第19話 何とかのぼせる前にお風呂から出ましたよ(偉いです!)
ここ最近は一華と付かず離れずの下校をしていたので、一人はことさら寂しく思えた。
もちろん行き交う人は大多数が一人だ、スーパーで仕事をしている人、タクシーでどこかに向かう人、ドライバーさん……エトセトラエトセトラ。
誰かといる時間が素晴らしいモノに感じるのはそれを失ったときだ。
今だって単独の時間を持つのは尊いと思うけれど……以前ほど誰かといることはしんどくない。
一華から家の中で待っていて欲しいと釘を刺されている。
プールが気持ちよかったことから察せられるように、外出をすれば平気で汗ばむ季節になってきた。
紫外線は乙女の大敵だよ、とは彼女の言だけども「そ、そんなに紫外線対策してないように見える?」と負け惜しみを言うしかなかった。
いや、一華は帰宅をするから当然着替えは伴うだろうし、期待をしていてくれと言うからには準備もするんだろう。
だけども、その準備に関して気がついたのはありすちゃんの業績に他ならない。
私は一華が来訪するまで外で待っていたかったのだ、どことなく申し訳なさを覚えたがゆえの行動。
「良いですかお姉ちゃん」
愛しい妹ちゃんの発言を思い出す。
「恋人さんを家に上げるというのは、お姉ちゃんが考えている以上に大事です。少なくとも汗まみれで待ってましたは言語道断です。ムードがありません」
友人dayと恋人dayを交互にしているだけで、一般的な恋人関係とは呼びづらい。
けれども、人との交流には空気感も大事なのだと妹ちゃんは淡々と説く。
「お姉ちゃんにはその気はないのかも知れません。でも、相手は本気……だと思います。人の気持ちを簡単に否定することは良くないと、私はお姉ちゃんから学んだつもりです」
人の気持ちを否定するのが良くないように、断定をすることもまた良くないと考えます。
一華が私にどれほどご執心であるかは、彼女の心を詳らかにして頂くほか知る由はない。
「というわけで、お姉ちゃんにも準備をして頂く必要があります」
「へ?」
まあまあ、と言いながら肩を押してくるのでどこに連れて行かれるのかと思いきや、眼前に迫るは準備完了と思しき風呂。
もちろん浴槽のふたを開けた瞬間に氷が敷き詰まった水が入っていて「人間がどれくらいの時間で風邪をひくか見たいから入って」と言われたら、頑張って入っちゃうけどさ……。
「あれ、いつもと違うブルジョワな香りがする」
「うん。送迎を担当しているメイドさんに入浴剤を貰ったから」
「お姉ちゃん触るべからずって謎の包みは入浴剤だったんだね!?」
常温保存しているから、一部菓子類や保存の利く物品だと予測していたけども、よもやの入浴剤であるとは私の目でも読めなかった。
「お姉ちゃんがお望みならば剃毛作業も執り行いますがいかがでしょうか」
「どこをと聞きたいけど怖いから置いといて、他人にやったことはありますか……?」
「人間は何ごともはじめてから始まるんです。私のはじめてを受け取って貰えますか?」
「語彙が一華になってる! ちゃんと自分を持って! 憧れるなら止めないけど!」
「着替えの手伝いも」とありすちゃんは言うけれども、生憎とそこまで私も衰えてないので丁重に断った。
ただ、お風呂の中で「はじめて……かぁ……」と呟き、そこには別段深い意味はなかろうもんなのに、桃色の妄想が膨らんでしまうのは何故だろう。
浴槽の鏡は自分の努力だけで美麗になっているわけじゃないけど、そこに映った自分の姿が一華にも知られかねないと思うと……や、もちろん美容器を使うであるとか、顔を剃ってとかやらないけど。
空気感が大事だというならば、せめて匂いくらいはブルジョワであろうと浴槽にその身を漬け込んだ。
豚さんに意識はなかろうが、チャーシューとして煮詰められているときこんな気分なのかなって考えたら面白くってちょっと笑ってちょっと泣いた。
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