第23話 人が多い場所で足を止めるのはやめましょう(マナーです)
自宅の最寄りのスーパーはだいたい昼時にピークを迎え、夕飯前にもう一度来訪者が増える。
つまりは桜塚怜が主戦場とする15~16時台は谷間の時間帯だ。
「以前に来たときと趣が違うな……ああ失礼」
お客様がひしめく店内で足を止めるのは迷惑に繋がる。
「悪いんだけど両手でカゴを持ったままでいて」「ついてくるだけで大丈夫」と、少しばかりのおしゃべりもせずに突貫作業で買い物を済ませた。
お詫びも兼ねて両肩にマイバッグをかけようとしたけれども「二人の共同作業なんだ」と、一つは彼女の肩にかけられている。
「ごめんなさい。本当にあんなに混むとは思わなくて……」
「前に来たときは……失礼ながらこれほどじゃなかったな。いや、怜が買い物に行く時間にこれほど混むことがあるのか?」
「え? ああもちろん。休日もそうだし、卵が安い日もそうかな?」
「卵? どうして」
「さぁ……あの子が栄養満点なのは知っているけど、1パックまでって制限がかけられるほどの理由は分からないかな?」
私の脚はもちろん自分自身なんだけど、卵が安いときにはマイカーを使った来客が多くあり、駐車場がざわついていると「あっ(察し)」
ただ、本日は卵のセールも行われていなかったし、特定の時間に執り行われる割引も興味を引かれるものではなかった。
「怜は……手慣れていたな」
「一華だってモデルのお仕事に手慣れているでしょ?」
「まあ、それはそうなんだが……」
人がやりたくないことをするか、人ができないことをするから仕事になる。
一華は類い稀な容姿を活かして「人ができないこと」でお給金を頂いている。
私には逆立ちをしたってできない所業だし、大多数の人間もそうだ……ゆえに価値がある。
「一華のやっていることはすごいこと、私のやってることは慣れれば誰でもできること、ほら、胸を張った張った」
「キミはまったく……口に出してもいないのに落ち込んでいると気づいたんだ?」
「むしろ今回の件は私が落ち込むべき問題だと思うけどね……」
地元ではない車のナンバー、普段来客が少ない時間帯でのざわめき、買い物が目的ではない人の眼差し。
内部にお客様が多くいるから、一華には外で待っていて貰うのも頭によぎった。
だけどそうすればガヤガヤとした人たちにより質問攻めにあっていたかもしれない。
「というわけでこちら、学校で手渡ししようと思っていたけど今まで渡せなかったモノでございます」
「おお……海未が死ぬほど上機嫌だったのはこれが理由か」
「休日に無理矢理休ませちゃったでしょう? これは私のワガママに対するお詫び……まあ、その、もう一個お詫び案件増やしちゃったけど」
「買い物の件か? アレなら私は許容したのだから、こちらにも非があるだろう」
「んまーっ、人間ができてるザマス」
「何キャラだよ」
一華にはリビングに待機をして貰って、こちらは来客にお紅茶を振る舞う。
普段に家で頂いているものではなく、仲良くなったメイドさんから「今後ともごひいきに」と渡されたモノだ。
写真で検索したらとんでもない値段がするモノで、一家はティーカップを震わせながら飲んだけれども……庶民エピソードは語ってもしょうがない。
なお、ありすちゃんも「お礼が言いたい」とのことで準備する姉を横目に一華とのお喋り。
――一華と懇意になってから、グレードの高い品物が届くとあってお母さんも「是非に」となったけど、さすがに相手が気を使うので控えて貰った。
「というわけでありがとうございました。頂いたモノはお姉ちゃんの血肉となって体重が増えたそうです」
「ありすちゃん!? 言わなくて良いことは胸に控えておきましょうね!?」
「ごめん……お姉ちゃんほどの容量がないからすぐに漏れちゃって」
「普段はちゃんと自省しているのにどうしてそんなことだけ!?」
ティーカップを持ち逃げする姿はまさしく可憐だったけれども「うそっ、私の体重重すぎ……?」となった件の暴露で帳消しですよぷんすか。
「……なるほど」
「やー、体重が増えた件につきましては不徳の致すところ……来週までには痩せますので……」
「私のために熱心になってくれたんだな」
「分かっちゃった?」
「や、情報がなければ特定はできなかっただろう。普段よりも多く味見を重ねたな……よくできた妹さんだ」
海未ちゃんが上機嫌だったこと、ありすちゃんの暴露、そしてなにより。
「キミと買い物に行くことで『料理が作られるまでの過程』を学びつつあるんだ。そしていつか怜に美味しいと言われる物を作ってみたい」
「……レシピは守ってね?」
「以前だったらふたりの意見に賛同していたかもしれないな……」
単体で美味しいんだから混ぜたらもっと美味しくなると言って、人間が食べるには難しい物を作り出すんだから……。
完成されたモノを取り合わせるならともかく、調味料から「いっぱい入れれば美味しくなるよね」になっちゃうの、現代社会の闇っぽい。
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