第34話 海未ちゃんの台詞は頭からすっぽり抜け落ちていました
梅雨も終わって夏本番とアナウンサーさんが他人事のように言う季節――期末テストのための勉強会が連日一華の家で行われていた。
一華を筆頭にして成績優秀者なので、私のようなおミソを付けて邪魔にならないかとの心配もあったけれど。
一華がオール満点とかいうオト高始まって以来の功績を叩きだし、キミの助力のおかげだねと決めポーズをしながら言われたけど、私が何をした覚えもない。
ともあれ、オト高のスパダリがトンデモな点数をたたき出しつつ、グループのメンバーも各自に良い点を取って万々歳。
夏休みに入れば学校で会うようには行かないだろうから、ありすちゃんや家族と平穏な日々を過ごせるのだろうなあと。
なんか嫌な予感がしたので目を見開いてみると、神岸一華の顔面が目の前に迫っていた。
慌てて悲鳴をあげようとすると、その動きを察知した彼女に両頬を親指と人差し指中指で挟み込まれる。
「ぐえっ」
「キミの大切な家族は入眠している……甲高い声で悲鳴をあげれば何が起きるのかは分かるね?」
コクコクと頷いてみせると、両頬への圧力が緩んで彼女がどういう姿勢で顔面に迫っていたかを認識できた。
これは俗に寝込みを襲いかかるというのでは、と両スネが自分のベッドに乗っている姿を見て考えたけれども、一華が何の意味もなく寝込みを襲いかかるとは考えられない。
つい勢い余って友人を犯しちゃいましたてへぺろなんて言おうものなら、称賛が投石に変わって痛い目を見てしまう。
「ところでこの体勢、怜を正常位で犯すには相応しい形じゃないか?」
「早くベッドから降りてください」
私はその経験もないしその手の漫画も読んだりしないから分からないけど、女性同士でもこういう姿勢でエッチなことをするんだろうか。
メッチャ渋々と言った感じでベッドから降りた彼女は手慣れたように座布団を引っ張り出し、その場に腰掛けた。
「……まず、なんでいるんですか?」
「うむ、朝早くに潜入する旨を伝えたところ、快くご協力を頂けたんだ」
第一の懸念が家族がどのような考えを持っているかだったので、その辺がクリアされているならばとやかくは言うまい。
友人間の軽いドッキリを想像して許可したんだと思うけど、一秒目を開けるのが遅かったら貞操が失われて(何ヶ月かぶり二度目)ましたよ?
「そしてだな、キミをこのまま拉致する」
「犯罪予告にしたってもうちょっと丁寧にやりませんか!?」
朝も早い時間なので大声は控えたけど、両手を上下に震わせながらなんだよー、とアピールしてみせる。
ここで抵抗をしないのは、彼女は私をただただビックリさせたいが為に早起きをしているということだ。
そして一華をここまで運ぶためにさらに早起きをしている人がいるのだろうし、その準備のために時間をかけた人もいるのだろう――詳細は教えてくれないだろうけど、迷惑を被っているのは自分だけではない。
「じゃあ、まず着替えますので……一華は悪いんだけど冷蔵庫から封されたクッキー持ってきてくれない? ドライバーさんに渡すから」
「拉致すると言ったのだからせめて行き先くらいは聞いてくれないか?」
「だって、家族の許可を取っているなら変なところには連れて行かないでしょ?」
「分からないぞ? 私が舌先三寸で騙くらかしてキミを誘拐するかもしれん」
「一華は冷静な人だから、本当に信頼を失うと考えたら引いてくれる人だよ」
「キミは……」とこちらに感慨深げな表情を向けてから立ち上がり「右上の奥だな?」と確認をしてから部屋を出る。
彼女をお待たせしないようにさっさと着替えて、手荷物をあれやこれやといじくっている最中に一華が戻ってきて残念そうな表情を浮かべた。
「下着姿の怜を目に焼き付けられると思って急いだのにな」
「そういえば日帰りなの? お泊まりする系?」
一華の茶化すような文言を軽くスルーし、準備に着替えを伴うのかって重要案件を尋ねた。
遠出をするにしたって日帰りならば軽い調子でも構わないけども、日数を重ねるとなればポーチ一個なんてことにならない。
一華は特段気にした様子もなく「雅が言うには日帰りだな」と言うので、へぇー、みゃーちゃんも来るんだ、もしかしてグループのメンバーで慰労会とか?
「詳しいことは分からないが、場所を提供してくれたらお礼はすると言われているよ」
「目が泳いでない? 本当に詳細は知らない?」
どう考えても場所を提供したお礼も、本日のイベントの内容も熟知した声の震えようだったけども、彼女に何らかのメリットがあって、それを言いたくないのであれば深く尋ねるべきじゃないんだろう。
善は急げではないけど、お待たせしている人がいるならばと意気揚々と先導して見せ、何らかの罪悪感を抱いている一華の手を引く。
「つまらないものですが」「え? 私が頂いて良いんですか?」とのドライバーさんとの会話も難なくすませて、桜塚怜はどこかへと誘われていくのだった。
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