第35話 「は? 私が可愛い物好きだなんて言ってないけど?」「でも知ってます」

 都心部は入り組んだ道が多く狭い箇所や一方通行なども多いので、車で行くくらいなら徒歩や自転車……遠出ならば電車を使った方が楽だ。

 だから車内に落ち着いたときにもすぐさま降車すると考えていたので、


「なんか二人きりで隠れ家にでも行くみたいだね」

「送迎付きというのが自立できてない感あるな」


 一華は私とのお出かけ(デートとは口が裂けても言えない)で買い物に赴いた際に、将来独立した自分を深く考えるようになった。

 学校まで来るまで送迎されるのも「実は気恥ずかしいことではないか」と考えさせてしまったのは、ご両親に深々と頭を下げたので……まあその、足りなければ五体投地でも土下座でもしますが。


 ともあれ、自分で色々やってみたい! となったのはいいことだと思う。

 

「じゃあ将来は運転免許を取って誰かとドライブだね」

「キミは同行してくれないのか?」

「お望みであれば……ただ、一華が運転免許を取れる年齢になって、私の移動距離が増えているとは思えないんだよね……」


 高校三年生になれば教習所に通ったり合宿したりで運転免許は獲得できるけど、自分の変化はさもしいものではないか、と容易に想像できてしまう。


 一華は私のネガティブな言動に対して、眉をひそめながら


「なら積極的に連れて回らせていかないとな」

「あ~、家事の時間だけは確保させて~」


 彼女の運転技術向上のために役に立てるのならば、桜塚怜の身なんて粉になるまで使って良いんだけども。

 その分のマイナスを私以外の人が負ってしまうのは不健全だと思うので。


 将来どうなるかなんて神様でも無い限り分からないから、展望なんて自由に語って良いのに生々しい語り合いをして……我々はぱっと見で豪奢だと分かる建物へとたどり着いた。


 そしてそこに待っていたのはみゃーちゃんではなく


「海未ちゃん……その、似合ってます」


 洋館にお勤めするクラシカルなメイドって感じじゃなくて、アキハヴァラ(秋葉原とヴァルハラをくっつけた造語)で戦士達を癒やすリリカルなメイドさん。


 その上、無意味なネコ耳とネコの尻尾を生やしているのだ――私だって恥ずかしげな彼女に似合っているとか不釣り合いな感想を漏らしたくなかったけど! 似合っちゃってるんだからしょうがないじゃん!


「怜、この世で一番大切な物は何なのか分かるかしら?」


 「いやあよくお似合いだよ」「可愛いねえ」と一華もはやし立てるように褒めていたんだけども、それを完全に無視して私に問いかけてくる。


 なんだろう……この世で一番大切なものって言われても、あまりにも漠然としていてなんなのか私は考えてしまう。

 命とか人としての矜持とか尊厳とか、ややもすれば命を掛けるものっていくらでもあるけど、それを口にして説得力があるのかって考えちゃう。


「金よ」


 私が無言を貫いていると、海未ちゃんが時間切れ終了を告げんとばかりに素っ気なく言った。

 声色や投げやりな態度からして本心から出た言葉ではないんだろうけども、


「もしも金がない神岸一華がいたら、まあ少なくともあなたの隣に居ないでしょうね」

「ほんとう高校の学費ありがとうございますお父さん」


 海未ちゃんから目を逸らすようにして天井を見上げ、お返しできているかは分かりませんが家事はやっていますよと存命の父に祈る。

 日々の生活は誰かの苦労で出来ているけれど、慣れてしまうと感謝を忘れがちになってしまう。


「つまりは海未ちゃんがその格好をしているのもまた、お金が目的なのでしょうか?」


 彼女の話を総合して、なおかつその態度から連想をすると、羞恥にまみれた調子でメイド服を着ているのは、ニャンニャンなアクセサリーを身につけているのは、お金のためであると。


「例えば、汗水垂らして働いた月給と同じ金額を目の前でぶら下げられたら……」

「こ、心が動きますね……」


 海未ちゃんなら月給何百万とかも夢じゃないと思うけど、恐らくそういう世界は健全ではないのでしょっ引くとしまして。

 

 高校生のバイトは休日を除いて学業の後が中心となろうし、時間的にも制限がある。

 どっちかを捨ててともなれば向上もはかられようが、高い金額で入れて貰った高校を自分で使えるお金を増やすためにやめるとか、蔑ろにするってのはちょっと違うと思う。


 ネコ耳メイドさんになれば云十万とか言われたら、みんなに配るお菓子代に妹ちゃんへのプレゼントに、両親への贈り物にと想像は捗る。


「こんなこと言っているけどね、海未は可愛い格好をするのが好きぐへぇ!?」

「海未ちゃん!? 神岸一華が発してはいけない声を出させたらダメだよ!?」


 一華は使用人さんやご両親から大切にされている箱入り娘なので、お腹に蹴りとか人生で一回もされたことがないに違いない。

 図星を指されたのは彼女の嗜好を知っている私から見ても間違いがないけど、だからと言って無防備な箇所に蹴りを一発は承服しかねるかな!?


「も、問題ない。非礼をしたのはこちらだし、キミに孕まされた子を産む時の痛みはこんなものではないだろう」

「こんなこと言っているから、もう一発景気づけにやろうか」

「それはいいわね」


 マジ蹴りに対して「なぁに出産するときの痛みに比べればなんてこともない」と言うのは、経産婦の方々にも失礼だから、これはちゃんと「めっ!」しないといけない。


 「雅が! 雅が待っているから!」とオト高のスパダリが土下座をしながら許しを乞うレアな光景も見られたけれども、この後で私に待っているイベントがなんとなく想像つくから少し憂鬱だった。

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