第20話 一華は帰宅したあとに怜の匂いがする入浴剤を提案して怒られました(そりゃあねえ)

 沈黙は金、雄弁は銀って言葉がある。

 私としては、どっちも大事だけどかろうじて金が優勝くらいのニュアンスだと考えていた。


 言わぬが花であったり、口は禍の門であったり、病は口より入り禍は口より出づであったり、こと口から出るものに対する風当たりは、炎上した芸能人くらい強い。


 ただ、死人に口無しと言ったように口封じしてしまえば世になにも伝わらない。

 どちらもそれが必要な場面では沈黙も雄弁もまた然りで、少なくとも……少なくともだけど。


「あはは……ごめんね? 静かになっちゃって」

「いや、私も撮影されるときよりもよっぽど緊張をしていた――来てみれば風呂上がりのキミがいた……その、鼻血を吹きそうになったのはみんなには黙ってていて欲しいんだ」

「人が嫌がることをしてマウントを取るなんてこの世の中で一番最低な行為じゃない?」


 お風呂から上がった私は清廉潔白な我が妹ありすちゃんの用意してくれた服を羽織り、いざお出迎えと考えて廊下に出たら一華はもう来ていた。


 どうやら母や妹ちゃんと逢瀬……あ、交流を重ねていたらしく、客人をお待たせしたことを素直に謝罪をした。


 が、元々は彼女の贈り物であるけれども、ブルジョワな香りがする入浴剤は美容効果も抜群だったらしい。

 ギギギ、と壊れかけのからくり人形みたいなぎこちなさで一華は聞いた「お風呂上がりか」と。

 あ、これは友人を待たせていたお叱りの言葉だなと直感した私は「部屋でゆっくり話そうか」と告げ、その発言を聞いた一華はグラリと身体を揺らしたのだった。


 姉妹総出で意識がかっ飛んだ一華を姉の部屋へと運び込み、私は責任を感じて膝枕を、妹ちゃんは冷たい飲み物を用意してくれた。

 

 一華が目を覚ますまで「恋人dayに風呂上がりで客人を迎える意味」を考えて悶々としていたし。

 なんなら目覚めてからも上手い言葉が出てこなかったけど、深呼吸を数度繰り返しているうちに上記の発言ができたわけだ。

 

「ところでしかと伺いたいのですが」

「下手に出ることはないよ、なんでも聞いてくれ」

「私って匂いするかな」

「ああ、芳香剤として売って欲しいくらいだな、甘い香りがする」

「やっぱり鼻血出すかものエピ語るかな……」


 芳香剤云々の時に鼻を軽く太ももに接着して匂いを嗅いだけれども、その所業は明らかに変態のそれに間違いない。


 顔面偏差値が天元突破している人間の発言だからまあそれもありかなって思うけど……やっぱり嫌かな?


「しかして、なぜに匂いと?」

「や、ありすちゃんにお風呂に入れと言われたものだから、私の体臭ブルーチーズかと思って」

「私には分かりかねるが、胸元当たりに顔を埋めれば何か分かる……あ、ごめん、肘はやめてくれ」


 右腕に握りこぶしを作って腕を曲げながら(なかやまきんに君さんのヤーのポーズ)左手で肘のあたりを指で示すと、一華は這々の体で謝ってくれた。


 先ほどからムードを破壊するような発言を繰り返しているけど、もちろんこれは互いに「緊張する空気感」を懸念してのことだ。


「まあ、それはともかく、ゲームでもプレイするか? それとも本当に恋人らしいことでもするかい?」

「友情を根本から破壊しかねないボードゲームでもやる?」

「え、なにそれは……」


 一華に対する嫌悪感とかではなく、社長になって物件を買い資産を増やしていくボードゲームは、やり方こそ簡単ではあるけど運の要素が如実に絡むし、嫌がらせの手段も豊富だから、ある程度の線引きをしなければ友情は漏れなく崩壊する。


 「そ、そっか嫌われたわけじゃないんだな」と安堵の表情を浮かべる彼女に「ピエロみたいなノリにさせてゴメンね」と言うと。


「いや、遊ぼうと言っているのにキミの服の下が気になってしょうがないんだ」

「思春期の中学生男子かな!?」

「王子と呼ばれることもある私が精神性まで男子になっていた……だと……?」


 でもまあ、元々の原因は綺麗にしようと息巻いてお風呂に入っちゃった私にある。

 本当は意識しているから身体も丁寧に洗ったんだよねと言われればまったく否定できないし。


「ほう、可愛い電車だな」

「できるだけ赤いマスは避けて、メリットとデメリットがあるけど黄色も最初は避けた方が良いかな? ああでも初期はお金を減るカードは出ないんだっけ……」

「ふっ、私は運の良さでは右に出る者がいない女だぞ? 心配するな、キミを負かせてみせる」

「ほほー、言いましたな? じゃあ、五年目までプレイして一華の資産が多かったら、お願い事を大抵のことは叶えてしんぜよう……」

「自信ありげだね、運のゲームなんだろう?」

「うんまあ」

「あっはっは、おもしろーい」

「はっ、シャレになってた!」

「今気づいたんかーい!」


 ところで、ソシャゲの育成とかで下振れって言葉を聞いたことがあると思うけど、運が悪いとどんなに慣れていても理不尽な目に遭う。

 その下振れを防ぐ方法は基本的に皆無で、確率を下げる方法はお金である。


 が、このゲームは買い切りだし、そもそも30年近く前に発売されたソフトだ。

 運ゲーの側面も確かに存在しようが、やりこんでいるプレイヤーが負けることは天地がひっくり返ってもありえない。


「ありえない……すごい……これが、神岸一華のカリスマ性なんだ」

「ふふっ、分かってくれただろう? ……が、キミのアドバイスがなければ、こんな結果にはならなかったよ」

「一華が分からないことに気づく能力があったから答えただけ」


 不思議だけど悔しいという感情はまったく浮かんでこなかった。

 相手を別次元に見ているとこじゃなくて、私は友人とゲームがプレイできて面白かったし、一華も私が真剣にやってたのを察して勝利に胸を張っているわけで。


 ただ、お願い事を叶えるってところに懸念が生じているだけ……表情が引きつってないことを願いたい。

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