斉に、


「お、お、お、お、お触りは禁止だと言ったでしょう!?」


 と言いながらベタベタと身体に触れてくる海未ちゃんに


「最高だな、私の母にも怜の等身大フィギュアの製造を提案してこよう」


 と言いながらなんか空想している(目つきがメッチャいやらしい)一華に


「前々から私の子を産んで欲しいと思ってたけど、私が産むから!」


 と、この衣装を生み出したデザイナー様がおなかをポンポコ叩きながら迫ってくる。

 この後は撮影会にお触り会にすったもんだがあり、迎えに来てくれた運転手さんにお疲れですね、と労れるのもそこそこに全員が車内で爆睡した。

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